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7 血と土と雑草の意地

 指先を地面に転がる空き缶に向け、ツイッと上に向ける動作をすれば、缶はふわりと宙に浮き上がった。私はそのまま、指揮をするように指を動かし、缶を手元のゴミ袋へと入れる。

 空き缶の他にも、固まったガム、タバコの吸殻、薄汚いエロ本など、次々に指先一つで片付けていく。


 最後の、コーラの瓶を分別用の袋に放り込んだところで、草むしりをしていた梅太郎さんは、私にパチパチと拍手を送ってくれた。


「すごいねぇ。三葉ちゃんのおかけであっという間だったよ」

「私も今、初めて自分の魔法が役立ってびっくりしています」


 月曜日の、梅太郎さんとのお掃除タイム。

 私は自分の唯一使える魔法をフル活用し、早朝から清掃活動に励んでいた。早起きはちょっと辛いが、梅太郎さんと一緒だと思えば苦ではないし、魔法が使えることでゴミ拾いは順調に終わった。

 あとはこの袋を、少し離れたゴミ置き場まで運ぶだけだ。


「じゃあ私、この袋を持っていきますね」

「僕の方も、道具を片付けに先に寮監室に戻ってるよ。いやぁ、本当に助かったよ、三葉ちゃん。今日の放課後はデザートを楽しみにしててねぇ」

「はい!」


 良いお返事をして、私はゴミ袋を両手に歩き出す。これも魔法で運べれば楽なのだが、私の移動魔法では長距離は難しい。ここは純粋に力仕事なのだ。


「うんしょっ、と」


 ゴミ袋を揺らしながら、私は校舎の壁に沿って歩く。今日も空は晴れ渡っていて、夏が近いせいか日射しも強い。

 冷たいぜんざいもありだな……そんな呑気なことを考えながら、曲がり角に差し掛かった時だった。


「……ん?」


 誰かが言い争うような声が聞こえた。何事かと思い、壁に身を潜めて様子を伺う。


 曲がり角を曲がってすぐのゴミ置き場の前には、三つの人影があった。二人は、柄の悪い着崩した制服の、チャラそうな不良たち。確か、あまり良い評判を聞かない二年の先輩だ。

 そして、その内の一人・不良Aに片腕を掴まれ、必死に抵抗しているのは――――


「は、離してください!」

「うわ、ちっさ。お前、本当にこのチビッ子に、魔法の模擬試合で吹っ飛ばされたのかよ?」

「うるせぇ! あれはたまたまだよ! それに吹っ飛ばされたの俺だけじゃねぇ、俺のチーム全員だ! くそっ、天才魔法少女とか言われて調子に乗りやがって!」


 掴んだ腕に力を入れたのか、「痛ッ」と、か弱い悲鳴が聞こえた。

 見間違えようもない。絡まれているのは…………木葉さんだ。


 状況から察するに、彼女は用事でもあって偶々ここを通り、運悪く、朝からうろついていた不良に捕まってしまったのだろう。街へと抜け出して朝帰りし、寮に入れず校舎の辺りで蔓延る不良は、稀だが居ないことはない。会話の内容からは、五月の中頃に行われた全学年対象の『魔法模擬試合』のことで、木葉さんが逆恨みを持たれているようだとわかる。


 『魔法模擬試合』は、成績にも響くテストも兼ねた大事なイベントだ。ルールは至って単純で、チームでランダムに試合が組まれ、時間制限の中であらゆる魔法を使って、相手からポイントを奪えば勝ち。その中で、魔法の技術やチームでの連携が評価につながる。

 言わなくてもわかると思うが、私のこの試合の結果は散々だった。二木くんがサボったせいで、私は個人出場させられ、一方的に蹂躙されまくったのだ。ポイントを稼ぐにはイイ鴨だったと思う。……ああ、思い出しただけで泣きたくなる。黒歴史だ。


 そういえば、木葉さんも個人出場だった気がする。彼女は特例でチームを組んでいないのだ。それでも、一人で最高ポイントを稼いだという噂は聞いた。

 歳が下で女の子、それもたった一人にチームを潰されたとなれば、不良Aさんには僅かだが同情心も湧いてくる。

 けれどだからといって、逆恨みで女の子に手を出していいはずがない。


「つーか、コイツ魔法が使えなきゃマジでただのガキじゃん。ははっ、おい、あん時の威勢はどうしたんだよ?」

「……なんかお前、幼女を虐めて喜んでる危ない人に見えるぞ。まるでロリコンのようだ」

「変な言いがかりつけんな!」


 ぎゃーぎゃーと言い争う不良ズに挟まれて、木葉さんはフルフルと震えている。魔法が使えなきゃ、彼女だって普通の女の子だ。怖いに決まってる。


 誰か助けを呼びに行こう。

 そう思って、私はゴミ袋を置いて引き返そうと足を踏み出すが、けれどすぐに思い止まる。

 

 先生を呼びに行こうにも、職員室がある特別棟は一番ここから遠いし、教師寮からもかなりの距離がある。呼びに行っている間に、彼女がどこかに連れ込まれる可能性も高い。梅太郎さんも、もう寮監室に戻っただろう。こんな早朝だと、校内には部活の朝練をしている生徒くらいしかいないし、運よく誰かを捕まえられる確率は低い。


 ――――――そもそも、誰か誰かって、誰が彼女を助けてくれる保証がある?


 助けを呼んだって、助けてくれるかなんてわからない。おそらく私にも彼女にも、この学校での味方は限りなく少ないはずだ。危険を犯してまで彼女を助ける理由のある奴なんて、上手くその辺を歩いているとは思えない。


 そうやって私がうだうだ考えている間にも、事態はどんどん悪化していく。


「か、返してください! それだけは……!」


 木葉さんの、今までにないくらい切羽詰まった声が響いた。

 「なんだこれ?」と不良Bが取り上げたものは、彼女が自由な方の手で離すまいと必死に守っていた、私にも見覚えのあるあの本だった。


「なんかこれ、大事なものみたいよ?」

「へぇー。ちょうどいいな」


 不良Aに本が渡り、木葉さんの顔が青ざめる。下卑た笑いを浮かべた不良Aは、本を高く持ち上げ、地面に叩きつけようとして―――――――


 そこで、私は腹をくくった。


「止めてください、先輩方!」


 声を張り上げて、勢いよく三人の前に躍り出る。全員の視線がこちらを向き、特に木葉さんは私を見て、驚愕に瞳の色を染めている。

 

 私はそんな彼女に、強がりでニコっと微笑んでみせた。

 ――――――誰かどうにか……って、もう私がやるしかないだろう。

 彼女には保健室での恩だってある。何よりここで彼女に何かあれば、何も出来なかった自分を、私はきっと後悔する。

 この余命六ヶ月の間。私は後悔しないと決めたんだ。


「あ? なんだよ、お前。コイツと何か関係あんのか?」

「私は、えっと、彼女の…………友人です」

「友人? へぇー、お前一応、オトモダチなんて居たんだな」


 バカにしたように笑う不良A。私はそんな彼の言動は気にも留めず、ただ一点にだけ集中していた。


 ………私だって、何も無策で飛び出したわけじゃない。今の私には、唯一といっていい切り札があるんだ。


「そうです、友人です。だから、友人の大切な物を……返してもらいます!」


 指先を不良Aの持つ本に当て、思いっきりこちらへ引き寄せる。「うわっ」と驚いた彼が、木葉さんから手を離した瞬間に、私は畳み掛けた。

 私が移動魔法を使えるギリギリ1m範囲内。

 背後のゴミ袋を操作して、やつらに大砲のようにぶつけてやった。ちなみに操作可能な重量制限もジャストだ。ドッと体に来た疲労感は無視して、呆然としている木葉さんの元に走る。


「逃げるよ!」


 右手に本を持ち、別の手で彼女の小さな手を取って、全速力で私は走った。後ろからは、「イテェ! てか臭っ」「おい逃げたぞ、追え!」という言葉が聞こえてくる。

 とにかく校舎の入り口まで走って、逃げ込んでしまえば安心だろう。


 そう考えての全力疾走だったが、私はやはり神様からの好感度は低いらしい。


「わっ!」


 足を縺れさせ、私は派手に転倒してしまった。本だけはなんとか抱えたので汚れはない。すぐに立ち上がろうとしたが、捻ったのか足首に鈍い痛みが走った。膝はすり剥いて出血し、顔も制服も土まみれだ。


「だ、大丈夫ですか!?」


 寸でで手を放したことで、木葉さんは無事だ。顔を蒼白にして私の傍にしゃがもうとする彼女に、私は本を手渡して「先に逃げて!」と叫んだ。二人とも捕まったらそれこそお終いだ。

 彼女もそう思ったのか、暫し考える素振りをした後、「すぐに助けに戻ってきます!」と言って走り去っていった。

 ……彼女には何か考えでもあるのか、その目には明確な意思が宿っていた。それなら彼女を信じて、私は時間を稼ぐしかない。


 「てめぇ、よくもやってくれたな……!」


 まだ地べたに身を預けたままの私のもとに、不良たちが追い付いてきた。二人とも怒り心頭だ。ゴミ袋をぶつけられたのだから当然だろう。

 冷静さを欠いている輩は危険だ。何をするかわからない。

 それでも意地だけで、私は彼らを睨みつけた。なんとか残り少ない魔力で、彼ら相手に持ち堪えなくては。


 ――――――――しかしここで、事態は急変する。


 ガサガサっと、身近にあった木々が揺れたかと思えば、誰かが木の上から飛び降りてきたのだ。慣れた身のこなしで着地したその人物は、真っ赤な髪を揺らしながら、驚きで固まる私たちに向かって、凶悪な顔で舌打ちをかました。


「うるさくて寝れねぇ……耳障りなんだよ、クズ共」


 二木樹虎は地を這うような低い声で、不機嫌さを露わにしてそう呟いた。

 

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