私が三葉になったわけ
コミカライズ三話、更新されています!
三葉と心実が友達になった思い出深いシーンです。
竹書房様のWEBサイト『ストーリアダッシュ』でぜひぜひ読んでみてください☘
小話はチビ三葉の話です!
それは、私がまだ魔法なんて全く関係のない、限られた余命も天使のシラタマの存在も、何一つ知らない小学生の頃の話だ。
「『あなたの名前の由来を、親に聞いてくること。それをノートに書いて提出しなさい』……面倒な宿題よね。しかもクラス全員、発表が義務なんて」
「小学生も楽じゃないわ」と、横を歩いていたかえちゃんが溜息をついた。
小五とは思えないほど落ち着いている私の親友は、担任の先生から帰りのホームルームで言い渡された、宿題の内容についてブツブツと文句を言っている。
私はよいしょとランドセルを背負い直し、そんな彼女から誕生日に貰ったクローバーのピンを整えながら、同意するように頷いた。
「家族の誰がつけたのかも分からないし、なんとなく聞き辛いよね」
「……まぁ、私は祖父がつけたこと、もう知ってるんだけどね」
「え? そうなの?」
「そうそう。フツーに秋生まれで、祖父の家に楓の木があって、目についたから。あと字画が良かったからだって」
夕焼けの陽の中に一つに結んだ長い髪をゆらゆら泳がせて、かえちゃんが空を仰ぐ。「発表するようなものでも無いでしょ」と呟くので、反射的に「で、でも、楓って凄く良い名前だよ!」と返せば、かえちゃんは苦笑いをしつつお礼を述べた。
そんなことを言いながらも、文章力というのが高いらしいかえちゃんは、きっと内容を素敵にアレンジしてノートに書いて、先生にまた褒められるのだろう。この前も作文で賞をもらっていたし。
「三葉には、なんか面白そうな由来がありそうよね。私と違って」
「そ、そうかな?」
「うん。聞いたら、私には先に教えなさいよ」
そう念を押してきたかえちゃんと、別れ道で手を振って離れ、私はまっすぐに家に帰った。
……とりあえず、お母さんに聞いてみようかな。
「お母さん、私の『三葉』って名前は、どうして三葉なの?」
ただいまを言って帰宅して、手洗いうがいも済ませてリビングに行けば、お母さんはカーペットの上で正座をして洗濯物を畳んでいた。
室内には鼻を擽る良い匂いがする。今日はきっとビーフカレーだ。
ソファに足を投げ出して座り、早速問い掛けてみれば、お母さんはショートカットの髪を跳ねさせて不思議そうな顔をした。
「なに? 急にどうしたの。もっとお洒落な名前の方が良かった?」
「そういうわけじゃないけど……」
シャツを畳む手を止めて、私と視線を合わせてくるお母さん。私は口をもごもごと動かしながら、宿題のことを説明した。
「ああ、なるほどね。……そうね、まず三葉は、四葉のクローバーの話は知っている?」
こくり、と私は首を縦に振る。
それくらいは知っている。女の子はこういうジンクスみたいな話、好きだから。
四葉のクローバーは滅多に見られなくて、見付けられたら、その人に幸運が訪れるという伝説だ。
でも私の名前は一枚足りない。何処にでもある三葉だし。
「お母さんもね、子供の頃は友達とよく探したんだけど。なんかあれもコツがあるみたいでね。友達は短時間でどんどん見つけていったんだけど、私はいつまで経っても一枚も見つからなくてね」
「お母さん……下手だったんだね」
「そう、下手だったのよ」
遠い過去を思い出すように、お母さんがしみじみと頷く。
「みんなが帰って日が暮れたあとも一人で残って、それでようやく一枚だけ見つけたの。しゃがみ続けて腰も痛し、靴も服の裾も汚れちゃった末に、やっと。その瞬間がスッゴク嬉しくって、いまだに忘れられなくてね」
「……それを覚えていたから、お母さんが私に三葉って名前をつけたの? でもなんで四葉じゃなくて三葉?」
「大切なのは、探すまでの過程だと思ったからよ」
ふんわりと笑って、「幸せになるためには、努力する過程が大事なの」と、お母さんは優しい手つきで私の黒髪を撫でる。室内に窓を通して入り込む、穏やかな茜色の陽も交ざって、心地が良すぎて頭がうとうとしてくる。
この後は、ノートに聞いた話を纏めなくてはいけないのに、このまま眠ってしまいそうだ。
お母さんの声が、子守唄のようにやわらかく耳に響く。
「――四葉のクローバーに、つまり幸せになるために、あと葉っぱ一枚を自分で手に入れられる子になってほしい。そう思って、私がつけた名前よ。お父さんもすぐに賛成してくれたわ。だからあなたは、葉っぱ一枚が足りない三葉なの」
その言葉は、微睡む私の意識の中にゆっくりゆっくりと沈んでいった。何か返事をする前に結局、私はソファの上で変な体勢のまま、ゆるゆると寝落ちしてしまった。
――起きたら首が痛くて、次にハッとして慌ててノートに書き込んで。
宿題の提出や発表は無事に終わった。
この日を境に、私は前から決して嫌いでは無かった自分の名前が、さらに好きになったのは言うまでもない。