コミカライズ開始記念SS・三葉とバケツプリン
遅れてすみません……!
コミカライズ開始記念SSです。
三葉にチョロい樹虎が書きたかっただけです。
コミカライズは『ストーリアダッシュ』にて連載中、無料で読めます! よろしくお願い致します☘️
ーー死ぬ前に一度は食べたいものある?
そう私に聞いてきたのは、親友のかえちゃんだった。
中学時代の学校からの帰り道、本当に何気ない会話でのこと。
「昨日のテレビのバラエティで、なんかそんな話をしていたのよね。それをテーマに、出演者の食べたいものを実現してあげようみたいな企画でさ。最近ブレイク中の、魔法適正者をウリにしているイケメンタレントなんかは、物質操作魔法? とかなんたらで、宙に浮くお菓子を掴まえて食べたいって、ちょっとズレた回答をしていたわ」
呆れたようにかえちゃんが肩を竦める。
夕陽に照らされた大人びた彼女の横顔を、私はよく覚えている。
「でも面白い企画だね」
「まあね。それで私だったらなにかしらって、考えてみたんだけど……」
「なんだったの?」
「……特にないのよ。死ぬ前にっていうくらいだから、特別なものがいいとは思うんだけど。三葉はどう? なにかある?」
かえちゃんの質問に、私はうーんとしばし考えてから「バケツプリン!」と答えたはずだ。
一度友達が話しているのを聞いてから、憧れていた巨大なプリン。
かえちゃんは「三葉らしいチョイスね」と軽やかに笑っていた。
その時はまさか……自分の余命が六ヶ月しかなくなるとは、夢にも思ってもいなかったから、本当に軽い気持ちだった。
だけど今、私は後悔しないように残りの余命を生きるため、口にした昔の願望も叶える必要がある。
……なんて、ただ食べたいだけだけど!
♣♣♣
「……というわけで、昔から食べたかったバケツプリンを今から作りたいと思います!」
「お姉さまがされるなら、私はもちろんお手伝い致します!」
「くだらねぇ……勝手にやれ」
金髪の長い髪をふわふわ揺らして同意してくれる心実と、赤いウルフカットの髪をかきあげて拒絶を示す樹虎。
双方、なんとも予想通りな反応だ。
時間は放課後で、寮に帰るところだったふたりを引き留め、今は正面玄関で輪になり会話に華を咲かせている。
いや、咲いているのは私と心実だけで、樹虎は帰りたいオーラ全開だ。
「ノリ悪いよ、樹虎! ここは『ギネスに載るくらいのプリンを作ってやるぜ!』って豪語するところでしょ!」
「……てめぇ、俺がそんなこと言うと思ってんのか」
「思ってないけど!」
「帰る」
「待って待って待って! せっかく梅太郎さんが準備手伝ってくれたんだから、みんなで行こうよ! というか、心実と樹虎を連れていきますって宣言したし!」
「なに勝手なことしてんだ!」
お冠な樹虎を宥め、なんとか引き留める。
私の突拍子もない提案に、快く手を貸してくれたのは仏の梅太郎さんだ。
「とっても楽しい企画だねぇ」と微笑んで、寮監室のキッチンを貸す許可を出し、プリンの材料も新品のバケツも用意して待っていてくれている。梅太郎さん様々だ。
「お姉さま、そんなやる気のない二木さんなど置いていきましょう。私は早く、お姉さまの偉大なる夢を叶えたいです!」
「偉大なる夢……い、いや、ただプリンを作るだけなんだけどね?」
私の腕をぐいぐいと引く心実は、目をキラキラさせていて相変わらずの美少女っぷりだ。可愛い。
そしてさりげなく、樹虎に喧嘩を売ることも忘れない。
「二木さんはお姉さまのパートナーとして、お姉さまの夢を叶える自信がないのですよ。やっぱり、お姉さまの一番は私なのです!」
「……くだらねぇ挑発には乗らねぇからな」
「挑発だと感じたのは、単に二木さんの主観です」
「おいチビ、そろそろ決着つけとくか……?」
「望むところなのです……」
睨み合うふたりに、私は「はいはいはい! ダメダメダメ!」とストップをかける。
このふたりが本気でやり合うなら魔法バトルだろうし、そんなのどっちもただじゃ済まないよ。私の大事な相棒と友達は、残念ながら仲は悪いけど、魔法の腕は双方トップクラスなんだから。
「樹虎が嫌なら無理強いはしないよ。引き留めてごめんね」
「……チッ」
腕に心実をくっつけたまま、私がおとなしく身を退いて謝れば、樹虎は忌々しそうに舌打ちした。
……実はこれ、私の作戦だったりする。
殊勝な態度をわざと見せて、樹虎の根の面倒見のよさを刺激する『押してダメなら引いてみろ作戦』。押せ押せもアリだけど、意外とこれの成功率は高いと最近わかった。
「私は樹虎と作りたかったけど……本当にただ一緒にやりたかったけど……無理はよくないから……」
伏し目がちに、悲しい雰囲気を全開にすれば、樹虎の眉間の皺がぐくっと深くなっていく。
これは揺れている。あとちょっと、イケる!
「……くそっ! わかった、やってやるが少しだけだぞ! 少し参加したら俺は帰るからな」
「やった! ありがとう、樹虎!」
跳び跳ねて喜ぶ私に、ますます渋面を作る樹虎。
素直じゃないなあ、まったくもう。
心実はじっとりした目で「二木さんはお姉さまにだけ、異常にチョロイのです……」と呟いていたが、そんな樹虎がいいからいいんだよ。
「それじゃあ、レッツプリン! 梅太郎さんのお部屋行こう!」
「はい、お姉さま!」
「はあ……帰りてぇ」
そうして作ったプリンは、実は器用な樹虎と、文句無しに料理上手な心実のおかげで大成功。プルプルの黄色い本体に、トロリとしたカラメルソースが絶妙に絡まる、見た目も味も最高の出来となった。
私? 私は途中で、樹虎に「邪魔だから下がってろ」って台所を追い出されたけどね!
みんなで食べたプリンがでかくて美味しかったから、私の大切な思い出がまたひとつ増えたのだった。