はじまりの前
本日より、竹書房様のWebコミックサイト『ストーリアダッシュ』でコミカライズ連載開始してます。
無料で読めますよー! 飴色みそ先生によるカラーが綺麗です! オススメは団子三姉妹が可愛いことです(笑)
本日付けの活動報告に詳細あるので、ぜひチェックしてみてください☘
感想でのお祝いも本当にありがとうございます! 全部読んで泣いてます。
明日には記念に、新規SSもアップ予定です。
本日の更新分はちょうど、本編前の時間軸なのでプロローグのプロローグって感じです。
合わせて楽しんで頂けたら幸いです!
「今日もダメだったなぁ……」
思わず飛び出た陰鬱な呟きを、湿った空気に溶かしながら、私は学校からトボトボと寮に帰宅した。
この学校で数少ない私の味方で、穏やかな瞳でいつも迎えてくれる梅太郎さんは、用事があるとかで今は不在だ。
彼の何処まで優しいトーンで紡がれる、「おかえり、三葉ちゃん」の声が無いだけで、私の沈んだ気持ちはさらに水底へと沈殿していく。
今日も、魔法の授業は上手くいかなかった。
初級の移動魔法は辛うじて使えるようになったが、それだけだ。他の魔法はどうしても成功しない。担任の鬼畜眼鏡教師には、またしつこく嫌味を言われた。
クラスメイトともろくな会話が出来なかった。
頑張って話しかけてみても、なんだか空気が余所余所しい。まともな会話らしきものが、団子三姉妹から押し付けられた仕事の了承の返事だけとか、そろそろ友人との話し方まで忘れそう。
ペアの不良くんとも相変わらずだった。
初対面で「俺に必要以上に近寄れば潰す」と言われた通り、最低限の接触で済ませてはいるが、それでも仮にもペアなのに、殺伐とし過ぎて嫌になってくる。なんであの人、あんなに怖いの。
最近は気を抜けば、涙腺が緩んできて困る。
寮内を俯いたまま歩き、私はようやく自室へと辿り着いて、ベッドに力なく身を投げた。
枕に顔を埋めて、ただただ涙が零れないように耐える。誰も見てなくても、泣かないことだけが私の最後のちっぽけなプライドだ。
一体どこで何を間違えて、私はこんな限りなく黒に近い灰色の高校生活を送っているのだろう。
憧れの高校のブレザーの制服を着て、放課後に友達と集まって遊ぶようなことは?
新しく出来た可愛い女の子友達と、お弁当を一緒に食べたり、趣味の話で盛り上がったりするような、細やかだけど大切な日常は?
魔法なんていらない、普通の授業で難しいところを先生に聞きに行って、ちょっとだけ真面目に勉強をしているフリをするような、そんなイベントは?
高校生らしく、クラスに好きな人とかが出来て、些細なことでもドキドキしちゃう青春模様は?
――――今の私には何一つ無い。
あるのは、ろくに魔法も使えない『落ちこぼれ』のレッテルだけだ。
体制を変えて横になれば、視界に入る自分の変色したピンクの髪に、虚しい気持ちが加速する。
なんだ、この色。
ピンクなんて私の趣味じゃないんだよ、畜生。
うーと意味もない唸りを上げて、私は視界を閉ざすために瞼をゆるりと落とす。
疲れた頭に浮かぶのは、離れてしまった家族のことや地元の友人たちのことだ。
お母さん、お父さん、たんぽぽ、つくし。
紅葉、杏、かえちゃん。
他にもみんな、元気にしているのだろうか。
「会いたいなぁ……帰りたい、なぁ」
私の居場所がちゃんとある、あの空間に。
そこまで考えて、私は何度でも襲う目頭の熱さと戦う。ついにホームシックまで襲ってきてしまった。まだまだ週の真ん中、明日も学校に行かなければならないのだから、ここで心折れていてはダメなのに。
今は、耐えるしかないのだから。
我慢していれば、いつか少なくてもこの学校に友人が出来る。不良君とだって、まともなペア関係を築けるし、先生とだって仲良くなれる。
そう、一年後くらいにはきっと。
根拠のない未来を無理やり信じ、だから今は耐えろと、私は自分に言い聞かせる。
だけどそれに相反するように、疑問を呈する自分も心の片隅に居て。
ねぇ、本当に?
ただこうやって我慢を続けることで、こんな惨憺たる日々は終わるの?
本当に――――何もしないで耐えているだけで、この状況は抜け出せるの?
「にゃあ」
「……シラタマ?」
答えのない押し問答に突入しかけたとき、窓ガラスをコンコンと叩く、可愛らしい音が室内に響いた。
目を開いて起き上れば、薄いガラスの向こうで凛と佇む、一匹の猫の姿を見咎める。
寮の裏で倒れていたところを助けてから、たまに私の部屋に遊びに来るようになった、野良猫の『シラタマ』だ。
名前は私の好物である『白玉』からとって勝手につけたのだが、わりと自分では気に入っている。
果たして本当に野良猫なのかと疑うほど、綺麗な純白の毛を持つ美猫。おまけに賢くどこかミステリアスで、まるで狙いすましたかのように、こうして私がドン底まで落ち込んでいる時ばかりやって来る、不思議な猫なのである。
だけど、そんなシラタマの存在に、気分が少しでも浮上したのは事実。
梅太郎さんが居ない今、この学校での私の絶対的な癒しは、もうこの猫しかいない。
窓を開ければ、彼はスルリと隙間から部屋に侵入し、床に華麗な着地を決めた。重苦しい曇天から、雨が零れる前で良かった。
「今日はどうしたの?」
そう問えば、シラタマはゆらゆらと尻尾を振るだけ。
彼とおしゃべりが出来たらいいのに。
「……あのね、シラタマ。また聞いてくれる? 今日もさ、学校でなんか色々と上手くいかなくて。団子三姉妹はムカつくし、担任は理不尽だし、不良君は怖かったよ」
「にゃあ」
「魔法なんてファンタジー能力、私はいらないのにね。勝手に落ちこぼれ呼ばわりとか、マジなんなの。不良君に至っては、私の名前すら覚えてないんだよ? 一応ペアなのに。グズとか口悪すぎ。いつかちゃんと、私の名前を呼ぶ日がくるのかね、アイツ」
しゃがんでシラタマの頭を撫でながら、うだうだと愚痴を垂れ流す。
耳をピクピクと動かす彼は、ちゃんと私の話を聞いてくれているような気がするから、やっぱり不思議だ。
心なしか憂鬱も、幾分か薄れてきた気がする。
「……そんないつも通りの一日だったけど。こうしてシラタマが来てくれて、ちょっと持ち直せたよ。ありがとうね」
小さく笑ってお礼を述べれば、シラタマは用は済んだと言わんばかりに、軽い身のこなしで窓枠へと飛び乗った。
もうお帰りらしい。
最後にもう一鳴きしてから、彼はまるで吹き抜けた一瞬の風のように、私の部屋から去って行った。
「うん。明日もまたちょっとだけ、頑張ってみようかな」
シラタマから元気をもらって、まず私は帰ってからそのままだった、制服を着替えることから始めようと思った。
――――それは、一度すべてが終わって、新しく私の日々がはじまる、前のこと。
ここから本編1話に繋がるので、コミカライズで読み直すのもアリだと思います!
よろしくお願い致します。