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6 癒しの時間

「あの、大丈夫……?」


 木葉さんも私の顔を見て驚いているようで、一向に動く気配がない。私が恐る恐る声をかけると、やっとハッとしたように、彼女は自力で立ち上がった。


「大丈夫です。お気遣いなく。私はもう行きますので」

「あっ、待って!」


 スカートを払い、またもやすぐに立ち去ろうとする彼女を、私は今度こそ腕を掴み引き留めた。このチャンスを逃してはならない。


「……なんですか。早く離してください」

「あのっ、まずはえーと、あなたに渡したい物があって! ちょっとだけ、ちょっとだけここで待ってて!」


 訝しげな彼女に一方的に捲し立て、私は急いで、すぐそこの自分のクラスへ飛び込んだ。机にかけてあるスクールバッグから、一冊のブックカバーのついた本を取り出して、それを持って彼女のもとへ戻る。

 律儀に待っていてくれた木葉さんは、私の差し出した本を見て、大きな目をさらに真ん丸にした。


「これはどこで……」

「昨日あなたが保健室を去ったあとに、椅子に置き忘れてあったんだよ。あ、中身は見てないから安心して」

「あのとき、ですか。……ありがとうです。ずっと、探していたんです」


 本を受け取り、大事そうに胸に抱え込む様子は、昨日も少しだけ感じた柔らかい雰囲気を纏っている。私は今なら言えると思い、改めて彼女に向き直った。


「お礼はこっちこそだよ。昨日は助けてくれて本当にありがとうね」

「……私は倒れているあなたを偶然見つけて、先生を呼んだだけです」

「でも、私が起きるまで待っててくれたよね? すっごい心配してくれたみたいだったし」


 だから、ありがとう。

 そう言って笑えば、彼女は照れたように顔を背けた。


 これで、私の木葉さんに対する用事は終了だ。

 だけど個人的に、私はもっと彼女と話がしてみたかった。私だって、たまにはガールズトークがしたいのだ。


「でもその本、すっごく大事にしてるんだね。木葉さんって、かなりの読書家なの?」


 ながらく女の子とまともに話していないので(団子三姉妹は論外だ)、どんな感じで話題を広げればいいかわからない。無難に本の話題を出すと、彼女は戸惑うように瞳をさ迷わせた。その仕草は、本当の小動物のようで可愛いらしい。


 遠目で見た彼女は、いつも一人で、人を寄せ付けないオーラのようなものを放っていた。

 けれどきっと、こちらが木葉さんの素なのだろう。


「えと、はい。本は好きです。私の好きな世界に浸れます。それに、その……本を読んでるときは、周りの声とかが入ってこなくて楽、です」


 そう言って長い睫毛をわずかに伏せた彼女は、天才なんて言われてる孤高の存在じゃなくて、私には年相応の普通の女の子に見えた。


 それに、私もその感覚はわかる。私だってここに入学してから、読書量が一気に増えた。本に集中すると、煩わしい色んなものから現実逃避出来る。何より、楽しそうなクラスメイトの声を聞かずに済むし……。

 うんうんと、私は内心で木葉さんに同意する。恐らく私と彼女では、厳密には言葉の意味することが違うのだろうが、私は勝手に親近感を抱いていた。


 もっと話を続けようと口を開こうとしたら、彼女は急に弾かれたように顔を上げる。


「す、すみませんです、私ったら変なこと……。も、もう失礼させていただくです! 本はありがとうございました! では」

「あっ!」


 彼女はあたふたと取り乱した後、今度こそ捕まえる間もなく、廊下を駆けて行ってしまった。


「……逃げられちゃった」


 廊下には私の残念そうな声と、そういえば食べてなかったお昼を思い出させるように、腹の虫が虚しく響いたのだった。



♣♣♣



「――――と、いうわけでですね! 私は今日、ついにあの鬼畜教師に一矢報いたんですよ!」

「おお。前からずっと三葉ちゃん、『あの眼鏡いつかシメる』っていってたからねぇ。ついにったんだねぇ」

「な、なんか今ちょっと物騒でしたよ、梅太郎さん」


 今では恒例となった、放課後の寮監室でのお茶会。落ち着く畳のスペースで、私は梅太郎さんの手作りの茶菓子を頂きながら、今日の功績を語っていた。ちゃぶ台を挟んで向かいに座る梅太郎さんは、にこにこと私の話を聞いてくれている。


 『寮の仏』と言われている梅太郎さんは、白い顎鬚を生やした、柔和な顔立ちの素敵なおじいちゃんだ。それなりのお歳のはずだが、真っ直ぐ伸びた背に、優しげだが覇気のある強い眼差しをお持ちだ。若かりし頃は、なかなかのイケメンさんだったのではないかと思う。


 そんな梅太郎さんは「よかったねぇ」と言いながら、私の皿にお菓子を追加してくれた。


「いいんですか? もうかなり頂いちゃったのに」

「だってねぇ。三葉ちゃんをずっと苛めていた若造に、一本取ってやったんだろう? それならお祝いしなくちゃねぇ。昨日は倒れたって聞いて心配したけど、今日は元気そうでよかったよ」

「梅太郎さん……」


 本物の仏だ……。


「そうなんです! 今日は他にも、隣のクラスの子と普通にお喋りもしたんですよ! あと、えーと、今日は天気もいいです! いいこといっぱいでした!」


 梅太郎さんを前にすると、私はいつもよりも饒舌になり、些か口調も幼くなる。梅太郎さんが癒しすぎて、つい甘えてしまうのだ。

 

「そうだねぇ。天気がいいのはいいことだよ。……でも、ちょっと問題もあってねぇ」

「? 何かあったんですか?」

「いやね、最近は雨続きだから良かったんだけど、今日はとっても晴れてただろう? するとね、訓練棟の裏を、ちょっと素行の悪い……俗にいう不良と呼ばれる子達が、溜まり場にしてねぇ」

「不良……」


 この単語を聞くと、私はあの赤髪との苦い記憶を思い出して、露骨に顔を歪めてしまった。


「明日は土日だから、なんか集会? みたいなのも開くらしいだよ。定期的に」

「不良の集会、ですか」

「そうそう。それでねぇ、僕の月一の、各棟の周辺清掃が次の月曜日にあってね。タバコの吸殻とか空き缶とか、ゴミが酷いんだ。最近はちょっと腰が悪くなってきたから、少しキツくてねぇ」


 僕も魔法が使えれば楽なのにね、と、珍しく困り顔で梅太郎さんは笑う。


 教師も全員が魔法適正者であるこの学校で、非常にレアなことに、梅太郎さんは非魔法適正者だ。なんでこの学校の寮監をしているのか、聞いたことはないが、私は梅太郎さんがいない寮なんてもう住めないので、これからもずっと居てほしい。


「ごめんね、せっかく良い報告をしてくれてたのに、僕が愚痴を言って」


 何処までも気を使ってくれる言葉に、私はブンブンと首を横に降る。いつもお世話になっているのだから、むしろ何でも言ってほしい。


 しかし、許せないのは不良共だ。梅太郎さんにいらない迷惑をかけやがって。


 それなら、と、私はある提案を閃いた。


「月曜日のお掃除、私が手伝いますよ! 二人でやればすぐです!」

「え、でも、早朝だよ? 授業が始まる前だし……」

「私、あの鬼教師いわく、早起きが唯一の特技らしいんで大丈夫です!」


 忌々しい鬼畜教師の嫌味も、今はもう皮肉として扱える。


 私は常々、梅太郎さんには恩返しがしたいと考えていた。私は彼の存在に何度も救われてきたのだ。余命が限られているこの間に、少しでもその恩に報いたい。


「じゃあ、悪いけどお願いしちゃおうかねぇ」

「はい!」

「それなら、僕の手伝いということで、三葉ちゃんの魔法の使用許可をもらっておくよ。三葉ちゃんの得意な移動魔法を使えば、ゴミ拾いなんてすぐだからねぇ」


 言い回しが優しすぎます、梅太郎さん。

 移動魔法が得意なんじゃなくて、それしか使えないだけです。


「今度お礼に、三葉ちゃんの好きな白玉ぜんざいを作ってあげようねぇ」


 ……やっぱり、梅太郎さんは私の癒しです。


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