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三葉とポチ太郎と雪うさぎと

「わふ!」

「……ポチ太郎?」


 朝、寮の寝室で目を覚まして、残り僅かになった手の甲のカウントを確認して。

 込み上げる憂いを払うように、ベッドから勢いよく飛び降りて。

 今日は日曜日だし梅太郎さんのとこに遊びに行こうかなと、もこもこのセーターに着替え、ふと水滴の張る窓を見たら。


 ――ガラスの向こうに居たのは何故か、私と同色のピンクの毛を持つお騒がせドッグ、ポチ太郎であった。




「ちょっと、こら! 大人しく捕まりなさい! 誰かに見つかったらどうするの!」

「わふわふわっふー」

「あーもう、浮遊魔法は反則でしょ!」


 何で寮にポチ太郎が? 草下先生はどうしたんだ? また逃がしたのか?

 というか誰かに見つかる前に、早く奴を保護しないと!


 一気にそこまで思考して、私はコートやマフラーを身につける間もなく、一目散に寮を飛び出した。休日の朝の早い段階のおかげで、起きて活動をしている生徒が居ないようなのは幸いだ。

 空からは疎らにチラチラと粉雪が降り、地面も薄らと積もっている。

 白い息を吐き出しながら、私は凍える空気の中、寮の裏庭でポチ太郎と不毛な追いかけっこをしていた。


「よし、捕まえた!」

「わふふ!」


 浮遊魔法を使い、ふわふわと雪の中を踊るポチ太郎を捕まえるのは至難の業だが、もう幾度とない脱走のせいで、大分コイツの行動パターンも読めてきた。

 私は何とか奴の動く方に先回りし、ぎゅっともふもふの身体を抱き込んで、ポチ太郎を確保することに成功する。


 これでまずは一安心……と思ったのも束の間。

 やはり私はまだまだ、ポチ太郎の動きを読み切れてはいないようだった。



♣♣♣ 



「……浮遊魔法の次は転移魔法、いつものコンボね。分かってはいたけど、まんまと引っ掛かる私も私かな。あーもう、何で休みの日にわざわざ学校に飛ばすわけ……」

「わふわふ」


 腕の中のポチ太郎は、文句を零す私など知らんふりで、呑気に鳴き声をあげている。

 捕まえた瞬間に、青い光に包まれ軽い眩暈がしたかと思えば、気付いたら私は、学校の花壇の傍で立ち尽くしていた。

 

 まだ教師寮の近くなら、草下先生にそのままポチ太郎を引き渡せたのに。

 ここから教師寮までは些か距離があるし、化学室も遠い。いや、コイツがもう一度転移魔法を使えば、そんな距離など意味をなさないのだが。

 そもそも何でこんな場所まで私を飛ばしたのか、相変わらずポチ太郎の思考回路は理解不能だ。


 いくらセーターを着込んでいても、防寒具無しでいい加減冷えて来たし。

 私はホッカイロ代わりにポチ太郎をぎゅうぎゅう抱き締めながら、白い溜息をつく。


「本当、何がしたいのかなお前は。意味があるようで無い遊びは止めて、さっさと私を寮に帰してよ。そんでお前は早く化学室に戻って、草下先生の用意したぬくぬくクッションで寝てなさ……って、あ!」


 油断した。

 ポチ太郎の毛を撫で繰り回して、ブツブツ小言を溢していたら、隙を突かれて腕から逃がしてしまった。


 ただ今度は、ポチ太郎は浮遊魔法を使わず(寮から学校までの転移は、さすがに魔力の消費量が大きかったのかもしれない)、短い足でポテポテと雪の上を歩いて、花壇のブロックへと軽快に飛び乗る。

 しかも何か、私に見せたいものであるようで、彼はこっちに来いと言わんばかりに、催促するように「わふわふ!」と尻尾を振っている。


 といっても、雪を被っている花壇の花なんて、わりと見慣れているんだけどな……そう思い、渋々誘いに乗って近づくと、ポチ太郎が見せたかったのはどうも花では無かったらしい。


「――――雪うさぎ?」

「わふ!」


 ブロックの上に鎮座していたのは、雪を楕円形に固めた、俗にいう『雪うさぎ』だった。耳に見立てた緑の葉と、瞳代わりの赤い実が愛らしい。


 ……でも、全体的に不格好だな。

 これを作った人は、余程の不器用さんらしい。

 だけど一生懸命に作った感じが凄く伝わってきて、妙にほっこりしてしまう。冬らしくていいじゃないか。


「……もしかして、ポチ太郎はこれを私に見せたくて、此処にわざわざ連れて来たの?」

「わふ!」


 元気の良いお返事。

 どうやらその通りのようだ。

 

 本当に、もしかして。もしかしてだけど。

 最近の私は、冬になって近付く余命の終わりに、知らず知らずの内に暗い表情を覗かせてしまっていたのかもしれない。

 この犬は何だかんだで賢く聡いから、私の気持ちの裏側を見抜いて。

 それで……彼なりに元気づけようとして、私を外に連れ出して引っ掻き回したとか。


 まぁ、ただコイツの退屈凌ぎに付き合わされただけかもしれないけど。むしろそっちの可能性9割だけど。


 それでも、しゃがんで形の悪い雪うさぎと目を合わせると、何だか肩の力が抜けて笑えてきた。

 特に瞳の実の、綺麗な赤。

 その色が『彼』の燃えるような髪を彷彿させて、妙に見ているとホッとする。


 そんな風に、相棒である彼の顔を思い浮かべていたからだろうか。


 背後から「何してんだ、お前」と。

 突然彼の――――樹虎の声がした時は、私は肩を盛大に跳ねさせて驚いた。


「き、樹虎!? な、何で此処に? 今日は学校はお休みだよ? 間違えて登校してきたの?」

「……馬鹿にしてんのか。昨日は土曜だったから街に出掛けて、さっき戻ってきたんだよ。まだ寮に入れねぇから、此処で時間潰してただけだ」


 朝帰り。不良だ!


 樹虎は黒いロングコートを着て、灰色の無地のマフラーにその端整な口元を隠し、煩わしげに髪を掻いている。

 寝不足といった感じで機嫌が悪そうだ。眉間にめっちゃ皺寄ってる。


「そういうお前こそ、こんなとこで何やってんだ」

「いや、実はポチ太郎に……ってあれ」


 さっきまで横に居たポチ太郎は、私と樹虎が会話をしているうちに、またしても忽然と姿を消していた。

 雪の上に、ちょんと丸い足跡だけを残して。


 用件を終えたら素早くトンズラするその行動力、流石である。


 恐らく奴は残りの魔力を全て使って、いい加減自室へと戻ったのであろう。それ以上の魔法を使う魔力は、私よりも遥かに魔力量が多いであろう彼にも難しいはずだ。

 

 『ポチ太郎被害者の会』のメンバーである樹虎(勝手にメンバー入りさせただけ)は、私の少ない言葉だけで状況を理解したようで、呆れた眼差しで私を見下ろしてくる。


「またお前はあの犬に振り回されてたのか。それに何だ、その不細工な雪の塊。お前が作ったのか?」

「私じゃないよ、此処に置いてあっただけ。あ、ねぇ、この雪うさぎの目の色、樹虎の髪色に似てない?」

「……それ雪うさぎだったのか。あと一緒にすんな。はぁ、もういい、俺はそろそろ寮に戻る。お前もどうせ女子寮に帰るんだろ。さっさと行くぞ」

「あ、うん」


 樹虎の言葉に従い、私も雪うさぎにお別れを告げて、スカートの雪を手早く払い立ち上がろうとする。 

 大分指先も冷たくなってきたので、私も帰って温まろう。


 そんなことを考えながら、足を伸ばしたところだった。


 ふわりと私の頭上から、灰色の温もりが降ってきたのは。


「え……樹虎、これ」

「こんな雪の中で、セーターだけの恰好とか馬鹿だろ。……貸してやるから、寮に着いたら返せ」


 そう言ってコートの裾を翻し、早々に歩き始めた樹虎の首元は、冷気に晒され少し寒そうだった。

 物言いが相変わらず素直じゃないなぁとも思いつつ、彼らしい気遣いの仕方が嬉しくて、私は含み笑いを溢しながら頂いたマフラーを巻く。

 

 駆け足で樹虎の横に並べば、彼の赤い髪と、私の首に巻かれたマフラーの裾が、緩く振り続ける雪の中で小さく揺れた。


 くだらない話をしながら、歩く雪道はもうあまり寒くなくて。



 ポチ太郎と雪うさぎと樹虎にちょっぴり感謝した――ある雪の日の話。



ちなみに雪うさぎを作ったのは理事長だったりします。あとで梅太郎さんに見せるつもりでした。

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