表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/85

寮監室の麗らかな午後

魔法模擬試合の少し前くらい、梅太郎さんと理事長のお話です。コミカライズ版のふたりのキャラデザも素敵ですよ!

 暖かい日差しが小窓から差し込む、麗らかな午後。

 私立桜ノ宮魔法高等学校の寮監室にて。


 そこの畳のスペースに座り、白い顎鬚の柔和な顔立ちの男性は、黙々と手先を動かしていた。彼の前にある古めかしいちゃぶ台には、真白な布や裁縫セットが広げられている。

 一針一針。

 綿を詰めた生地を縫い合わせていく様子は、丁寧かつ手慣れたものだ。


「それで、梅は結局、何を作っているのかしら? 犬? 豚?」

「猫ですよ、お嬢様」


 ちゃぶ台を挟んで向かいに座る女性は、赤いネイルの施された爪で、針山の待ち針をツンと突く。金の縦ロールヘアーが特徴的な迫力美人である彼女は、梅と呼ばれた男性の大切な『お嬢様』にして、この学園の頂点に立つ存在だ。


 立場のわりに自由人な彼女は、「何だ、猫のぬいぐるみなのね。豚の方が可愛いわよ。今から白豚にしてはどう?」と無茶を言い出す始末。

 それに男性は困ったように苦笑しながらも、緩く首を横に振る。


「ダメですよ、これは『あの子』にあげる、お守り代わりのぬいぐるなんですから。あの子の友達であるシラタマという名前の、綺麗な白猫をモデルにしているんです」

「あの子って、梅の話によく出てくる?」

「はい、よく此処に遊びに来てくれる子です。最近は魔法模擬試合に向けて、ペアの子と頑張っているみたいですからねぇ。ちょっとした激励で、贈り物をあげたくて」

「ふーん……会ってみたいわね、その子。シラタマという名も、なかなかセンスが良いわ」


 このトンデモセンスのお嬢様に褒められて、果たして喜ばしいのだろうか。

 そう男性は思ったが、ここは何もツッコまずにおいた。


 むしろ自分の意見が却下されたことに、ちょっとだけ不満の残る彼女のご機嫌取りを、彼はさりげなく行う。


「白豚のぬいぐるみは、今度作りましょうかねぇ。そっちはお嬢様に差し上げますよ」

「も、もう卒業したわよ、ぬいぐるみなんて。幼い頃と一緒にしないで頂戴。……まぁ、貴方が趣味で作って、くれるというなら頂くわ」

「はいはい」

 

  唇を尖らせつつも、爪や纏うスーツと同じ鮮やかな紅色の瞳に、確かな期待を滲ませるお嬢様。そんな彼女の態度に、男性も慣れた調子で返す。

 何だかんだ言っても、喜んでくれることが分かっているのだ。


「……三葉ちゃんも、これを渡して喜んでくれるといいんですけどねぇ」

「三葉? ああ、その子の名前ね。喜ぶんじゃなくて? 梅とその子は、とても仲良しなのでしょう。親しい人からのサプライズの贈り物というのは、嬉しいものよ」

「そうですね……頑張っている三葉ちゃんに、少しでも元気をあげられたら、僕も嬉しいですねぇ」


 均一に並んだ糸目を見つめながら、男性はふと思い返す。


 まだ入学して間もない頃。

 話題に上がっているその少女は、いつも泣くのを我慢した顔で、男性の待つ寮に帰って来ていた。小さな背中はどんな時も寂しそうで。彼女の学校生活が、様々な要因で順調とは言い難いものであることは、男性も知ってはいたが、彼にはその様子が酷く悲しく映った。


 本当はもっときっと、明るく笑う少女であるのだろうに。


 所詮しがない寮の管理人である男性には、彼女を気に掛けてあげることしか出来なかった。彼女の環境自体を変えることは、男性には不可能だったのだ。


 ――――だけど。


「今の三葉ちゃんには、僕のお守りなんて、必要ないかもしれませんねぇ。彼女には最近、とても素敵なお友達が出来たみたいですし。ペアの男の子とも、ちょっとずつ上手くいき始めているようで……本当に、よく笑うようになりました」


 一旦、区切りのいいところで彼は糸を紡ぐ針を止め、窓の方に視線をやった。青く晴れ渡った空では、悠々と漂う雲が風に誘われ、何処かへと流れている。僅かに開いた隙間から、入り込む空気が心地よく、男性はそっと目を細めた。


 耳を澄ませば、楽しそうに学校での日々を語って男性に聞かせる、少女の声が聞こえるようだ。


「やっぱり、女の子は笑顔が一番ですよねぇ」

「……何タラシみたいなことを言っているのよ。梅は昔から、そういうところがあるわよね。私の家で一緒に過ごしていた時も、使用人の女の子を誑かすようなこと言って、何人も勘違いさせていたでしょう」

「? そんなこと、した覚えはありませんよ?」

「そう言うと思ったわ」


 ふんっと顔を背けて、女性は男性の淹れたお茶を啜る。せっかく右肩上がりになった機嫌も、また下がってしまったようだ。

 何とも扱いに困る、難しいお嬢様である。

 それでも男性は、こんな彼女と過ごす時間がとても貴重なものであることを、重々承知していた。


 穏やかな微笑みを残し、男性は作りかけのぬいぐるみを置いて、静かに立ち上がる。

 彼女の気分を再び浮上させる最終兵器……男性お手製のお茶請けが、まだ控えてあるのだ。


 この甘味は、そのうち少女の方にも振る舞おう。

 ぬいぐるみも手渡して、そしてまた、楽しそうな話を聞かせてくれたらいい。


「どうか三葉ちゃんの明日が、今日より少し楽しい日でありますように」


 そう誰とも知れず呟いて、男性は手製の白玉ぜんざいを盛った器を持ち、お嬢様との穏やかな時間の中に戻っていった。





「ところで梅、ちょっと考えたんだけど、そのシラタマ人形の尻尾や首に、特大の鈴やリボンをつけたらどうかしら? より派手で可愛くなるし、それで贈った方が、その子もさらに喜ぶはずよ。鈴は純銀、リボンは赤に金ラメでいきましょう」

「お嬢様、余計なことはしないでください」



 ……無事に白猫の人形が、少女の手に渡ったかどうか。

 それはまた別の話。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【お知らせ】
書籍版、新紀元社様から全3巻発売中です☘
コミカライズ単行本も全3巻、竹書房様より発売中☘

描き下ろしもいっぱい作って頂きました☘️
なにとぞよろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ