山鳥少年の思惑
時系列は三章の始めくらい、山鳥君視点のお話です。
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それなりに、人付き合いは得意な方だという自負はある。
魔法の成績もそこそこで、通常の勉強だって万遍なく平均は取れるし、運動は好きだ。所属している『魔法スポーツ研究部』でも、成果を上げて楽しくやっているし。人に頼られるのは嫌いじゃないから、クラス委員長とかも引き受けてみたり。
そんなふうに、順調に高校生活を満喫している俺・山鳥昴には、最近。
「どうやって渡そうかな、このサクラバッチ……」
――――気になっている女の子が、いる。
「お姉さま、お昼をご一緒致しましょう。二木さんは抜いて二人で。二木さんは抜いて!」
「心実、そこは樹虎も呼んであげようよ……」
時刻は昼休み。
がやがやと騒がしい教室の入り口で女の子が二人、楽しげに会話に華を咲かせている。
廊下側に居る方が、木葉心実さん。眩い金髪に大きな紫の瞳を持つ、お人形さんのように綺麗な子だ。実は中学から飛び級して、この桜ノ宮魔法高等学校に入学してきたらしい魔法の天才少女。
前の魔法模擬試合では、男三人を魔法で軽く吹っ飛ばすところを、俺はバッチリ観戦していた。人は見かけによらないよな。
そして、彼女に相対する、丸い琥珀色の瞳にピンク髪の女の子が、野花三葉さん。
木葉さんのように華やかな容姿ではないが、愛嬌のある笑顔や、健康的な明るい雰囲気が好ましい…………俺の気になっているクラスメイト。
「今日は屋上に行きますか? 晴れているから、きっと空気が心地良いのです」
「そうだね。じゃあ樹虎も呼んで、三人で屋上に行こうか」
「……やっぱり呼ぶんですね。いえ、お姉さまが楽しそうなら、私はそれでいいのですが」
ドアに近い席故に、俺の耳には二人の会話が自然と入ってくる。
仲良く談笑する様子は、友達同士というより姉妹といった感じだが、何にせよ微笑ましい。離れたところでバカ騒ぎをする友人達の輪には交ざらず、俺は何とはなしに、自席に座って野花さんたちをぼんやりと見守っていた。
不貞腐れた顔を覗かせる木葉さんに、野花さんは可笑しそうに口元を綻ばせている。
その木葉さんを見る眼差しがとても穏やかで優しげで、「ああいいなぁ」と、俺は改めて思ってしまった。
――――彼女を意識するようになったのは、梅雨入りを間近にした六月頃だっただろうか。
それまでは、ただの一クラスメイトとして、別段気に掛けている存在ではなかった。
いや、水村さんたちにいつもパシられていて、内気で気弱な印象があったから、委員長として何度か助け船を出すことはあったけど。
そこまで親しくしていたわけではなく、同じ教室に居るちょっと暗い女の子程度の認識だったんだ。
それが変わったのは、不良に絡まれていた木葉さんを、野花さんが助けるのを目撃したとき。
魔法も下手でろくな対抗手段も無いのに、ボロボロな格好で立ち向かう姿が、凄くカッコよく見えた。女の子相手に、心底『カッコいい』なんて思ったことなかったから、とても驚いたのを覚えている。
しかも、あの大人しいと思っていた野花さんが、だ。
それから彼女に興味が湧いて、話してみたら存外人当たりも良く、さらに好印象。魔法模擬試合で一生懸命がんばっている様子なんかも、ついつい目で追うようになっていて、まぁ、気付いたら……そういう感情を持っていた。
そんな経緯も踏んだ上で、今の俺の素直な気持ちとしては、もっと彼女と親しくなりたいのだ。
ただの『面倒見のいいクラスメイト』として終わるものかと、密かに闘志も燃やしている。
そんな俺に舞い込んできたチャンスが――――文化祭で行われる最終イベント・『サクラサバイバル』なのだ。
「……あ、あった」
教科書を片づけるフリをして、俺は机の中から、小型の桜を模ったバッチを引っ張り出した。名前もまんま『サクラバッチ』。
これを野花さんに渡して、サクラサバイバルに俺と一緒に出てくれないか、誘ってみようというのが俺の計画だ。
これを差し出してペアを申し込むことは、女子の間では『ペアリング渡し』とか言われているそうで、もうイコール告白みたいなものだが、その辺は踏み込んでいかなくちゃな。
それくらい真正面から当たっていかないと、たぶん、彼女は俺をそういう対象としては見てくれないだろうから。
だって。
「あ、樹虎! また授業サボって何処行ってたの?」
「……何処でもいいだろ、お前には関係ねぇ」
「あるから、ペアだから。樹虎がサボると私にも影響出てくるから。まぁ、どうせあのお気に入りの樹の辺りだろうけど……これからお昼? それなら一緒に食べようよ」
「そこの俺を睨んでいるチビも居るんだろ。めんどくせぇから断る」
「良かったね、心実。樹虎も屋上で一緒に食べてくれるって」
「……お姉さまがそう言うなら、仕方ありませんね。仲間に入れて差し上げるのです」
「人の話を聞け!」
廊下を通りすがったところで、野花さんに引き留められた赤髪の彼は、苛々と声を上げた。以前ならそれにビビっていたであろうクラスメイト達も、今では慣れたもので、特に誰も気にした様子はない。
彼の名前は二木樹虎。
燃え盛る赤髪に野性的な金の目が特徴的な、男の俺でも強面だけどイケメンだなぁと思う、野花さんのペアだ。
二木くんは俗にいう不良というやつで、以前まではクラスの連中にとって恐怖の対象だった。だけど、ああして野花さんたちと普通に……むしろちょっと弄られ気味に話す場面が頻繁に目撃され、彼のマイナスな印象は薄らぎつつある。
今だって鬱蒼しそうにしながらも、二木くんは結局、野花さんに良いように丸め込まれている。
彼なら簡単に振り払えるだろうに、ぐいぐい腕を引く野花さんを突き放したりはしないし。……そんな彼を少し『羨ましい』と思う俺は、立派に片思いのやっかみ男子だ。
「勝てる気がしないなぁ……」
思わず出た弱気な独り言は、教室の喧騒に虚しく溶けた。
俺のペアである森戸さんにこんな呟きを聞かれたら、「山鳥君ってヘタレリア充だったんだね」とか、謂われなき中傷を受けそうだ。彼女は慎ましやかな外見に反して、わりと容赦ない。
「ほら、早くしないと昼休み終わっちゃうよ」
「急ぎましょう、お姉さま!」
「クソっ、分かったから引っ張んな!」
手の中のサクラバッチを転がしながら、少し憂いに浸っている間に、三人は教室前からバタバタと去って行ってしまった。きっと今から屋上に向かうのであろう。
俺の方にも教室の端から、「おーい、山鳥! そろそろ食堂行くぞー!」と、友人たちから声がかかった。
少し迷ったが、俺はバッチを今度は机ではなくポケットの奥に仕舞い、返事をしつつ席を立つ。
……ぶっちゃけ、勝算なんてものは何も無いのだけど。
それでも、勝負を仕掛けないことには、始まるものも始まらないからな。
どうバッチを野花さんに渡そうか考えながら、俺は友人たちの輪に加わっていった。