53 想送
次に、私は梅太郎さんの元を訪れた。
彼は理事長さんと共に寮監室にいて、現れた私に「三葉ちゃんなのかい?」と、いつもよりしわがれた声で問い掛けてきた。でも理事長さんの方は最初、私が認識出来ておらず、声も聞こえていなかったようで、困惑の表情を浮かべていた。
そしてふと、これは思い浮かべた人と会える魔法だと思い出し、彼女にも自分の姿が見えるように念じてみた。この辺は何となく、樹虎にラブレターもどきを送ったときの魔法を連想させる。
やはり魔法の根幹は、想像力も含めた意思の力にあるのかも。
遅れて私の姿を見咎めた理事長さんに、魔法でさよならを言いに来たことを告げれば、勢いよく抱き着かれてびっくりした。
そんな彼女を嗜める梅太郎さんの目は、薄らと赤くなっていて。
…………私はやっと、何故こんな時間帯に、二人が寮監室で一緒に居たのか分かった気がした。
慣れ親しんだ空間に浸り、一足早く卒業でもした気分で「私は一年だけでも、お二人のいるこの学校で高校生活を送れて良かったです」と、しんみりと口にしたら、理事長さんはボタボタと泣き出してしまった。
そんな彼女の背を撫で、梅太郎さんが「僕もこの学校で、三葉ちゃんに会えて本当に良かったよ」と、赤みの残る瞳で何処までも優しく微笑むものだから。情けない顔を晒してしまったのは仕方ない。
やっぱり私は、最後まで梅太郎さんには弱かった。
でもいつかお茶会で話した、『お嬢様の前での梅太郎さん』も見れて満足だ。どうかこの先も理事長さんと二人で、仲良く生徒を見守っていって欲しいです。
梅太郎さんたちとさよならしたあと、私は家族にも会いに行った。
こちらは魔法等の不思議現象に慣れていないせいか、驚愕の仕方が大きかったな。
少しやつれたようなお父さんには、育ててくれた感謝と、すぐに何でもハマって集める癖を注意して。
瞼を腫らして嗚咽を上げるお母さんには、「素敵な名前をくれてありがとう」と、ずっと言いたかったことを言えた。
パジャマ姿の弟と妹には、寝惚けているのかよく分かっていないのか、あどけない顔で「お姉ちゃん、今度はいつ帰って来るの?」と聞かれ、これには胸が詰まって何も返せず、ただ二人をまとめて抱き締めた。
久しぶりに帰った我が家は、酷く懐かしく感じて。それでいて、何処より落ち着く私の居場所だった。
それから、親友のかえちゃんの処へも現れたのだが、そこで私は長い付き合いの中で、初めて彼女の泣き顔を見た気がする。
「来年も一緒に花火が見れなくてごめん」と言えば、「そんなことを謝るなバカ!」と頬っぺたを抓られた。その言動が如何にもかえちゃんらしく、何故か妙にホッとしたな。
それと、夏休みの時点で私に異変? というか、秘密があることには気付いていたというのだから、親友様に隠し事は出来ないなぁと思った。
……まさか『あの本』の作者がかえちゃんだったなんて、私の方は彼女の秘密には爪の先ほども気付かなかったけど。
心実といい、私は友人には本当に恵まれている。
――――――そんな感じで、まさに思うがままに、私は大切な人達に『ありがとう』と『さよなら』を言って回った。
みんなが『野花三葉』のことを想ってくれているのも分かって、嬉しい反面、表現し難い寂しさや悲しさも増したが……それでも、最後にもう一度会えて心底良かったと思う。
まだまだ会いたい人は居たけど、魔法で延長してもらった、お別れを言うためだけの時間は限られているから。
私は最後の最後に、大好きな彼の元へ行くことにした。
♣♣♣
てっきり寮の自室にでも居ると思ったら、私が飛んだ場所は学校の、訓練棟付近のゴミ置き場周辺。立ち並ぶ木々の中でも、特に大きな樹木の処に彼は居た。
いつものように、お気に入りのその木の上で寝ているのではない。
雪が完全に止み、雲間の隙間から注ぐ薄い月明かりを受けながら、彼は木の前で何をするでもなく、ただそこに佇んでいた。
――――――その後ろ姿は、まるで誰かを待っているようで。
私は周囲の空気を震わせるように、「樹虎」と、彼の名前を呼んだ。