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5 まずは一矢報いてやりました

 次の朝。私は普通に目覚め、普通に学校に行き、普通に午前中の授業を受けた。

 変わったことといえば、起きて見たら手の甲の数字が一日減っていて、『残り182日』になっていたことくらいだろうか。どうやら一日が終わるごとに、きっちりカウントしていくようだ。


 本当なら、今すぐにでも何かしらの行動を起こしたいのだが、正直、何から始めていいのかわからない。とりあえずちょっと早起きをして、シラタマをあちこち探してみたが、残念ながら見つからなかった。なんとなく、彼はしばらくは私の前には姿を現さない気がして、少し寂しくもある。


 それと……やはり気になるのは、私を突き落とした犯人だ。

 ゆっくり思い返してみると、恐らく犯人は『透明化』の魔法を使っていたのだろうと推測できる。あの魔法はわりと上級レベルで、確か気配も消せるはずだ。それなら、私が背後に立たれてもまったく気付けなかったのも頷ける。

 そしてあの時間に魔法の使用が出来たということは、魔法関連の部活、委員会、実技の自主練、先生の手伝いなどで、魔法の使用許可を取っていたということだろう。先生方が管理している『魔法使用許可者一覧表』の、昨日のデータを見れば、犯人は自ずと絞られていくはずだ。

 けれど、その表は一般生徒が簡単に見れるものでもない。

 さてどうするか、という感じだ。


 ちなみに私には、殺されかけるほど(というか実際に死んだ)恨まれる相手は、さすがに心当たりがない。むしろこの学校に関しては、私の方が恨みが多い気がするし……。

 とにもかくにも、犯人探しはまだまだ難航しそうだ。


 ――――それならまずは、目先の問題から片付けて行こうか。


「……よし」

  

 私はふうっと息を吐いて、とある教室の扉をノックした。ここは私にとっての悪魔の根城……化学室である。


「入れ」

「……はい」


 教室内に足を踏み入れれば、いくつかある実験用の広い机を陣取り、優雅にコーヒーを飲む草下先生が居た。ちなみに時間は昼休みで、先生の前には豪華な焼肉弁当も広がっている。

 私には昼を食べる前に来いと呼び出したくせに、自分は高価なランチと洒落込んでやがるとは。


「さて野花。君が何故呼び出されたかわかるな?」

「……日誌の件でしょうか」

「その通りだ」


 結局、昨日の日誌は、あのあと階段に放置されたままだった。朝一に思い出した私が慌てて回収し、まだ来ていなかった草下先生の職員室の方の机に、メモと共に置いてきた。シラタマ探しのために、早起きをしたおかげでギリギリセーフ! とか思っていたが、案の定の呼び出しである。


「君が倒れて保健室に運ばれたという話はわかった。それは保健の土田先生からも朝に聞いたからな。だが、それとこれとは話が別だ。二木のサインもないし、聞けば大したことなく、すぐ回復して寮に戻ったそうじゃないか。昨日のうちに届けられたはずだろう」

「……はい」


 確かに、忘れていて提出が遅れたのは私のミスだ。しかし、他の生徒にならきっとこの人は、「倒れたなら仕方ないな」と笑顔で許しているはずだ。こいつが厳しいのはマジで私だけなのである。


「それに、倒れた原因は魔力切れだったか? 授業で僅かしか魔力を使ってないはずなのに、さすがに脆弱すぎるだろう。魔力量は個人差があるとはいえ、ある程度は鍛錬すれば向上するんだ。君は普段からしっかり授業を受けているのか? 少しは自分自身を鍛えるべきだ」

「……そうですね」

「とにかく今回のことは十分に反省しなさい。よって君に罰として、放課後、この階すべての教室の掃除を命じる」

「は」


 おい。この眼鏡、今なんて言った?


「罰掃除……ですか? この棟の、この階の、教室のすべてを、私一人で?」

「そうだ」

「……どう考えても放課後だけで終わりませんが」


 というかまず、そこまでの罰を与えられるほど、私は罪を犯したのか?

 ちょっと日誌の提出が遅れただけで、しかもそれは体調不良(本当は死んでいたからだが)というちゃんとした理由まであるというのに。

 確かにこの棟は、四棟の中では一番小さく、教室数も少ない。今いる一階は特に、使用している教室が限られているので、確かに頑張れば一人で掃除できないこともないだろう。だが、放課後の時間だけでは、ホウキで掃いて、モップをかけて、軽く机も拭いて……終わるはずがない。


「なら、今から始めればいいだろう。昼休みはまだ30分ほどある。なんなら魔法の使用許可も放課後ならしてやろう。『物質操作魔法』でホウキでも動かせばすぐだ」

「私は移動魔法しか使えませんが……」


 私の移動魔法じゃ、1m以内の物を手元に引き寄せることくらいしか出来ない。「モップおいでー」くらいしか出来ないんだ。


「なんだ、まだ物質操作魔法も出来ないのか? それなら魔法の使用許可はなくても変わらないな。今日中に終わらなかった場合は、明日の早朝に来てやりなさい。…………君は、朝一に日誌を届けられるほどだ。早起きだけは得意なようだからな」


 ―――――そのとき、私の頭の中で、ブチッと何か糸的なモノが切れるのがわかった。


 今までの私なら、内心では火を噴くほど怒りを感じていても、押さえて泣く泣く掃除をしていただろう。この嫌味全開な鬼教師に何も言えないまま。


 しかし、私は文字通り生まれ変わったのだ。もう鬼畜眼鏡の理不尽に、黙ったまま耐え忍ぶつもりはない。


 私はわざと口の端を大きく吊り上げ、にっこりと笑ってみせた。


「……わかりました。反省して、今すぐ掃除をやらせていただきたいと思います」

「当然だな」

「ではまず手始めにここから――――そうですね、この教室の奥にある、化学準備室から始めたいと思います」

「なっ!?」


 珍しく取り乱した先生を無視して、私は一直線に教室の奥へと進む。

 だが先生は急いで私より先回りし、化学準備室の入り口を塞ぐように立った。


「こ、ここはいい。別のところを掃除しなさい」

「何故ですか。先生は『この階の教室すべて』とおっしゃいましたよね? 先生はお昼の続きをどうぞ。私はこの昼休みに、準備室だけでも掃除しておきますから」


 いつもの澄ました顔を崩して、目に見えて先生は焦っている。


 ――――私だって、伊達に呼び出されて何度もこの教室に来たわけではないのだ。


 先生は見ての通り、この化学室をほぼ自室としている。職権乱用もいいとこだが、生徒の人気もあり先生方からの信頼も厚いので、特に文句を言う奴はいない。そんな彼は、奥の準備室には絶対に生徒を入れようとはしないのだ。

 大切な器具などがあるからだろう、とか皆は思っているらしいが、私はそうは思わない。


 あの部屋には、先生が見せたくない何かを隠しているのだ。


 一度、ノックしても返事がないので、化学室を覗いたら、慌てて準備室の鍵をかける先生を目撃したことがある(ちなみにその日は執拗なまでに虐げられた)。


 中に何があるかまではさすがに知らないが、そっちが理不尽に攻撃してくるなら、私だってやってやる。


「ここは貴重品が置いてある。生徒を入れるわけにはいかない」

「それなら先生がそこで見張っていてはどうですか? 私はただ掃除をするだけです」

「ここは私がするからいい」

「何故ですか。私は罰として、この階すべての掃除を任されています。ここも私にやらせればいいじゃないですか」


 応酬が続く中、私は一歩も引かず、むしろぐいぐいと先生を追い詰める。彼の顔はいよいよ青ざめていくので、私は畳み掛けた。


「それとも先生。もしかしてこの部屋には、何か見せられないものを隠しているんじゃ――」

「―――っ、わかった! わかったもういい!」


 先生が堪らないといったように叫ぶ。


「もう掃除はいい! 免除してやる! 今回のことはもういいから、さっさと教室に帰りなさい!」


 ―――――――――勝った。


「そうですか。ありがとうございます。以後気を付けますね。では、失礼いたします」


 こうして私は、緩む口元を隠すため、無駄に深々と頭を下げてから、化学室を後にしたのだった。



♣♣♣



 私は普通棟の廊下を、スキップでもしそうな雰囲気で歩いていた。気分はどこまでも晴れやかだ。あの先生のスカした表情を変えてやったと思うと、鼻歌までも口から飛び出しそうな勢いだった。


 窓の向こうの空も、昨日の大雨が嘘だったかのような快晴だ。照りつける日差しが眩しい。

 ああ、今日はなんて素晴らしい日だ――――そんなことを考えて、窓を見ながら歩いていたせいか、私は前方から来る人に気づかなかった。


「きゃ!」

「え、わっ!?」


 正面衝突してしまい、私は踏みとどまったが、相手は派手に尻餅をついてしまったようだ。今のは完全に私に非がある。


「ご、ごめん! ボーとしててっ……!」

「いえ、こちらこそ……」


 床に座り込んでいる子を見て、私は驚いて伸ばしかけていた手を止めた。

 

 光の粒子を纏う金の髪に、小柄な体躯。私がぶつかったのは、改めてお礼を言いたいと思っていた、年下だけど同学年の少女・木葉さんだった。


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