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50 あの場所の、あの時間に

「購買には寄ったし、屋上も寒いけどチラッと行って、あとは訓練棟と……」


 私は人気がないのをいいことに、ブツブツとそんな独り言を呟きながら廊下を歩いていた。

 窓ガラスの向こうでは、空から地へと幾本も線を引くみたいに、絶え間なく雪が降っている。朝からかなりの冷え込みっぷりだったが、夕方が迫るこの時間まで寒さは継続中。今日は一日中、天気予報が雪だるまマークなだけはある。


 私は立ち止まって、口元に手を当てながらハァと白い息を吐いた。

 その際に手の甲のカウントを見咎めてしまい、朝起きたとき、胸にじわりと這い寄ったあの諸々の感情を思い起こす。


 記された数字は『残り1日』…………瞬く間に、私は余命の最終日を迎えてしまった。




 一週間前。樹虎への想いを自覚するという大きな事件? のあと、私は特に何事もなく、平々凡々と日々を送った。

 クラスメイトと他愛のない話をして、梅太郎さんとデザートタイムを満喫し、心実とガールズトークに花を咲かせ、樹虎を意味もなくからかい倒した。

 出揃ったテストの結果も、かつてない好成績で、草下先生からお褒めの言葉をもらったり。

 遺書の追記をしに化学室へまたもやこっそり参上すれば、今度はちゃんとポチ太郎が居て、一緒に戯れてみたり。

 その際に彼から一旦回収した遺書が、よれよれな上に封をしたシールも剥がれ掛けていて、「もっと大事に扱ってよ」とポチ太郎に擽りの刑を施したのだが、これは喜ばれて終わった。


 ――――そんなふうになるべく平常心で、普段通りの日常を過ごしたのだけれど。

 『死』がいよいよ間近に迫った昨日の夜は、流石に色々と思考を巡らせてしまい、頭が冴えてなかなか眠れなかった。それでも無理やり目を閉じて眠り、いつもと同じ時間に一度は起きれたというのに。


 寝起きにカウントを確認してどうしても……恐怖なのか寂莫なのか、判別のつかない沢山の想いが胸中に溢れたことで、自然と瞳に涙の膜が張り、私は手の甲に爪を立てて雫が流れないように耐え、長く布団に包まってしまった。


 そしてそのまま、まさかの二度寝。


 再び起きたら時計の針は11時にさしかかろうとしており、「貴重なラスト一日に何してんだ私!?」となって、慌ててベッドから転がり出た。


 そこから、日曜日なのに制服に着替えて、予定していた一人きりの『思い出の場所探索ツアー』を決行して、現在に至る。




 ひとまず自室でお昼を軽く済ませたあと、寮内を見て回ったが、こちらは予想以上に生徒が残っていた。どうも年末に入るギリギリまで、帰省せず寮で過ごす派の人たちも多いようだ。

 だけど校舎の方はほぼ無人状態。恐らく警備員や教師が数人は居ると思うが、今のところ広い校内で誰にも遭遇していない。

 一人で悠々と感傷に浸りながら歩き回る分には、それはとても都合が良かった。


 心実とよくお昼を過ごした空き教室。

 例の事件があった屋上。

 海鳴さんに誘われてお邪魔した演劇部の部室。

 何度かお世話になった保健室。

 行き慣れた学校内でも妙に新鮮で、けどそれに相反する懐かさも感じるから面白い。


 教室で何をするでもなく、自席に座って想いを馳せていたら、時間はやけにゆっくりと、だけど着実に進んでいった。


 樹虎や心実と魔法模擬試合のために特訓したり、文化祭の練習で通ったりした、思い出いっぱいの訓練棟にも立ち寄って。

 いよいよ陽が傾く時間になる頃、私は。


「…………最後はここ、かな」



 ――――――まるで誘われるように極々自然と、六ヶ月前に突き落とされ、命を落としたあの階段の処へと足を進めていた。



 踏み締めるように段を上り、いつかと同じ段差にしゃがみ込む。

 今までは無意識に、此処へ来るのはなるべく避けていたのだが。何故かこの『思い出の場所探索ツアー』をしようと決めたときからずっと、最後はこの場所に来なくてはいけない気がしていた。


 雪は散弾のような霰へと変わり、踊り場にある、私の背後の窓ガラスを叩きつけるように降っている。あの日は雨だったけど、耳に残っている強い雨音と今日の霰が窓を叩く音は、酷く似通っているようにも思う。


 六ヶ月前のあの日。

 確かまず、私は団子三姉妹に仕事を押し付けられ、草下先生にプリントと、日直の日誌を届けに行った。そしたらペアのサインが無いとかで、樹虎を探しに行かされて。

 まだ二木くん呼びだったし、彼との仲はお世辞にも良好とは言えなかったな。此処の踊り場の窓を眺める樹虎の背中に、怖いから距離をとってボソボソと話しかけたら、あいつが苛立ってキレて。「グズ」と暴言を吐き捨てられ、私はこの段差に一人残された。


「……思えば酷いよね」


 てか、私の中の樹虎って、やけに後姿が多い気がする。

 そう考えると、嫌な記憶でも何だかちょっと可笑しくて、私はスカートに顔を埋めて小さく笑った。


 あのときは……とても笑えるような気分ではなく、涙が流れないように、歯を食いしばって耐えてたんだっけ。

 本当に、懐かしいな。


 嫌でしょうがなかった樹虎のことが、今はその、す、好きな人に変わるなんて、あの頃の私が知ったら驚くよりビビるに違いない。

 だって余命を延長してもらう前の私には、この学校で好意を持つ存在なんて、シラタマと梅太郎さんしかいなかった。

 草下先生はムカつくし。クラスメイトは『ただ同じ教室にいるだけ』の人達にすぎなくて。心実という素敵な女の子友達も居らず、虚しくて寂しい、ぼっちな高校生活を送っていた。


 それが――――――どうだろう。

 天使がくれた、六ヶ月という限られた時間の中で。少しでも後悔しないように、がむしゃらに生きてみたら、私の周りには今、大好きな人たちが沢山いる。


 魔法も強くなった。落ちこぼれ時代には夢にさえみなかった、ランキング入りまで二回も果たして。文化祭では、私が魔法で大活躍したんだよ。凄くない?


 しかもしかも。クラスの人気者の山鳥君に、サクラバッチまで渡されたりしてさ。結果は断ってしまったけど、やっぱり彼の好意は嬉しかった。かえちゃんに、出来れば報告したかったかも。「私、ちょっとは女子力上げてモテるようになったんだよ!」って。


 ああ、そうだ。梅太郎さんと理事長さんの過去を聞けたのも良かったな。マジで梅太郎さんがイケメンだということがよく分かった。「この学校が好きです」と伝えたときの、二人のそっくりな笑顔は今でも印象に残ってる。


 それと……楽しいことばかりでもなく、犯人探しで辛い想いもいっぱいした。憎しみや恨みといった、真っ黒で醜い感情を処理出来ず、みっともなく泣き喚いて。あのときは本当に、樹虎が傍に居てくれて助かった。もしかしたら、あれが惚れる決め手かも? ……なんか悔しいから、もっと奴をからかっておくべきだったか。

 

 …………まぁ、何にしても。


「濃いなぁ、私の六ヶ月」

 

 その涙声とも笑い混じりとも取れる呟きは、薄暗い空間に霧散して消えた。


 次いで頭に浮かんだのは、ポチ太郎に預けた遺書のことだ。

 感謝とお別れ、一部の人にはお節介染みたアドバイスなんかも綴ったあれは、ちゃんとみんなに届くのだろうか。ポチ太郎を信じていないわけではないが、多少の不安は抱いちゃう。

 そもそも届いて大切な人達の目に触れたとしても、私の下手な文章で、この想いはしっかり伝わるのかな? ぶっちゃけ買ったレターセットを使い切っても、書き切れなかったことがいっぱいなのが無念だ。

 樹虎への告白だって、上手い言葉がどうしても見つからず、遺書の隅にツンデレ発言みたいなのを書いただけだし。


 今更ながら、遺書の制作に取り掛かったときと同じ思いが、つい口を衝いて出る。


「やっぱり無理だとは分かっていても、口で伝えられたら良かったなぁ」


 この六ヶ月で成してきたことを、私は何一つ後悔はしていない、けど。

 それだけは、ちょっぴり心残り……とも言えるかもしれない。いや、どうしようもないことなんだけどさ。


 そんなふうに取り留めなく、この『始まりの場所』で私は、遺書のことも含め、六ヶ月間の出来事を改めて思い返していたら。


 ――――――不意にドンッと、一層激しく窓を打つ音が、周囲に響き渡った。


 それに驚いて、弾かれるように立ち上がった瞬間。

 いつも髪につけている、私のトレードマークのクローバーの飾りピンが外れ、カンカンとそのまま、一番下の段まで転がっていってしまった。


 慌ててピンを拾おうと足を踏み出しかけ……私は強い既視感に襲われる。



 これは――――――あの日とまったく同じじゃないか。



「あ……」


 そして私の身体は、まるで見えない何かに引っ張られ、吸い込まれるかのように、特にこれといった前触れもなく、自然に前方へと傾いた。

 あの日のように、背中を押された感触などはなかったが、足の踏ん張りが利かなくて、バランスが取れずに体が宙へと投げ出される。


 そこで私はようやく、シラタマの言葉を思い出し、静かにその意味を理解した。


 死んで余命を延長してもらう際に、彼は言っていたじゃないか。

 ――――――僕が出来るのは、君の死ぬ時間を少しだけ『先延ばし』にするだけさ、と。


 そうだ。

 確かにシラタマはそう言った。

 私の死は……死ぬ瞬間の時間は、六ヶ月先に延ばされただけだって。


 その六ヶ月後が今日、この時間なら。

 私が此処に来たのは、必然のことであったのだろう。


 それなら私の『死因』はあくまで、あの日、あの場所で、あの時間に起こったことと同じ――――階段からの『転落死』。


「……ああ、そっか」


 自分が、どうやってこの世からいなくなるのか。

 あらゆる場合を考えてみたが、『こんな形』なら、何というか納得してしまう。奇しくも遺書に書いた通り、階段から足を滑らせた事故死であることは間違いない。 


 浮遊感に抗わず身を任せて、私はそっと目を閉じた。

 瞼が下り切る前に、視界の端を掠めた手の甲の数字は…………ゼロ


 ただ不思議とあの日のように、体のあちこちを強打するような痛みは伴わなくて。

 落ちていく時間もやけにゆっくりと感じ、私の心は何処までも穏やかに凪いでいる。


 脳内に巡るのは、出会った大切な人たちの顔だ。


 仲の良かった中学時代の友人。

 山鳥君や海鳴さんといった高校のクラスメイト。

 草下先生とポチ太郎に、一度だけ会った理事長さん。

 愛する家族である、お父さんにお母さん、弟のつくしに妹のたんぽぽ。

 大好きな親友のかえちゃん。

 癒しだった梅太郎さんとシラタマ。

 可愛くて頼れる私の友達の心実。

 相棒で片思いの好きな人、樹虎。


 みんな、みんな――――笑ってる。

 瞼の裏側で私に向って、優しく微笑みかけてくれている。



「みんな大好き、ありがとう……さようなら」



 その言葉が果たして、ちゃんと口から紡がれたのかは分からない。やっぱ直接言いたかったなぁと思いつつも、ゆるやかに、私の思考は闇へと沈んでいく。


 最後に聞き覚えのある誰かの声が、何かを囁いた気もしたが――――私はそっと意識を手放した。

 

ここからラストまで、数話(エピローグを入れて5、6話ほど)ですが残りは一気投稿を予定しております。

少々お時間頂きますが、ラストスパートにお付き合いくださると嬉しいです。

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