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48 指切り

 一昨日に梅太郎さんとまったり過ごし、元気を貰ったおかげか、昨日の夜に遺書の書き直しは一気に完了した。

 それでも相変わらず文章は……うん。


 それでもとりあえず完成したので、私は昼休み開始と同時に、適当な理由をつけて化学室にお邪魔し、草下先生の目を盗んでポチ太郎に遺書を預けてきた。

 私の言うことに彼は「わふ? わふわふ!」と、分かったような分からんような返事をしていたが、信じてるからね、ポチ太郎。


 そのあとは心実と一緒にお昼を食べるため、空き教室に向って肌寒い廊下を歩いていたのだが。

 「みっつんだ!」という元気な声と共に現れた祭先輩と、一緒に居た生徒会男子メンバーに、私は何故か絡まれてしまった。


 心実を待たせているし早く行かなきゃと思ったのだが、話が魔法模擬試合関連に飛んだことで、祭先輩が「あーっ!」と例の事を思い出して一騒動。

 ちなみに例の事とはあれだ。私が一回目の魔法模擬試合後に、酷い試合記録を会長に見られ、書記の祭弟と爆笑された、腹立たしくも悲しい事件だ。

 私は遠い過去のことだし、もう然程気にしてはいなかったのだが、祭先輩は「今からでも謝って! バカ会長にアホ弟! 早く、今すぐ!」と、強制的に二人に頭を下げさせてくれた。

 祭先輩、強い。


 …………私としてはそんなドタバタ後に、彼女がふと窓の外を見て「ゆきちゃん、元気かな」と呟いたことの方が、少しだけ印象に残ってしまったけど。

 今日は空から淡雪が降っていて、きっと雪つながりで、副会長さんのことを思い出してしまったのだと思う。

 窓ガラスに映る顔は寂しげで、私は何か声を掛けるべきかと躊躇した。けど呟きを聞いたのは私だけのようで、急に祭弟が「めっちゃ雪合戦したい!」とか言い出し、それに会長もノッたことで有耶無耶になってしまった。お前らは小学生か。


 ちなみに私も雪合戦に誘われたが(信じられないことに、今からやろうと言い出した。高い行動力も生徒会の大事なステータス? なのかも)、断って会話からなんとか抜け出し、生徒会メンバーと別れて心実のもとへと急いで走った。


 大分待たせてしまったから、さしもの彼女も怒っている……ことはなさそうだけど。とにかく全力で駆け出した私に、会長は去り際に「お詫びに!」と言って、クリームパンを投げて寄越した。


 私はアンパン派なのだが、それが購買で売り切れ御免の限定物であると分かったので、仕方ないからもう許してやることにした。


 甘味と祭先輩に免じてですからね、会長!



♣♣♣



「――――と、いうわけでして、遂に春発売の次巻で、『白百合女学園下剋上物語~金の乙女と桃色の乙女~』は最終回を迎えてしまうのです! 春休みには最終巻発売記念イベントもあって、私は今から全力で参加する手筈を整えております!」


 空き教室で、一つの机を囲んでの昼食タイム。

 わりと穴場なのか教室内には私たちしかおらず、正面に座る心実は、身振り手振りを交えて思う存分マニアな語りを続けている。

 私の方は、走ってきたせいでひっくり返ってしまった弁当を広げ、おかずを適当に箸で突きながら、『あの本のことになると心実は熱いなぁ』と苦笑した。


「当たり前かもだけど、限定版みたいなのを買うんでしょ?」

「はい、もちろんなのです! 初回特典もかつてない豪華さ。最終巻ということで、諸々が気合の入った一冊になっているようです。私は手に取る前からドキドキで夜も眠れません! もう、作者さんを始めとし、関係者さんの魂込めた最終巻を早く読みたくて……!」

「魂……」


 ヒートアップする心実の話に耳を傾けつつも、私はつい、その単語に意識を取られた。


 ……やはり余命の終わりが近いせいか、私はそういう、なんていうのかな。『死後の世界』とか、『人は死んだらどうなるのか』とか、普段は気にもしないスピリチュアルな面も、最近はちょっとだけ、ふとした瞬間に考えてしまう。


 確か余命を六ヶ月延長してもらう際、シラタマは『死後すぐの私の体と魂のつながりを、天使の力で一時的に強化した』みたいなことを言っていた。そのおかげで、私は余命を貰って今を生きられている。

 この話から考えると、天使的には『魂』というものは存在する……ってことだよね。


 じゃあ、カウントが0になったら、私のその魂はどうなっちゃうんだろ?


 蒸発して消えちゃうとか。はたまた天国とか地獄とかが本当にあって、どっちかに送られるとか。こういう答えの出ない想像は、本来なら私には向かなくて、頭がぐるぐるしちゃうから苦手なんだけど。

 近頃は何気ない些細なきっかけで、ぼんやりとそんな思考を展開し出す。


 そして私は、ぼんやりついでにうっかり……頭に浮かんだ疑問を、この場でポロッと口にしてしまった。


「……ねぇ、心実はさ。人は死んだら、魂とかはどうなっちゃうと思う?」

「えっ? た、魂ですか?」


 ――――――言った後。ハッと正常な意識に戻って、私は大いに焦った。


「い、いやごめん! 今のはちょっと、その、えっと……!」


 自分の思考ワールドに入り込み過ぎ、場や状況を考慮せず口を滑らせてしまった。

 心実はきょとんとしているが当然だ。だって彼女からすれば、脈絡も何もない上に意味不明だ。てか今の私、めっちゃ痛い奴じゃん。いきなり魂がどうのとか……電波発言じゃん!


「な、なんでもないの! 話を遮ってごめん! 少しその、ほ、本? 昨日読んだ本の内容がふっと頭を過って、何も考えずに口から出たというか……!」

「本、ですか?」

「うん、そう! 私も心実ほどじゃないけど、読書するからね。死後の世界とか、霊魂がどうとか、そういうのがテーマの本を読んでたの!」


 苦し紛れに適当な言い訳をする私に、心実は愛らしい顔に疑問を残しつつも、最終的には「私も今度、お姉さまの愛読書を読んでみたいので、ぜひそちらの本を貸して頂きたいです」と、話を合わせて納得してくれた。


 危ない危ない。

 私の秘密が露呈することなんて、なかなかどうして無いとは思うが、心実に要らない心配や疑念を抱かせるところだった。迂闊な言動は控えなきゃ。


 ……でもそんな本が愛読書って、私のイメージ的にどうなんだ。


「話は戻るんだけど、えっとほら。その最終巻発売記念イベントだっけ? 内容はどんなことするの?」

「! 興味がありますか、お姉さま!?」


 話題転換をすれば、心実は勢いよく喰い付き、紫色の瞳を爛々と輝かせる。


「イベントの内容はサイン会に加え、作者さんのトークショーなども予定されております! 執筆裏話等も語られるようで、私はもう春休みがくるのが楽しみで仕方なく……って、あ。春休みといえば、お姉さまはすでに何かご予定はありますか?」

「え……」

「確かお姉さまのお誕生日は、三月の終わり頃ですよね。夏は私の別荘に遊びに来てくださいましたが、今度は春休みに私の実家の方に来て頂き、そこで盛大にお祝いをしたいのです! それに、ぜひお姉さまをお連れしたい場所もありまして」

「私を連れていきたい場所……?」

「はい。私の家から比較的近くに大きな森林公園があり、そこには一面の見事なクローバー畑があるのです! 私も昔、家族で四葉のクローバー探しをした思い出の場所でして、お姉さまと晴れた日にでも、ご一緒に行けたらと考えております。梅太郎さんやポチ太郎さん、おまけに二木さんなどもお誘いして、みんなでピクニックなども素敵かと。私の家に皆さん、お泊り頂くことも可能なので、どうでしょう? お姉さまはこういうの、お好きではないですか?」


 にこにこと笑顔でされた素敵な提案に、私は伸ばしかけていた箸を止め、どう返答すべきか迷う。


 心実の言うように、私はそういう、大勢でワイワイするようなことは大好きだ。ポチ太郎を連れて行くなら恐らく草下先生も参加になり、また梅太郎さんが来るなら、確率は低めだが理事長さんまで顔を出すかもしれない。それに樹虎や心実も入れて、一緒に四葉のクローバー探しなんて、想像しただけでも楽しそうでわくわくする。

 私のツボを押さえた、とても胸躍る案だ。


 ――――――だけど、ダメだ。

 それまで……『春』まで私は、みんなの傍にはいられない。


 夏休みに親友のかえちゃんと会ったときも、私の誕生日あたりに温泉旅行に行かないかと誘われた。あのときは確か、「楽しみにしている」と元気よく返事をして、自然な風を装い場を濁したんだと思う。

 今回も、そうするべきかな。

 チラッと手の甲に視線をやって、私は笑みを作って口を開こうとした。


 しかしその前に、私の心に走った動揺を見咎めてしまったらしい心実は、長い睫毛を伏せ、神妙な顔で「……やっぱり、今日のお姉さまは何処かご様子が可笑しいです」と言った。


「以前から、お姉さまが何か重たい憂い事を抱えていることには、薄々ですが気付いておりました。きっと簡単には話せない、難しい悩みなんだと考え、ずっと黙っていましたが……。今日を含め最近のお姉さまは特に、ご自分でも気づいていないかもしれませんが、酷く切なげな顔をされることが増えたのです」

「え、と」

「もしよろしければ、私には打ち明けて頂けないですか? 私は少しでも、お姉さまのお役に立ちたいのです」


 どうかお願いします――――と、大きな瞳に強い意志を湛え、心実は真っ直ぐに私を射抜いてくる。


 悩みがあるのではと指摘されたことや、彼女がそんなことを前々から考えていたことに、驚きながらも胸打たれ、私の心は一瞬大きく揺らいだ。

 

 それでも……これは言えない。

 私の生きている間には、例え大切な友人である心実にも、自分の余命の秘密を明かすことは出来ない。

 どれだけ隠すことが辛く、耐え難い心苦しさに襲われようと、これだけは。


「やはり私じゃ……お姉さまのお力にはなれませんか?」


 …………だけど此処でまた、その場しのぎに笑って誤魔化すことも、目の前で必死に訴えてくる心実を相手に、私には出来なかった。

 彼女は聞き辛いことも承知の上で、私のために勇気を出して、打ち明けて欲しいと言ってくれているのだ。

 机の上に乗せられた心実の小さな手は、ぎゅっと固く握られ、小刻みに震えていた。


 だから私は、弁当箱の上にそっと箸をおき、彼女にしっかりと向き合う。そして、『今』の私でも可能な限りで誠意ある答えを、彼女に伝える。


「あのね、心実。私に誰にも言えない秘密があるのは、当たりだよ。こればっかりは……やっぱりどうしても、今は心実にも言えないの」

「お姉さま……」

「でもね。絶対に、心実には全部分かる日が来るから」


 私の口からは無理だけど。あの遺書がちゃんと届くなら、いつかきっと。


「今は難しいけど、心実には必ず教えるよ。それに、心実がそうやって私を心配してくれたことだけで、私は十分、力とか元気を貰ってるから。心実は本当に、この高校に入ってから私にとって、一番頼りになる友達だよ」

「ほ、本当ですか? 私が一番ですか? ふ、二木さんよりお姉さまは、私を頼りにしてくれますか?」

「だから樹虎と比べなくてもいいって!」


 二人の小競り合いも面白くて、私はわりと好きだけど。

 そう思ったら自然に笑いが零れ落ちて、教室内の張り詰めた空気が、温度は冷えていても暖かいものに変わった気がする。


 心実もやっと、僅かに柔らかく表情を緩めてくれた。


「私ったら、なんですかね……変な焦燥感に突然駆られてしまい、お姉さまから無理に悩みを聞き出そうとしてしまいました。困らせるようなことばかり言って、ごめんなさいなのです。………でも、その秘密を打ち明ける際には、ぜひ二木さんより先に、私に教えて欲しいのです。これだけは譲れません!」

「う、うん。わかった、約束するよ」


 それなら後々またポチ太郎に会って、遺書を渡す順番は『樹虎より心実が先!』ってお願いしとかなきゃ。

 そういう問題なのか? とも思うけど、私にはこういう形でしか約束を守れないからね。

 

 そして私はふと、『約束といえばこれだろう』ということを思いつき、弁当にぶつからないよう机に身を乗り出して、心実の震えが収まった手を取った。


「それならさ、ちょっと古風? だけど、『指切り』でもしとこうよ。今時はしないかもだけど、一応さ」

「指切り、ですか……?」

「え、心実知らない?」


 小首を傾げた彼女にびっくり。お嬢様は指切りなんてしないのかな?


「友達同士とかで約束をするときに、それを絶対守るって誓う行為、かな。この場合は、私が心実との約束を破らないようにするためだね。簡単なおまじないみたいなものだよ」

「そうなのですか? 私、友人がほとんどいなかったので無知でした。どうすればいいのですか?」

「こう、お互いの小指を絡めて上下に振りながら、『指切げんまん、嘘ついたら針千本のーます』って歌うの」

「針千本ですか……なかなかに重い刑罰ですね。何かお姉さまに不都合があり、約束が違えた場合でも、その刑は必ず執行しなくてはいけないのでしょうか?」

「い、いや、えっと。き、気楽にやろうよ! ね!」


 真面目な心実さんのマジレスが怖い。

 これはポチ太郎にちゃんと言い聞かせておかなきゃ、私は死んでから『嘘つき』になって、心実に恨まれちゃいそうだ。


 とにかく私は、彼女と自分の小指を繋ぎ、さっさと『指切り』を実行した。


 懐かしいな。昔、かえちゃんとも事あるごとにやったっけ。

 最後に『指切った!』 と言って手を離し、心実に「これで終了」と笑いかける。


「また誰かと約束する機会があったら、試してみてね。さて、じゃあそろそろ弁当を食べて……って、あ」


 椅子に座り直し、視界を掠めた時計の針を見て愕然とする。

 もう昼休み終了目前の時間じゃん……!?


「こ、心実! 急いでご飯食べなきゃ! 時間ない、時間ない!」

「え? あ、た、大変です! 私、次の時間は魔法の演習で、先生のアシスタントを頼まれているのでした……!」

「え、なにそれ凄い。じゃなくて、ならますます遅刻できないじゃん!?」



 それから私たちはご飯を無理やり口に掻き込んで、猛ダッシュで授業へと向かった。私の方は、何とか開始ぴったりに教室へ飛び込めば、まさかの自習。

 汗だくで必死な様子を山鳥君や海鳴さんに笑われて、ちょっぴり恥ずかしい思いをしたりもして。


 ――――また一日が、過ぎていった。

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