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47 梅太郎さんといっしょ

 テストの結果が出て、冬休みに入る直前の日曜日が、私の手の甲のカウントが0になる日だ。


 それまで私は、いよいよ少なくなった余命を、何てことはない、『当たり前の日常』として生きたかった。

 特別な事なんてしなくていい、至って普通に過ごす。

 そして最後の日には、ほとんどの人が土曜日には帰省して、誰もいなくなった学校や寮を、一人で『思い出の場所探索ツアー』をするんだ。


  ……はたして、自分はどうやってこの世からいなくなるのか。

 例えば急な心臓麻痺とか、不慮の事故とか。それともファンタジーっぽく、光になって消えちゃうのか。

 それは分からないけど、いや分からないからこそ、私は自分が死ぬ瞬間というのを、大切な人にはあまり見せない方がいいんじゃないかな、とは思ってる。下手にえぐい感じだったら嫌だし。


 それならラスト一日は一人で居て、前日のギリギリまでは、当たり前のようにみんなと平凡平和に笑っておこうかな、と。そうすれば皆の記憶に残るのは、あくまで能天気に笑う雑草娘のままでいられるだろう。

 ちゃんと笑顔の記憶を植え付けておけば、樹虎だって思い返して「ブス」なんて二度と言わないはず。……あれ、私はけっこう根に持ってるから。


 本音を言えば、死ぬ一秒前までみんなと居て、お別れや感謝を言いたいけど、こればっかりはね。

 まぁそんな考えがあって、今の私は絶賛、『変わり映えのしない日常を謳歌しようキャンペーン』を実施中だ。



 ――――――その一環で、本日は。



「やっぱり冬は、あったか白玉ぜんざいですよね! さすが梅太郎さん……甘さの加減が絶妙です。もうお店開けちゃうレベルですよ!」

「ははっ、そうなったら三葉ちゃんは、一番の常連になってくれそうだねぇ。今からお店の名前でも考えようかな」


 空が茜色に染まる時間帯の、恒例となった寮監室でのお茶会。


 口に含んだぜんざいの蕩けるような美味しさに、興奮してはしゃぐ私を、ちゃぶ台の向かいに座る梅太郎さんは、いつもと変わらぬ仏スマイルで見守ってくれている。


 湯気をたてる温かい甘味も、仄かに鼻孔を撫でる畳の匂いも。

 どれも梅太郎さんの優しさを表しているようで、やはりここは、私のナンバーワン癒しスポットだと再確認する。

 私の大切な『日常』の一部、『梅太郎さんのところへ遊びに行く!』を実行できたことも嬉しいし、今の私はかなりご機嫌だ。


「梅太郎さんが開くお店……う、『梅屋』とかですかね? ……ネーミングセンスなくてスミマセン」

「いやいや、お嬢様……理事長の方が余程センスはないから、三葉ちゃんのは普通に素敵だと思うよ」


 さらっと微妙に酷いことを言う梅太郎さん。

 そういえば聞いた話によると、『サクラサバイバル』は理事長が命名したんだっけ。……うん。確かに私の方が、まだマシなセンスがあるかもしれないな。


「でも惜しかったなぁ。あと少し三葉ちゃんが来るのが早かったら、実は珍しく彼女が此処にきてたんだけどねぇ」

「え、理事長さんが?」

「うん。極々短い時間だけど。希に好き放題言いたいことを言いに、此処に来るんだよ。たぶん彼女にとっては、困った時や悩んだ時、ストレスが溜まった時の駆け込み寺みたいなものなんだろうねぇ」


 「昔から、彼女の愚痴を聞くのは僕の仕事だったから」と、梅太郎さんは瞳を細めて穏やかに笑う。


「今回は、魔法関連のテストの内容を、今からでも何か面白く出来ないかって相談しにきてたよ。そういえば、三葉ちゃんはテスト勉強の方は捗っているかい?」

「はい! 今までより気合い入れて頑張ってます!」

「ははっ。今年最後の学校イベントは、やっぱり良い成績を残したいよねぇ」


 甘くなった舌を中和するために、香りの良い緑茶を口にしながら、私は梅太郎さんの言葉に頷いた。


 そう、『最後』だから。

 小さなことでも出来ることは、しっかりと手を抜かずやっておきたい。


 ……そんなことを言っておきながら、勉強を始めて15分くらいで、「息抜きがしたくなったら甘いデザートを食べにおいで」という梅太郎さんの言葉が頭に浮かんで、教科書を開いたまま此処に来たんだけどさ。


「ああ、それともう一つ。お嬢様……っと、理事長が」

「いや、いいですよ梅太郎さん。無理に役職名で呼ばなくても、呼びやすい方で」


 職場ということで使い分けているのだろうけど、私は二人のことを知っているのだし、普通に慣れた方で呼べばいいと思う。

 そう伝えると、白い顎鬚を撫でて「そ、そうかい?」とはにかんだ梅太郎さんが、何だかちょっと可愛くて和む。


「いやね、お嬢様がテストの他にも、『チーム替え申請』の受付開始を、今期はいつから始めようかも悩んでいてねぇ」

「チーム替え……?」

「そう。この学校のチーム制度は、一応『一年を通して』、同じ人物とペアもしくはトリオを組むことになってるから、学年が上がる頃には相手を替えることも可能なんだよ。その辺はもう、生徒同士の関係調整や交渉次第だけど、学校側としては申請期間中なら受け付けますよってこと。一年も付き合いがあると変更する側も大変だし、クラス替えにも関わってくる問題だから、早め早めに告知はしておくべきかと僕は思うけどねぇ」

「言われてみれば入学当初に、一年経てば変更もありって説明を受けた気がします……」

「毎年、事情は千差万別だけど、何組かはやっぱり申請を出すチームはいるねぇ。まぁでも、三葉ちゃんには関係ないか」

「え?」


 箸で白玉を摘み、パクリと咥えたままきょとんする私に、梅太郎さんは穏やかな口調で爆弾を落とす。


「だって三葉ちゃんは二木くんと、『お似合いのペア』だもんねぇ。ペア替えなんて、お互いにする気はないだろう?」

「ごふっ」


 思わず盛大に咽た。

 

 言い回しがアウト!

 お、お似合いって表現はどうかと思いますよ、梅太郎さん!?


「おやおや、大丈夫かい? お茶のおかわりを持ってこようか」

「ごほっ、お、お願いします……!」


 湯呑みのお茶を飲み干しても、まだ肩を震わせて落ち着かない私を見兼ねて、梅太郎さんは急須を持って立ち上がった。

 席を外す彼を、痛む喉を押さえながら見送り、私は先ほどの会話を反芻する。


 ――――――そうだ。私がいなくなったら、『私じゃない誰か』が、次から樹虎の相棒になるんだ。


 それは当然の流れとはいえ、やっぱりこう改めて考えると……ちょっと寂しい。

 思わず額をちゃぶ台にくっつけて、瞳をぎゅっと閉じる。


 かといって私が消えた後に、彼にチーム無しの一人でいさせるわけにもいかないし、それならいっそ今の内に、私が相手候補を探しといてあげるべきなんだろうか。


 樹虎は良い奴なのに素直じゃなくて、誤解されがちだから、そんな彼の本当の性格を理解してあげられる心の広い人がいいな。

 ここは、あえて心実なんてどうだろう。彼女なら付き合いもあるし、今は一人なんだからちょうどいい。頭の良い同士、相性だって悪くないはず。

 ただちょっと、地味に喧嘩が絶えなさそうだけど。サクラサバイバルのあとから、私を挟んでの小競り合いも微妙に増えた気がするしな。

 ていうか樹虎と心実って、それなんて最強ペア。もうその二人に勝てるのって、ポチ太郎くらいなんじゃない?


 心実じゃなかったら、他にはえっと。


「うーん」


 そこまで考えて、私はぐりぐりと額を擦り付けた。

 

 クラスメイトの男子勢の顔が浮かんで、次に女子勢の顔がラインナップされたんだけど、何でかな。

 心実は別に構わないのに、彼女以外の場合で、樹虎の新しくペアになる子は出来れば…………女の子じゃないといいな、なんてちょっぴり思ってしまった。

 樹虎のことを分かってくれる人なら、別に性別なんて関係ないはずなのに。


 …………ああ、でも。

 心実であろうとなかろうと。

 男でも女でも。

 私以外の見知らぬ誰かが、樹虎の横に居ることになったとしても――――


「どうしたんだい、三葉ちゃん。具合でも悪いのかい? それともそんなに喉が痛い?」

「あ……」


 つい思考の迷路に入り込み過ぎていたようで、いつの間にか梅太郎さんが戻ってきたことに気付かなかった。

 気遣わしげな彼の声に顔を起こして、「何でもないです、ちょっと瞑想してました」と適当な理由を口にする。


 梅太郎さんは「そっか」と特に追及はせず、淹れたての熱いお茶を私に勧めてくれた。息を吹きかけて冷ましつつ、私はちょっと思案してからボソッと呟く。


「あの、梅太郎さん。さっきの質問の答えなんですけど……」

「ん? さっきの?」

「はい。あの、私と樹虎がお似合い……べ、ベストコンビだから、ペア替えなんてする気はないだろうってやつです」

「ああ」


 合点がいったらしい梅太郎さんは、優しい眼差しで続きを促してくる。

 私は先ほどまで思案していた、『これだけはどうしても譲れないこと』を、そっと言葉として形にした。

 

「確かに、『私は』ペア替えなんてしませんよ。――――――『私の』ペアは一生、樹虎だけですから」


 ――――例えこれから彼の相手が変わろうと、それだけは絶対だ。


 静かにそう言い切った私に、梅太郎さんは冬でも春の陽光の如き微笑みを浮かべて、「それはとても素敵なことだね」と言ってくれた。

 それに私は「はい!」と、満面の笑みで返す。


 今後、樹虎が円満な人間関係を築けるように、私は残り少ない時間の中で、彼の素直じゃないところを少しでも改善させるような、いらんお節介でも焼いてやろうかな。

 そんな冗談半分、本気半分な前向き思考に切り替えて、この話題は終了しておいた。




「あー、でも話は戻りますけど。梅太郎さんと理事長さんがお二人で一緒にいるとこ、一度でいいから見てみたかったです。どんな感じで会話しているのかとか気になります」

「僕とお嬢様の会話? うーん……でも僕、お嬢様の前だとちょっと性格が変わるというか、普段の僕と少し違うからなぁ。さっき彼女と一緒に居たときも、もし三葉ちゃんに見られてたら、びっくりさせてたかも」

「ど、どう違うんですか? 毒舌になるとか、厳しくなるとか……『黒梅(ブラック梅太郎さん)』が降臨するんですか!?」

「ははっ。ただほんの少し、お嬢様相手だと遠慮のない感じになるだけだよ。なんせ付き合いが長いし、彼女の破天荒ぶりについていくために、こっちも強気な姿勢が鍛えられているからねぇ」

「なるほど……そんな梅太郎さんの新たな一面も、ぜひまた機会があれば見せて欲しいです」


 ちょっと恥ずかしいなぁと照れた梅太郎さんに再び癒されて、甘いぜんざいの香りと湯気に包まれた素敵なお茶会は、陽が完全に沈む時間まで行われたのだった。


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