46 クローバー柄のレターセット
ここから最終章になります。ここまで応援してくださった読者様、本当にありがとうございました。よろしければあと少し、最後までお付き合い頂けると幸いです。
文化祭が終了し、結果的に私たちのクラスは『ベスト・オブ・クラス賞』は逃したものの、劇の何かがツボに入ったらしい会長から『生徒会特別賞』とやらを貰った。クラスの会長ファンの女の子たちは泣いて喜んでいたけど、私は普通に「あ、どうも」って感じだった。まぁ、副賞の購買スウィーツ食べ放題券は有難く頂きましたが。
むしろ私は、上演後のお客様アンケートで、『劇の登場人物で好きなキャラ』に『使い魔の白猫=シラタマ(人形)』が一番選ばれていた方が嬉しかった。「本物の生きてる猫みたいだった」という感想もあって、頑張って練習したかいがあったってもんだ。
サクラサバイバルも含め、満喫した良い文化祭だったな。
それから暫くはのんびり……ともいかず、一呼吸おいて、11月の終わり頃には今期最後の魔法模擬試合が行われた。
どのチームも三回目とありこなれてきて、私と樹虎もなかなかの苦戦を強いられた。それでも善戦して、結果はまたしてもランキング五位。クラスの皆さんからは『足し算ペア(『三』葉と『二』木で五だから)』という、ビミョーすぎる名を賜った。
それでもあの最下層の成績を彷徨っていた頃に比べたら、素晴らしい成長だ。もちろん、またランキング入り記念パーティーは開催した。いよいよ諦めたのか、何も言わずに参加しにきた樹虎がちょっと面白かったり。ちなみに心実さんは安定の順位でした。
そんなこんなで目まぐるしく日々は過ぎ、季節は空気が肌を刺す12月。
残すところ今年の行事は、期末テストだけになってしまった。
――――――何より私の余命はもう、一ヶ月もない。
「えっと、確かこの辺に……」
今日は休日。私は寮の自室で、勉強机の周辺をごそごそと漁っていた。
机の上にはノートや単語帳などが開きっ放しになっているが、別にテスト勉強用の教科書等を探しているわけではなく。
「あった!」
引出しの奥から、ようやく見つけた『それ』を引っ張り出して、パッパと埃を払う。
手にしているのは特に何の変哲もない、何処にでも売っていそうなクローバー柄のレターセットだ。
さて、と小さく気合を入れて椅子に座り、勉強道具を隅へと追いやる。便箋を前にペンを手で回しながら、作業を開始する前に何となく、私はチラッと窓の外へと視線をやった。
空からは綿毛のような白い雪が舞い降りていて、訪れてしまった冬を感じさせる。
自然と私は、このレターセットを買った遠い夏のことを思い出した。
あれは親友のかえちゃんと、夏休みに花火を見に行った日。午前中はデパートでショッピングをしていて、『これ』を手に取った私に、かえちゃんは「誰かに手紙でも送るのか」と聞いてきた。確か私はそれに、曖昧な笑顔を返したんだったと思う。
だって言えるわけがない。
このレターセットは本当は――――
「……こういうのって、書き方とかあるのかな?」
――――――『遺書』用、だなんて。
「まぁいいか。まずは好きに書いてみよう」
特に深くは考えず、思いつくままにペンを走らせる。
出だしはとりあえず、私が実は一度死んでいて、シラタマという猫の天使に、余命を延長してもらったというところからだ。……これは、ずっと前から、遺書にだけは書こうと決めていた。
『生きている間』は、私の寿命の秘密は誰にも明かさないと、自分自身に誓った。だけど『私が死んだあと』でなら、やはり私の大切な人たちには、知っておいて欲しかったのだ。
――――――野花三葉という人間が、どんな想いでこの六ヶ月間を生きたのかを。
ただ、読んだ人に『憎しみ』なんて感情を抱かせたら嫌だから、私は突き落とされたのではなく、自分で階段から足を滑らせたことにしておく。
柊雪乃さんとのことを知っている樹虎には、真相が分かっちゃうけど、聡い彼はきっと私の意図を汲み取ってくれるだろう。なんてたって相棒だし。
……まぁその前に、『天使』が云々なんてお伽噺みたいな内容を、まず信じてもらえるかが微妙だが。
それを書き終えたら、今度は私の大好きな人たちへ、お別れと感謝の言葉を綴っていく。
お父さんにお母さん、弟のつくしに妹のたんぽぽ、かえちゃん、梅太郎さん、心実に樹虎。ひとまずは、この人たちだけは絶対に欠かせない。
本当は一人一人、会って口で直接伝えられたらいいのだけど、それは流石に難しそうなので、個別にたっぷりと書いておいた。
最終的にはまとめて封筒に入れ、余命が尽きる前にポチ太郎へと、草下先生にもバレないようにこっそり預けるつもりだ。私が死んだ後すぐじゃなくて、気持ちが落ち着いた頃にみんなの手元に届くよう、ポチ太郎にお任せする算段。スーパードッグで賢い彼なら、きっと私のお願い通りに届けてくれるはず。
普通に考えたら犬に遺書を預けるなんて、「なにしてんだ」って感じだが、ポチ太郎ならいいようにしてくれるだろう。
何だかんだで、これまでのことから、私はあのお犬様を信頼している。
「一応……完成?」
出来上がったものを、スタンドライトの光の下で、ゆっくりと読み返してみる。
前半はおいといて、後半のみんなへの『お別れと感謝』の件が…………なんというか酷い。書きたいことがまとまってなくて、文章がめちゃくちゃだ。これでは、伝えたいことの三分の一も伝わらない気がする。
ハァと私は溜息をついた。
心実に魔法をかけてもらって樹虎にラブレターもどきを送ったときに、すでに思い知っていたことだが、私は驚くほど文章力が無いな。国語の成績は悪くないのに何でだろ。
「本当に、口で伝えられたら一番なのに」
状況を色々と考えて、それは不可能だとは分かっていたが、そんな呟きが出たのは仕方がない。私は机に突っ伏して、書き直しかな、と項垂れた。