番外編 激闘?サクラサバイバル!――後編――
サクラサバイバル編の後半です。本編と比べてコメディ色強め、キャラがはっちゃけてます。お気軽にどうぞ!
山鳥君と別れた後。私たちはポチ太郎捜索&ボール探しのために、二階中を走り回った。
予想通り二階にはトラップは一切なくて、その点では一階よりスムーズに動けたけど、他チームと鉢合わせというバトルイベントはあった。
流石、一階のトラップ地獄を超えてきた猛者たちばかりで、せっかく先に見つけたボールも奪われること数回。
特に山鳥君の言っていた、森戸さんと海鳴さんのペアにもエンカウントしてしまい、手に入れたばかりの赤ボールと黄ボールを取られたのは痛かった。あの二人は本当に、熱意と気合が他の参加者とは格段に違って、「リア充に優勝は取らせない、ねぇ森戸っち!」「そうだよ、リア充は私たちが残らず殲滅する」と、見つけた瞬間に襲いかかってきて怖かった。目がマジだった。もう一度言う、怖かった。
でも、お久しぶりの団子三姉妹とも遭遇したけど、これは逆に、あいつらの持っていた赤ボール二個を奪ってやった。そもそもペア参加が基本のこのイベントに、何で三人で参加しているのか。それとなく尋ねたところ、「会計の人に頼んだら普通に三人参加を承諾してもらったのよ!」と、何故か自信満々に答えられてしまった。参加者確保のためなら何でもアリな祭先輩も祭先輩だが、そうまでして三姉妹で出たい奴らも奴らである。どんだけ仲良しなの。
…………そんな感じで、二階の時点で総得点数は80点。これが稼いでいる方なのかどうか分からないが、私としてはわりと良い線いってるんじゃ? とは思ってる。
そして現在。
三階に続く階段をふよふよ飛んでいくポチ太郎を発見し、私と樹虎はそれを追いかけて、廊下の端にある空き教室に飛び込んだ。
そこでようやく追い詰めたお犬様を、さっさと捕まえようと思ったのだが。
「わふわふ!」
「な、何をしてるのポチ太郎……?」
口元には私から奪っていったボールは無く、赤い舌を覗かせながら、何故かポチ太郎は、隅にある掃除用具入れを肉球でバンバンと叩いている。
私たちが教室に入った時からずっとこれだ。
「ここに何かあるの?」
今のうちに捕まえなきゃとは思いつつも、ついポチ太郎の訴えに流された私は、立て付けの悪い用具入れのドアを、グッと力を入れて開けた。
辺り一帯に埃が舞い、カビ臭さが鼻につく。
中身は青いバケツや毛先の荒れたホウキ、汚い雑巾しかなく、特に何の変鉄も……
「あれ」
……と、思ったら違う。
バケツの中で煌々と輝く、この丸い物体は。
「き、金ボール……!?」
私は驚きで目を見張った。
慌ててポチ太郎の方を向けば、彼は「わっふー!」と一鳴きしてテレポートを発動させているところで、そのまま私が止める間もなく、あっさりと姿を消してしまう。
「まさかあの犬、この金ボールの場所を嗅ぎ付けて、俺たちを此処に連れて来たのか……?」
後ろから用具入れの中を覗き込んできた樹虎が、難しい顔でそう呟いた。私は「まさか、偶然だよ」と返したかったが、ポチ太郎さん(もはや『さん』付けだ)のハイスペックさを知っている故に、そうも言い切れない。
あまり深く追求せず、曖昧な苦笑いで誤魔化しておいた。
「それよりさ、どうする樹虎? このボールを手にしたら、難しい『ゲーム』に強制参加させられちゃうみたいだけど。参加する?」
私はまだ、見つけた金ボールには指一本触れていない。会長の説明によると、これは難易度高めのゲームへの参加券だ。
勝てばプラス100点、負ければマイナス100点の大勝負。
私としてはぜひ勝負に乗りたいところだが、今のところ樹虎に負担をかけている身としては、彼の意向に従いたい。
そう思って尋ねたのだが、これは愚問というやつだったようだ。
「くだらねぇこと聞いてる暇があったら、誰かが来る前にボールを掴んどけ。難しい勝負だろうが、勝てばいいんだろうが。時間もねぇ、一気に決めるぞ」
「! おお、さすが相棒! 考えることは一緒だね。そしてさすが不良! その『勝てばいいんだ理論』、私は嫌いじゃないよ!」
「馬鹿にしてんのか」
茶化したせいで睨まれたが、彼と考えが同じだったことが嬉しくて、私はもう戸惑わずにボールに手を伸ばした。
そう、勝てばいいんだから。
なにより面白そうなことには、難しいことは考えずに参加が基本でしょ。
そう考えながら、ボールに手が触れた瞬間。青い光が放たれ、私は身に覚えがあり過ぎる、視界の歪みと浮遊感に襲われた。
♣♣♣
「何なのかな。テレポートって流行りなのかな。それとも私が妙に縁があるだけ……?」
今、私は目立つものは何もない、広い空間の中心で、冷たい床に座り込んでいる。此処はいつか、樹虎や心実と一緒に魔法特訓をした、訓練棟のトレーニングルームだ。
金ボールに触れた者を、この場所に飛ばす仕組みだったようで、さしずめ此処はバトルステージといったところか。
「アホなこと言ってないで立て。『ゲーム』とやらがどう始まるか分からねぇんだから、あんまり気を抜くな」
神経を尖らせて周囲を警戒する樹虎は、まるで狩りの最中の獣のようだ。私も彼に倣って急いで立ち上がり、用心深く辺りを見回す。
これといって、今のところ怪しい点はない。それでも油断せず構えていると、何処からともなく、笑い上戸会長の声が聞こえてきた。
『ようこそ、特別バトルステージへ! 見事金ボールを見つけたペアのお二人には、高得点をかけたゲームに参加してもらうよ。今から現れる人物は、君たちの身に着けているサクラバッチを、破壊しようと狙ってくる。それから、制限時間いっぱい逃げ切れたら君たちの勝ちだ。どちらのバッチが壊されても負けになるから、どちらも気を抜かないでね。それでは早速、対戦相手の彼女に登場してもらおう!』
大仰な口調で捲し立てるようにルール説明が行われ、私が頭で内容を整理しきる間もなく、ドアが音を立ててゆっくりと開いていく。
そこに現れた対戦相手とは――――
「こ、心実……?」
「お、お姉さま……?」
――――本日一番のサプライズ。
予想外すぎることに、体操服という名の戦闘服に身を包んだ、最年少天才魔法少女にして大切なマイフレンド・心実が、私の『敵』としてドアの向こうに立っていた。
私の驚愕は計り知れないものだったが、驚いているのは心実の方も同じようだ。お互いに唖然として、見つめ合ったまま固まってしまう。
そんな私たちの間に、またもや会長のアナウンスが流れた。
『いや、本来なら我が生徒会メンバーが、相手役を務めるはずだったんだけどね。諸事情による欠員が出て急遽、次期生徒会候補の一年生・木葉心実さんに協力してもらったんだよ。彼女は強いよ、気を抜けば僕も魔法でボコられそうなくらいだからね! そんな彼女から、何とか逃げ切ってみせてくれ! 制限時間は15分、健闘を祈っているよ!』
腹立つ会長のエールはそこで途切れ、次いで『残り15分でーす!』という経過時間のお知らせが、祭先輩の明るい声で室内に響いた。
心実は「お、お姉さまと戦うなんて、私は一体どうすれば……。ああでも、会長さんには『参加者は誰だろうと容赦なく潰してくれ』と言われておりますし……」と葛藤していたが、すぐに何かしらの決断を下し腹を括ったようで、紫の瞳で此方をキッと見据えてくる。
え、これはマジで、心実と戦う流れなの?
ていうか会長の説明したルールに沿うと、弱い方のバッチを狙うのが定石だよね。心実に本気で魔法を使って狙われたら、私なんて三秒も持たない自信があるよ?
「すみませんです、お姉さま、二木さん。お二人には大変心苦しいですが……本気でいかせて頂きます」
「ちょ、ちょっと待って心実! 私まだ心の準備が……!」
「はっ、返り討ちにしてやるよ」
「樹虎もストップ! なんで二人ともすでに戦闘モードなの!?」
まだ状況に対応しきれていない私を置いて、二人は火花を散らして睨み合っている。空耳だとは思うが、謎のゴングが強く鳴ったような気さえした。
――――こうしてまさか過ぎる、ラスボス戦は始まりました。
さて、開始からすでに10分以上が経過し、欠片も嬉しくないドリームマッチがどうなったかというと。
「てめぇ、このチビ! 普通に考えたら、弱いアイツの方を狙うもんだろうが!? さっきから俺ばっかり攻撃しやがって、一体どういう了見だ!?」
「わ、私がお姉さまに攻撃なんて出来るはずがないじゃないですか! どちらのバッチを壊してもいいなら当然、二木さんに犠牲になってもらうに決まってます! それにお姉さまを狙っても、どうせ二木さんがお姉さまを守るでしょう! それも個人的に見たくないのです!」
「知るか! ほぼお前の私情じゃねぇか! ていうかお前、バッチより俺自体を狙って攻撃してやがるだろ!?」
「それについては……お姉さまとこのイベントに参加したことに対する、多大な私怨も含んでおります!」
「ますます知るか! 言っとくが、誘ってきたのはアイツの方だからな。別に俺はそれに付き合ってやっただけだ!」
「そんなことは関係ないのです! とにかくお覚悟を、二木さん。お姉さまには悪いですが、ここで散って頂きます!」
「ふざけんな!」
…………こんな感じの不毛な会話をしながら、心実と樹虎は今なお、激しい魔法合戦を繰り広げている。
会話のやり取りは大したことないが、魔法のやり取りは高度すぎて、私は突っ立って二人を見守るばかり。話題の中心である本人は完全に蚊帳の外だ。
私も何か行動せねば……とは思うのだが、あらゆる意味で、二人の間に入り込む隙間がないのです。
「大体、二木さんはズルいのです! お姉さまと最初に仲良しになったのは私なのに、途中から正統な相棒ポジションについて! 今日こそは、遠慮無く文句を言わせて頂きますから!」
「文句なら口で言え! 高等魔法ぶっ放しながら言うんじゃねぇよ!」
『あと3分でーす!』
ヒートアップする樹虎と心実を余所に、祭先輩の間の抜けた時報が耳に届く。二人は何やら大技を放とうとしている雰囲気で、私はいよいよ何とかしなくてはという気に駆られて走り出した。
本音を言えば、あの間には入りたくはないが。ここで止めないと、マジになり過ぎて怪我人が出そうだし、何より心実と樹虎のキャラとか色んなものが崩壊しかねない。
もう私はゲームの勝敗とかは二の次で、二人の多方面での安全を守るために、力あらん限りに叫んだ。
「ストップ、ストップ! 一旦落ち着いて! 心実も樹虎も止まってー!」
「あ……?」
「お姉さま……?」
我を忘れかけている二人に、私の渾身の制止の声は伝わるかと心配したが、気付いた両者はピタリと動きを止めてくれた。
樹虎は息を荒げ、首筋からは汗が流れ落ちている。心実はふわふわの金髪を乱し、肩で息をしていた。これを見ただけでも、お互いが極限状態で戦っていたことがよく分かる。
辛うじて場を落ちつけられそうなことにホッとした……のも束の間。
私の叫びは些か遅く、おまけにタイミングも悪かったようだ。
「っ!」
手の中で大きな風を生み出そうとしていた樹虎は、中途半端なところで魔法の発動を止めたせいで、僅かに操作を誤ってしまったらしい。掌で収束されていた風は、そのまま消え行く前に大きく乱れ、彼の周りを荒々しく吹き荒れた。
そしてその風圧により――――樹虎の胸元のバッチは弾き飛ばされ、天井近くまで舞い上がった。
そのまま真っ直ぐに落ち行くサクラバッチに向けて、私は咄嗟に移動魔法を発動させたが、小さなそれを上手く空中で捉えることは出来ず。
…………虚しくも床へと叩きつけられ、その花弁を散らしてしまった。
『―――ハイ、終了! 片割れのバッチが壊れちゃったので、参加者側の負けだね。残念ながら、マイナス100点です!』
ピンクの飛び散る破片を前に、私と樹虎はもちろん、心実でさえ呆然と口を開けないでいたら、間一髪入れずに会長の『ゲーム終了宣言』が鼓膜を震わせてきた。
これで……し、終了?
『参加者側もナイスファイトだったんだけどね。まぁこういうこともあるよ。楽しければそれで良しさ!それにサクラサバイバル自体はまだ続くから、諦めないでボール集めを続けてみてね! それではお疲れ様でしたー』
ブツンっと切れたアナウンスが、これまた微妙な空気をさらに微妙にする。
私は何気なく、足元にまで飛んできた桜色の破片を拾って、形容しがたい表情を浮かべた。
―――――出だしから斜め上の展開で始まったゲームは、やはり軌道修正することなく斜め上のまま、何とも評価し辛い結末を迎えたのであった。
♣♣♣
あのあと、何事もなかったように特別棟の方に戻された私と樹虎は、心的ダメージ等はでかかったが、それでも根性でボール集めを続けた。それでもやはりマイナス100点の損害は大きく、イベント後に発表された順位は、結果として下から数えた方が早いくらいになってしまった。
ちなみに優勝は、別の金ボールでのゲームに勝利し、圧倒的な点数を稼いだ海鳴さん&森戸さんペアでした。表彰台に乗った二人の顔が清々し過ぎて、私は悔しささえ湧かなかったよ……。
そして現在。
参加賞(購買の割引券)をもらったあとに、文化祭全体の閉会式に参加するため、私は樹虎と並んで校舎内の長い廊下を歩いているのだが。
「ね、ねぇ樹虎。もうその怖い顔は止めようよ。あれは魔法の途中で声をかけた私に非があるんだし、樹虎が責任を感じる必要はないんだよ? だからもう気にしないでよ」
「……別に気にしてねぇ」
「いや、わりと気にして落ち込んでるでしょ。いつもより眉間の皺深いし」
「落ち込んでもねぇ」
ギロッと眼差しを尖らす樹虎の頑なな態度に、私はこっそりと溜息をついた。
特別棟に戻ってから、彼は黙々とボール探しに打ち込み、イベントが終わったあともずっとこの調子だ。余程あの魔法の操作ミスが、プライドの高い樹虎的に許せなかったのだとみえる。
難しい属性魔法なんだから、集中を乱されて失敗したからって、別に樹虎の魔法の腕が悪いわけじゃないし。あの勝負の結末は確かに微妙すぎるけど、それも当然、彼のせいではない。
だからここまで、気にする必要もないんだけどな。
「……まぁ、確かに優勝できなかったのは残念だけどさ。私は楽しかったから、けっこう満足してるよ。もうそれでいいんじゃないかな。樹虎は楽しくなかった?」
私はチラッと彼の顔を下から覗き見た。
そう、結局はそれだ。
勝てたらもちろん嬉しいけど、これは文化祭の『イベント』。楽しむことがきっと第一なのだし、負けてもはっちゃけられたのなら、それで良いはずなのだ。
私はわりと、何だかんだで樹虎も楽しんでいたんじゃないかな……とは思うのですが。
「……」
樹虎は私の質問には答えず、チッと舌打ちをした。そして若干、歩く足を早めて、私の隣から消えようとする。
うん。いつも通りの、素直じゃない樹虎だ。
無言は肯定っていうしね。会長の言葉じゃないけどこういう結末も、楽しければ『アリ』だよ。
「……一つだけ言えることは、あの犬とあのチビは、いつか絶対に潰す」
追いかけて再び横に並べば、彼はボソッとそんなことを呟いた。その言葉に小さく笑いつつ、このあとポチ太郎や心実と会って、また一騒動ありそうだなーとか思う。
まぁそれすらも、大変かもだけど楽しそうだ。
――――優勝は出来なかったけど、サクラサバイバルを満喫して、こうして私の文化祭は終了した。
これにて、番外編は終了です。ただただ私が書いていて楽しかったです><
また、次からは最終章となります。
話数もあまりないかなと思うので、良ければ最後まで、この物語にお付き合い頂けると幸いです。