番外編 激闘?サクラサバイバル!――前篇――
本編では省略した、サクラサバイバルの様子の番外編です。本編と比べて、コメディ色強めを意識したので、お気軽にお読み頂ければ幸いです。
「積極的に、この後夜祭での伝統イベント『サクラサバイバル』に参加してくれたみんな、こんばんは! 今からこの僕、生徒会長・春風芽吹が、みんなに楽しく公正に、イベントを満喫してもらうためのルール説明を行うから、静かに聞いてくれると嬉しいな」
特別棟の入り口前でマイクを持ち、窓ガラスから漏れる灯りを受け、髪からもオーラからもキラキラトーンを飛ばしている会長が、にっこりと微笑んでそう言った。
私は胸にサクラバッチをつけながら、相変わらずの会長の謎テンションに、「あーはいはい」と心の中で返事をする。
横に立つ樹虎も、退屈そうにあくびを溢していた。
周囲からは、会長ファンらしき人の声も耳に入る。改めて見渡せば、自由参加にしては予想より参加者は多かった。暗がりで個人の顔までは確認出来ないが、例の乙女ジンクスのせいか、男女のペアがよく目につく気がする。それでも、少数だけど女の子同士や男の子同士のペアもいるようだ。
ここにいる全員がライバルなのかと思うと、私の体にピリリとした緊張が走る。
「さて、早速だけど説明を始めるね。僕が開始の合図をすると同時に、君たちには一斉にこの特別棟に入り、あるものを探してもらうよ。それはこれ」
会長が優雅な動作で指パッチンを行えば、傍で控えていた祭双子の持つ箱の中から、卓球の球くらいの、小振りのカラーボールがふわりと宙に浮かび上がった。
ぼんやりとした明りの中で、それぞれ色の違う四つのボールは、まるで火の玉のように会長の周りを漂う。
「青は10点、赤は20点、黄色は30点と、ボールごとに点数が決まっていて、これらはすべて、特別棟のあらゆるところに隠してある。それを君たちに見つけてもらい、総合的な点数で勝敗を競う、単純なゲームだよ。ただし、僕率いる生徒会と文化委員たちが総出で、君たちの妨害をする。ハードな脱出系ホラゲーマニアのうちの書記くんが、監修したえげつない仕掛けなんかもあるから、宝探しに加え、障害物競争や肝試し要素もある、盛り沢山な内容さ!」
え、祭先輩の弟さん、あんなワンパク坊主そのものな見た目と性格で、そんなご趣味なのか。
私は思わず、人混みの隙間から、えっへんと胸を張る祭先輩(弟)をまじまじと見つめてしまった。
「なおこのボールは、所持して三分経てば、手元から消滅して自分たちの点数に加算される。ボールを巡っての、チーム同士の魔法バトルも、本日は怪我しない範囲で大いにOK! 校内の備品だけは壊しすぎないように気を付けてね。ここまでで何か質問はあるかい?」
「えっと、あの、金色のボールの説明がまだ……」
前の方に居た人が、手を挙げてそう尋ねた。言われて気付いたが、一際光を放つ、金ピカのボールについての説明がなかったな。
こういうのは大抵、ボーナス得点とかが定石だけど……なんとなく、それだけじゃなさそう。
「ああ、僕としたことが、肝心な説明を忘れていたね。これは、他とは違って三つしかない、特別ボールさ。これを手にしたチームは、問答無用で『あるゲーム』に参加させられる。そのゲームに勝てば…………一気にプラス100点だ」
ザワッと、参加者たちの空気が揺れたのが分かる。他のボールと比べてプラス100点なんて、破格の大サービスだから当然だ。
「けど、そのゲームに負ければマイナス100点。ハイリスクハイリターンだね。ゲーム内容は手に取るまで不明だけど、三つのどれもが攻略難易度は高い。魔法能力や知力に運動神経、チームワークなどに自信のない人たちは、金色ボールを見つけてもスルーすることをおススメするよ」
挑発するような会長の物言いに、私は俄然やる気が掻き立てられた。周りも、獲物を定める肉食獣のような目で、煌々と輝く金色ボールを睨んでいる。
生徒たちの士気を高めるのが上手いところは、さすが生徒会長と言わざるを得ないだろう。そのカリスマ性を取り除けば、ただの失礼な笑い上戸だけど。
「ルール説明はとりあえず以上! 細かいことは、実践あるのみ! それじゃあ最後に、理事長から届いている、開催にあたってのスペシャルメッセージを読み上げるね」
「理事長!?」と、先程よりも大きなざわめきが走る。
私も、横で気怠そうに突っ立ていた樹虎でさえ、レアな人物からのまさかの激励文? に目を見開いた。
多忙なあの人が、こんなイベントにわざわざメッセージを寄越すなんて、何かサクラサバイバルに特別な思い入れでもあるのだろうか。
「『この素晴らしい名称のイベントを大いに盛り上げ、皆さんが全力を尽くして楽しむことを祈ります。頑張ってね』……以上」
「それだけ!?」
何処からともなくツッコミが入った。私も簡素というか、軽すぎる内容に拍子抜けする。
一度だけ会ったときも思ったが、本当に自由な人だな……。
「ははっ、まぁ短くても激励には違いないよ。上位三チームまで、豪華賞品も理事長が用意してくれているから、本当にみんな頑張ってね! それじゃあそろそろ……」
碧の双眼を細め、とびっきりの王子様スマイルをつくった会長が、もう一度指を鳴らせば、浮いていたボールがポンポンと一斉に弾けた。
そこから白い煙が湧き上がり、会長の姿ごと、訓練棟の入り口一帯を覆い尽くす。
会長と理事長の二人共が好きそうな、魔法を存分に活用した、派手で気取った演出だ。
――――――だけど、本格的なイベントらしくて胸が高鳴る。こういうのは、思いっきりハジけなくちゃ面白くない。
ようやく煙が薄れ始め、今度は訓練棟のドアがゆっくりと自動で開く。
姿の消えた会長の声だけが、夜風と共に高らかに開始の合図を告げた。
「それでは、本日のラストイベント――――サクラサバイバル、開幕だ」
♣♣♣
「樹虎! この教室はまだ誰も調べてないみたい。とりあえずドアを見張っていて!」
「手早く警戒して探せよ。また何の仕掛けが飛び出してくるか分かんねぇからな」
なんとか辿り着いた二階で、私と樹虎は目に止まった音楽室へ飛び込んだ。
五線譜の書かれた黒板に、椅子と机が所狭しと並べられた室内。そこで私は、荒れる息を整える間もなく、素早く電気をつけて教室中を物色する。
今の私からは到底、ボール探しをしているとは思えない気迫が出ていることだろう。
――――それもそのはず。
私と樹虎は此処に来るまでに、すでに一階で激しい妨害をくぐり抜け、数多の試練を超えてきたところなのだ。
まず雪崩れ込むように、参加者が特別棟に足を踏み入れた途端、空中からパッと巨大な網が現れ降ってきた。このファーストトラップに、先陣を切って入っていったチームの人たちが、まさに一網打尽。私は寸でのところで被害に遇わず、身動き出来ずに藻掻く人達の横を、「いきなりこれか!」と戦々恐々で走り抜けた。
そのあとも、適当な教室に入れば、急に備品が浮遊し始めるポルターガイスト現象に見舞われ。廊下では、髪が伸びるタイプの不気味な人形たちに、猛スピードで追いかけられ。
おそらく、高等テクだが、時間差で発動するように浮遊魔法がかけてあったり、リアルタイムで生徒会連中とかが、隠れて物質操作魔法で遠隔操作していたりするのだろう。他にも諸々の襲撃に遇いまくった。
奴らは一階の時点で、大半の人数を足止めし篩い落とす予定らしく、すでに二階まで来ているチームは半分以下な気がする。
なお、ここまで私が残れたのは、ほぼ樹虎のおかげだ。
飛び交う備品(当たっても大怪我しない程度のものばかりだが)からは、文句を言いながらも背中の後ろに匿ってくれたし。呪われてそうな人形は全部、風の属性魔法で蹴散らしてくれた。必死で逃げ惑うだけだった私は、「お前はとにかく俺から離れんな、このグズ!」と彼に怒られる始末。言い返せないのが不甲斐ない。
「やった、あった! 点数低い青だけど! 見つけたよ、樹虎!」
せめて、ここからは私が少しでも役に立たなきゃ……と思い、机の中やピアノの周辺を隈無く探していたら、ついに発見できた。
ピアノの楽譜の裏に置かれていた青ボールを、樹虎に掲げて見せる。
一階では逃げるのに必死で、ボールなんて探せなかったから、ようやく一つ目だ。
でも思うに、元々一階には、あまりボールは配置されていなかったんじゃないかと。たぶん、一階は妨害専用フロアで、そこを超えてから二階以上が、本格的なボール探しに進めるよう設定してあるのだと推測できる。
その証拠に、一歩進めば何かしらのトラップに当たった一階と違い、二階に来てからはまだ、何の妨害にも襲われていない。
いや、それで油断する気はないけどさ。
「一教室に二、三個はありそうだな……。ドアはどっちも、風で小さい竜巻を起こして塞いでおくから、もう少し探してみろ」
「了解!」
あの試練から這い上がった他のチームが、この教室に乱入してくるのも時間の問題だ。
私はまだ確かめていない場所がないか、ポケットに青ボールをしまって、辺りをきょろきょろと見回した。
「あ」
すると存外早く、もう一つ見つけられた。
壁の高い位置に掛けられた、音楽家の肖像画と肖像画の間。そこに捻じ込むように挟まっていた、黄色ボール。
気づきやすいようで意外とスルーしそうな、悪ガキ的発想の隠し場所だ。
私は得点の高いボールを見つけたことに、嬉々としながら、得意の移動魔法を発動させた。指先で操り、手元へと引き寄せようとして――――
「わふ!」
「へ!?」
――――何故かその途中で。急に空中に現れたポチ太郎に、ボールを咥えられてしまった。
「な、なんでポチ太郎が!?」
まだ浮いたままのお犬様は、もふもふの毛を揺らしながら、「わふふ?」と小首を傾げる。十八番であるテレポートで出現したのだろうが、なぜ此処に。
確か文化祭期間中は、教師寮の一斉清掃は行われないし、一時的に草下先生の部屋に保護していると、先生本人から世間話ついでに聞いたのに……楽しそうな気配を察して、来ちゃったとか?
てか先生。また逃がしたんですか。
「いや、もうこの際、来た理由や経緯は置いとくけどさ……その咥えてるもの、返してくれないかな? せっかく見つけた大事なものなの」
「わふふ?」
「分かる? だ、い、じ、なもの! 貴重な得点源なんだから! それにこんなとこに居たら、誰かに見つかっちゃうでしょ? それ渡したら、大人しく先生のところに帰りなさ……って、こら!」
穏便に説得を試みたが失敗し、ポチ太郎は話の途中でいきなり方向転換して、私の静止も虚しく一目散にドアの方へと飛んで行った。
そのまま、あわやミニ竜巻にぶつかるかと思いきや。
「わっふー!」
「はぁ!?」
触れる直前で何かしらの魔法を発動させ、小さく渦巻く竜巻を打ち消した。そのまま勢いを殺すことなく、ドアを器用に開けて、隙間から飛び出していく。
ちなみに、「はぁ!?」という驚愕の声を上げたのは私じゃなく、竜巻を操作していた樹虎の方だ。
自分の得意魔法が、あんな犬っころ一匹に呼吸するように破られたんだから、彼がらしくもなく動揺するのも仕方ない。
大変だ、このままじゃポチ太郎最強説が……って、そうじゃなくて。
「お、追いかけなきゃ!」
ボールを持っていったこともあるが、それ以上に、ポチ太郎が誰かと遭遇するのはマズい。奴なら上手く切り抜けていきそうだとも思うが、見つけてしまった責任から、捕まえて先生のところに返してあげないと。
鮮やかな逃走劇に暫し呆然としてしまったが、そう一気に思考した私は、遅れてポチ太郎が出て行ったドアから、あとを追いかけようと踏み出した。
しかし、ちょうど教室の前を横切るところだったらしい、誰かと思いっきりぶつかってしまう。
「うわっ!」
「わっ、いった……」
派手な衝撃が走り、お互いがバランスを崩して床に倒れ込む。私の方は強かに尻餅をついて、じんわりとした痛みに襲われたが、慌てて相手に謝ろうと顔を上げる。
「ご、ごめん! 私が急にドアから飛び出したりしたから……って、あれ?」
「いや、こっちこそ出てくるの気付かなくて……ん、野花さん?」
わりと近い距離で視界に入り込んだのは、栗色の短髪と、翠の双眸。痛みに眉を寄せる様さえ爽やかな。
まさかまさかの、数時間前に「またね」と別れた…………山鳥君だった。
「どうして山鳥君が……もしかして、その」
「うん。実は野花さんと別れてすぐ教室に戻ったら、林に二人でサクラサバイバルに出ようぜって、強引に誘われてさ。あいつも、どうやらお目当ての子に断られたらしくて。急遽、虚しく男二人で参戦することになったんだよ。今は別行動でボール探し中」
「そ、そうなんだ」
「うちのクラスからは他にも、森戸さんと海鳴さんとかも、女の子同士で出てるみたいよ。あの二人、実は幼馴染らしいから。息も合ってそうだし、強敵だね」
「え、本当に!? それは確かに強敵かも……」
「ははっ、あの二人はカップルイベントとか関係なく、全力で優勝獲る! って燃えてたしね。あ、あと、他にもうちのクラスでは……」
「――――おい。こんなとこで、なに呑気に会話してんだお前」
意外な山鳥君の登場だったが、気まずい出来事の直後で普通に話せるのが嬉しくて、つい二人で座り込んだまま話に花を咲かせかけていたら、後ろから地を這うような低い声が聞こえた。
慌てて後ろを振り向けば、仁王立ちの樹虎が不機嫌そうに私たちを見下ろしていて。
その普段より二割増しで凶悪な顔つきに、私は謎の危機感を覚えてすぐさま立ち上がった。
「……このグズ。こんな奴に構ってる暇があったら、あいつを追いかけなきゃいけないんだろ。ボール集めも進んで無いし、時間はねぇ。とっとと行くぞ」
金の眼光を鋭くさせ、山鳥君を一瞥した樹虎は、私の腕を掴んで有無を言わさず歩き出す。
言われてハッと、今まさに直面している問題を思い出した私は、足を縺れさせながらも素直に樹虎に従った。ポチ太郎の姿はもうとっくに廊下から消えているから、ボール探しと合わせて早急に取り掛からないと。
「ご、ごめんね山鳥君! えっと、お互いに頑張ろうね! でも、その、絶対負けないから!」
「うん、俺も負けないよ。お互いに頑張ろうな!」
遠ざかる彼に、歩きながら振り返ってそう声を掛けたら、立ち上がった山鳥君は二カッと笑い返してくれた。
……本当に、強敵ばかりみたいで、これはいよいよ本気出さなくちゃな。
――――――サクラサバイバル、途中経過。まだ青ボール一個の、獲得点数10点。
ここから巻き返すために、後半戦に突入だ。
すみません、書くのが楽し過ぎて長引きました……。もう少しだけ、作者の息抜きに付き合ってくださると嬉しいです。