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4 ここからは私の時間です 

「あ、起きましたですか?」


 目を覚ましたら、視界に飛び込んできたのは美少女の心配そうな顔だった。


「あれ、私……?」


 体を起こし、はっきりしない頭で視線を周囲に走らせる。

 清潔そうな白い壁に、『歯科検診のお知らせ』や『健康診断を受けよう』などのポスターが貼ってあった。『治療魔法のススメ』などがあるのがこの学校らしい。

 どうやら私は、カーテンで仕切られた保健室のベッドで寝かせられているようだ。


「どこか痛いところはないですか?」

「あ、うん。平気だけど……私どうしてここに……?」

「覚えていないですか? 特別棟の二階に続く階段のところで、倒れていたのですよ。たまたま私が通りかかって、見つけて保健室の先生を呼んだのです。外傷などはなかったので、魔力切れなのではと先生は言っていましたです」

「魔力切れ……」


 確かに魔力を使いすぎると、疲労が溜り倒れる生徒も少なくはない。

 ……ただ、私は確実にそうではないのだが。ここは何も言わずに黙って、目の前の少女にお礼を言っておこうと思う。


「えっと、まずはありがとう……あの、隣のクラスの木葉このはさんだよね?」


 ベッドの傍でパイプ椅子に腰かけ、ずっと私に付いていてくれたであろう、この小柄な美少女。

 実は私は、この子に見覚えがあった。いや、私だけじゃなく、この子の顔なら全生徒が知っているだろう。


 木葉このは心実ここみ。本来なら中学一年生だが、魔法の類まれなる才能を持っていて、この高校の付属の中学から飛び級してきた、天才魔法少女なのである。低身長で小動物のような、非常に愛らしい容姿をしている。綺麗なウェーブのかかった金髪が腰まで流れ、紫水晶の瞳は長いまつげに彩られている。まるでフランス人形のような美しさを持つ少女だ。


 しかし、その力の強さから、私とは真反対の意味で避けられていたりもする。常に一人のところを見かけるので、こんなに話しやすい子だとは思わなかった。


「あ……私のこと、知っているのですか……?」

「え、あ、うん」


 私が頷くと、急に彼女は先ほどまでの気安い雰囲気を一変させ、他人を寄せ付けない冷たい雰囲気に切り替わった。


「そうですか。――――では、私は先生を呼んできて、このまま失礼させていただきます」

「えっ、あの……!?」

「なんですか?」

「い、いや何でも……」


 氷のような眼差しで睨まれ、これ以上は引き留められなくなる。彼女は軽く一礼をしてから、カーテンの向こうへさっさと去って行った。


「何か気に障ることでもしちゃったかな……」


 ろくにお礼も言えなかったので、次会ったときにはちゃんと言わなくてはならない。

 さらに、彼女の座っていた場所には、ブックカバーの施された本が置き忘れてあった。急に態度が変わったことは気になったが、これを届けて、今度改めてお礼をしようと思う。


 ―――――それより、今の私には考えなくてはならないことがある。


「あれ全部、夢オチでしたー……ってことはないよね」


 もう一度ベッドに倒れこみ、天井に向かって手を伸ばす。

 夢にしては、何から何まではっきり覚えすぎている。階段を落ちたときの衝撃も、シラタマを抱きしめた感触も。 

 何より、あの出来事すべてが夢ではないという証拠を、私は見つけてしまった。


「さしずめ、カウントダウンってところかな」


 室内の明かりに照らされた、私の手の甲。

 そこには黒い文字で、まるでタトゥーのように『残り183日』と浮かび上がっていた。


「あと183日か……」


 自分の残りの期限を、しっかりと胸に刻むように呟く。

 このカウントダウンは、木葉さんが何も突っ込んでこなかったこともあり、恐らく私にしか見えないのだろう。0になったとき、私は再び死ぬのだ。今が六月の終わりだから、私の好きな冬までは生きられるとわかり、それだけでも少し気分が上昇する。

 

 本当に、シラタマには頭が上がらないなぁと思う。そういえば打撲などの怪我が治っているのも、シラタマのおかげだろうか。彼にも今度会えたら、何か美味しいものでもご馳走しよう。


「さて……」


 私はぐっと勢いをつけて起き、ベッドから下りる。しわくちゃになってしまった、凝ったデザインのブレザーの制服を直し、気合を入れるように頬を叩いた。


 明日からは、一日たりとも無駄には出来ない。私はこの学校に来て初めて、心の底からテンションが上がっていた。こんな高揚感自体も久しぶりだ。

 さて、何から始めようかな。


「ここからは私の――――野花三葉の時間だ」


 楽しげに笑う私の髪にはしっかりと、クローバーの飾りピンが光っていた。




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