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45 文化祭当日

 文化祭当日。

 二日間とも爽やかな秋晴れに恵まれ、山奥の学校のわりには人の出入りも好調で、『桜花祭』はなかなかの盛況を見せた。


 一日目は、クラスの劇の上演回数が少なく、私はわりと自由に過ごした。心実の『魔女っ娘喫茶』に樹虎と遊びに行こうと思ったのに、彼には上手く逃げられ、結局私一人で行くことに。

 トンガリ帽子に、裾の短い濃紺のワンピースを着て、一生懸命に接客する心実は、「これが萌か」と言わざるを得ない可愛さだった。勝手にお客さんが写真撮影とか始めていたし。

 出されるケーキや紅茶も美味しくて、浮遊魔法と移動魔法の応用で、空中から席に運ばれてくる演出も良かったな。

 そのあとは、暇が出来た心実と二人で、各クラスの出し物や店巡りを満喫した。何故か心実に、「お姉さまも余ったこの魔女服を着てください! そして一緒に撮影して欲しいのです! どうか、どうかお願いします!」と頼み込まれ、恥ずかしい思い出が出来たが、それを除けば一日目は恙なく終了した。


 そして二日目。

 こちらは劇の方に集中し、私はひたすら、シラタマ人形の操作をミスなく出来るよう、全力で取り組んだ。

 客数は予想を上回り、観客席は満員御礼。

 途中から参加したはずの樹虎は、それでも失敗なんてせず、風の属性魔法で舞台を大いに盛り上げていた。クラスの人たちとも普通に会話(本当に一言二言だが)をしてる樹虎を見て、にやにやしていたら、彼に理不尽にも軽く頭をはたかれたりもしたけど。

 上演後のアンケートを見たら、それなりの高評価を頂いていたので、もしかしたら投票で決まる『ベスト・オブ・クラス賞』も夢ではないかもしれない。



 ――――そんなふうに、怒涛の勢いで時間は過ぎ、残すは片付けと後夜祭。



 一般客も帰り、賑やかな空気が僅かに鎮静化した校内。窓の外は夜の帳が下り始め、人工の明かりだけが周囲を照らす、人気の少ない廊下の隅で。


 私は目の前の人物に、あるものを差し出しながら、勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい、山鳥君! 私は山鳥君と一緒に、サクラサバイバルには参加できません!」


 自分の頼りない靴のつま先を見つめながら、私はドキドキと彼の反応を待つ。そんな私の突き出した手の中には……彼のくれた、サクラバッチが鎮座している。


 本当は、もっと早く返事をするべきだった。

 でもタイミングを逃し続け、もうあと一時間もすれば、サクラサバイバルが始まる時刻まで引っ張ってしまった。


 劇の後片付けの最中に彼を呼び出し、やっとこうして返事を出来たはいいけど……待たせた上にお断りって、普通は怒るよね。

 そう思って、ビクビクと身構えていたら、山鳥君は優しい声音で「顔を上げてよ、野花さん」と言った。


「なんとなく、断られそうな気はしてたから。野花さんが謝ることはないよ」


 そっと顔を持ち上げれば、彼は普段通りの、爽やかな人好きのする表情を浮かべていて。だけど、少し残念そうに眉を下げながら、私の手からバッチを持っていった。


「フラれちゃったのは悲しいけどな。これを渡した時から、ダメ元みたいなところはあったし、こうしてはっきり断ってもらって、すっきりしたくらいだよ。むしろ、こっちこそ悩ませてごめんな」

「う、ううん! 私こそ遅くなったのに、い、一緒に参加できなくて、その……」


 潔いというのか、あっさりとした態度に拍子抜けしつつも、申し訳なさが拭えず再び頭を下げかけた私を、山鳥君はやんわりと止めてくれた。


「もういいって。ちゃんと考えて、答えを出してくれただけで嬉しいから。それよりさ……」


 彼は手にしたバッチをチラつかせながら、かなりレアであろう、意地の悪い笑みを見せる。


「野花さん、他に誰か誘いたい奴がいるんじゃないの? それなら、早く生徒会に参加申請してバッチを貰って、そいつに渡しに行かないと。あと30分くらいしたら、受付終了しちゃうよ」

「え……」

「ちなみに『彼』なら、ゴミ捨てをお願いされて、訓練棟のゴミ置き場の方へ行くのを見たよ。そのまま帰ってきてないから、その辺りでサボっているんじゃないかな。もう片付けも終盤だし、抜け出しても誰も怒らないと思うけど?」


 そう言って、口元を吊り上げた山鳥くんに、私は図星を突かれて頬を紅潮させた。

 何だか色々と、考えを見透かされている気がする。……だけど、それをわざとこうして冗談めかして言ったのは、断ったことをこれ以上、私が気にしないようにするための、優しい彼の気遣いだろう。


 私は謝るのを止めて、「ありがとう」と微笑んだ。

 これは、彼が私に向けてくれた気持ちに対する分も含めた、様々な意味でのお礼の言葉だ。


「じゃあね、山鳥君! えっと、また、あの」

「うん。閉会式や、打ち上げとかもあるからね。またあとで」


 いつもクラスで別れるときみたいに、変わりない態度で手を振ってくれた彼に、私も同じように振り返した。

 そして身体を反転させて、廊下を一目散に駆け出す。


 …………背中越しに、山鳥君が「今の俺、強がってちょっとカッコつけ過ぎたかなぁ」と、苦笑気味に呟いたのが聞こえてしまったけど、私は何も聞かなかったフリをした。


 本当に、ありがとうね、山鳥君。



♣♣♣



 生徒会が運営している、イベント受付用仮設テントに寄ってから、私は現在。夜空の下で澄んだ空気を裂くように、樹虎のいるであろう場所に向って走っていた。

 汗の滲む掌の中には、桜色のバッチが二つ、しっかりと握られている。


 ちなみに、このバッチを手渡してくれたのは、テントで受付を担当していた祭先輩だ。駆け込みで迷惑かなと心配したが、先輩は「えー! みっつんもサクラサバイバルに出てくれるの!? いいよ、いいよ! バッチなんて大量に余ってるし、どんどん参加して!」と、快く歓迎してくれた。


 そんな彼女と談笑しながらも、どうしても脳裏を過ったたのは、生徒会副会長である――――柊雪乃さんのことだった。


 もう数週間も前の、あの屋上での出来事のあと。

 柊雪乃さんは休学届を出して、学校からも寮からも姿を消した。


 これを私に教えてくれたのは草下先生で、休学の理由は一応、『体調が悪化して養生のため』とされているらしい。

 休学期間は未定で、急な申し出なこともあり、先生は「母親や研究所のことが関係しているのでは」と勘繰っているようだった。どうも先生はまだ、私のために研究所に関わろうと考えている気がしたので、柊雪乃さんと対峙したことはあえて伏せ、「私は先生から聞いた真実を知れただけで、もういいのだ」と念を押しておいた。


 ……確かに、柊雪乃さんが今どうしているかなど、気にならないと言えば嘘になるけど。

 『自分の死の真相を知る』という目標が達成できた以上、私はもうあとは、残りの時間を楽しむ方に専念したいと考えている。


「……ふぅ」

 

 あと少しで目的地というところで、私はふと、息をついて立ち止まった。

 そして、空から降り注ぐ月明かりの元に、なんとなく自分の手を翳してみる。


 手の甲に記されているカウントダウンは――――『残り62日』。


 私の余命は、ちょうど二ヶ月。


 込み上げてくる、憂いとも寂莫ともまた違う、言い知れぬ感情の波に身を任せるように、私は静かに目を伏せた。

 聞こえていた、虫の音も生徒たちの笑い声も、ゆっくりと聴覚から消えていく。


「私は――――」


 自分だけの世界に入り込み、無意識に何かを呟こうとしていたとき。


「…………こんなとこに突っ立って、何やってんだお前」


 ――――私の意識を現実に引き戻したのは、聞き慣れた彼の声だった。

 瞳を開けば、薄暗い中でも月より輝きを放つ、金色と目が合う。


 私はさっと伸ばしていた腕を下ろし、歩み寄ってくる樹虎と向き合った。


「……別に何でもないよ? 秋空の満月が綺麗だったから、それに向かって手を伸ばしてただけ。今ならなんか、月も掴めそうな気がするなーって思って」

「嘘つくな。お前がそんな情緒あること考えるわけねぇだろ」

「うっ、バレた? 本当はただ、白みがかった丸い月が、白玉っぽくて美味しそうだなーって考えてたら、つい腕が伸びていただけです」


 下手な誤魔化しの軽口を叩けば、彼は眉間に皺を寄せながらも、これ以上、私が何をしていたかは言及してこなかった。


 それをいいことに、私は話を切り替える。


「まぁ、そんなことは置いといて。実はちょうど、樹虎を探してたところなの。ちょっとお誘いしたいことがあってさ」

「……面倒な予感しかしねぇ」

「そう言わずに! はい、これ」


 私は翳していた方とは反対の、ずっと握っていた手を彼の眼前で開く。

 闇夜に咲く二つの桜の花を目にして、彼は少しだけ目を見開いた。


「サクラサバイバルの参加表明バッチ。一緒に出ようよ、樹虎」

「……かなり前に、お前はクラスの山鳥って奴に、一緒に出てくれって誘われてただろ。あっちはいいのかよ?」

「うん。申し訳ないけど、山鳥君にはちゃんとお断りしてきたよ。だって……」


 私はチラッと、樹虎の顔と、掌の上のそれとに、交互に視線をやった。


 ――――ずっと、机の引き出しの中で眠っていた、サクラバッチ。


 返事をどうするか考えるため、それを取り出してぼんやりと見つめていたら、どうしてか頭に浮かんだのは、あの日の樹虎の姿だった。


 私がみっともなく、保健室で号泣したあの日。

 彼は私が泣き止むまで、何をするでもなく顔を背けて待っていて。泣き止んでからの寮への帰り道も、私の真っ赤に腫れた目や、ぐちゃぐちゃの酷い顔は一切見ようとはせず、私の先をずっと歩いてくれた。

 決して、一定以上の距離はあけず。私が立ち止まれば、必ず足を止めて。でも、こちらは絶対に振り向かずに。


 あの日の彼について私が覚えているのは、その端整な顔でも印象的な金の瞳でもなく、真っ赤な髪と背中だけだ。


 ――――だけど、樹虎のその姿が、何よりも私の荒れた心を落ち着かせてくれた。


 今こうして、陰惨な気持ちを引き摺らず、無事に笑って文化祭を楽しめたのも、あのとき彼が思いっきり泣かせてくれたからかもしれない。


 そんなふうに考えるとやっぱり、誘ってくれた山鳥君には心底申し訳ないけど、高校生活最後の文化祭、その大切なラストイベントは、樹虎と参加したかった。

 どんな時だろうと私のペアは、樹虎で居て欲しいと、そう思ったんだ。


 だから今。

 私はこうして、彼にバッチを差し出している。


 ……だけど、まぁ。そんな『私の相棒は樹虎しかいない!』みたいなことを、流石におちゃらけなしで真面目に言うのは、羞恥心が勝るので。


「自由参加のお遊びとはいえ、せっかくのラストイベントだし、どうせなら出て勝ちたいじゃん。豪華賞品も気になるしさ! 優勝を目指すなら、やっぱり慣れたペアとでしょ? 樹虎と私のチームワークで、他の参加者を蹴散らしてやろうよ」


 「ね!」と、それらしい理由を並べて破顔してみせれば、彼はがしがしと髪を掻いた。そして荒っぽい動作で、私の手からバッチを一つ、もぎ取っていく。


「賞品は山分けだ。誘っといて、足引っ張るなよ」

「樹虎こそ、私の足引っ張らないでよ」


 まるで魔法模擬試合の初戦時を彷彿とさせる会話に、私は忍び笑いを漏らした。

 珍しく、樹虎も機嫌が良いようで、つられたように微かに口角を緩めてくれている。そんな彼に対して、疼いた心臓の意味は、明確には分からなかったけれど。


「おい、ぼうっとすんな。さっさと行くぞ」

「うん!」


 ――――今は難しいことは忘れて、目の前のことを楽しもう。


 後夜祭が終れば、もう直に冬が来る。

 凍てつく風が吹き荒れ、空から雪が舞い散る頃。私はあと何度、こうして彼の横で笑えるかわからないのだから。


 歩き出した彼の横に並んで、木々の葉擦れの音を耳に、私は笑顔で歩き出した。

ここまでお読み頂きありがとうございます。これにて、三章は終了となり、次でようやく最終章です。あと暫しですが、お付き合い頂けると幸いです。


なお、その前に、予告した梅太郎さんの話と、本編では省略したサクラサバイバルの実況中継(はっちゃけた思いっきり楽しい内容にするつもりです)との、番外編を二つ挟ませてもらいます。


またよろしくお願い致します!

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