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41 屋上にて

この話を入れてのここから三話は、いつもより死に絡む表現や描写が多分に含まれております。苦手な方は注意された上で、お読み頂けると幸いです。

 華奢な体つきや、腰まで流れる白銀の髪。ガラス細工を思わせるグレーの瞳に、簡単に手折られそうな一輪の花の如き儚げな雰囲気。


 そんな副会長・柊雪乃さんと私は、記憶の中では初対面のはずなのに、何処となく見覚えがある気がするのは、本当は過去に一度会っていたからなのだろうか。


「野花三葉さん……と、ペアの二木樹虎さん、よね」


 錆びたフェンスに背を預け、体を捻って、こちらを静かに見据える様子からは、何の感情も読み取れない。いやに落ち着き払ったその姿が、堪らなく不気味で。


 気圧されて思わず後ずされば、彼女は色の無い声で「大丈夫よ」と言った。


「今の私には貴方を殺す意思も、理由も、もうないの。……その様子だと、貴方はほとんど知っているのでしょう。私が貴方にしてきたことを。良ければどこまで知っているか、教えてくれる?」


 殺す、という単語に、背後の樹虎が体を揺らしたのがわかった。関係のない彼を、こんな場に巻き込んでしまったことに罪悪感を抱えつつも、私は問われるがままに、突き止めた情報のすべてを話す。

 

 知っている。

 私は彼女が、私の魔力源を奪った研究所の関係者だということも。彼女の母親が薬の開発者の一人だということも。その体内に私の魔力があり、今も減少を続けていることも。

 私を階段から突き落とした……犯人だということも。


「……そう。貴方はそこまで知っているのね。私の犯してきた罪も、何もかも」


 眉一つ動かさず、彼女は口元にだけ、自嘲染みた笑みを乗せた。それでもやはりその瞳には、『彼女の意思』のようなものが、一切感じられず。

 まるで自分の感情のすべてを、深い海の底に沈めて、浮かび上がらないように押し留めているようだ。


 そのせいか、彼女という『人間』が見えない。得体の知れない、捉えどころのない『存在』にしか、私の目には映らない。異様な空気を纏う彼女に呑まれそうで、私は強く拳を握った。


「知ってます。知った上で、あなたに会いに来ました。あなたの口から……最後の真実を聞くために」

「私の、口から」


 ツッと、彼女は視線を空へと向けた。夕陽が彼女の白い頬に落ち、それがゾッとするほどに美しい。そしてそのまま、彼女は「そうね」と独り言のように呟いた。


「私にはまだ最後に、貴方と話す義務があった。一から十まで、私は貴方に話さなくては。確かに、それを終えてからだわ。………私が、ここから飛び降りるのは」


 ――――――やはり、彼女は死ぬ気なんだ。


 私がそのことについて言及する前に、彼女は長い髪を靡かせ、くるりとこちらを向いた。そして有無を言わせぬように、すぐにその口を開く。


「どこから話すべきかしら。そう、最初から……私が研究所に関わったきっかけから、順に貴方に話しましょう」


 そう言って彼女・柊雪乃さんは、予想していたよりもあっさりと、淡々とした機械のような口調で、知りたかったすべてを語り始めた。

 ――――――私と彼女の因縁を含めたすべての真実と、『柊雪乃』という人間についてを。




「私の母・柊雪香は元々、魔法学研究者で、『魔力を覚醒させる薬』を個人的に研究していた。非魔法適性者で、無邪気に魔法に憧れていた父のために。そんな父は私が幼い頃に事故で他界し、それからも母は、父の夢を追って研究を続けていた。体は強い人ではなかったけど、聡明で、女手一つで私を育ててくれた母を、私はとても敬愛していたわ」


 「母だけが私の世界のすべてだというくらいに」と、柊雪乃さんは虚空に消え入りそうな声で言った。

 何故かその言葉に、樹虎が「……世界のすべてか」と、ポツリと思いを馳せるように零したのが気になったが、今は彼女の話に集中する。


「私が小四の頃、母に研究所から声がかかった。『自分たちも長く同様の薬の研究をしている。良ければ共に造らないか』と。何度か家に話しを持ちかけに来て、やがて母はその誘いに乗った」

「それで、研究所の職員に?」

「ええ。でもそれから、母は研究所に行ったきり、私の元へ帰ってこなくなった。家に来るのは、私の面倒を任されたらしい他の研究所職員ばかり。母の邪魔をしないよう、大人しく過ごす私に、家に来る研究所の奴らはいつも囁いた」


 『君には高い魔力適性がある。覚醒したら、お母さんの研究のをしてあげようね。君なら、とても大切なをこなせるかもしれない。そうしたら、お母さんは喜ぶよ。きっと君を褒めてくれる』


 脳内に染みついた台詞だったのだろう、そう話す様子は、まるで覚えた詩でも諳んずるようだった。

 

「中学生になり魔力が覚醒した私は、奴らの言う『仕事』を始めた。それが、魔力提供者リストに載っている人間から魔力源を奪い、記憶を消すこと。その為の禁断魔法は、難易度が低いにも関わらず、長く使える者は居なかったらしいけど、私は使えた。魔法との相性の良さに加え、これが母の役に立つと思うと、いつだって成功した。私は何度も禁断魔法を使い、リストの人間から魔力を奪い続けてきたわ」


 変わらず、彼女の語りには感情が欠如していたが、さすがにこれだけは分かる。

 彼女の母親に対する深い愛情は……口先だけではない、本心からのものだ。


 浮かんだのは梅太郎さんの話で、彼も理事長さんのために、禁断魔法を成功させた。もしかしたら禁断魔法には、『誰かのため』の強い意志が必要不可欠なのかもしれない。


 しかし、いくら危険度や難易度が低いといっても、何かしらの『代償』はあるはず。


 加えて彼女は、リストの人数分、禁断魔法を二つも繰返し使っていたのだ。例え最初はまだ軽い代償でも、積み重なって、何か大きなものを失っているのではないだろうか。

 梅太郎さんが、『魔力のすべてと、肉体の年齢』を代償として払ったように。


 いや、そもそも彼女は……


「あなたは病弱なはずですよね? 二つも使う体力なんて……何より、魔力量が足りないんじゃ……」

「私が病弱というのは嘘よ。母と違って、私は健康そのもの」

「えっ?」

「病弱という方が、都合が良かったの。中学時の魔封じも逃れられるし、理由をつけて『仕事』の時間を確保しやすい。学校側に提出した書類は、研究所が偽造したわ。それと、足りない魔力量は――」


 白魚の如き彼女の手が、その胸へと当てられる。


「――奪った分の魔力を使って、補っていたから」

「っ!」


 そういうことか、と私は納得する。同時に、彼女の体内には、どれだけの人間の魔力が蠢いているのかと薄ら寒くなった。


「その奪った魔力の中で、薬の材料に適応したのが、コイツの魔力だったってことか」


 ずっと黙っていた樹虎が、唸るような低い声で問うた。薬の基本的な知識はあるとはいえ、この場で与えられた情報を完璧に把握している彼は、やはり頭の回転が速いのだろう。


「そうよ。野花三葉さんに接触したのは、リストが残り半分になった頃。近づくのは簡単だったわ。わざと道で通り縋って具合の悪いフリをすれば、貴方から近づいて来てくれた」


 『あの、大丈夫ですか』『そこの公園で休みましょうか。私も付き添いますし』『え、お礼に魔法を見せてくれるんですか?』


 ……そんな、記憶にないはずの自分の過去の話し声が、一瞬だけ、不明瞭なノイズのように脳内で再生された。


「魔力源を奪ってすぐ分かった。これは、やっと出会えた素晴らしい『材料』だと。何より、私が限界を迎える前に、母の悲願を達成できると、私は久しぶりに笑ってしまったわ」

「限界……やはり何か、禁断魔法の代償を負っているんですよね?」


 自分の魔力源を『材料』と言い切られたことに、膨れ上がる憎悪を封じ込め、私は疑問をぶつけた。

 私の方こそ、今は感情を押さえて冷静にならなくては。激情に支配されたら、求めていた『真実』を理解出来なくなる。


 揺れるな、耐えろ、冷静になれと、自分に言い聞かせながら、彼女の返答を待った。


「……最初は現実にはない『音』が、脳内で稀に聞こえる程度だった。思考を妨げるそれも辛くはあったけど、このくらいの代償なら平気だと自分を誤魔化し、禁断魔法を使い続けた。そうしたら次第に、『音』は『声』へと変わったわ」

「声……」

「初めてはっきり聞こえたのは中学の時。私に嫌がらせをしていたクラスメイトに、怪我を負わされ際、『やり返せ、潰せ』と『声』に命令され、私は意識を飛ばしてしまった」


 「気づいたら、辺りは惨状だったわ」と彼女が語るこの話は、祭先輩から聞いた事件だ。

 まさか、柊雪乃さんの二面性こそが、禁断魔法による弊害だったなんて……。


「『声』の正体は多分、体内にある奪った魔力源たちから生まれた、思念体のようなもの。声と連動して、胸の辺りで魔力源たちが疼くことから、そう確信しているわ。思念体は、心の奥底にある『負の願望』を煽る。そして理性や迷いといった私の正常な意識を呑み込み、その間の身体のコントロールを乗っ取ろうとする。……皮肉でしょう? 私は奪ってきた魔力源たちに、今度は私の意識や身体を奪われかけているの」

「それが、あなたの」

「ええ。――――さしずめ、私が払った禁断魔法の代償は、『自我の一部と、それに伴う身体の支配権』といったところね」


 梅太郎さんのように、目に見えて分かるものを、肉体から一気に喪うのではない。精神的な部分からじわじわと奪われていく、傍目では分かりにくい代償だ。

 でもそれは、記憶を消すため人の脳に干渉し、人間の精神と結びつきの深い魔力源を奪ってきた行いには、ふさわしい代償とも言えるのかもしれない。


「『声』の聞こえる頻度はバラバラで、前触れなく私を揺さぶってくる。でも、自分の意識を強く保てば、身体の支配権を取られる前に、何とか『声』を退けることは出来た。相当な精神力を必要としたけれど、クラス事件からは、そうやってやり過ごしてきたわ」


 この分だと、彼女は研究所にも母親にも、自分の精神の異常は伝えていないのだろう。

 また、固くなに己の感情を表に出さないのは、いつ『声』が聞こえても、精神を乱さず抗うための、対処法の一つなのかもしれない。


 赤紫の陽に照らされた、彼女の変わらず無表情な横顔を見つめ、私はそんな考えをつらつらと頭に浮かべた。


「だけど、そんなふうに抗うのも、いつか必ず限界がくる。そのうちきっと全てを乗っ取られ、自分の正常な意識には戻れず、完全に理性のない『凶暴で冷酷な私』になるわ。そうなれば、それはもう私じゃない。そしてそうなる日は、そう遠くないだろうとも予感している。私はその日が来ることに、いつだって怯えていた」


 柊雪乃さんの日記が頭に過る。不気味なまでの必死さで、内なる恐れを綴ったあの日記を。

 最後の方の文は、『どんどん、自分が自分ではなくなっていく。――――私にはもう、時間がない』だった。


 彼女の精神の中でのことは、私にはつぶさに理解できない。自分じゃなくなる時間が迫る、そんな恐怖も、私には分からない。

 ……理解したい、分かりたいとも思わないけど。

 母親への想いのためだとか、どんな理由をつけたって、これが彼女のしてきたことへの報いなら、私は彼女に同情するなんてことは出来なかった。

 彼女に命を奪われた、私には。


 ただ、少しだけ気になることがあるとすれば。

 『声』と戦いながらも、彼女は私の魔力源と会うまで、禁断魔法を使い続けた。それが、意識の浸食を進める行為だと恐らく知った上で。

 私の魔力源を手に入れたあとも、たぶん薬の製造に尽力してきたはずだ。彼女はずっと、研究所と母親のために働いてきた。


 自分の人生の大半の時間を捧げて、それでやっとこの人は。

 ――――最愛の母親からの愛を、得られたのだろうか。


「それでも、私が私でなくなるギリギリまで、母のために働こうと決めていた。……私が意識を完全に手放したことは、今までに三回。一回目は、クラスの事件時。そして二回目が――――貴方を突き落とした時よ」

「なっ!?」


 突然、私にとっての核心に触れられ、動揺で声を上げてしまった。

 樹虎が、ザッと足を一歩踏み出す。


「俺はお前についての話なんて欠片も興味はないが、そこは聞き逃せねぇ。お前がどんな考えで、コイツに何をしたのか、きっちりと話せ」

「樹虎……」


 視界の端に映りこむ彼の髪が、夕陽と一緒に燃えている。爛々と光る金の瞳が、しかと柊雪乃さんを捉えていた。


「貴方の魔力源を得てから、私は薬製造の方に移った。体内から貴方の魔力を選別し、取り出すのは骨が折れたけど、これで薬の開発は大いに躍進した。もう何年も会っていない母からの手紙にも、私の功績をとても喜んだとあったわ」

「え……研究所で仕事を始めてからも、一度も母親とは会っていなかったんですか?」

「母は特別研究施設に居て、娘であろうと容易に会えなかった。ただ月に数回、母から手紙が届いたわ。『忙しくて会えないけど、私の研究に協力してくれて、とても嬉しい。貴方は私の自慢の娘よ。薬の開発が成功したら、また母子二人で一緒に暮らしましょう。そのためにも、共に研究のために頑張りましょうね』……受け取った手紙の、その母からの言葉だけが、私の支えだった」 


 ああ、話が逸れたわ、と呟いた刹那。

 その瞳に、何かしらの感情の光が映り込んだように見えたのは、私の気のせいなのだろうか。


「この高校に入学してからも、放課後は研究所に転移魔法で行き来し、薬製造を続けた。相変わらず母には会えず、『声』も時折聞こえてきたけど、私はひたすら働いたわ。だけど高三になって、私は体内の魔力源の異変に気付いた」

「その異変というのが、私の……」

「そう。貴重な薬の材料である貴方の魔力源が、私の体内から徐々に消失していっている。気付いた時は、ただただ焦ったわ。このままではいずれ、薬が造れなくなる。研究が振り出しに戻り、母を失望させてしまう。この事を誰かに知られる前に、早急に自分一人で解決しなくては。そんな焦燥と恐怖に駆られ、原因究明に躍起になっていた、そんなある日――――」


 心なしか柊雪乃さんの口調が、追い立てられるかのように早くなった。

 それに伴い、急速に私の記憶があの日に遡る。


 背中を押される感触。突然の浮遊感。体を襲う痛み。反転する視界。


 迫る、死の瞬間。


「――――私は、階段に座り込む貴方を見つけた」

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