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39 理不尽で、残酷な

 ――――――ぐらり、と視界が歪んだ気がした。


「…………私が君にかけた疑いは、逆だったんだ。君薬を飲んだから、髪や目の色が、ポチ太郎及び薬の使用者たちと同じになったのではない。使用者たちが君魔力を飲んでいたから、皆が君の配色と同じになったんだ」


 間近で話しているはずの先生の声が、何処か遠くで聞こえる。

 視界が砂嵐のように乱れて気持ちが悪い。


 ポチ太郎が「わふわふ!」と、「しっかりしろ」と言わんばかりに、私の手を肉球で叩いた。その柔らかな感触に、なんとか意識を引き戻される。危うく背もたれのない椅子の上で、後ろに倒れこむところだった。

 私は頭を振って、なんとか正気を保とうと、ポチ太郎を抱く腕に力を込める。


 反対側の手はまだ小瓶を――――私の魔力が入った薬を、握ったままだ。


「この先も話して大丈夫か?」


 そう問う先生の表情は固い。形の良い眉を寄せて、辛そうな色を顔に浮かべている。たぶん、そんな先生の目に映る私は、それより遥かに酷い顔をしているのだろうけど。


 まだ……私はすべてを聞いていない。まだ思考を放棄するわけにはいけないんだ。


「私は大丈夫、です。続きを、お願いします」


 喉から這い出るように出た声は、途切れ途切れで掠れていた。

 それでも先生は、私の意思ごと聞き取ってくれたようで、唇を動かし続ける。


「……この薬に必要な魔力は、強ければいいというものではない。他の成分と反発せず、人の体に馴染みやすい、そんな幾つかの条件があり、やつらはそれに当てはまり得る魔力の持ち主を、独自の技術で割り出した。その人間の一覧が、『魔力提供者リスト』だ」


 君が何者かの寮部屋で見たやつだな、と、先生は付け足す。


「あれは、正しくは『提供者』のリストなんかじゃない。『魔力を奪われる者』のリストなんだ」

「魔力を……奪う」

「奪うために使われたのが、ある禁断魔法だ。念を入れ、奪った時の記憶を消す禁断魔法も使われている。研究所の薬製造が滞っていた理由は、まずこれらの禁断魔法を、行使できる人間がいなかったこと。そして、ようやく使える者が現れ、リストの人物を当たっていっても、一向に薬の材料に適応する魔力に巡り会えなかったことなどだ。なお、その禁断魔法の名は……」

「魔力を奪う方が『抽出魔法』、記憶を消す方が『忘却魔法』、ですよね」


 話を聞くうちに、私はもう一つの項目の魔法名……『抽出魔法』の方も、内容も含めて自然と思い出せた。

 知っているのか、と先生は微かに驚きを見せる。


 簡単に本で見たのだと説明すれば、彼は眼鏡の位置を直しながら息をついた。


「それなら、禁断魔法についての詳細は、君の方が詳しいかもしれないな。元上司の彼は、盗む際に必要だった軽い概要程度しか知識にないそうだ。私も、基本的な事項しか聞かされていない。…………抽出魔法が正確には、『魔力』を奪う魔法ではなく、『魔力源』ごと奪う魔法だということは知っているか?」

「はい。そんな記述があったことは……記憶にあります」


 先生も言った通り、正しい表現を使えば『抽出魔法』とは、他人の魔力を、というよりは、他人の魔力源を、奪う魔法なんだ。

 ただこの魔法は、相手の状態で難易度が変わってくる。奪う相手が魔力を覚醒させた後では、すでに体に馴染み切っているので、魔力源を抜くのは非常に困難になる。


 だが、覚醒前ならば。

 魔力源はまだ体から離れやすい。


 だから副会長さんが私に接触したのが、まだ中一に成りたての覚醒前の時期だったのだ。

 思い返せば、リストに載っていた人物は皆、中学生くらいの年齢の人ばかりだったかもしれない。

 心実や梅太郎さんの話に出た、研究所が持つ、魔力適性が出る前に魔力源の有無を調べる技術も、薬の材料探しに活用するためなのだと分かる。


 『魔力源』ではなく覚醒後に『魔力』だけを奪う魔法も、きっと別にあるのだろうが、魔力をいくら多く奪ったとしても、その分を材料に使いきってしまえば、また薬の製造は頓挫する。研究所は材料を恒久的に得られるように、材料を産み出すみなもとごと欲したんだ。


 ――――――そして私の魔力覚醒が遅れたのは、一度、副会長さんに奪われた魔力源を、再び一から創り直していたせい……だと思う。魔力源というものが、普通は失われても体内で再生するものなのか、正確なことは分からないが、今の私に弱くても魔力があることから、きっとそういうことなのだと思う。


 それなら、人より魔力がなかなか向上しなかったことも頷ける。奪われた『魔力源』を、私はまだきっと、体内で再生している途中だったんだ。


「わふ、わふ……」


 じわじわと圧し掛かってきた真実の重さに眩暈がする。

 先ほどからずっと、私を気遣ってくれているポチ太郎は、今度は安心させるように、私の手の甲をペロペロと舌でなぞった。

 今はこの膝の上の小さなぬくもりに、心が僅かでも救われる。


 だけど、ポチ太郎が舐める私の手の甲。そこにある、余命のカウントダウンが目に入ったことで、まだ発覚していない大きな疑問が思い浮かんだ。


 私は薬の材料にされるために、魔力源を奪われた。それは、湧きあがる嫌悪感を強引に抑え、事実として処理したとして。

 でも、じゃあ―――――――私が副会長さんに命まで奪われた理由は何?


 もう魔力源を奪ったあとなら、私は用済みなはず。記憶もわざわざ消しているくらいなのだから、リスクを冒して私を殺そうとする理由なんて……。


「あ……」


 そこまで考えて、私は雷が夜空に走るような、鋭い閃きを起こした。


 次いで、かつてないほど澄み渡った脳内では、パラパラと、梅太郎さんから借りた原稿のページを捲る音が再現される。

 いつか自分の部屋で読み込んだ、『抽出魔法』の欄に書かれていた一語一句が、思考回路の中で踊る。


『対象者と手を一定時間触れ合わせ、赤い光が出れば、抽出魔法は成功である。対象者の体からは魔力源が抜かれ、奪った者の体内に保存される』

『奪った魔力源は奪った者の力になり、元所有者が死のうと、魔力が消失することはない』


『ただし』


『万が一、元所有者に高い魔法適性があり、再び魔力源が再生するようなことがあれば、奪った魔力は、徐々に元の所有者の体に戻っていくだろう。その場合、奪った魔力源も、奪った者の体からは消失していく』


 ――――――――これだ。


 分かった。

 分かってしまった。

 私が階段から突き落とされるに至った理由は、きっとこれだ。


 低いと思っていた私の魔力適性は、本来は決して低くなどはなかった。だから私の体は魔力源を再び創り出し、今の私は魔力を所有している。


 だが、それこそが、研究所にとっての誤算だったのだ。


 やっと見つけた『薬製造に必要な材料』。それが、私が生きて魔力を所有していると、徐々に手元から失われてしまう。私の魔力源はもう覚醒済みだから、私から二度も奪うことは出来ない。このままだと、また新たに材料探しをするはめにもなる。


 それなら…………材料である魔力の戻り先の私を消して、副会長さんの体内に私の魔力源を留めたまま、薬の製造を続けたい。


 そういう、ことなのだろう


「うっ……」


 いい加減、耐えきれなくなってきた吐き気が込み上げて、私は口元を押さえた。


 そんな理不尽で、身勝手で、悪魔のような理由で――――――私は、死んだのか。


「野花……もういい、今日はもう止めよう! 私が聞いた情報は、ほとんど話した。これ以上は君の精神が限界だ。今日は一旦、もう寮に帰りなさい!」

「せ、んせ……」

「この後のクラス練習も休んで、今日は寮に帰るんだ。クラスの皆には、私から野花は体調不良だとでも伝えておく。今後のことは私がもう一度、彼と接触して話し合い、どうにかしてみせる! 君の魔力源も取り戻してやる! だから、ひとまずは休むんだ……!」


 勢いで話しているように見えて、先生の目には確かな決意があった。私のために、あんなに嫌悪している研究所に、再び関わることも辞さないという覚悟。


 でも私はこれ以上、先生やポチ太郎に、危険な道に踏み込んでもらうつもりはない。


 それに、私は奪われた魔力源なんて、この際どうでもいいんだ。

 先生は当たり前だけど、私が死んだことを知らない。この口振りだと、私が研究所に命を狙われていることも知らないはずだ。

 それ以前に、先生は抽出魔法の詳細まで聞いていないと言った。もしかしたら、薬製造の『材料』が今なお減っていっている事実を、先生は疎か、彼の元上司さんでさえ、知らされていない可能性が高い。


 私が奪われたものは、魔力源だけじゃない。

 もっと大切で、取り戻せないものなんだよ、先生。


「先生は……もう十分な『償い』を、私にしてくれました。これ以上、先生やポチ太郎にリスクを負わせたくありません。私は真実を知りたかっただけなので、もういいんです」

「野花……」

「ただ先生は、『聞いた情報はほとんど話した』と言いましたよね? まだ残っている情報があるのなら、今教えてください。それを聞いたら、今日はもう寮に帰ります。私はちゃんと、すべて知りたいんです……っ」


 ここからは、私自身がこの残酷すぎる真実に、私なりの決着をつけないといけない。もう数ヶ月しかない人生に、後悔を残さないように。

 それには――――――やはり一度、犯人である副会長さんと会って話をしないと。怖くても辛くても、しなくちゃいけないと思う。


 そのためにも、少しでも情報が欲しかった。


「君は……立ち止まらないんだな」


 「その強さが、今は少しだけ心配になる」と、先生は独り言のように呟いた。そして、一瞬だけ目を伏せたあと、ゆっくりと深海の如き青の瞳を開く。


「……私が得た情報はあと一つ。薬の研究には、『開発者』と呼ばれる中心人物が数人いる。下っ端では名前も顔も知らされない、本部の中枢に近いところにいる連中だ。私の元上司は、ほんの一時期、そのうちの一人のもとに配属されたことがあるそうだ」

「開発者……」

「その一人の名は、ひいらぎ雪香せつか。――――――この学校の副会長、柊雪乃の母親だ」

「!?」


 思いがけずに出た名前に、私は目を見開いた。

 副会長さんのお母さんが……開発者の一人。


「君が資料を見た寮部屋は、恐らく彼女の部屋だろう。母親の手伝いで、研究所に多少なりとも関わっているのかもしれないな」


 多少どころじゃないのだが、先生はどうも、副会長さんが禁断魔法の行使者だということも知らないらしい。禁断魔法の詳細、材料の減少、それに『野花三葉の暗殺』。これらは元上司さんよりも遥か上層部しか知らない、トップシークレットなのかも。


 ……いや案外、私を殺す云々については、研究所の命令ではなく、副会長さんの独断という可能性もある。学校の階段から突き落とすなんて、殺す方法としては確実とは言えない。研究所が提示した方法なら、もっと計画が練られたものになるはず。それに、研究所側の考えだけを予想すると、『私を生かしたまま』利用して、より薬の材料を多く得られるような、えげつない手段を考えてもおかしくはない。

 そう思うと、諸々が副会長さんの単独行動だった……という説が、有効な気がする。


 どちらにせよ、さらに明確な真実を掴むには、やっぱり副会長さんとの対面は必須だ。


 そんなふうに考えを巡らせていたら、先生が言い辛そうに、唇の動きを迷わせていることに気付いた。まだ何か伝えられていないことがあるようだ。

 私が促せば、彼は意を決したように…………最後の衝撃をもたらした。


「ただ、その、彼女の母親は――――――――」

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