37 迫る真実
「あのね、私とゆきちゃんは、同じ中学出身なんだよ」
「え、そうなんですか?」
両手に半分こした書類を抱え、私と祭先輩は並んで、人気の少ない廊下をゆったりと歩く。
彼女の運んでいた書類は文化祭関連のもので、ちょうどこの階の端にある職員室に、それを届けに行くところだったらしい。到底一人では無理な量だが、他のメンバーは出払っていて、彼女が小さな体で奮闘しなくてはいけなかったようだ。
私は副会長さんの情報を聞くついでに、彼女の仕事を手伝うことにした。これなら歩きながら話も出来るし、ぶっちゃけ何にも悪くない祭先輩に、お詫びという形で情報提供をしてもらうお返しにもなる(お詫びのお返しというのも変な話だけど)。
先輩は遠慮したが、結果はこうして、二人で副会長さんについて会話しながら、書類を運んでいるというわけだ。
「うん。藤代中。知ってる?」
「藤代……知ってますよ。私の地元の、隣の市にある中学です。私、桃ケ丘中出身なんで」
「え、そうなんだ! 近いねー」
「じゃあ、どこかで会ったことがあるかもしれないね」と、先輩は黄色いつむじを揺らして、コロコロと笑う。
「そこでね、私とゆきちゃんは同じクラスでもあったんだ」
「あれ? でも副会長さんは今、三年生ですよね? 祭先輩と学年が違うんじゃ……」
「うちの学校、魔法適性が出た人はみんな、学年とか関係なく一クラスにまとめられるの。私は中一の夏頃に魔法能力が目覚めて、魔法科クラスに移動になったんだよ。そこにゆきちゃんも居たんだ」
そういえば私の中学にも、そんな制度があったかもしれない。当時の自分には関係なく、そこまで興味もなかったから忘れていたけど。
「その時から、お二人とも魔法能力に優れていたんですか?」
「私はそうでもなかったよ。でも、ゆきちゃんはその頃から凄かったな。Aランクの魔法もすでに使えてたし」
「へぇ……それは凄いですね。それにしても、中高一緒で同じ生徒会入りするだなんて、付き合いも深いし、きっと祭先輩と副会長さんは仲良しさんなんですね」
「仲良し……」
探りを入れるというよりは、何気なく思ったことを口にしただけだった。かえちゃんのことが頭に浮かんで、仲の良い友達とずっと一緒なのは、羨ましいなぁとか思って。
だけどそれは、先輩にとっては引っ掛かる言葉だったようだ。
小さな呟きには、どことなく困ったような響きが含まれていた。
「本当はね、私とゆきちゃんは、別に仲良しでも何でもないの。ゆきちゃんは私を含め、周りの人に興味がないみたいで……。中学時代から病弱で、今も学校を休みがちなんだけどさ。たまに来ても、生徒会の仕事は一人で片付けちゃうし。同じ生徒会メンバーなのに、一緒に作業するのもレアなくらい」
「そう、なんですか……」
「うん。中学の時から、ゆきちゃんはいつも一人。友達とか、そういうのは要らないっぽくて。今も昔も、喋りかけてもそっけない返事ばっか」
コミュ力なくて困っちゃうよね、と先輩は茶化す様に言ったが、窓ガラスに映った横顔は、少しだけ寂しそうだった。余計な質問をしてしまったかと、一気に申し訳ない気持ちになってしまう。
何か気の利いたコメントでもしなきゃと、私は務めて明るい声を出す。
「た、たぶん副会長さんは、とってもクールな人なんですね! 『氷姫』って呼ばれて、常に無表情で冷たい印象ですけど、そこがイイって評判ですし。元々そんな性格の人なら、そういう態度も仕方ないというか……」
「……常に無表情、か。実は出会った当初は、そこまででもなかったんだけどね」
「え?」
「人を拒絶していたのは最初からで、表情が乏しいのも変わらずなんだけど。それでも、まったくの無表情ってわけでもなかったんだよ? クラスでアキトがバカ発言したら、こっそり笑ってるの見たことあるし。書道の授業があったときは、ちょっぴり嫌な顔してた」
「なんか……そんなところを聞くと、普通の女の子って感じがします」
「今みたいに、あそこまで徹底して無表情になったのは、中学の時にある事件があってからなの。事件ってのは、えっと……」
言葉を切って、先輩は辺りをキョロキョロと見回した。誰も居ないか確かめているようで、どうもここからは、あまり人に聞かれたくない内容のようだ。
今の文化祭準備時間は、普通棟や訓練棟に人は多いが、この特別棟に人気はほとんどない。
それでも先輩は念には念を入れ、声のトーンを落として、私に「みっつんって口硬い?」と尋ねてきた。
みっつんって私のことか……と、何とも微妙な気持ちを抱きながらも、私はコクりと頷いた。
「……それじゃあ、話すね。私の居た魔法科クラスは、三年の女子グループが仕切ってたの。よくある、狭い世界でのボス軍団って感じでさ。その人たちに、ゆきちゃんは『生意気』って理由で目をつけられて、ちょっとした嫌がらせを受けてたの」
「そういった事って、何処にでもあるものなんですね……」
理由は違うが、団子三姉妹の存在が想起され、私は苦々しい気持ちになる。
「まぁ、ゆきちゃんは全スルーだったから、周りもそこまで注視してなかったんだけど。ボス軍団はそれがますます気に食わなかったみたい。ある日の授業中、彼女たちは先生が席を外している隙に、攻撃系の魔法をわざとゆきちゃんに放って、怪我をさせたんだ」
「怪我って……!?」
「いや、怪我は軽いものだったんだけどね。大変だったのはその後。……今まで何をされても無反応だったゆきちゃんが、いきなり魔法を発動させて、思いっきりやり返し始めたの」
「や、やり返したんですか……?」
「うん、一切の容赦なく。口元には薄ら笑みさえ浮かべて、冷静かつ的確に、魔法で相手を蹂躙し続けたの。怖かったよ……人をいたぶることに、まるで躊躇いがない様子で。なんて言うんだろ、『ボス軍団を潰す』って目的しか見えてなくて、それ以外の余分な理性とか感情は、全部取り払っちゃってる感じ」
先輩は言葉を選びあぐねているようで、「私も上手く表現出来ないんだけどね」と、抱えた書類を持ち直しながら、自信なさげに付け加えた。
「そんな異常なゆきちゃんを、止められる人なんて居なくて。相手が動かなくなって、ようやくゆきちゃんは、ゼンマイ切れの人形みたいに大人しくなった。先生たちが駆け付けた頃には、教室は酷い有様だったよ。ボス軍団の子はみんな、すぐ病院に運ばれた。先生に事情聴取されている間も、やっぱりゆきちゃんは何処かおかしくて……心ここにあらずって感じで、意味不明なことばかり話してたな」
「どんなことを喋ってたんですか?」
「確か……『やり返せ、潰せって声が聞こえたんです』とか、『声が聞こえてから、意識が飛んだんです』とか?」
「え……」
それを聞いて、私の記憶の蓋が開き、ポチ太郎が加えてきた日記の中身が、頭の中で展開された。
『また声が聞こえた。
怖くて怖くてたまらない。
今回は一瞬だけ、だけど確かに意識がまた飛んだ。
どんどん、自分が自分ではなくなっていく』
……なんか、最後にもう一言あった気もするが、大まかにはこんな内容だったはずだ。
今思えば、あれはおそらく、副会長さんの心の内の恐怖を綴った日記だったのだろう。
副会長さんは、何かしらの要因により、自分自身でさえ制御し切れないような二面性を抱えている。
それはきっと、先輩の話や、日記の内容を合わせて考えて間違いないはずだ。
――――――けど、それじゃあ、そんな彼女が私を突き落とした理由は何?
私の中で副会長さんは、もうほぼ犯人確定だ。
だけど彼女が、いくら祭先輩が語るような、冷酷で凶暴な一面を秘めていたとしても、まったく無関係な人間を理由なく殺そうとはしないだろう。
この際、私を突き落とす時に、副会長さんが正気だったかどうかなんて二の次だ。どちらにせよ、彼女が私を殺そうとした……いや、殺した事実に変わりはないのだから。
私が知りたいのは、自分が死ぬに至った『決定的な理由』の方だ。
そしてそれには十中八九、副会長さんが例の資料を持つ、研究所関係の人間であることから、魔力覚醒薬の件が絡んでいるはず。
自分の死の理由。その背景にあるすべての真実を知らずに、私は自分の『二度目の生』の幕を閉じる気は無い。
もうあと数ピース揃えば、きっとすべての真相を掴めるはずだ。
「……その後、副会長さんはどうなったんですか?」
「仕掛けてきたのはアッチだし、ゆきちゃんに大きな処罰とかはなかったよ。事件は有耶無耶にされて、クラス内での魔法トラブルってことで片付いちゃった。ボス軍団も幸い大事にはならなくて、暫くしたら教室に復帰出来たんだけど……彼女らを含めてみんな、ゆきちゃんには一切近寄らなくなったよ。まぁ、怖いしこれは当たり前かなって」
「副会長さんがそんな状態になったのは、その事件一度きりですか?」
「うん。少なくとも、私が知っている範囲ではそうかな。それまでは偶に話しかけていた私も、友達に止められて、ろくに接触出来なくなったから、見てないとこでは分からないけど。……そしてその事件から、ゆきちゃんは今みたいに、徹底して無表情になったの。まるで、感情を押し殺してるみたいに」
「なるほど……ちなみに、その事件を知ってる中学のクラスメイトさんって、この学校には他に居ないんですか?」
「いないよー。同中は私とゆきちゃんだけ。だから本当は仲良くしたいんだけど…………ゆきちゃんの方は私のこと、覚えてすらいなかったんだよ! 生徒会の初顔合わせの時、『久しぶり』って言ったら『誰?』って言われたの! そりゃ、元々あんまり学校に居なくて、事件以来は接触もなかったけど、だからって存在を忘れるのは酷くない!?」
頬をハムスターのように膨らませ、憤慨する先輩に、私は「ははっ」と苦笑を浮かべた。
祭先輩が次々と、副会長さんについて積極的に教えてくれたのは、もしかしたら最終的には、これを愚痴りたかったからかもしれない。
それにしても、やはりこれはもう、副会長さん本人に会いに行くしかないかな。
今日はこの後は、先生のとこで薬に関する情報を聞く予定だし、近々、勇気を出して直接ご対面といこうじゃないか。
「あ! やっと職員室着いたー!」
歩みと思考を止めることなく進んでいると、いつの間にか目的地に辿り着いたようだ。
私と先輩はさっさと中に入り、書類を各先生方の机に置いて、手早く用事を終わらせた。二人で礼をしてから職員室を出て、改めて先輩と向き合う。
「いやーみっつんに手伝ってもらって、本当に助かったよ! 何かまた、別のお詫びが必要になっちゃうね!」
「それじゃあキリがないですよ。私こそ、貴重な話を聞かせてもらって、ありがとうございました」
そんな会話をしながら、書類運びで痺れてしまった手首を解していると、ふいに強い視線を感じた。気付けば、先輩が私の顔を……正確には、私の髪に留めてあるピンの辺りを、まじまじと見つめている。
「? どうかしましたか、先輩?」
「いやね、さっきから、何でみっつんは、ゆきちゃんのことをこんなに知りたがるのかなーって、疑問に思い始めてたんだけど……」
え、今さら!? と、私は内心で突っ込んだ。
普通はもっと最初の方で気にしますよねそれ……と思いながらも、適当に用意しておいた言い訳(私、実は副会長さんのファンなんですよーとかそんなんだ)を口にしようとしたら、その前に、先輩がポンッと音を立てて手を打った。
「その理由が、今やっと分かったよ! みっつんは、『あの子』だったんだね!」
「あの子……?」
「隠さなくてもいいのにー。みっつんとゆきちゃんは、中学時代の知り合いだったんだね。私、二人が公園で会ってるとこ、偶然目撃したことあるんだよ。まさかゆきちゃんに、他校の知り合いが居るなんて……って、驚いてこっそり見てたから、よく覚えてる。髪色や目の色が変わっちゃてたから、気付くのが遅れたけど、そういえばあの子、桃ケ丘中の制服着てたなぁ。あれがみっつんだったんだね!」
「ちょ、ちょっと待ってください先輩、何の話をしているのか、私にはよく……」
先輩の言っている意味が分からず、私は混乱した。
いや、目の前の彼女が何を言いたいのか、それは分かる。祭先輩は要は……『私と副会長さんが、中学時代に会っているシーンを見たことがあり、二人は本当は知り合いだった』と、そう言いたいのだろう。
でも、それがおかしい。
だって私は、副会長さんに会った記憶なんてないから。
この学校で初めて存在を知って、接触だって今まで一度もないはずだ。ましてや中学の時に会っていたなんて……覚えがない。
「ひ、人違いじゃないんですか? それは、本当に私だったんでしょうか?」
「うん、さっき確信したもん。顔はバッチリ覚えてるし! あれは、私が中二、ゆきちゃんが中三になったばかりの春くらいだったから……みっつんは中学生に成りたての頃かな? その頃、黒髪ロングじゃなかった?」
「か、髪型は確かにそうでしたけど……」
「それと、その頃から、そのクローバーのピン留めしてなかった? とっても綺麗な造りの物だったから、凄く印象に残ってたの。さっき真正面からちゃんと見て、ようやく思い出せたよー」
私は無意識にそっと、常に身に着けている、クローバーの飾りピンに触れた。
これは、小学校からの親友であるかえちゃんに、小五の誕生日に貰った物だ。かえちゃんのお母さんが運営しているアクセサリーショップに、並んでいた商品の一つ。私にプレゼントするために、かえちゃんが色々とお母さんの手伝いをして、安く買わせてもらったという、小学生には少し高価な一点もの。
――――――これをつけた、桃ケ丘中の制服を着ている黒髪ロングの女の子なんて、私くらいしかいないじゃないか。
「あの、先輩。申し訳ないんですけど……もう少しだけ、お話する時間はありますか?」
「うん? 大丈夫だけど」
「よかったらその、先輩が見たという、『私と副会長さんが会っていた』時のことを、もう少しお話してくれませんか……?」
逸る動悸を無理やり抑え込んでそう尋ねると、先輩は「いいよー」と軽く了承してくれた。そのことにホッとしても、煩い心音は、迫る真相の足音と混じって鳴り止まない。
――――――記憶はないけど、私と副会長さんは、過去に接点がある?
私は滲んできた嫌な汗を無視して、先輩の話に耳を傾けた。