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34 昔の彼と今の彼

 予想していたとはいえ、やはり動揺は隠せず、私は膝に乗せた手でスカートをぎゅっと握りしめた。


 梅太郎さんは、静かに語りを続ける。


「少年が発動したのは、『全快魔法』という、どんな怪我や病気も一瞬で治す、治癒魔法の反則技みたいな魔法だよ。あの本を見たなら分かるかな? 危険値や難易度を表す、ドクロマークは五段階中で四つさ」

「全快魔法……それで、その、お嬢様を」


 草下先生が言っていた、通常の治癒魔法では治せない酷い怪我や病気を治す禁断魔法とは、これのことだったのだろう。

 それを少年は……梅太郎さんは、大切な理事長さんを助けるために、使ったんだ。


「禁断魔法の発動自体は、少年は孤児院時代にも、研究の一環でやらされたことはあった。でも、今思えば幸いなことに、その時は成功したことは一度もなくてねぇ。比較的、簡単な禁断魔法ばかりだったにも関わらず、だ。何でか分かるかい、三葉ちゃん?」

「えっ? えっと……魔力不足とか、手順が違う……とかですか?」

「うん。確かにそれもあったかもしれないねぇ。でもね、僕はこう思うんだ。……そこに、少年の意思や想いなんてなかったから、魔法は成功しなかったんじゃないかって。前に僕が、三葉ちゃんにシラタマ人形をあげたとき、した質問は覚えてるかな?」


 こくり、と私は頷いた。

 あの時、梅太郎さんは私に『魔法を使うときに一番大切なことは何か』と問うた。

 そしてその答えを、梅太郎さんは『意思や想い』だと言った。


 あの時の会話は、一語一句忘れず、しっかりと記憶に残っている。


「無理やり発動した禁断魔法では、少年の心なんてあるはずないから、それは失敗して当然だったのかもしれない。……でも、お嬢様を助けたときは違う。少年には、彼女を救いたいという強い想いや、絶対に救ってみせるという固い意志があった」

「……だから、魔法は成功したんですよね?」


 それは、昨日会った理事長さんの様子からも分かることだ。それでも聞かずにはおれず、痺れてきた足を組み換え、そう梅太郎さんにおずおずと質問すると、彼はゆっくりと首肯した。


「少年の発動した『全快魔法』は、ちゃんと成功したよ。お嬢様の火傷は跡もなく消え、瞳にも光が戻った。…………代わりに少年は、大きな『代償』を払うことにはなったけどねぇ」


 代償。

 その言葉が、やけに重く私の耳へと響いた。


「彼の払った代償は――――魔力のすべてと、肉体の年齢さ」

「っ!」

「彼女の身体を回復させるため、『生命力』のようなものを捧げた、というところかな。少年は魔力を失い、一気に30歳分ほど老けてしまったよ」


 しわがれた手を胸に当て、「後悔は一つもしてないけどねぇ」と、梅太郎さんは眉を下げた。

 私の方といえば、驚きの連続で、とうとう言葉も無くしてしまう。


 だって、今の話の通りなら、梅太郎さんは理事長さんと同じ……本来は30代ということになる。

 言われてみればなるほど、見た目に反して、彼の瞳は力強く若々しい。

 私に「急なカミングアウトばかりでゴメンね」と苦笑する様子が、一瞬だけ、まだ年若い青年のように見えた。


「こんな話聞いちゃって…………僕に幻滅したんじゃない、三葉ちゃん?」

「なっ! そ、そんなことは、何があってもありえません!」


 突然、寂しげな声でそう問われ、私は張り付く喉を動かし叫んだ。


 確かに驚くことばかりだったけど、それで梅太郎さんへの好意が変わるはずがない。むしろ、苦難から立ち直り大切な人を守ろうとした、そんな彼の人生を聞いて、やっぱり梅太郎さんはとても優しくて素敵な人だと、再認識させられたくらいだ。


「梅太郎さんの過去に何があろうと、梅太郎さんは梅太郎さんです! 話してくれたことに感謝はすれど、幻滅なんてないですから! 梅太郎さんはこれからもずっと、私の大好きな梅太郎さんです!」


 勢いに任せ、恥ずかしい告白まがいな発言をすれば、目の前の彼は目を見開き、次いで色付き綻ぶ梅の花のように、「ふふっ」と微笑んだ。

 それが、私の安心するいつもの笑顔で、ホッと胸を撫で下ろす。


「僕は僕、かぁ。懐かしいねぇ、昔お嬢様にも、そんなことを言われたことがあったよ」

「え……」

「実は、お嬢様を回復させたあと、少年……っと、もう見た目は青年、いや中年くらいかな。彼は彼女が目を覚ます前に、桜ノ宮家から姿を消したんだ。変わり果てた姿じゃ会えないし、魔力も無くなり、ここに居ていいものか、と思ってね。家を出て暫くは、細々と身を隠して生活していたんだけど……」


 そこで言葉を切って、梅太郎さんはポリポリと頭を掻いた。


「ずっと彼の行方を追っていたらしいお嬢様に、ある日ついに見つかってしまってねぇ。出会い頭に、二度目の飛び蹴りを喰らったんだ」

「また飛び蹴り!?」

「歳を喰った分、ダメージは二倍だったなぁ。しかも、キツいお説教もされたよ。『どんな姿になろうと、梅は梅よ! 今後は、許可なく私の側を離れることは許さないから!』ってねぇ。彼のしたことは、お嬢様は全て知っているようだった。その上で、可能な限り一緒に居ることを、改めて約束させられたよ」


 困ったような口調だったが、私には分かる。

 ……梅太郎さんは、とっても嬉しそうだ。


「それで、一旦桜ノ宮家に連れ戻されたあと、まぁ色々あってねぇ。彼は…………僕は、お嬢様の大切なこの学校を、少しでも見守れる場所にいようと、しがない寮の管理人をやってるってわけだねぇ」


 なるほど、と、私は様々な点で納得した。

 魔法適性者ばかりのこの学校で、非適性者の梅太郎さんが勤めていたのには、そういった理由があったのか。


 いつの間にか、残り僅かになったお茶を飲み干す私に、梅太郎さんは「これで僕の話は終わり」と締めくくった。


「長くなったけど、三葉ちゃんの疑問の答えにはなったかな?」

「あ、はい! あの……ここまで話してくれて、ありがとうございました」


 私は居住まいを正し、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。


 今日ここに来て良かったと、心の底から思う。梅太郎さんへの余計な疑惑も晴れたし、ほんの少しだけど、研究所や薬に関する情報も増えた。

 何より……梅太郎さんと理事長さんのお話しを聞けて、嬉しかったし。


 そんなふうに思っていたら、梅太郎さんはパンッと乾いた音を鳴らし、手を叩いた。


「さて、ここで急だけど、長話に付き合ってくれた三葉ちゃんに、お詫びの品があるんだ」

「お、お詫びの品……?」


 シラタマ人形を頂いた時を彷彿とさせる流れに、私は首を捻った。


 というか、お詫びも何も、私から押しかけて質問したんだけどな……。

 そう思いながらも、今度は何を貰えるのか、厚かましくもワクワクしてしまった。

 部屋の奥に消えた梅太郎さんを、胸を高鳴らせて待っていたら、彼はA4サイズの封筒を持って戻ってくる。色褪せ、こんもりと膨れたそれを、彼は大事そうに手渡してきた。


「これを三葉ちゃんにあげる……とまではいかないけど、貸してあげるよ」

「なんですか、これ……?」


 受け取った中身は紙束のようで、思ったよりも重かった。

 桜と梅を模った印で封がしてあり、なんとなく重要そうな物が入っているように感じる。


「これの中身はねぇ――――『禁断魔法の種類と使用法一覧』の、元原稿だよ」

「うぇ!?」


 まさかの爆弾発言(今日何度目か分からない爆弾だ)に、私は手を滑らせ、畳みの上に封筒を落としてしまった。慌てて拾い上げ、パッパと手で払う。


 じゅ、重要なんてものじゃない……!


「こっちは元々、僕が最初から保管していてねぇ。研究所の奴らの被害には、こっちはあってないんだよ。本はあれ一冊だし、他のデータは残ってないけど……原稿だけは、念のために処分せず置いておいたんだ」


 もちろん、破られたページの原稿もあるよ――――と、梅太郎さんは悪戯小僧のように口角を上げる。


「あの本よりかなり読みにくいと思うけど……たぶん、三葉ちゃんの欲しい情報も載っているんじゃないかな」

「どうして……」

 

 私は梅太郎さんには、『魔法関係の事件に巻き込まれている』としか伝えていない。それに、禁断魔法が絡んでいるとは言ったが、研究所や薬のことは一切話していないのだ。

 ろくな説明もしていない、どんな事件かも分からないのに、どうして彼はこんな大事なものを、私に貸してくれるの?


「三葉ちゃんがどんな事件に巻き込まれているか、それはあえて、君の口からは聞かないよ。僕に気を遣い、ややこしい説明は省いてくれたんだろうしねぇ。だから僕は、ただ勝手に君の状況を推測して、勝手に役立ちそうだと思ったものを、渡したくなっただけさ。前にも言っただろう? 僕はね――――三葉ちゃんが元気になる手助けが出来れば、それでいいだけだって」


 そう言って、ニコッと笑った梅太郎さんに……私はもう、完全にやられてしまった。


 ああもうダメだ。本当にダメだ。理事長さんにはなんとなく後ろめたいけど、これは惚れるしかない。だってカッコよすぎるもん、この人。

 本来の年齢なら、梅太郎さんは絶対イケメンだった。今でもイケ老紳士だ。


 本当に、大好きです、梅太郎さん。


「ありがとうございます! すっごく助かります! えと、用事が済んだら、すぐにお返しします!」

「うん。あ、あと最後に、今度は僕から三葉ちゃんに、一つだけ質問してもいいかい?」


 痺れた足を奮起して立ち上がった私に、梅太郎さんは思い出したかのようにそう言った。

 反射的に頷いた私に、彼はそっと口を開く。


「君はこの学校に入学して――――今良かったと思っているかい?」

「え……」


 何処かで聞いた質問に、私はつい声を漏らしてしまった。

 何処かっていうか……数日前に、理事長さんから聞かれた質問だ。


「僕はね、君に出会った当初、少しだけ寂しく思うことがあったんだ。それは、君があまり此処での高校生活が、楽しそうじゃなかったことでねぇ。三葉ちゃんは、こんなに良い子で頑張り屋さんなのに、いつも泣くのを我慢した顔で寮に帰ってくるから、僕もそれがとても悲しかったんだよ」

「梅太郎さん……」

「でも、最近の三葉ちゃんはとても楽しそうだ。素敵なお友達も出来て、よく笑うようになった。だから、僕は今更だけど君に聞いてみたかったんだ」


 ――――この学校は好きかい? と、梅太郎さんは再度尋ねた。


 私の答えは疾うに決まっている。


「はい! 私はこの学校が好きです!」

「――――それは良かった」


 そう言って微笑んだ彼の表情は、数日前の理事長さんとそっくりだった。


 そして、話も終わったのでそろそろ退散しようと、扉に向かう私に、梅太郎さんは小さく手を振り、見送りの言葉をくれる。


「君が立ち向かっている困難を、僕は知らない。――――でも大丈夫。きっと君の向かう先は、四ツ葉のクローバーの咲くハッピーエンドだよ。だから、何があっても負けないで。僕はいつでも、三葉ちゃんの味方だから」


 背中からかけられたその激励は、いつかシラタマが送ってくれた言葉を思い出させて。私は不覚にも、目頭が熱くなった。


 梅太郎さんやシラタマは、私を甘やかしてくるから困る。


 私は胸に封筒を抱き締めたまま、振り返り、無言で頭を垂れた。

 ――――彼の言うような未来が、本当に私にあればいいのにと思いながら。


 そして、私は思いがけず手にした貴重な資料を抱え、寮監室を後にしたのだった。

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