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30 文化祭準備中!

「おし! 時間だし今日はここまでなー! 撤収撤収!」


 山鳥君の声に、クラスメイトの皆が一斉に「はーい」と返す。私も返事をしながら汗をタオルで拭って、舞台上のシラタマ人形を拾い上げた。


 今日の放課後の文化祭練習は、訓練棟のステージ許可が一時間しか取れなかったため、軽く台本を進めただけで終わってしまった。

 私は膝にシラタマ人形を乗せ、ステージに腰かけ足を投げ出し、帰り支度をする皆を眺める。私もさっさと着替えたりしたいのは山々なのだが、『物質操作魔法』の使い過ぎでさすがに疲れてしまった。


 人が減るまで休憩してようと、少し高いところから、賑やかなクラスメイトたちの観察に興じてみる。


「お、用意早いな山鳥! もう帰るのか?」

「違うよ。部活の方でも出し物があって、そっちの練習があるんだ。じゃあ、急ぐからみんな、また明日な!」


 逸早く鞄を担ぎ、ドアから出て行こうとする山鳥君は、相変わらずの快活さで皆に手を振った。その際に、彼の新緑のような瞳と目が合って、私はついドキリとしてしまう。

 例の返事を待たせている気まずさもあり、ちょっとだけぎこちなく手を振り返す。すると遠目で分かりづらいが、彼は微かに嬉しそうな笑みを見せたので、私は余計に鼓動を跳ねさせてしまった。


 ああもう本当に、こういうのは慣れてなくて心臓に悪い。


 山鳥君が去った後も「あーうー」となっていると、今度は帰り際の団子三姉妹に睨まれた。

 彼女たちは模擬試合以来、ちょっかいを掛けてくることは一切無くなったけど、時折ああやって、「いつか見てなさいよ!」といった目を向けてくる。

 私はそれに、怖がるでも腹を立てるでもなく、むしろ彼女たちの『小悪党根性』に感心してしまっているくらいだ。

 私もなかなか図太くなったものだと思う。


「おーつかれっ、野花っち!」


 そんなふうにぼんやりしていたら、後ろから急に声をかけられ、同時に頬に冷たい感覚が走った。

 思わず「ひゃっ!?」と悲鳴を上げると、悪戯に成功した子供のような笑い声が耳に響く。


 冷えたペットボトルを片手に、私を上から覗き込むようにして立っていたのは、ついさっきまで一緒に練習していた海鳴さんだった。


「これあげる。一本多く買っちゃたんだ。あ、横いいかな?」


 受け取り、お礼を言ってから承諾すれば、彼女は元気よく私の隣に座った。


 八重歯が愛らしく、いつも変なシュシュで(今日は肉まん柄だった)橙色の髪をポニーテールにしてる彼女は、演劇部所属の天真爛漫な女の子だ。

 シラタマ人形の声担当として、私と共に練習する時間が多いために、最近はこうして仲良く話す機会が増えた。「野花っち」なんて呼び方をされるようになったのも、ついこの前のことだ。


 私も「海鳴っち」と呼ぶべきか、密かに葛藤していたりする。


「野花っちはさ、今日このあと予定ある? 良かったら付き合って欲しいとこがあるんだけど」

「あ……ごめん。このあとはちょっと寄るところがあるんだ」

「そうなの? じゃあ仕方ないねー、また今度!」


 申し訳ないけどお誘いを断れば、気分を害した様子も無く、海鳴さんは屈託のない笑顔を見せてくれる。


「実はね、演劇部の先輩たちが、野花っちのシラタマちゃん? だっけ? その人形の操作を生で見たいって五月蠅くて。一度でいいから、演劇部の部室に来てもらいたいの」

「シラタマ人形の操作を……?」

「魔法模擬試合でチラッと見たらしくて、ぜひ参考にしたいんだって。先輩たち、魔法の使用許可とって、月に何度か学外に出て幼稚園とかで劇をしてるの。今度は魔法を使った人形劇をするから、野花っちの技術を学びたいみたい」


 技術なんてそんな大げさな……とも思ったが、自分の魔法が認められているようで嬉しくて、私は「ら、来週とかなら大丈夫だよ!」と、つい調子に乗って引き受けてしまった。

 海鳴さんは感激したように抱き着いて来て、私は危うくステージから転げ落ちそうになる。


「あ、危ないよ海鳴さん!」

「いやぁ、ゴメンゴメン。先輩たちも喜ぶなーって思ったら嬉しくて。本当に野花っちはいい子だなぁ……で、そんな野花っちに、もう一個頼み事」


 体を離した彼女は、今度はキョロキョロとスパイのように辺りを見回し(演技がかっているとこはさすがだ)、耳元で囁くように話を切り出した。


「あのさ……二木くんって、連れてくるのはやっぱり難しいのかな」

「え……」


 意外な名前に、私は目を見開く。


「やっぱり舞台の演出上、二木君の使える『風の属性魔法』って凄い汎用性高いんだよねぇ。何より、せっかくのクラス行事なんだからさ、二木くんにも参加して欲しいじゃん。前までは皆、彼のこと怖がってたけど、あの魔法模擬試合で野花っちと話してるとことか見て、ちょっと印象も変わったみたいでさ。今なら、クラスにも馴染む良い切っ掛けになるんじゃないかって」

「海鳴さん……」

「ペアである野花っちには、あいつなかなか甘いみたいだし。ダメ元でいいからさ、気が向いたら声かけておいて欲しいな」


 私は海鳴さんの気遣いに、彼の相棒として嬉しくなると同時に、少しだけ恥ずかしくなった。

 やることがいっぱいありすぎて、山鳥君との件から会っていない、もちろんクラスの練習にも一度も参加したことのない樹虎を、気に掛けることを忘れていたなんて。


 確かに海鳴さんの言う通りだ。大切なクラスでの青春行事。彼もペアであると同時にクラスメイトなのだから、参加しないでいい筈がない。何より私が…………樹虎と一緒に文化祭を楽しみたいと、心から思ってしまった。


 グッと拳を作って、私は力強く宣言する。


「わかったよ海鳴さん! たぶん渋るだろうけど、なんとしてでも説き伏せて、私が樹虎を首に縄付けても連れて来るよ!」

「おお! 頼もしいね野花っち! じゃあ演劇部のこともだけど……色々お願いしちゃっていいかな?」


 手を合わせておねだりポーズをしてきた海鳴さんに、私は「これのお礼もあるしね、任せてよ」とニヤリと笑って、貰ったペットボトルを掲げてみせた。彼女に倣って、ちょっぴりカッコつけた演技っぽく。

 すると海鳴さんは、きょとんとした後に吹き出したので、私もなんだか楽しくなってきてしまった。

  

 実は文化祭最終日は――――――――私の余命が、ちょうど残り二ヶ月になってしまう日でもあるのだけど。


 そんなことを憂う暇もないくらい、当日は精一杯遊び倒して文化祭を満喫してやろうと、私は誰にも秘密の胸の奥で誓うのだった。



♣♣♣



 海鳴さんと別れ、訓練棟を後にした今。私は特別棟の廊下を一人で歩いていた。

 音楽室や家庭科室の辺りは賑やかだったが、そこから離れたところにある『図書室』に向かうこの廊下は、人気が無くて静かなものだ。


 私が図書室に向かう理由は二つ。

 一つ目は、『禁断魔法』について自分なりに調べるためだ。


 任せるとは言ったものの、先生に丸投げもどうかと思うので、少しでも薬の資料に関係するようなことを見つけるため、私は私なりに出来ることを考えた。そして、図書室で禁断魔法について載ってる本でも探してみようか、となったのである。

 うちの学校の図書室は、パンフレットでも大々的に紹介されるほどの規模を誇る。レアな書籍も多くあると評判なので、私の欲しい情報も手に入るかもしれない。


 チラッとだけ、ポチ太郎にもう一度、あの部屋にテレポートしてもらうという案も浮かんだが、これはすぐに却下した。さすがにリスクが高いし、何よりあんな恐怖体験は二度と御免だ。


 …………そしてもう一つの理由は、本日の図書当番らしい、心実に会いに行くためだったりする。

 最近はどちらも文化祭準備で忙しく、会うには会っているのだが、あまり二人でゆっくり話せていないのだ。

 

 彼女のクラスは『魔女っ娘喫茶』なので、心実はウェイトレスだけでなく、メニューのお菓子作りの面でも頼りにされているらしい。時間を見つけてはクラスメイトと共に、ちょくちょく家庭科室で試作品作りに励んでいるそうだ。そのことを嬉しそうに報告してきた彼女に、私まで微笑ましい気持ちになってしまった。文化祭のおかげで、心実もクラスメイトと打ち解けられつつあるようで、私もとても喜ばしい。

 今日はお互いの現状報告も兼ねて、彼女の仕事が終わり次第、久しぶりに一緒にのんびり寮に帰るのもいいな、と思ったのだ。


 心なしか足取りも軽く、窓から見える秋晴れの空を眺めながら、鞄を片手に廊下を歩く。

 

「ん……?」


 後は少し先の突き当りを曲がれば、すぐそこが目的地――――といったところで、私はピタリと足を止めた。


 ――――――真剣に廊下の壁に掛けられた絵を見つめ、私の行き先を塞ぐように、一人の女性が廊下のど真ん中に立っていたのだ。

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