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29 先生の言葉

 誰かの部屋に飛ばされ、怪しい資料を見つけてしまったのが金曜日のこと。土日を使って、私はあの資料の謎について真剣に考えた。


 『魔力提供者リスト』とは何なのか。

 何故それに、私の名前と写真が載っていたのか。

 研究所や魔力覚醒薬と、私が知らないうちに関わっていたとして、そこにある思惑や目的は何か。


 ――――そしてそのことに、私を突き落とした犯人は関係しているのか。


 恥ずかしながら、資料の件は意味が分からなさすぎて、碌な仮説すら立てられなかった。推理材料も中途半端だし、名探偵でもない私にはお手上げ状態だ。

  

 …………ただもし、すべてのことが繋がっていて、あの部屋の主こそが私の命を奪った犯人だったとしたら。

 私は知らないところで、研究所関係の深い陰謀に巻き込まれていて、まさにそこにこそ、私が階段から突き落とされるに至った『要因』があるのかもしれない。


 しかし、これはあくまで『もしも』の話。ぶっちゃけ、あれもこれも繋がっているという確証は無く、特にあの部屋の主が犯人かもというのは、今の時点ではこじつけに近い。


 『魔法使用許可者一覧表』で絞り込んだ、残る三人の調査もまだだし……。その三人のうち、一人部屋の人が居れば、一気に犯人説は有効になりそうだが、どちらにせよこれは調べてからだ。


 とりあえず、今の段階で私がすべきことは三つ。

 『残る三人の調査』、『資料の謎を解き明かす』、『文化祭準備を頑張る』だ。

 ……最後はいるのか? と突っ込みが入るかもしれないが、本音を言おう。

 最後がある意味、私には一番大事です。

 

 ――――――確かに犯人は見つけたい。

 どうして私を突き落としたのか、その理由を知る権利が私にはあるし、知った上でちゃんと罪を認めさせて、然るべき方法で罪を償って欲しいと思う。


 でも、例え犯人が罪を認めて私に謝罪しても…………私の余命がもう、あと三ヶ月ちょっとしかない事実は変わらない。


 犯人探しはやり遂げてみせるが、私はそれをひっくるめて、残りの余命を後悔しないように精一杯生きることが、最も大切なのだ。

 文化祭なんて大切な青春イベント。いっぱい楽しまないと後悔しそうじゃん。

 

 そんなわけで当面の私の目標は、『青春しながら犯人探し』だ。二日も休日を潰して考えた結論がこれか、とも思うが……あの得体の知れない恐怖から立ち直り、前向きになるのに時間かかったので仕方ない。と、いうことにして欲しい。



 そして迎えた月曜日。放課後は文化祭準備があるので、私は昼休みにある人の元へ向かった。


 自分だけで考えてもさっぱりだった、『資料の謎を解き明かす』ために――――――私は現在、化学準備室に来ております。


「まさかそんなことが……」


 化学室の椅子に向かい合って座り、金曜日に起こったことを余すことなく伝えると、草下先生は端整な眉を寄せ、苦い顔でそう零した。


 ――――――研究所関係といえばこの人だ。

 分からないなら、何か分かりそうな人に聞こう! という、単純な思考回路のもと、アポもなく現れた私を、先生は驚きつつも快く迎え入れてくれた。


 本当に態度が丸くなった先生は、私の拙い話を辛抱強く最後まで聞いてくれ、今は黙って何かを考え込み始めてしまった。私はそんな彼の様子を見守りつつ、出されたココアに口をつける。


「わふわふ!」

「こら、先生の邪魔しないの」


 予想外に熱いココアをふーと冷ましていたら、先生の足元で、白衣の裾を咥えて遊ぶポチ太郎が目についた。お昼寝中だったらしいが、話の途中で何故か勢いよく準備室から飛び出して来たのだ。

 どうしても話の流れ上、ポチ太郎の脱走の件を伝えざるを得なかったので、先生に全部コイツの所業はチクってしまったのだが……それに勘付いて来たのかもしれない。 


 ちなみに先生は、ポチ太郎が脱走を繰り返していたことには薄々気づいていたようで、「やっぱりか……」と小さく呟いていた。それでも何のお咎めもなく、今も自由にフラフラしているところを見ると、やっぱり先生の躾は甘々すぎる。


 ぜひ、この話が終わったら、次はポチ太郎の教育方針について語り合いたいところだ。


「……うん。なるほど、君の話は分かった」


 そんなことを考えていたら、先生はようやく考えが纏まったようで、顔を上げて目を合わせてきた。でも、やはりその表情は難しいままだ。


「だがやはり、それだけだと考察は進められないな。ひとまず分かったのは、やはり君は研究所関係の何かに、確実に巻き込まれているということ。そして、この学校には私以外にも研究所の関係者がいて、しかもソイツは、末端の私よりも遥かに上層部の情報を持っているということくらいだ。それが生徒、というのも気になるが……。他に何か、資料を見て覚えていることはないのか?」

「他にですか……」


 私はうーんと、あの部屋で見た記憶を捻り出す。


 もういっそうのこと、一つくらい資料をパクってくればよかったかな。例のトランクはホコリを被っていて、そこまで頻繁に開けているものでもなさそうだったし。案外、私たちが侵入したことも合わせて、暫くはバレなかったかもしれない……こんなこと言うと、私の方が犯罪者みたいだけど。


 何よりの大きなミスはたぶん、あの日記までを、資料と一緒に間違えてトランクに入れてきたことだと思う。今さらだがあれは、すべての鍵になりそうな、最も有力な手掛かりだったかもしれない。


「わっふー!」

「わっ、ちょっ、危なっ!?」


 白衣で遊ぶのに飽きたらしいポチ太郎は、唐突に今度は私の膝の上にダイブしてきた。ココア溢れるから!

 もう。こっちは複雑になってきた問題に、普段使わない頭を必死に動かしているというのに……コイツは呑気で羨ましい。


 ああでも、夏休み前にちょっと先生から聞いた話だと、ポチ太郎もポチ太郎で過去に色々あったみたいだ。

 何でも先生の支部に来る前は、研究所本部に居た実験動物だったらしく、そこでどんな非道な扱いをされていたのかは分からないとか。

 コイツが妙に研究所関係で鼻が利くのは、そのことも関係しているのかもしれない……。


 そんな境遇を考えると、先生の甘い態度も仕方ないのかも。

 いや、躾は別だから、ちゃんとすべきだとは思うけどね!

 

 それでも私は、カップを実験机に置き、自然と優しい手つきで膝に乗っているモフモフを撫でた。気持ち良さそうなポチ太郎を見ていて、私はふとあることを思い出す。


「そういえば……『魔力覚醒薬・制作手順』って資料に、ちょっとだけ気になる単語があったかもです」

「どんなだ?」

「えっと、そう確か……『禁断魔法』がどうとうとか」


 あの汚ない書き込みだらけの中で、何度も出てきて唯一目についたのが、確かそんな言葉だった。


「禁断魔法……!?」


 先生は眼鏡の奥の瞳を見開き、急に大きな声を出した。

 私の方も、そんな彼の過剰な反応に驚いて、肩を揺らしてしまう。


「な、なんですか? 名前からしてヤバそうですけど、それってやっぱり相当ヤバい魔法なんですか?」

「あ、ああそうか。今は授業でも名前すら出さないんだな……。すまない、取り乱した」


 そう言って先生は眼鏡をクイッと直して、『禁断魔法』について説明してくれた。


 それはその名の通り――――――人間が触れてはならない禁忌の領域に、無理やり干渉する魔法の総称らしい。

 禁断魔法の中にも様々な種類があり、そのどれもが、『魔法使用法』でも禁止されている危険なものばかりだそうだ。

 使おうとする者も僅かだが、そもそもまともに使える者が極僅か。それこそ神にでも近い奇跡を起こせるその魔法は、発動して成功させるには、多くの条件がいる。

 膨大な魔力、儀式にも似た準備と手順、強靭な精神力、そして…………発動者が払わなければならない、禁断に踏み込んだ『代償』。

 代償もどんな禁断魔法を使うかによって違うそうだが、軽いものではないのは確からしい。


「私が聞いたことがあるのは、通常の治癒魔法では到底治せないような、酷い怪我や病気も一瞬で治せる魔法や……あとは、人の心に干渉するような魔法だな。禁断魔法については、昔は授業でも軽く説明程度ならあったのだが、今の教育からは完全に消されたようだ。一時期は、あの魔法についての研究が盛んに行われたこともあったが、かなり以前の話だしな。…………まさかあの研究所が、今でもそんなところまで手を出していたとは」

「で、でもそんなの、魔法専門警察とかに見つかったら、捕まっちゃいますよね?」

「あの研究所は、おそらく野花が思っている以上に巨大な組織なんだ。魔法専門警察の要人の中に、あそこの研究員が入り込んでいるという噂もあるくらいだからな。だからこそ、隠れて覚醒薬の研究なんて続けられているのかもしれん」


 忌々しいといわんばかりに、後半は吐き捨てるような口調だった。そういえば先生、研究所が大っ嫌いでしたね。

 しかし、私はそんな強大な闇組織に関わっちゃってるのか……。


 想像以上の立ちはだかる壁の大きさに、私が不安気な表情を露わにしていたからだろうか。

 まさかの先生が、正面からその大きな掌を伸ばし、ポンポンと安心させるように私の頭を撫でてくれた。


「心配するな、野花。今聞いた資料の内容や、研究所が手を出している禁断魔法についても、私の方でなんとか調べてみよう。研究所時代の仲間と、何人か今でも秘密裏に繋がりもある。そいつらにも協力してもらうさ」

「えっ……!? そ、そこまでは……」


 私は意外過ぎる申し出に狼狽した。

 だって先生は、もう研究所には一切関わりたくないはずだ。それにポチ太郎のこともあって、下手なことをすると、彼やポチ太郎の身も危ないのではないか。

 いくらなんでもそこまでは、と言おうとしたら、先生は私の言葉を読んでいたようで、先手を打つようにもう一度頭を撫でられる。


「生徒が先生の心配をするものではないな。それに言っただろう? ――――――君に何かあれば、私は君の手助けをするのに労力は惜しまないと。私は君に対して、酷い態度を取り続けた償いをさせて欲しいんだ。あのことに対しては、本当に反省している。…………どうか、君の力にならせてくれ」

「先生……」


 もうなんだ。先生ったら、急にカッコよくなりすぎだろう。

 あんなに嫌で大嫌いな先生だったのに……誤解が解けたら、彼はこんなに良い先生だったのか。

 あのまま誤解されて学校生活を終えていたら、きっとこんなことを思う日がくることもなかったのだろう。そう考えると、魔法模擬試合で頑張って疑いを晴らしたかいがあったと、胸の奥がじんわり暖かくなる。


 若干、私の頭を撫でる手つきが、ポチ太郎に対するものと同じなのは気になるけど……。髪色が一緒でも、私は犬じゃないです先生。


 少しだけツンとしてきた鼻奥を誤魔化すように、私は彼に深々と頭を下げた。


「じゃあ、お願いします先生。研究所について……調べておいてください」

「ああ、任せなさい」


 先生が綺麗に笑うのと同時に、「俺にも任せろ」といった風にポチ太郎も「わふっ!」と鳴いたのが面白くて、私も釣られて微笑んでしまった。


 ……問題は多いけど、一歩ずつ解決して、必ず犯人を見つけてみせる。

 私は改めてそう思い、化学室を後にしたのだった。


ちょっと裏話⇒研究所時代、ポチ太郎は基本的には実験台番号(ナンバー113……とかですね)で呼ばれてましたが、本当に一部の研究員からは、「わふ」と鳴くので「ワッフル」と名付けられてました。「ポチ太郎」というのは、先生が付けた名前です。犬だからポチ、オスだから太郎という……。どの呼び方が気に入っているかは、本人のみぞ知るって感じです。


余計な捕捉、失礼いたしました><

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