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28 魔力提供者リスト

「ここって……」


 私はポチ太郎を抱えてしゃがみこんだまま、薄暗い室内をおそるおそる見渡した。 


 見知らぬ部屋といっても、部屋の構造自体を知らないわけではない。

 窓際に置かれたパイプベッドに、部屋の隅にある木製の勉強机。ドアの傍にはこじんまりとしたクローゼットがあり、壁紙はクリーム色。それらはすべて、私の部屋と全く同じだ。


 それもそのはず、これらは女子寮の、一人部屋の寝室に共通な配置や特徴だから。

 うちの学校は地味に金持ちなので、学生寮はリビングや寝室がちゃんと分けられている。特に一人部屋ともなると、そこそこ良いマンションでの一人暮らしとなんら変わらないのだ。


 つまり、ここは誰かの寮部屋。しかもおそらく、心実のような特待生や、成績優秀な学生さんの部屋だ。

 遅れて入寮したせいで、空いてる一人部屋になった私が例外なだけで、本来なら一人部屋はそういった人にしか割り当てられない。


 いやこの際、どんな人の部屋かは別にいい。

 そんなことは、今問題にすべきことじゃない。


 …………問題なのは私が現在、見知らぬ人の部屋に、魔法を使って(使ったのはポチ太郎だけど)不法侵入したという事実の方だ。


「ちょ、ちょっとポチ太郎、なんでこんなとこに? 早く戻してよ、見つかったらヤバイなんてものじゃないから。魔法犯罪もいいとこだよ、これ!」


 私は出来るだけ声を抑え、腕の中のもふもふに話しかけた。


 この部屋のドアは閉め切られており、寮部屋内に部屋主がいるかどうかは不明だ。時間帯的には、まだ部活や委員会のある人は学校にいると思うので、まだ帰ってきていないことを祈るしかない。


 てっきりまた、科学室にでも飛ばされるのかと思ったのに。

 転移魔法が失敗したのか、はたまた意図的か。

 なんとなく後者な気はするが、どちらにせよこんなの見つかったら、私は犯罪者認定されても仕方ない。ストーカーもしくは泥棒の疑いを持たれてしまう。何であれ、部屋主に見つかる前に撤退しないと。


「わふ!」

「あっ、こら!」


 しかし、このワンコは私の焦りなど何処吹く風。するりと腕から抜け出したかと思えば、ベッド下へと体を潰して潜って行ってしまった。


「人の部屋で好き勝手したらダメだって……!」


 極力音を消すために、床を這ってやつの後を追い、ベッドの傍まで行く。

 その際にチラッと室内をもう一度観察したが、本当にこの部屋には、備え付けの家具以外、目立つ物が何もない。


 例えば私の部屋なら、かえちゃんと撮った写真が飾ってあったり、片づけを後回しにした服などがちょっとだけ散乱していたりする。心実の部屋なら、例の本のポスターが壁に貼ってあったりした。


 だけどこの寝室には、そんな住んでいる人間の『その人らしさ』のようなものが、何一つ見つからないのだ。

 机の上には数冊の本が、栞を挟んで積んであるので、空き部屋というわけではないと思う。それなのに酷く閑散としていて、生活しているはずの人の気配が何処にもないのが、私には少し不気味だった。


「わふ、わふ……」


 そんなことを考えている間に、ポチ太郎はベッドの奥から、その小さい体で茶色いトランクケース押しながら出てきた。

 私はそれにギョッと目を剥く。

 奴はそれを私の前まで運び、開けて開けてと言わんばかりに尻尾を振っている。


 ……エロ本しかり、黒歴史な昔の文集しかり。

 ベッドの下にある物は大抵、人目につかないように隠しているものばかりだ。こんな如何にもなトランク、この部屋の主が秘密にしたいものが入れられているに決まってる。


 それを勝手に部屋に入った挙句に開けるなど――――人としてアウトだろう。


「あ、開けないからね! 何でこんなの引っ張り出してきたかは分かんないけど、戻してきなさい!」


 小声で叱っても、ポチ太郎は諦めずぐいぐいと私にトランクを押し付けてくる。

 こ、このワンコロめ……。


「こんなことしてる暇あったら、早くもう一回テレポートで元の場所に返してよ。そもそもこのトランク、鍵が掛かってるんだよ? まず開けられないんだから……」

「わふっ!」

「って、何してんの!?」


 思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を塞いだ。

 暫し息を潜めて身を固くしていたが、特に誰かが来るような気配もなく、ホッと息をつく。やはり、部屋主はまだお帰りでないとみた。


 それよりも早急に考えるべきは、ポチ太郎がしでかした事の重大さについてだ。あろうことかコイツは、トランクについていた南京錠ごと魔法で破壊したのだ。

 試合のときに団子三姉妹の一人が使っていた、Bランクの『圧縮魔法』による空気砲で。


「な、なんてことを……」


 いよいよ取り返しがつかなくなってきて、項垂れる私を余所に、ポチ太郎は満足そうだ。

 鍵は壊れ、これで開けられるだろうと、さらに激しく尻尾を振り私にせがんでくる。


 そんなポチ太郎を見て、私の脳裏をよぎったのは――――――コイツに科学室に飛ばされたときのことだ。


 あの日も確かこいつは、準備室に私を押しやって、部屋の中身を見せようとしていた。中は先生のポチ太郎コレクションしかなかったけど……コイツが見せたかったものは、本当にそれだけだったのか?

 先生が来たことで有耶無耶になってしまったが、彼が真に私に示したかったものは、きっと別にある気がする。


 そう、例えば…………私が使用者の疑いを持たれた、『魔力覚醒薬』に関する資料とか。


 先生はきっと、研究所関係の物はすべて、自分の部屋より準備室の方に保管してあるはずだ。彼も研究員の端くれ。多少の資料くらいなら持っているだろう。結局、薬については先生の口からすべて聞いたけど……。

 ポチ太郎は研究所に居た魔法犬ということで、何気にあなどれないお犬様だ。

 薬に関係しているかもしれない私に、ポチ太郎が逸早く何かを知らせようとしたのだとしたら?


 雑な推理だが、そのままいくと今回も…………このトランクの中には、『そっち関係』の物が入っている可能性があるんじゃないだろうか。

 そしてなんとなく浮かんでしまった、先生が和解した際に危惧していた『悪い予感』。


 それらのことを総合して考えて――――――このトランクの中身は、私に深い関係があるのかもしれない。


「あーもう……!」


 そして私は腹を括った。

 どうせ鍵も壊してしまったし、何よりこれを開けないことには、ポチ太郎は私を元の訓練棟に返す気はないのだろう。


 ガッと取っ手に手をかけて、一気に開く。

 中身は案の定、いくつかの資料がクリップでまとめられ、束になって入れられていた。


 そして、そんな積まれた資料たちの一番上。目に飛び込んできた表紙のタイトルは。


「魔力覚醒薬……制作手順」


 ――――――私の予想にドンピシャリだった。


 震える手で資料を持ち上げ、パラパラと捲ってみる。印刷された文字自体も細かくて読みづらいのに、細かい書き込みでどのページも余白が潰されており、汚すぎて内容の解読は出来そうにもなかった。


 それより私が反応したのは、書き込まれた『文字そのもの』だ。

 確かこの字は……と、ここに着いた時に、床に落としてそのままにしてあった、あの日記を急いで拾いに行った。戻って適当なページを開き、床に広げて資料と見比べる。


 お世辞にも綺麗とはいえない癖のある字は、この日記と資料の所有者が、同じであることを示していた。

 一体、この部屋の主は何者なんだ?


「わふっ、わふわふ」


 必死に頭を働かせている私に、ポチ太郎はトランクを漁り、選び出した一つの資料を咥えて差し出してくる。素直にそれを受け取ると、表紙には『魔力提供者リスト』とあった。


 促されるままにページを開き――――――私はヒュッと息を呑む。


「なにこれ……」


 一枚目には、何人かの名前がズラッと並んでいた。

 そして次のページからは、おそらく名前が記載されている人たちの、家族構成や年齢などを含めた簡単なプロフィールが、一枚一枚、写真つきで載っていた。写真は、ちゃんとした顔写真のものもあれば、明らかに隠し撮りのようなものもある。


 その中の一人。

 何故か付箋を付けられていたページに居たのは――――――――私だった。


「どうして私が……? しかも、この写真って……」


 だんだんと押し寄せてくる、正体不明の恐怖や悪寒に耐え、じっと写真の中の私を観察する。 

 このカラー写真は、おそらく中学時代の物だ。魔力適性が出る前の、黒髪ロングだったとき。横に、かえちゃんっぽい人影が見切れていて、楽しそうに私はそっちを向いて笑っている。撮られた覚えなど一切ない、わかりやすい盗撮写真だった。


 ――――――なんで、なんで私が、この『魔力提供者リスト』なんてものに載っているの?


 そろそろ私の脳は限界を迎えそうだ。嫌な汗も、体を駆け巡る気持ち悪さも、収まるどころか増すばかり。勢いのまま、トランク内の他の資料にも手を伸ばしかけた……その時だ。


「……っ!」


 ――――――――ドアの向こうから、薄ら、ガチャと鍵の開く音が聞こえた。

 そういえば、寝室は玄関から入って、すぐ右側にあったことを今思い出す。


 ついに、この部屋の主が帰ってきてしまったのだ。


「ポ、ポチ太郎……」

「わふ……」


 耳を澄ませれば、扉のすぐ向こうに物音が聞こえる。私は五月蠅く鳴る心臓の音を殺したくて、胸にポチ太郎を強く抱き締めた。

 さすがのコイツも空気を読んで、静かに息を潜めている。


 足音が近づく。今この部屋のドアを開けられたら…………私たちは一巻の終わりだ。


「……」


 迫りくる恐ろしさに無言で耐え続ける時間は、ほんの数秒のことなのに、数分にも数時間にも感じた。


 ――――だが珍しく、神様は私に味方したらしい。

 ギシギシと鳴っていた足音は、見事にこの部屋を通り過ぎてくれた。


「いった、の……?」


 完全に音が聞こえなくなってから、掠れた声で呟きを漏らせば、ポチ太郎が肯定の意を表すように頷いた。

 ホッとして力が抜けそうになるが、こうしている場合ではない。


 そこから私の動きは早かった。

 資料をすべてトランクに戻し、壊した鍵は仕方ないのでそれっぽくつけなおして、ポチ太郎に再びベッドの奥へとしまってもらう。音を立てないようにするのは苦労したが、小回りの利くポチ太郎が手伝ってくれたおかげで、迅速に部屋は元通りになった。


 ――――――そしてやっと、テレポートを発動してくれたポチ太郎と共に、私はその部屋をなんとか無事に脱出したのだった。



 …………訓練棟に戻れば、窓から覗く空模様は、夕焼けが薄闇に覆われ出し、紫色へと飲まれかけていた。

 冷たい床に座り込んだまま、私はポチ太郎の体に顔を埋め、深く息を吐き出す。鼓動は激しく脈打ち、全身の震えは暫く止まる気配はなかった。

 そんな私の頭の中では、部屋で見た資料の内容がぐるぐると駆け巡っていて。


 どこか遠くの方で、まるで何か不吉なことでも暗示するように、鳴く鴉の声を聞きながら、私は完全に陽が沈みかけるまで――――――そこから動けなかった。

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