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26 どうしてこうなった

「部長がまだ来てなくて、伝言を頼んでたら遅くなっちゃって。本当に待たせてごめんな」


 現れた山鳥君は別段変わったところはなく、クラスの人気者な彼らしい、人好きのする笑顔を私に向けた。

 彼が犯人だった場合、いきなり襲いかかられるようなことも、ちょっとだけ危惧していたが、それはさすがになかったことに密かに安堵する。でもまだ彼の用事が何かわからないので、警戒を解いてはいけない。例え彼が、疑っていることが申し訳なくなるくらい邪気のない様子でも、ここは気を引き締めていかねば。


 私は秋用の薄い灰色のカーディガンの袖を握りながら、彼に平然と笑みを返す。


「気にしなくていいよ。……それよりさ、用事って何かな?」


 私は至って自然体を装い、思い切って直球で切り出してみた。冷静なふりをしているが、本当は緊張で心臓はオーケストラ状態だ。


「ああ、そうだね。あんまり時間も取らせちゃったら悪いし、さっそく本題いくな。あのさ、野花さんって――――――」


 私は次にくる、彼の言葉に身構えた。どんな内容だろうと、動揺しないようにと自分に言い聞かせて。


 …………しかし、彼の口から飛び出したのは、予想だにしていないことだった。


「――――――彼氏とかいる?」

「へ」


 一瞬、何を聞かれたか分からず、私の思考は停止した。

 それでも、優秀な口だけはとにかく返事をしなきゃと思ったようで、脳が状況に追い付く前に喉が動く。


「い、いないけど……」

「そっか。それじゃあ次の質問な。野花さんはさ、文化祭の最終日に行われる、後夜祭でのメインイベントについては知ってる?」


 にこにこと爽やかな笑みを絶やさない山鳥君に、まだ状況整理が終わっていない私は、これもなんとか質問にだけ、首を縦に振ることで返事をした。


 後夜祭での伝統イベント――――『サクラサバイバル』という、センスの欠片もないネーミングのそれは、ある意味では文化祭の一番の目玉ともされている。


 サバイバルと称されるだけあって、内容はなかなかにカオス。

 昼までの通常の文化祭が終わったあと、夜に特別棟全体を使って行われるのだが、分かりやすく言えば『宝探し+肝だめし+障害物競争』というチャンポンなイベントだ。

 うちの文化祭は一応、一般解放はしているが(山奥で平日と土曜日にやるから来る人は少ないけど)、これは完全に生徒の為だけに、生徒会と文化委員が主体となって行う。


 参加は自由で、原則は二人ペア。いつも授業等で組んでいるチームとは関係なく、誰とでも好きにペアになれる。

 何かと競うのが好きなこの学校らしく、順位づけあり、賞品あり。もちろん、魔法要素もバリバリ絡んでくる。

 本気で優勝等を狙うなら、魔法能力の高い人、もしくは自分の魔法と相性が良い人を選ぶのが常套手段だが……そこは、真面目な授業とお遊びの文化祭。遊びなら、とにかく組みたい人と組む人が多い。


 …………もうこの際はっきり言ってしまうと、この『サクラサバイバル』は、俗にいう『カップルイベント』要素が強いのである。


 友達同士の参加の人も居るには居るが、割合的には三分の一。だいたいがカップルか、気になるあの子と男女ペアで、みたいな人が多いそうだ。普段はチームになれない、好きな先輩や後輩とも一緒に活動出来るので、そういうふうになっていったのかもしれない。

 よくある話で、優勝したペアは一生幸せになれるとか、乙女ジンクスもある。魔法が使えようと使えまいと、そういうところは普通の高校生だ。


 ――――そして、そんなイベントの話を、山鳥君が私に持ち掛けた理由とは。


「それ知ってるなら、これについてもきっと分かってるよね?」

「これって……」

「うん。そのイベントでペアでつける、サクラバッチ」


 山鳥君が胸ポケットから取り出したものは、大きさも見た目も本物の桜の花のような、小型のバッチだった。

 生徒会にイベント参加申請をした場合、このバッチが二つもらえて、ペア同士でつけるのが習わしだ。

 これは魔法で小細工がしてあって、胸につけると花びらの部分に、互いの名前が浮き出る仕組みになっている。ペアの証のようなものなのだ。


 ちなみにこれ、女子の間では『ペアリング』とか言われてる。これを差し出してペアを申し込むことは、ほぼ告白みたいなもので…………え。


「えっと、じゃあ改めまして――――野花さん」

「は、はい」

「―――――良かったら俺と、ペアでサクラサバイバルに参加して、一緒に優勝を目指してください」


 お願いします、と畏まって、差し出されたピンクのバッチ。

 はにかむ山鳥君の頬は、少しだけ赤みを帯びているように見えて。


 ――――――私の混乱は、いよいよ頂点に達した。


「え、えっ、あの……え!? な、なんで私っ? 山鳥君ならペア候補なんていっぱい……」

「…………こういうこと言うの、慣れてなくて恥ずかしいんだけどさ。実は俺、木葉さんを助けるのを見たときから、ずっと野花さんのことが気になってたんだよな」

「ふぇ!?」

「話してみたら、凄く親しみやすいし。不良に立ち向かった勇気とか、魔法模擬試合で一生懸命がんばってる姿とかも見てたら、いいなーって。だから、その……そういうことかな」


 どういうことかな!? と聞くほど、私も鈍感ではない。……つまりこれはその、あれだ。だから、そういうことなのだろう。

 明確な言葉にしてしまったら、今度は私が赤面して倒れそうなので、ここはボカしておくことにする。


 というか、私は山鳥君に犯人疑惑を持っていて、今回の呼び出しはそっち関連のことかと用心してきたのに。一体なんでこんな空気になっているのか……。


「返事とか、そういうのは後でいいから。一緒に出る出ないは置いといて、とりあえずバッチだけ受け取ってくれないかな?」

「えっと……わ!」


 行動に悩んで狼狽していたら、山鳥君は空いている私の手を取って、サクラバッチをコロンと転がした。

 目が真剣そのもので、触れた部分が熱くて仕方ない。どうしよう、今絶対手汗ヤバイのに。


 なんとなく、笑い上戸会長が王子様だとしたら、山鳥君は騎士とかそんなイメージだ。運動出来て、人望熱くて、爽やかで。手を取る動作も気遣いが見えスムーズで、女の子からも人気が高いことに頷ける。


 ――――だけど何故か私は、そんな彼に心拍を跳ねさせられながらも、頭には赤髪の奴の顔が浮かんでいた。

 王子様に騎士ときて…………樹虎ならなんだろう、と。


 そんなふうに現実逃避をしているうちに彼は離れていき、私の手の中には、夕陽に染まるバッチだけが残された。


「当日ギリギリまで受け付けはやってるし、返事は後夜祭のときでいいよ。むしろ、ゆっくり考えてくれたら嬉しいな。じゃあ、時間取らせてごめん。また明日、教室でな」


 そう言って優しく微笑んだ後、彼は手を振って来た道を走って消えて行った。最後まで、レモンの香りとかしそうな清涼感を漂わせながら。


 そして、ゴミ置き場付近でポツンと残された私といえば……脳は高速回転しながらも、ほぼショート寸前だった。


 ――――だって、山鳥君は私を突き落とした犯人かもしれなくて。実際に、その疑い事態はまだ晴れてなくて。今回は犯人との直接対決か!? とも考えてたけど、それは違って。いや案外、このイベントに誘うことが罠かも……ああでも、あんな真っ直ぐで真剣な顔をしていたのに? あれが演技だったら、私は人間を信じられなくなるぞ……。


 涼しくて適温だったはずの体はどこもかしこも熱いし。秋なのに手の中で咲いている桜の花は、やけにキラキラと眩しいしで。

 山鳥君の一挙一動を思い出し、ついに限界を迎えた私は、茜色に変わり始めた空に向かって、素直な気持ちを叫んだ。


「何がどうしてこうなったぁぁぁぁ!」

「――――うるっせぇ!」


 まさかの聞きなれた声が耳に届いて、私は慌てて声のした方に視線を向けた。すると、山鳥君を待っていた時に見ていた木の上から、誰かがザッと下りてくる。葉っぱと一緒に揺れる赤髪は、誰かなんて言うまでもない。


「き、樹虎!?」

「お前は本当……とことん俺の睡眠を邪魔しやがるな」


 私の予想は的中していたらしく、樹虎は本当にあの木の上で昼寝をしていたらしい。

 突然現れて、こちらに怠そうに歩いてきた彼に、私は今度は冷や汗がダラダラだ。


 だって、彼がどこから私と山鳥君の様子を見ていたかわからない。

 もしあのやり取りを全部見られていたら……今度こそ頭は羞恥で沸騰する。


「……き、樹虎はさ、いつから起きて見てたの?」

「お前がそこの壁に凭れて、気色悪く一人でニヤついていた頃くらいからだ」

「めっちゃ最初からじゃん! そ、それならその時点で声掛けてくれても良くない!?」

「んな面倒くせぇこと誰がするか。……それより」


 マジか恥ずかしいなんなの、と悶える私を無視して、樹虎は金の目をスッと細め、ある一点をジッと見つめた。

 彼の視線。その先は――――私の握った手の隙間から覗く、サクラバッチに向けられている。


「…………お前、本当にあいつと参加するつもりなのかよ」

「え? い、いやまだ決めてないけど……」


 イベントなんかに興味なさそうな樹虎にしては、何とも意外な質問に、少しだけ驚いてしまった。

 私も山鳥君への返事をどうすべきか、まだ決めかねているので、ここは素直にその旨を伝えておく。


「彼も後夜祭の時まで保留でも良いって言ってたし、そのお言葉に甘えてゆっくり考えてから、お返事してもいいかな……って」

「…………あっそ」


 ? 樹虎、何か少しいつもより不機嫌?


 常に仏頂面な顔には、三割増しで眉間に皺が寄っている気がする。聞いてきた癖に、味気ない返答だし。

 どうしたのかと聞こうとしたら、樹虎は体を反転させ「アホらしい」と低い声で呟いて、私を置いてさっさと去ろうとした。

 読めない彼の行動に、私は反射的に後を追って引き留めようとする。


「ちょ、待ってよ、何かいつもより顔怖いしどうしたのっ? てか、今からどこ行く……」

「寮に帰るんだよ。誰かのせいで目が覚めたしな」

「そ、それなら一緒に帰ろうよ。私も、もう用事は済んで帰るだけだし」

「うるせぇ、ついてくんな」

「なんで、いいじゃん。特訓中もたまに心実も入れて一緒に帰ってたんだし、せっかくなんだから……」

「――ッ、ついてくんなって言ってんだろ!」


 周囲の木々を揺らすほどの鋭い怒鳴り声に、私はピタリと足を止めた。


 彼に怒られることなんて頻繁にあるが、最近は冗談で片付く程度のものだったのに、今のは本気の声音だった。痛いほどの静寂が、一瞬だけ場を支配する。


 何か、私はそこまで彼の癇に障ることをしてしまったのだろうか。


 つい不安な目で樹虎を見上げていると、彼は一瞬だけ歩みを止めて振り返り、どこかバツの悪そうな表情を浮かべた。


「怒鳴って悪りぃ。…………じゃあな」


 ―――――それだけ告げると、今度こそ足を止めず、彼は夕陽の赤に向かって消えていった。


 私も、もうさすがに追い掛ける気にはならず、何度目かは分からない、彼の背中が遠ざかるのを見送った。

 再び孤独になった私の足許に、一枚の葉が風に吹かれて落ちてくる。遠くで鳴く烏の声を聞きながら、私は小さく言葉を漏らした。


「……本当に、何なの一体」


 その呟きは、展開に着いていけず途方に暮れた、酷く困り果てた情けない響きを伴って、地面へと吸い込まれていったのだった。

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