25 文化祭と犯人探しと
ここから三章スタートとなります。怒涛の展開が続くかと思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。
輝かしい夏休みが終わり、肌を撫でる風が優しく感じる今日この頃。季節は秋へと移り、新学期が始まってすでに一週間が経とうとしていた。
「やっぱり、二組は予想通り『魔女っ娘喫茶』でいくみたいよ。美少女が多いからね、あのクラス」
「五組は王道で『魔法お化け屋敷』らしいぜ。オカルトとマジカルの融合だな」
「やっぱりうちも喫茶系で攻めるか? 演劇もありかとは思うんだが……」
普段よりも二割増しで騒がしいクラスメイトの声を聞きながら、私は窓際の席で頬杖をついて、ぼんやりと考え事に耽っていた。
最近クラス内が、いや学校中がどこか浮足立っている。
それは何といっても、高校生活最大の行事と言っても過言ではない、『文化祭』を控えているからだ。
今は九月の頭。うちの学校の文化祭、通称『桜花祭』は、十月後半に行われる。約一ヶ月は丸々準備期間となり、授業数も文化祭準備のためにちょっと減るという、生徒には嬉しい素敵行事なのだ。
おまけに、文化祭では魔法の使用も規定に沿えばOK。毎年、全学年の全クラスで模擬店や出し物を企画し、魔法込みでその完成度を競うイベントもある。これは年々、上位クラスに贈られる賞品がとんでもなく豪華らしく、どのクラスも意気込みが凄まじい。
うちのクラスも例外ではなく、朝のホームルームの時間を使って現在、企画決めを行っている。
本当は私もこういった行事はわりと好きなので、内心ではかなりわくわくしていたりはする。
……私にとっては高校生活最後になる文化祭だ。青春はしたい、切実に。
――――――だけど私は青い春を謳歌する前に、考えなくてはいけない事柄があるのだ。
そっと、私は机の中に入れてある、『魔法使用許可者一覧表』に軽く触れる。
夏休み前に少し調べた段階では、私が突き落とされたあの日あの時間…………魔法の使用許可が下りていたのは、全部で六人だった。
遅い時間帯だったので、ここまで一気に絞れたのは有難い。しかも、うち二人はすでにシロだと判明している。
その二人は図書委員で、月一の本棚整理の当番だったらしいのだ。これは同じく図書委員である心実に確認も取ったし、図書室の司書さんにも話を聞きにいった。司書さんの証言によると、図書室を閉め切って中でずっと作業をしていたそうで、こっそり外に出たようなこともない。
つまり、私を突き落とした犯人候補は、その二人を除いた四人。
私はそっと、黒板前でみんなの意見をまとめている、クラス委員の彼――――山鳥君に視線をやった。
「うーん、じゃあ、第一候補は演劇で、第二候補は和風喫茶・甘味処だな。とりあえず演劇の方を優先して、ステージのある場所の申請をしとくよ」
え、私は和風喫茶の方がいいな……じゃなくて。
決定したことを黒板に書いている彼の背中を見つめ、私は複雑な心境を抱いた。
考えたくないことだが実は――――――四人の犯人候補の中に、山鳥君もいるのだ。
表によれば、彼は『部活の自主練』ということで魔法の使用許可を取っていた。あの日は、魔法スポーツ研究部は顧問の都合で休部だったらしいが、期待のルーキーで真面目な山鳥君は、一人で訓練棟に遅くまで残って練習していたのだと思う。
まだ彼に関する調査は途中なので、後半は私の憶測だけど。
…………本音を言えば、私は彼に疑いなんて持ちたくはない。
心実を助けた一件以来、私が徐々にクラスに受け入れられるようになったのは、山鳥君のおかげであるところが大きい。彼が私に話しかけてくれるようになったから、他のクラスメイトとも会話する機会も増えた。それだけでなく、彼にはクラス内での困り事で何度も助けてもらったりもした。私は彼にとても感謝しているのだ。
彼が私を突き落とした犯人だなんて……そんなこと、あって欲しいはずがない。
でも現状はその可能性もあるのだから、私は心に蔓延る黒い靄をはらえず頭を抱えていた。
「おし! じゃあ今日はひとまずここまでなー」
私がうーんと考え事に集中している間に、文化祭会議は終了してしまったらしい。みんなは次の移動教室に備えて動き出している。私もとりあえず行かなきゃ、と思って立ち上がったとき。今まさに脳内を占めていた山鳥君が、私の席まできて声をかけてきた。
「あ、野花さん。ちょっといいかな?」
「ど、どうしたの?」
「実はその、野花さんと二人きりで話したいことがあるんだ。なるべくなら、人目につかないところで。それで急で悪いんだけど、放課後、訓練棟付近のゴミ置き場まで来てくれないかな」
「え…………」
まさかの申し出に、私は口から心臓が飛び出そうになった。なんとか平然を装って、頭の中ではいろいろ考えを巡らすが、ちょっとだけ不安そうな山鳥君の顔に「う、うん」と頷いてしまう。
すると彼は、その翠の瞳を細めてニカッと笑顔を見せた。
な、なんか眩しい。
「ありがとな。部長に遅れること報告したらすぐ行くし、先に行って待ってて。じゃあ、また放課後な」
それだけ告げると、待っていた友人たちと一緒に、山鳥君は教科書を片手に教室を出て行った。
残された私も、森戸さんたちに声をかけられ、少し遅れて移動を開始する。
…………廊下で靴音を鳴らしながらも、私の意識はすでに放課後へと向いていた。
一体これは、何フラグなんでしょうか。
♣♣♣
さて、ほぼ一日を何処かぼんやりしたまま過ごし、やってきました放課後。
私は一人、訓練棟方面に向って歩みを進めていた。
下駄箱で靴を履き変えながらも、妙な緊張は収まるどころか増すばかりだ。
山鳥君の思惑が読めない以上、これから何が起こるのか、私は一応警戒心を抱いてはいる。念のため心実には昼時に、放課後に誰と何処で会うかは伝えてあるし、万が一……本当に万が一、山鳥君が犯人だとして危険な目にあったとしても、彼女なら逸早く異変に気付いてくれると思う。
「何もなければ一番なんだけどね……」
玄関を出て、秋特有の涼風に吹かれながら、私は思わずそう呟いていた。
手にしたバッグの中には、しっかりと魔法使用許可者一覧表がファイルに入れてある。これは苦労して手に入れた大事な手がかりだ。
ちなみに、この表に載っていない犯人候補として、『教師』という線もあるにはあった。教師なら常時、魔法は使えるはずだし、可能性としてはあり得たから。
だけど、草下先生に聞いたところ、あの日はあの時間帯に緊急の職員会議が開かれ、先生はみんな職員室に集められていたそうだ。行っていないのは、図書館の司書さんや、寮監である梅太郎さんくらい。草下先生も私を追い出した後、連絡が回ってきてそちらに行っていたらしい。何でも気まぐれ理事長が急に来たとかで……愚痴ってたな、先生。
て、ことでやっぱり候補は四人。
出来れば山鳥君の用事が、「なーんだそんなことか」ってやつだといいな……。
何も思い当たらないけど、何でもないことを祈る。
「ふぅ」
私は着いてしまった待ち合わせ場所で、息を吐いて校舎の壁に凭れた。
宣言通り、山鳥君はまだ来ていない。
そういえば、心実を救出したとき、樹虎が現れたのもちょうどこの辺だった気がする。
私は懐かしい心持ちで、正面にある、秋色に色づき始めた木々たちを眺めた。
あの木あたりから突然登場して、不良共を蹴散らした上に私に暴言吐いてきたんだっけ、やつは。まぁ、私もその後やり返したけど。
何だかかなり昔のことに感じるな、と私はちょっとだけ口許を緩めた。
あれは朝だったけど、今も居たりしてね。色づき出した葉と赤髪を同化させて、風も気持ちいいし昼寝してたりとか。
そんなふうに別のことを考えながら、心をなんとか落ち着かせようとしていたら、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
「ごめんな、呼び出した癖に待たせちゃって」
「ううん、大丈夫」
なんだかデートの定番会話みたいだな、と思いつつ、私は栗色の髪を揺らして走ってきた彼――――山鳥君と向き合った。
……どうか彼が犯人ではなく、用事も大したことないものでありますように、と願いながら。