夏休み番外編2 親友様の秘め事
このお話は、チラッと本編でも名前が出てきた、かえちゃんこと三葉の親友・竹倉楓視点の話です。時系列的には、心実の話の少しあと、夏休みの真ん中あたりになります。
本編とは少し雰囲気が違うかもしれませんが、よろしければどうぞ!
八月も中頃の本日。照りつける夏の日差しから逃れ、私は木陰のベンチに座って人を待っていた。
街一番の規模を誇る、デパート付近の通りに置かれたベンチのため、私の前を通り過ぎる人は多い。その中に、まだ現れない親友の姿を探しながら、私はぼんやりと浮かんだ文章をスマホで打つ。
私の名前は竹倉楓。至って普通の女子高校生だ。
頭は良い方だという自負はあるが、それ以外はこれといった特徴はない。容姿も地味めで、キツク見られがちな釣り目を誤魔化すため、丸い黒縁メガネを愛用している。髪型等にこだわりはないので、長い黒髪を無造作に一つに束ねているのが、いつもの私のスタイルだ。
あえていうなら、学生ながらにやっている『仕事』が、少し特殊かなというくらい。後は平々凡々な、どこにでもいる量産型の女の子である。
もちろん、一部の才能を持つ人のみに与えられる、『魔法』なんてものは使えない。道行く人の中には稀に「コスプレですか?」というような、真っ青な髪や緑髪の人が目につくが、あの人たちはたぶん、『魔法適性』とやらのせいであんな髪色になったのだと思う。いや、本当にコスプレ用の可能性もあるけど。
魔法は憧れる人も多いが、はっきり言って私は一ミクロンも興味がない。
むしろそんなファンタジー能力、クソ喰らえだとさえ思っている。
今から来る私の小学校からの親友――――三葉は、その魔法能力に目覚めてしまったせいで、ここから遠く、山奥の魔法専門の学校に強制的に放り込まれてしまった。
本来なら同じ高校に通う予定が、あの子だけ急遽変更になり、そのため碌な心の準備も出来ないまま、私たちは離れ離れになったのだ。卒業式に来なかった親友を心配して、三葉の家に行けば、出てきたあの子はピンク髪と琥珀色の目に変色していた。私の顔を見た瞬間に、三葉が半泣きで抱き着いてきたときのことは、今だに鮮明に覚えている。
その日以来なので、会うのは実に約四か月ぶりだ。
ラインが届いたので確認すれば、三葉から「もうすぐ着く!」とスタンプと共にメッセージが来ていた。私が早く着きすぎただけなので、「ゆっくりでいいよ」と返す。
魔法が使えるなら、テレポートくらい出来ないのかなとも思うが、学校で夏季休業等の間も、『魔封じ』とやらがされているらしい。許可がなきゃ魔法の使用が不可能なんだって。
中学時代の友人である紅葉や杏が、三葉が帰ってくると聞いたとき、「三葉が魔法を使うとこがみたい!」とか言っていたが、それを見るのは叶わないということだ。
私からすれば、三葉が不思議能力を使うとこなんて見ても、「ふーん」としか言えそうにないので、それで構わないけどね。
「か、かえちゃん! 暑い中待たせちゃってごめん!」
いつの間にか現れた三葉は、走ってきたのか、息を軽く乱していた。急がなくていいって言ったのに。
久々に会う親友は、顔や雰囲気自体は特に変化はない。変わらず、私があげたクローバーの飾りピンを髪にとめていて、私はそれに少しだけ笑ってしまった。
「そんな待ってないから大丈夫。てか、あんた汗かいてんじゃん。さっさとデパートの中で涼もうよ」
「あ、うん! そうだね!」
私が立ち上がって歩き出せば、置いていかれないように慌てて追いかけてくる様子も、なんら変化はない。
そんな些細なことが妙に嬉しく、私は上機嫌で足を進めた。
***
今日の予定は、午前中にショッピング。その後は、遅めの昼を軽く食べながら駄弁って。そして夕方から、三葉の家で浴衣に着替え、地元の小さな花火大会を見に行くという、わりとハードスケジュールを組んでいる。
今はデパート内でのショッピングを終え、近くのお洒落なカフェの店内で、涼しいクーラーの風に吹かれながら、カフェオレをすすっているところだ。向かいの三葉は、美味しそうに和風パフェを食べている。たぶん、目的は好物の白玉だ。
買い物自体は、服屋めぐりをした上で、私が気に入ったのを一着買って、後は本屋でのんびりしていた。三葉は誰かに手紙でも送るのか、クローバー柄のレターセットを買っただけで、後は特に目立つ買い物はしていない。
「かえちゃん、可愛い服が見つかって良かったね。もしかしてデートに来ていくとか?」
私が珍しく少女趣味なワンピースなんて買ったことで、三葉はいらぬ勘繰りをしたらしい。いきなりそんな質問をぶつけてきた。
「私がそういった類の話に興味ないこと、あんたが一番わかってるでしょ。そういうあんたこそ、高校で彼氏とか出来てないの?」
「わ、私の方もないよ! 忙しくてそれどころじゃない感じで……」
尻すぼみになって行く声に、私はちょっとだけホッとした。
先ほどから、学校でのことを三葉はあまり語らないから、内緒で彼氏でも出来たのかと思ってしまった。いや、出来てもいいっちゃいいのだが、あれだ。三葉に彼氏なんて出来たら、私が寂しいだろう。
大体、この子はまったくモテないわけではない癖に、そういうことにはとことん疎い。それを思えば要らぬ心配だったかな。
まぁ、三葉の彼氏になるなら、親友である私のお眼鏡に適う男じゃないと認めないけどね。
「じゃあもうこの話は終わり。やっぱり、こういうのは性に合わないわ。と、いうことで話は変わるけど。あんたさっき、本屋でやけにポスターを熱心に見てたけど、何のやつだったの?」
「あー……あれはね、白百合女学園下剋上物語? って本の作者が、隣町の本屋でサイン会をするっていう告知のポスターで……」
「…………あんた、そういうの読む人だっけ?」
「ち、違うからね! 私じゃなくて、高校で友達になった子がその本の大ファンなんだよ! ……だから、知っているかもしれないけど、教えてあげようかなーって」
その言葉に、私は「ふむ」と頷いてバッグの中を漁った。確かまだあったはず……と探し、みつけた一枚の紙ペラを三葉に差し出す。
「? これは?」
「その作者のサイン会の優先整理券。そのお友達に渡してあげなよ」
「え!? なんでそんなのかえちゃんが持ってるの!?」
「……ちょっとした伝手かな」
驚きながらもそれで納得したらしい三葉は、「ありがとう、その子もきっとめちゃくちゃ喜ぶよ」と言って、素直にそれを受け取った。
特に言及されなかったことに、私は密かに胸を撫で下ろす。
―――――――実はその本、『白百合女学園下剋上物語~金の乙女と桃色の乙女~』の作者は、何を隠そう私なのである。
中学時代に趣味で書いたそれを出版社に応募したら、賞を貰って最年少でデビューしてしまったのだ。それから、一部の人にそこそこの人気を得つつ、顔をふざけたお面で隠して、正体不明の作家として活躍していたりする。さっき買ったワンピースも、サイン会に着ていく用だ。
…………ちなみに、このことは家族しか知らず、親友の三葉にも秘密にしている。
単純に恥ずかしいからというのもあるが、一番の大きな理由は、読者に大人気のキャラクター・『クローバーヌお姉さま』は、実は内緒で三葉をモデルにして書いたために、余計言い出し辛くなってしまったからだ。本の中で、クローバーヌ=三葉をかなりベタ褒めしているので、万が一それがバレたら、憤死ものの羞恥を味わうことになる。
そういうわけで、そのうち言うつもりはあるが、今はまだちょっと秘密にさせて頂きたい。
目の前で大事そうに券を仕舞う三葉に、心の中で謝りつつ、私は再び話題転換をする。
「それと思い出したんだけどさ。紅葉と杏が、一緒に温泉旅行でも行かないかって提案してたわ」
「おお! いいね、いつ?」
「まだ先なんだけどね。春休みに入った三月頃はどうかって。確かあんたの学校って、冬休みが短くて春休みが長いんでしょ? ちょうどあんたの誕生日も三月の終わり頃だし、旅行先でついでに祝ってあげる。どう?」
「え……」
てっきり喜ぶか、「ついでとかひどっ」と突っ込んでくるかと思ったが、何故か三葉は大きく瞳を揺らして動揺を見せた。
そして、自分の手の甲に視線を落とし、思案気に眉を寄せる。
私は、彼女のその顔や行動の意味が分からず、何か不都合でもあるのかと首を傾げた。
「どうしたの、何か他にもう予定でもあるとか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないよ! どこの温泉行くのかなーとか、考えてただけ! 祝ってもらうのも楽しみにしてる」
顔を上げた三葉の表情は、いつもと同じ元気なもので。笑って、溶けかけの抹茶アイスを口に入れる様子からは、特に先ほどのような影のある瞳は窺えなかった。
私はほんの少しの違和感を残しつつ、その場はカフェオレを飲み干すだけに留めておいた。
***
「そろそろ始まるよ、かえちゃん! でも、よくこんな場所提供してもらえたよね。めっちゃ穴場じゃん」
「でしょ。このビルの管理人さんとお母さんが知り合いだから、内緒で貸してもらったの。うちらしかいないし気楽なもんよ」
暗闇の中で、白い浴衣の中で泳ぐ金魚が、はしゃぐ三葉と同時に揺れている。私も濃紺の朝顔柄の浴衣を着て、そんな三葉を見つめながらパタパタと団扇を煽いだ。
ここは、街中から少し外れたところにある、小さなビルの屋上だ。今は空きビルになっていて、母に「三葉と花火大会に行く」と言ったら、良い場所があると紹介してくれた。人混みは嫌いなので、本当に有難い。
ここからわりと近い、三葉の実家で着付けをした際は、まだ小学生である三葉の弟・つくし君と、妹・たんぽぽちゃんに絡まれて、なかなかに大変だった。無事に花火開始時刻に間に合って良かったと思いながら、団扇を片手にフェンスに肘をついて、まだ暗い夜空を見上げる。
暫く他愛のない話を横の三葉としていると、遠くの方でドンッと音がして、黒い空に光の花が咲いた。
「わ! 凄い! はっきり見える! 夏らしくていいよね。やっぱりここは『たまや~』って言っとく? ね、かえちゃん」
「私は言わないから、あんた一人で言ってなさい。あ、ほら、また次があがるよ」
次々と打ち上げられていく花火は、多少の距離はあれど見事なもので。
よくクールだとか無感動だとか言われる私も、これには素直に感動した。そのため普段なら言わないような、「来年もまた、あんたと一緒に見れたらいいわね」なんて、こっ恥ずかしいセリフをつい三葉へと吐いてしまった。
反応が気になって、私は花火から目を離し、慌てて横の三葉の様子を窺う。
そして――――私は息を呑んだ。
「うん……そうだね。来年も、かえちゃんと一緒に見れたらいいなって、私も思うよ」
そう言って、色取り取りの花火の光に照らしだされた、三葉の横顔。それが、微笑んでいるのにどこか切なく、そして儚げで。
まるで、花火と一緒に夜空に消えていきそうな親友の姿に、私は無意識にその浴衣の袖を掴んでいた。
「か、かえちゃん……? どうしたの?」
私の突然の奇行に、三葉が驚いているのが伝わる。
そんな彼女の袖を握ったまま、私は一つの確信をした。
―――この子は、私に何か、重大な隠し事をしている。
それが何かまではわからない。昼の時にも三葉は今のような、どこか寂しげで、何かを憂うような顔をしていた。少し会わないうちにこの子は、親友の私にも言えないような、何か大きな秘密を抱えてしまったようだ。
……私にも言えない、というところに、一抹の悲しさはあるけど。
意外と頑固で意地っ張りなところがあるこの子は、きっと聞いたって教えてはくれないだろう。それに、お互いに言えない秘密を持っている点では、案外お互い様なのかもしれない。
だから今は。
「…………いや。あんたの浴衣の袖が、白いしひらひら揺れて目につくから、つい掴んじゃっただけ。やっぱり白地に金魚柄とか、ちょっと子供っぽいと思うわよ」
「なっ! クローバー柄の浴衣探したけど、なかったんだから仕方ないじゃん!」
「あんたのその、何でもクローバーで揃えようとするところも、正直センスを疑うわ」
袖を離して軽口を叩けば、三葉もそれに乗ってきてくれ、錆びた屋上のフェンスに、私たちの楽しげな声が反響した。
今は――――あんたが秘密にしていることを、私は触れないでいてあげる。
でもいつか、私は私の秘密をあんたには教えてあげるから。
あんたも…………重い秘密だろうと私に打ち明けて、私を頼ってきて。私、倉竹楓はいつだって、野花三葉の一番の味方なんだから。それだけは、ちゃんと覚えておきなさい。
「あ、見てあれ、かえちゃん! なんかハートの形に見えるよ!」
「おー。最近の花火は凝ってるわね」
「なんか年寄りみたいなコメントだよ、かえちゃん……」
―――夏のまっただ中。親友と一緒に見た花火は、綺麗だけど儚くて、私の心にしっかりと焼き付いたのだった。
学校に居るときとは、少し違う三葉が書けて良かったです。あ、あとどうでもいい裏設定もやっと晒せました(笑)
心実の番外編と合わせて読んでくださると嬉しいです。
それでは、これにて番外編は終了となります。お付き合い頂きありがとうございました。
次からは本編に戻り、三章開始となるので、またよろしくお願いします。