夏休み番外編1 心実の悩み事
木葉心実視点の番外編です。
口調が読みにくいかもしれませんが、お暇な時にでも目を通してくださると嬉しいです!
「そんな……! まさかクローバーヌお姉さまの過去に、そんな秘密があっただなんて……!」
私は思わず、本を持つ手が震えてしまったです。
時刻はもう夜の10時。ベッドの上で『白百合女学園下剋上物語~金の乙女と桃色の乙女~』の最新刊を手に、私は睡眠前の読書をしておりました。
やっと手に入れた新刊は相変わらず面白く、ページを捲るごとに、私は本の世界に引き込まれていったです。
ですが壁の時計を確認し、私は一気読みしたい気持ちを押さえて、栞を挟んで本を閉じました。
本来ならば、後一時間は読書を楽しんでから眠りにつくのですが、明日は朝からやるべきことがあるのです。とても大事なお仕事なので、睡眠はしっかり取らねばなりません。
私はつい、本をまた開きそうになるのを耐え、電気を消してベッドに潜り込みました。
明日は――――三葉お姉さまが提案された、ランキング入り記念パーティーが、寮監室をお借りして開催されます。
私はお姉さまに喜んでもらうため、昼から始まるパーティーまでに、朝から準備して美味しいお料理をいっぱい作ると約束したのです。
目覚まし時計をセットしたか確認して、私はゆっくりと瞼を下ろしていきました。
明日は……お姉さまのために、頑張らなくてはいけません。
●●●
私・木葉心実は、本当でしたら、まだ中学生に当たる年齢です。しかし、魔法の力を評価され、この私立桜ノ宮魔法高等学校に通っております。
この学校に入学してから最初の3ヶ月ほど。
私は……とても孤独でした。
唯一の親友を失ったショックに続き、周りは全員歳上という慣れない環境。魔法の天才少女と謳われ、誰も近寄ってさえもくれない日々。
いっぱい敬語の練習もして、歳上の方を相手に失礼のない喋り方を身に付けても、そもそも親しく話せる人は出来ませんでした。
一人ぼっちで、読書だけに耽る学校生活……そんな寂しい毎日に疲れ、何もかもを投げ出したいと思っていた折に――――――私はついに、運命のお姉さまと巡り合ったのです。
「えっと、塩を少々ですね……」
私は今から少し前、三葉お姉さまと出会った当初のことを思い出しながら、ひき肉の入ったボウルに塩をふりました。
寮部屋の台所を使ったクッキングは、私の趣味でもありますので、手付きは慣れたものです。特待生の特典で一人部屋なので、誰に気遣う必要もないのです。
只今は手作りハンバーグに挑戦中であり、これは失敗出来ません。何故なら、お姉さまからのリクエストだからです!
私の運命のお姉さま――――――野花三葉お姉さまは、とても素敵な方です。
私が俗に言う、不良と称される方々に絡まれていたとき、危険を省みず、颯爽と助けに入って下さったのがお姉さまでした。
誰も私なんかを助けてくれる人なんていないと……、悲観に沈みかけていた私のちっぽけな手を、お姉さまはしっかりと掴んでくれたのです。そして、私の大切な本を体を張って守ってくれ、ボロボロになりながらも私を逃がしてくれました。
怖くないはずがないのに、不良さん相手に一歩も引かず渡り合った、その凛々しいお姿はもちろん。繋がりの薄い私なんかを、大切な物ごと、全力で守ろうとしてくれたその度量と優しさ。
ずっと憧れていた、本の中の住人であるクローバーヌお姉さまに勝るとも劣らない、素敵な方に巡り合えたと……私はとても感動しました。
その後は、なんとも光栄なことに、私はお姉さまとお友達になることが出来たのです。一緒に居てよく知る内に、私はお姉さまのことがもっともっと大好きになっていきました。今では、三葉お姉さまは私の理想のお姉さまであると同時に、誰よりも大切な…………私の一番のお友達でもあるのです。
ハンバーグを捏ねながら、私はお姉さまとお友達になってからの薔薇色の日々を思い浮かべ、自然と笑顔になってきました。
楽しい気分のまま、ハンバーグを丸めて形にしていきます。全部できたら焼く前に、次はお姉さまが以前、お好きだと言っていたポトフの方にも取り掛からなくてはいけません。
……と、そこまでは、私は心躍らせながら料理をしていたのですが。
手を洗っている際に、自分の手の甲が目についたことで、あることが脳を掠め、私は少しだけ動きが止まってしまいました。
現在――――――私は大切なお姉さまに関することで、二つの悩み事を抱えております。
一つは……お姉さまが時々浮かべる、寂しげな表情のことです。
お姉さまはふとした瞬間、ご自分の手の甲を眺めて、ぼんやりしている時があるです。恐らくお姉さま自身も気づいていない行動のようで、数秒ほどのことなのですが……。その時のお姉さまは、僅かに瞳を曇らせ、酷く切なげな色を顔に浮かべるのです。
それほど頻繁なことではないとはいえ、私はそんなお姉様の様子を見る度…………酷く胸が締め付けられてしまいます。
お姉さまは何か、私には言えないような、心に重いものを抱えられているご様子なのです。それが何なのか、私には分かりませんし、無理に聞き出すつもりもありません。
本音を言えば、お姉さまの憂い事を教えていただき、少しでもお力になりたいとは思います。ですが、何も知らない私には、少しでもお心を軽くすることくらいしか出来ないのです……。
――――――少しでも、お姉さまが抱えている憂鬱を忘れ、笑ってくれるように。
私が出来ることは何でもしようと、そう考えているのです。
「あっ、と」
思わず水を出しっぱなしにして、思考に耽ってしまったです。
出続ける水音に現実に戻った私は、慌てて蛇口を閉めました。あまり手を止めていては、パーティー開始時刻までにお料理が完成しなくなってしまいます。
気分を変えて、すぐに作業に戻ろうとタオルで手を拭いている時。珍しく私の部屋のチャイムが、来客を告げました。
「はい……って、お姉さま!?」
「やっほー、突然来てごめんね、心実」
急いでドアを開けてびっくりです。
そこにはビニール袋を手にした、私服姿のお姉さまがおりました。どちらかといえばボーイッシュな私服を好まれる、そんなお姉さまも素敵です!
でも、急にどうしたのでしょう?
「集合場所は寮監室ですよね……? 料理は出来たら順番に運ぶ予定でしたし……何かあったですか?」
「いや、それがね……」
「おい、いいからさっさと部屋の中に入れろ」
ぶすっとした声が聞こえ、そこで私はようやく、お姉さまの後ろに二木さんもいらっしゃることに気付きましたです。お姉さましか目に入らず、気付くのが遅れてしまいました。
黒のブイネックに細身のジーンズ、シルバーのベルトと、シンプル故に難しい服装を見事に着こなし、特徴的な金の目と赤い髪をお持ちの彼は、お姉さまのペアである、二木樹虎さんです。彼はいつものように不機嫌そうにしながらも、どこか疲れたご様子なので、私はどうしたのかと首を傾げました。
そこで、ちょうど私の部屋の前を通りかかった方が、二木さんを見てビビって去って行くのを、私はお二人の隙間から目撃したのです。
今日は夏休みの初日。帰省ラッシュはもう少し先なので、まだ寮に残っている方も多くいらっしゃいます。どうやら皆さんは、私服なことで威圧感が増した気もする二木さんの姿に、過剰なほど反応してしまっているようです。ここに来るまでに、散々ビビられたのでしょう、二木さんはうんざりした顔をされていました。……これは、とにかく早く部屋に入れて差し上げた方が良いようです。
「ちょっと樹虎、急に訪ねてその言い方は心実に悪いでしょ」
「うるせぇ。だいたい、お前が無理やり俺を付き合わせたせいだろうが。パーティーなんて出ねぇって人の言葉、ことごとく無視しやがって……!」
「ランキング入り記念のパーティーなのに、私のペアの樹虎が不参加でいいはずないじゃん! そう言って、なんだかんだで買い出しも付き合ってくれた癖に」
「おい、あんま調子に……」
「あ、あの、まずはお部屋の中にどうぞです!」
口論を始めるお二人を、焦りながら私はお部屋へと招きました。
お姉さまは申し訳なさそうにしていましたが、気にされることはないのです。
「急にごめんね、心実。実は私と樹虎は、心実の料理の手伝いをしに来たんだよ」
「え……」
リビングで一旦落ち着いたところで、お姉さまが意外なことを切り出しました。
確か、買い出し含めパーティーの準備はお姉さま(と一応二木さん)、ケーキなどのデザート類は梅太郎さん、料理は私と、担当が決まっていたはずなのですが。
「心実が言い出してくれたこととはいえ、たくさんの料理を一人でなんてやっぱり悪いし。やることなくなっちゃたから、こっちを手伝おうと思って。エプロンも持ってきたんだ。戦力にはならないかもだけど……」
「い、いえ! 嬉しいです! お姉さまとお料理が出来るなんて……!」
「樹虎も皮むきくらいはするからさ」
「勝手なこと言ってんじゃねぇ!」
そして、またしてもお二人の掛け合いが始まりました。
すっかりペアで仲良くなられたようで、微笑ましいです。…………微笑ましい、のですが。
「お姉さま、早くこちらに来て欲しいです! 一緒に野菜を切って頂きたいです!」
「わっ、う、うん。わかったよ、心実」
私はつい、お姉さまの腕をぐいっと引っ張ってしまいました。
私の二つ目の悩み事……それはちょっとだけ、お姉さまと二木さんが仲良くなったことで、私だけのお姉さまが取られた気がして、悔しいような寂しいような気がしていることです。
二木さんはなかなかの博識で、話していると勉強になります。噂に聞くほど怖い方ではないですし、私は決して彼に苦手意識等を持っているわけではないのです。
ですがお姉さまが関わると、私はつい、彼に対抗心を燃やしてしまうのです……。
「じゃあ、お姉さまは人参を……二木さんは、えっと」
「樹虎はじゃがいもの皮むきかな?」
「もういい……お前が俺の話を聞かねぇことはよくわかった……」
台所に移動した後。溜息をつきながらも、意外と慣れた手つきで皮むきを始める二木さんに、お姉さまは満足そうに笑っています。
それを見て、私はやはり少しだけ負けた気がして、彼にやっかみにも似た気持ちを抱いてしまいます。
でも、横で人参を切るお姉さまが酷く楽しそうなご様子なので、私も余計なことは考えず、ポトフ用のお鍋を準備することにしました。
二木さん、お姉さま、私の順で、三人並んでの料理の時間。広い台所とはいえ、体格の良い二木さんもいることで少しだけ狭くは感じますが、これはこれで…………私も楽しいので、良しとします。
――――――ですが、お姉さま。これだけは、どうか忘れないでください。
お姉さまが抱えているもの、その辛さに耐えられなくなった時。それをもし、私に打ち明けてもいいと思ってくださったなら。
心実はいつでも、お姉さまをお助けする準備は出来ているのです。
「さすがお姉さま、人参の切り方も芸術的です!」
「えっ、そ、そうかな?」
「おい、真に受けんな。なんだこの不格好な人参は……」
ただ……今は何も考えず、この楽しさに浸っていたいとは思います。
それでも、私は今日も改めて誓います――――――私はいつでも、お姉さまの味方であることを!
こちらもお読みいただきありがとうございました!
次回も番外編をお送り致します。なお、次は名前だけチラッと出てきた、あの子の番外編です。