23 模擬試合、終了!
砕け散った水晶玉。綺麗な着地を決めたシラタマ人形。呆然と佇む団子三姉妹。
そして、一瞬だけ会場は静まり返り――――――次いで空気を揺らすほどの、拍手と歓声が巻き起こった。
「すげぇ! やるなあのピンク髪の子!」
「あの赤髪、不良で有名な二木樹虎でしょ? あんな魔法を使いこなすなんて凄いわね……」
「女の子の方、前回の試合でボロボロだったとこ俺見たぜ。それなのに、あそこまで物質操作魔法を使いこなすなんて……ナイスファイト!」
「ラストの二人のチームワークも良かったぞ!」
「お姉さま素敵ですー! さすがは私のお姉さまー!」
色々な声が耳に飛び込んできたが、薄ら聞こえた心実の声に、私はだんだんと現状を呑み込み出した。
信じられない気持ちで審判の方を見れば、試合終了を告げる宣言と共に、勝者に私たちの名前が挙げられる。
「私、勝ったの……?」
思わずへたり込んで、まだ夢現といった感じで呟きを漏らせば、いつの間にか側に来た樹虎が、呆れたような目で私を見下ろしていた。
ぐいっと、腕を掴まれ引っ張り上げられる。
「当然だろ。……勝ったんだから堂々としてろ」
ふらつきながら立ち上がり、私は樹虎の言葉でようやく、自分の『勝利』を実感した。
遅れて、じわじわと体中に広がる――――むず痒いほどの歓喜。
「き、樹虎、勝ったよ。私たち、勝った!」
「……ああ」
「やった、やったんだよ! 初勝利! やったー!」
思わず疲れも忘れて飛び跳ねる私に、樹虎はやはり呆れを含んだ眼差しを向けてくる。だけどその顔は、いつもの仏頂面よりは少しだけ優しげで、ますます私は加速する嬉しさを抑えきれなかった。
しかし、そんなふうに会場が私たちの勝利に沸いている中、空気の読めない甲高い声が響く。
「認めないから!」
声の主は……団子三姉妹の長女的存在・水村舞だ。
残り二人も、怒りに表情を歪めて、つかつかとこちらへ詰め寄ってくる。
「落ちこぼれのあんたが、あんな物質操作魔法を使いこなせるわけないでしょ!? どんなイカサマ使ったのよ!?」
「そうよ! どうせ汚い手でも使ったんでしょ!? 私たちはあんたの勝ちなんて認めないから!」
「やり直しよ! 再戦を要求するわ!」
無茶苦茶なことを言って迫る三姉妹に、私は「何言ってんだこいつら」状態だ。
魔法のプロである先生方が、総出で不正がないか見張っているこの魔法模擬試合で、イカサマなど不可能なことくらい、彼女たちだって分かっているだろうに。
よほど、私に負けたのがプライドを刺激したとみえる。
彼女たちの往生際の悪さに、会場もシラケ気味だ。私も思わず、可哀想なものを見る目でも向けてしまっていたのだろうか、「落ちこぼれの癖に……っ!」と急に激昂した水村舞は、ネイルの施された指先で私に掴みかかってきた。
咄嗟に後ろへと体を引いて避けた私に、彼女は諦めずに腕を伸ばしてくる。
その鬼の様な形相に怯みそうになっていると、横の樹虎が低い声で「ウゼェ」と溢し、右手をブンッと振ったのが分かった。
「あ」
思わず出た私の間抜けな声と共に、目の前に居た彼女は、突然吹き荒れた風によって後方へと吹っ飛ばされた。
「きゃっ!」
「ちょ、わっ!」
「えっ! なっ!?」
――――もちろん、後ろに控えていた二人も巻き添えに。
そして、ゴンッと互いに頭を打ち付け合ったらしい彼女たちは、折り重なるように気絶してしまった。
「……樹虎、やり過ぎじゃない?」
「正当防衛だろ。あんくらいの風で倒れる方が悪りぃ」
シレッとしている樹虎に、「ま、いっか。団子三姉妹だし」とか思った私も、たいがい性格が悪い。
それどころか、私はあることを思い出し、これはチャンスなんじゃ……? と考えた。審判の先生が慌てて救護班を呼びに行ったのをいいことに、持ち込み道具の箱から、移動魔法で『ある物』を引き寄せる。
そしてその『ある物』―――――『竹串』を持ったまま、完全に伸びてしまっている三姉妹に近づいた。
この竹串は、シラタマ人形を貰った日に、同じく梅太郎さんから譲り受けた物だ。
彼の作ってくれた白玉団子の黒蜜かけを食べているとき、すでに私は対戦表を見て相手を知っていたので、これを試合の最中に、隙見てやつらのお団子頭に挿せないかなーと妄想していたのだ。
当然、冗談8割・お茶目2割の悪ふざけ的発想だ。
何も本当に実行する気は無く、ただ持ち込み道具もシラタマ人形以外に思い浮かばなかったので(それ以外、上手に扱える気もしなかったので)、これでいっか! 的なノリで箱に入れて置いた代物である。 数はジャスト三本。先端を危なくないように丸く削っておけば、検査はあっさり通った。
ねずみ花火をこっそり放つ悪ガキのような心情で、私はドキドキしながら、彼女たちのお団子ヘアーに一本ずつ竹串を挿していく。上手く積み重なって気絶しているおかげで、お団子や串がいい感じに連なって、巨大な一つの三色団子に見えなくもない。
「――――よし」
「……いや、何してんだお前」
ずっと見守っていた樹虎が、理解不能といった目で私を見てきたが、私としては満足だった。
あの、彼女たちに仕事を押し付けられる度に思った、「いつかそのお団子に串刺しちゃる!」が、遂に実行される日が来たのだ。
このくらいのささやかな復讐、別にいいでしょ!
「お姉さまーお疲れ様ですー!」
知らぬ間に会場は解散モードになっていたらしく、ぞろぞろと観客席から人が引いていく中、タオルを持った心実がこちらへと走り寄ってきた。後ろにはニコニコと微笑む梅太郎さんもいる。
私は網膜のカメラに団子三姉妹の姿を収めた後、シラタマ人形を拾って片手で抱き、二人に向かってピースサインを送った。
そして――――
「やったね、樹虎!」
「……一回勝ったくらいで喜びすぎだろ」
相棒に向かって手を振り上げれば、彼は溜息をつきながらも、私の届く位置に同じように手を上げてくれた。そしてそのまま、パンッと勝利のハイタッチ。
―――――――こうして私と樹虎は見事、初戦を華々しく勝ち取ったのであった。
♣♣♣
魔法模擬試合一日目は、団子三姉妹戦を含めた三試合中、二試合を勝利して終わった。さすがに三年生相手だと、色々ハンデがあってもキツイものがあり、加算だけは稼いだが敗北を喫することになってしまった。
二日目は、一勝一敗。負けた一試合の相手は、まさかの山鳥君・森戸さんの、またしても同じクラスのペアだった。魔法スポーツ研究部の期待のルーキーらしい二人の動きに翻弄され、善戦したがこれも敗北。
結果的に、私と樹虎のペアは五試合中、三勝二敗となった。
しかし、加算の中でも連携ポイントがどの試合も高評価だったおかげで、総ポイント数は、今まで私がお目にかかったことがない数字になっていた。一試合終了ごとに更新される試合記録を見て、いちいちオーバーリアクションを取ってしまったものだ。
ただ、基準がわからないので、これでランキング入り出来るかはまだ分からない。
――――そして、やってきた閉会式。
現在私は、自由席でペアである樹虎と隣りに座って、笑い上戸会長がランキングを発表していくのを、祈るような気持ちで聞いていた。
なお、心実はすでにランキング入りは決まったようなものなので、私たちより壇上に近い席に座らされている。彼女の試合記録を見れば、「億万長者の口座か?」というような数字が並んでいたのだから、仕方ないことだと思う。下手したらあの子、最年少なのにぶっちぎり一位ですよ……。
「えー六位は……」
開会式が行われた場所と同じ体育館内に、朗々と会長の声が響き渡る。発表されるごとに歓声が上がって、すでにもう半分のランキングが発表されようとしていた。
ここまでくると、私もさすがに自信が無くなってくる。
十位か九位くらいになら……と思っていたが、もうここから先は神々の領域だ。
それでも僅かな期待を捨てきれず、次の会長の言葉を待っていたら――――――奇跡は起こった。
「五位は、なんと一年生! 二木樹虎くんと、野花三葉さんのペアだよ」
「え……」
おおっ! という声が何処からともなく上がり、私は耳を疑った。
五位って……五位? 私と樹虎が?
「デコボコなのに絶妙なチームワークを見せ、会場の話題を攫った二人組だね。さあ、壇上に上がっておいで」
会長が、名前の通りに春風のような笑みを浮かべて、私たちの居る辺りの場所に手を差し出した。「おいでよ、二木樹虎君、野花三葉さん」と、彼がもう一度私たちの名前を呼ぶ。
――――――それを聞いて、私はやっと、聞き間違いでも何でもないことを理解した。
「ね、ねぇ、聞いたっ? 樹虎も聞いた? 私たち、ランキング五位だって。五位だよ、五位!」
「うるせぇ、聞こえてる」
「いやいや、もっと喜ぼうよ! だって五位だよ! 凄いよ! あ、私と樹虎の名前、二と三が入ってるし、足したら五じゃん! ますます凄い!」
「意味がわからねぇ……っおい、腕離せ!」
初勝利を収めた時以上の喜びと、痺れるような興奮が体中を包んで、私は気づいたら横の樹虎の腕に抱き着いていた。
彼は振り払おうとするが、変な力が出ている私はしがみ付いて離さない。この溢れ出るような私の歓喜の渦に、彼はもっと巻き込まれるべきだと思う。
「どうしよ、壇上でなんかインタビューとか受けるのかなっ? わ、私何も考えてないよ! ねぇ、樹虎は何か考えてるっ?」
「知るか! っつーか腕離せって言ってんだろ!」
「うわーどうしよ! 人にいっぱい見られるのに、私ってば髪とかボサボサだよ!」
「~っ! 人の話を聞け! いい加減にしやがれ三葉!」
――――ん?
「あれ、ねぇ樹虎、今……」
私が驚いて樹虎の方を見ると、彼は私以上に目を見開き、しまったと言わんばかりの表情で、口元を片手で押さえていた。
……うん、やっぱり気のせいじゃない。
「き、樹虎、もう一回! もう一回言ってみて! さっき、私の名前呼んでくれたよねっ?」
「呼んでねぇ」
「いや、呼んだ。確かに聞いたから! なんだ、樹虎ってば、私の下の名前ちゃんと覚えていてくれて……」
「黙れグズ! さっさと壇上に行くなら行くぞ!」
ガタッと椅子を揺らして立ち上がり、樹虎は逆に私の腕を乱暴に掴んで、ずんずんと人の間を抜けていく。周りの人は拍手をしながら、快く椅子ごと私たちの道を開けてくれた。
掴まれた腕は少し痛かったが、そんなことは気にならないくらい、今の私は上機嫌だ。
初勝利と団子三姉妹への仕返し達成に続き、まさかのランキング入り。そして確実に縮まった、ペアである私と樹虎の距離。
もう私は、彼のこの行動が完全な照れ隠しであると理解しているので、『グズ』と呼ばれても気にならない。むしろ、そんな彼をもう少しからかってやりたいくらいだった。……さすがにキレられそうだから止めておくけど。
そして私は、ここ最近の自分の頑張りを振り返り、力を貸してくれた心実や梅太郎さん、シラタマに精一杯の感謝を抱きながら、踏みしめるように壇上への階段を昇っていったのだった。
…………何はともあれ、最高の形で、魔法模擬試合終了です!