22 試合開始とその結末
「それでは只今より、野花三葉・二木樹虎チームと、水村舞・沼田咲・川崎愛チームの試合を始めます。両チーム、前へ」
そういえば団子三姉妹はそんな名前だったな……等と思いながら、私は闘技場へと足を踏み入れた。程よい緊張感でドキドキ鳴る胸を押さえ、ふうっと息を吐き出す。
闘技場といってもそんな大袈裟なものではなく、実際はバスケのコートと変わらない。床に描かれた線によって二チームが別けられ、向かい合う形で試合は始まる。
それぞれの陣地の奥には、『持ち込み道具』の入れてある箱と、ふわふわと浮いている白い水晶玉があり、どちらかがこの水晶を破壊した時点で試合は終了となる。そして、破壊したチームに勝利ポイントが入る仕組みだ。
魔法で浮いている玉子サイズの水晶玉は、わりと軽い衝撃で壊れる。
試合時間は15分。その間に、自分側の水晶玉を守りながら、敵のを破壊しなくてはいけない。そのために、各々が出来得る限りの魔法を使い戦うのだが、これが意外とシンプルでいて難しいのだ。
チラッと、相手側の陣地に居る三姉妹に視線をやる。彼女たちは余裕綽々といった様子で、終わった後の打ち上げについて楽しそうに話していた。自分たちの勝利を信じて疑ってないその態度……絶対に見返してやる。
「樹虎、作戦通りにね」
「……しくじったらぶっ飛ばすからな」
「樹虎こそ失敗しないでよ」
私たちが軽口を交わした後、審判役の教師が「それでは試合開始!」と高らかに宣言した。場内の空気が、一瞬にして張りつめたものへと切り替わる。
「いくぞ」
「うん!」
合図と共に、誰よりも先に動いたのは――――樹虎だった。
彼が手を薙ぎ払うような動作をすると、そこからブワッと風が巻き起こった。突風と化したそれを、彼はそのまま団子三姉妹に向けて放つ。
これは『属性魔法』と呼ばれるもので、選ばれた者にしか使えない、難易度Sランク中のSランク魔法だ。風や水、火や雷などを生み出し操る……非常に魔法らしい魔法ともいえる。ファンタジーに憧れる人なら、一度は使ってみたい魔法だと思う。
だがこれは、魔力が高かろうが誰でも出来るものではない。治癒魔法と同じで、相性とセンスが重要になってくるので、使える者はかなり少数派だ。
基本的に使える属性は一人一つ。樹虎は一年生ながら、『属性魔法』の中の『風』を使いこなす、心実に負けず劣らずの天才魔法少年だったのだ。
授業にほとんど出ない不良の癖に、もうなんか嫌になってくる話だ。天才二人に挟まれて魔法特訓をした、落ちこぼれの私の心情を、どなたか察してあげて欲しい。いや、もう開き直ったけどね。
それに、味方であるなら彼はとても心強い。
「きゃっ!」
突風に煽られバランスを崩した団子三姉妹の間を、風を纏ったまま、樹虎は一気に駆け抜ける。あっという間に敵の水晶玉まで迫った彼の鮮やかな動きに、観客席からどよめきが上がった。
学校一の不良と学校一の落ちこぼれのコンビが珍しいのか、それともただ単純に空き時間が重なったのかで、私たちの試合を見物している観客は意外と多い。一番前の席で応援してくれている、心実と梅太郎さんが視界の端に映り、彼らも樹虎の動きに魅せられているのがわかった。
樹虎は足を振り上げ、強力な上段回し蹴りを水晶玉に叩きこむ――――――が。
「あんまり舐めないでよ!」
団子三姉妹の一人・沼田咲が、ギリギリで水晶玉に『障壁魔法』を張り、樹虎の攻撃を防いだ。樹虎の蹴りは透明な膜に弾かれ、彼はチッと舌を打つ。さすがに、そこまで簡単にはいかせてくれないようだ。
『障壁魔法』は難易度はBランクだが、この試合においてかなり有効に働く魔法だ。ずっと魔法をかけ続けるのは難しいが、タイミングよく障壁を張れば、防御面は鉄壁といってもいい。
「ナイスよ、咲! 私たちも仕掛けるよ、愛!」
「オッケー、舞!」
負けじと、三姉妹の残り二人も動き出す。
川崎愛が『浮遊魔法』を水村舞にかけ、浮かび上がった彼女は、今度は指先を私の傍にある水晶玉へと向けてきた。
そこから放たれる空気の塊。
Bランクの『圧縮魔法』を使った――――俗に言う空気砲だ。
「おい、いったぞ!」
「だ、大丈夫!」
鋭い樹虎の声が飛ぶ中、私は移動魔法で水晶玉の位置を思い切りずらした。空気砲は床へと当たり、バンッと音を立てて霧散する。
続けて二、三発、空気砲が飛んできたが、それも同様に水晶玉を動かすことで回避した。唯一の私の特技だ。たまには活用しないといけない。
「あーもう、鬱陶しい!」
苛立ちを露わにした水村舞は、今度は魔法の使用者である私自身に向けて、浮かび上がったまま空気砲を放ってくる。
魔法模擬試合において、人間への直接攻撃は必ずしも禁止ではない。基準は曖昧だが、「大怪我しない程度に」なら、大いにアリなのだ。スポーツに怪我は付き物なのと同じである。この試合は「魔法の危険さ」を生徒に分からせる意味もあるらしいから、多少のことは仕方ないとされている。それに、いざという時のため、この試合期間だけ、外部から治癒魔法のプロも数人呼んでいるくらいだ。
水村舞の攻撃は、反則でも何でもない。
……まぁ、素直に当たってやる気はさらさら無いけど。
「よっ、と」
私は横に飛んで、自分めがけて飛んできた空気砲を避ける。続けざまに来た、水晶玉狙いの攻撃も、移動魔法で躱していく。
私はこう見えて、中学時代はバレー部だったのだ。反射神経には自信がある。
前回の試合も、この方法でちょっとはしのいでみせたりもした。……すぐジリ貧になり、魔力&体力切れになったけど。
あの時の私と、今は違う。魔力も少しは向上したし、移動魔法の使用可能範囲も広がった。体力も、日々の特訓でかなりついたと思う。
何より……今の私には樹虎というペアがいる。
作戦の第一段階は、とにかく樹虎が攻撃担当、私が守備担当という、何とも単純な役割分担だ。これだけで勝負を決められない場合は、作戦の第二段階に移ることなっている。それまでは、ただただ水晶玉を守り続けることが、私の唯一にして大切な仕事だった。
――――負けるもんか。
そう強く思って、またしてもしつこく飛んできた攻撃から、私は全力で水晶玉を回避させた。
そうやって、一進一退の攻防が続き、試合時間が残り5分になった頃。決着はまだつかず、戦いは継続されていた。
さすが、いつも一緒の仲良し三姉妹なだけあり、彼女たちの息の合ったコンビネーションに、徐々に不利になってきたのはこちら側だった。
障壁魔法を得意とする沼田咲の防御に、サポート系の魔法全般を使える川崎愛の支援、攻撃力に特化した水村舞の攻めと、非常にバランスの取れた三人の動きは、少しも崩れる気配を見せない。
ランキング入り手前までいったという話も、あながち嘘ではないようだ。
なお、人数的なハンデを埋めるため、団子三姉妹側は持ち込み道具禁止という微妙な制限はあるのだが、現状、それは彼女たちにはあまり関係ないようだった。
樹虎も良いところまでいっても、決定打に欠けるようで、攻めあぐねているのがわかる。
それに、制限時間が近づくにつれ、彼女たちは作戦を変えたようで、どうも『引き分け狙い』の動きに移ったようだった。
この試合は、どちらも時間内で水晶玉を壊せず、引き分けになった場合、試合全体の『加算ポイント』が高い方が有利になる。
勝ったチームへの50ポイントは無くなるが、加算ポイントの合計が高い方が名目上の勝ちとして、加算が低い方のチームだけ、きっちりと50ポイント引かれる仕組みなのだ。
『引き分け』は多くのポイントは稼げないが、相手にはダメージを与え、自分たちは加算でポイントを得られるので、一作戦としては悪くはない。時間もないので、安全策とも言えるだろう。
今の時点で、配点の高い連携ポイントは、どう考えても団子三姉妹の方が上だ。やつらもそれを分かっていて、地味に粘って水晶玉を守る私より、樹虎相手に連係を見せつけて、加算ポイントの方を稼ぐ方法にしたようだ。先ほどから、こちらの水晶玉を攻撃するより、自分達のを守って、樹虎の攻撃を三人で防ぐことに集中し始めている。
…………つまりそれは、今、私に誰も注意が向いていないということで。
観客席の皆さんでさえ、私の存在を忘れ始めた頃、ようやく私は次の作戦に移ることにした。
一瞬だけ目配せしてきた樹虎に、小さく頷き返し、持ち込み道具の箱に指先を向ける。
練習した物質操作魔法によって、ぴょこっと箱から顔を出したのは――――梅太郎さん作のシラタマ人形だ。
私は本物のシラタマをイメージしながら、人形に意識を集中させた。土日はコイツを動かす練習だけを、ひたすら繰り返していたのだ。音もなく闘技場を駆け出したシラタマ人形の動きは、リアルな猫のように見えなくもない。
樹虎が風でいくつかプチ竜巻を生み出し、三姉妹の意識を引いてくれている間に、シラタマ人形は敵の水晶玉へとドンドン近づいていく。
一部の観客は人形に気づいたようで、「おいあれ、本物の猫か?」「人形でしょ。物質操作魔法で動かしてるのよ」「でもあそこまで細かい生き物の動き、なかなか出来ねぇぞ」……等という声が、チラッと耳に入ってきた。
「ちょ、舞、後ろ見て!」
シラタマ人形が遂に水晶玉へと辿り着いた時、ようやく三姉妹も迫る敵に気づいたようだった。
水村舞が人形に向けて空気砲を放つが、私は冷静に操作だけに集中した。
――――大丈夫。本物のシラタマなら、このくらいは避けられる。
するりと、しなやかに布で出来た体を捩じり、攻撃を躱したシラタマ人形の動きに、観客が歓声を上げたのがわかった。心実が「さすがです、お姉さまー!」と、感極まったように叫んだ声も聞こえる。
樹虎が小さな風で人形の体を持ち上げてくれ、シラタマ人形は敵の水晶玉の上へと飛び上がった。
慌てて沼田咲が障壁を張ろうとするが、事前に創ってあった樹虎のプチ竜巻に妨害され発動が遅れる。
邪魔をするものは、何もない。
「お願いっ、シラタマ!」
指先に集中したまま、人形の尻尾を勢いよくしならせる。樹虎の風のサポートも受けながら、そのまま私はありったけの思いを込めて、尻尾を水晶玉めがけて振り落した。
誰かが息を呑んだと同時に――――――勢いよく地面に叩きつけられた水晶玉は、パァンと音を立てて、光の粒に変わり粉々に弾け飛んだ。
バトルシーンが苦手すぎて、かなりの難産でした……。
その上この話の執筆中に、半分以上の文章がパソコンのエラーで、保存前に消えるという悲劇が起こりました;;
急いで復元したので、誤字やおかしな点などがあるかもしれません。もし見つけたら、お手数ですがご指摘いただけると有難いです。すぐに修正させて頂きます。
もっと気をつけなきゃと反省した回でした。
お読み頂きありがとうございます!
思ったより長引いたので、後二話ほど試合編は続きます;;