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21 試合前の一騒動

「本当に大丈夫ですか、お姉さまっ?」

「うん、もう平気。心配かけてごめんね、心実」


 開会式が終わり各自解散になった後。まだ若干震えの残る私を、最後まで心配してくれた林君は、いつも一緒にいる心実をひとまず呼びに行ってくれた。


 駆け付けてくれた心実は、私がよほど青褪めた顔でもしていたのか、一大事といわんばかりに保健室に強制連行しようとした。だが、この後すぐ試合を控えていることもあり、体調的にはどうってことはないので、私は心実をなんとか宥め、試合会場の隅に座って回復を試みたのだ。


 「水は? タオルは? 何か食べ物は?」と、横でひたすら気を遣ってくれる心実のおかげで、私もやっと落ち着き、今は立ち上がって準備体操を行っている。


「む、無理はしないでくださいね。寝不足とおっしゃていましたが……今日はお姉さま、確か三試合もあるんですよね? あまり無理して倒れられたら…………!」


 いつもの心配性を、心実はいかんなく発揮している。


 ――――――魔法模擬試合は今日を入れ、二日にわたってこの訓練棟で行われる。一階から三階にそれぞれある大ホールや小ホールを使い、一斉に試合を開始するのだ。

 なお、試合は勝ち上がり方式ではなく、勝っても負けても事前に組まれた対戦表通り、一チーム必ず二日合わせて五試合することになっている。

 

 事前にチームに100ポイント与えられ、勝ったチームには+50ポイント、負けたチームには-50ポイントと評点が変動する仕組みだ。

 ここまではまぁ、勝ってポイントを稼ぐだけの単純な話なのだが……もちろんそれだけではないので、みんな色々と必死なんだけど。


「大丈夫、もう回復したからさ。それよりほら、心実は試合もう少し後だから、梅太郎さんと一緒に私の応援してくれるんでしょ? そろそろ観客席の方に移動しなきゃ」

「そ、そうでした! そ、それじゃあ、お姉さま、くれぐれも無理せず、怪我などにも気を付けてくださいね! 私は全身全霊で、お姉さまを応援しています!」


 ファイトです、お姉さまー! っと、ブンブンと手を振って離れていく心実を見送る。

 本当に彼女のおかげで元気が出たので、呼びに行ってくれた林君には、後でお礼を言わなくてはいけない。


 ――――あの視線が何だったのか。

 それは、今の段階では分からない。私を突き落とした犯人からの視線なのでは、という疑惑も濃厚で、本音を言えば今も恐怖は残っている。不気味だし、怖いものは怖い。

 ……だけど、今はそんな不透明な問題に怯えるより、目先の試合に集中しようと、心実と一緒に居ることでそう思い直せた。

 

 ここまで頑張ってきたのだ。先生への証明はもちろん、特訓に付き合ってくれた心実の恩に報いるためにも、私は試合で結果を出さなくちゃいけない。あの視線のこと、犯人のこと……それを考えるのは、この試合の後でもいいだろう。


「……よし」


 私は小さな声で気合を入れて、早速ペアである樹虎を探すため、きょろきょろと辺りを見渡した。


 魔法模擬試合の難しいところは、単純に勝ってポイントを稼ぐだけでは、高得点を狙えないところにある。それはひとえに、『加算評価制度』というものが存在するからだ。


 加算ポイントは主に、『連携ポイント』、『技術ポイント』、『判断ポイント』など多種多様であり、これがなかなかに厄介な制度なのだ。

 例えば、勝って50ポイント貰えても、試合状況を見て『加算なし』となった場合は、あまり良い結果とは言えない。むしろ負けたとしても、加算ポイントによって、失った50ポイントを補える可能性もあるのだ。 

 勝ち方、負け方も評価されるのが、この試合の一番の特徴なのである。


 ランキング入りを目指す身としては、ちゃんと勝って、その上で加算ポイントも稼ぎたいところだ。特に『連携ポイント』は配点が高いので、試合前の今の内に、ペアの樹虎を見つけて最終打ち合わせは済ませておきたい。


 ――――それに、実はあと一つ。

 私は特にこの初戦…………絶対に負けられない理由があった。


「あれぇ? 野花さんじゃない?」


 視線を彷徨わせていたら、横から声を掛けられたので、そちらの方を振り向く。

 するとそこには、体操服にいつものお団子姿の団子三姉妹が、ニヤニヤしながら仲良く立っていた。


「なんだか久しぶりだよね。てか、まだこんなとこで油売ってるとか、超余裕な感じ?」

「私たち相手に余裕とか、さすがだよねぇ。これでも私たち、前回はランキング入り手前くらいはいったんだけどなぁ」

「野花さん、前回の試合成績は? こんな試合前でものんびりしてるくらいだから、さぞかし高得点なんでしょ?」


 懐かしささえ感じる、怒濤の嫌味攻撃が飛んでくる。


 やつらの言葉から分かる通り、何を隠そう私の初戦の相手はこいつらだ。

 一昨日、配られた対戦表を見て、神様の悪戯に驚いたのを覚えている。全学年ランダムに組まれる試合で、まさか因縁の相手に初っぱなから当たるとは。


 これが、私の負けられないもう一つの理由である。

 こいつらには……意地でも負けたくない。


「別に、余裕ってわけじゃないよ。……前回の試合も、いい結果ではないし」


 私はなんとか苛立ちを抑え、務めて冷静に返す。


 ちなみに私の前回の試合成績は、-150ポイント。つまり、ストレート負けの加算0だ。持ちポイントが0になったら終了というわけではないので、マイナスになろうと五試合きっちりやらされる。改めて思うと本当に酷い。


「ふーん。まぁ、野花さんが試合成績が最下位なことくらい、知ってるけどね」


 なら聞くなよっ!

 相変わらず、陰湿ないじめっ子っぷりを発揮するやつらだ。

 

「……ていうかさ、最近調子に乗りすぎなんだよね。山鳥君とか、クラスの連中にちょっと受け入れられたからって、へらへらしてさ。試合成績も最下位なら、ろくに魔法も出来ない、学校一の落ちこぼれの癖に」


 直接的な暴言に、私はグッと拳を握った。

 何か言い返してやりたいが、こればっかりは本当のことなので何も言えない。今の時点では、ここは耐えるのが一番だ。……やり返すのは、試合でと決めている。


「だいだい野花さんってさぁ」


 私が押し黙ったのを見て調子に乗ったのか、三人がまだまだ言葉の暴力を飛ばそうと口を開く。


 ――――そんな折に、誰かが私の腕を後ろからぐいっと引っ張った。


「うぇ……!?」


 変な声を漏らした後、気付いたら目の前には、私を団子三姉妹から隠すように立つ、誰かの広い背中があった。

 視界に広がる燃えるような赤い髪――――樹虎だ。


「……お前ら、こいつに何か用か」


 顔は見えないが、声の低さ的に、三姉妹をその鋭い目つきで睨みつけたのだろう。

 彼の背中からちらっと顔を出せば、ビクッと肩を震わせる三人が見えた。


「な、何よ、私たちは別に……」

「あ?」


 樹虎が威嚇するように足を一歩前に踏み出せば、三姉妹はますます縮こまっていく。


「も、もう行こうよ。こんなやつら、試合で痛い目見せればいいんだし……!」

「そ、そうよ! 今相手にすることないって! じゃあね、野花さん。試合場所で待ってるから!」

「覚悟しといてよね!」


 捨て台詞を吐いて、そそくさと彼女たちは去って行った。

 残された私としては、何だったんだ……と暫しポカンとしてしまう。


「おい、俺らも行くぞ」

「あ……!」


 樹虎は此方を振り向くこともせず、さっさと歩き出した。私はその後を急いで追いかける。まずは、彼にお礼を言わなくちゃいけない。


 だってさっきのあれって、どう考えても私を庇ってくれたよね?


「ちょ、待ってよ、樹虎! さ、さっきはその、助けてくれてありがっ……!」

「うるせぇ、大声出すな」

「ちょっと、足早い! もう少しゆっくり歩いて!」


 なんとか追い付いて横に並べば、彼は僅かだが歩みを緩めてくれた。それに私はますます笑顔になり、彼のこちらを見ない横顔に向って、改めて「ありがとう」と告げる。


「試合、がんばろうね樹虎! 目指せランキング入り!」

「……知るか。適当にやる」


 もう慣れてしまった不愛想な反応にも、私は笑いを隠せない。


 問題は山積みだし、考えなければならない憂鬱な事ばかりだが、少しだけ心が軽くなった気がする。もう一度、私は内心で彼や、心実にお礼を述べた。友情って素晴らしい。


「がんばるぞー!」

「だからうるせぇって言ってんだろ!」



 ――――――魔法模擬試合、初戦がいよいよ幕を開ける。


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