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20 開会式と悪寒

 訓練棟の一階には、通常の学校で言う体育館的スペースがある。この学校で最大の面積を誇るこの場所は、集会や試合会場として大いに活用されており、今も現在進行形で全校生徒と教職員が集められ、魔法模擬試合の開会式が行われていた。


「えーで、あるからして、ルールを守って皆さんの健闘を……」


 校長の話が長く、かつ誰も聞いていないのは、もう万国共通のお約束だ。

 私も綺麗に列になって立ったまま、うつらうつらと眠気に耐えていた。


 結局、土日は両方とも魔法練習に費やしてしまったため、当日だというのにちょっとだけ寝不足だ。日曜日に至っては、どこからバレたのか心実も来て、何故か偶々通りかかったらしい樹虎も交ざって一日中訓練棟に居た。

 そのせいの疲労感は少し残るが、眠いのを除けばそこまでコンディションは悪くないので、試合開始時間までにはなんとかなると思う。


 とりあえず今の内に軽く寝ておこう……と、私は立ったまま目を瞑った。

 が、すぐに私の沈みかけていた意識は、「キャー」という甲高い黄色い悲鳴に叩き起こされる。


「何事っ!?」と思って顔を上げれば、壇上にはすでに校長は居らず、代わりに金髪を靡かせた長身の男が居た。


「みんな、おはよう。今日は絶好の試合日和だね」


 壇上の男が、優美に微笑んでよく通る声でそう言えば、再び上がる主に女子からの悲鳴。

 

 この場の空気を掌握し、王様ながらに立つあの男は――――――この学校の生徒会長だ。


 この学校の『生徒会』は、通常の学校より些か特殊な立ち位置にある。

 まず、選挙などという制度はなく、純粋な成績で決まるのだ。通常の成績は当然のことながら、魔法の実力者だけで構成され、学校行事の運営や部活動の管理、その他生徒の健全な学生生活推進のために尽力している集団、それがこの桜ノ宮魔法高等学校の生徒会だ。


 そして何故か今期の生徒会は、成績優秀は置いといて、眉目秀麗な輩が集まったとかでえらい人気なのである。


 生徒会長・春風はるかぜ芽吹いぶき

 金髪碧眼、長身に細身だがしっかりとバランスの取れた体躯、微笑めば何故か飛ぶキラキラトーンの、まさに絵に描いたような王子様。遅刻しそうになった時、白馬で校門を飛び越えたとか、本当なのか嘘なのか判別し辛い噂もある。あだ名もそのまま『王子会長』。


 副会長・ひいらぎ雪乃ゆきの

 病弱らしく学校を休みがちだが、その儚さを体現した雪のような繊細な美貌を持ち、主に男子生徒から熱い支持を受けている。流れるような腰まである白銀の髪と、常に無表情なのが特徴だ。ファンの間での呼び名は『氷姫』らしい。


 会計・まつりナツキと、書記・まつりアキトは、男女の双子だ。

 二卵性なので顔は似てないが、二人とも同じ黄色の髪と、薄いオレンジがかった茶色の瞳をしている。二人とも身長が低く、下手をしたら見かけは小学生にも見える。しっかり者な姉のナツキと、やんちゃなアキトの組み合わせは揃うととても賑やかなので、『お祭り双子』と呼ばれ、周囲から愛でられている。


 この色々とツッコミどころが満載な集団は、会長と副会長が三年、双子が二年生である。今は生徒会長だけが壇上に立ち、他のメンバーは控え席に座っているようだ。


 さっきまでボーっと話を聞いていた生徒たちは皆、壇上か控え席に熱い視線を送っている。それぞれにファンクラブなどもあり、この学校ではちょっとしたアイドル扱いなので、そうなってしまうのも仕方ないのだろうが…………校長が泣くよ。


「僕はみんなが自己を高め合い、真の意味で魔法の力を発揮してくれることを楽しみにしているよ。でも、なるべく怪我はしないようにね。僕の大切な生徒たちには、安全に魔法の楽しさを勉強してほしいな。僕との約束、守ってくれるよね?」


 ね、とあざとく問い掛ければ、「はーい! もちろんです!」や「素敵ぃ! 王子会長!」などの叫び声がまた上がる。

 私はあまりの五月蠅さに、耳を塞いで樹虎直伝の舌打ちをした。


 仕事も出来てカリスマ性のある生徒会の面々を、大半の人は好意的に見ているだろう。だが、私は正直に言うとあの生徒会メンバーが苦手………………というか、やつらに個人的な怨みがあるのだ。


 ――――――――それは、忘れもしない一回目の魔法模擬試合後のこと。


 私はひっどい自分の試合記録を手に持って、背中に暗雲を背負いながら廊下を歩いていた。顔を上げる気力さえなく、ぼんやりと下を向き重たい足を引きずっていたら、案の定、前から来た人にぶつかってしまったのである。

 倒れこみそうになった私の腰に手を回し、見事に転倒回避をしてくれた存在こそ――――生徒会長その人であった。


『大丈夫?』


 そう囁くような美声と共に、至近距離で綺麗なお顔で覗かれて、私はさすがに心拍が跳ねたのを覚えている。彼は優しく私の体制を立て直してくれ、落ちた私の試合記録まで『これは君のかな?』と優雅に拾い上げてくれたのだ。


 …………そう、ここまでは至って何も悪いことはない。むしろここまでなら、私のなかでの生徒会長の好感度はかなり高いはずだった。


 が、私が慌ててお礼を言って、彼の手から試合記録を返してもらおうとした瞬間―――――


『ってか、この成績って……ぶはっ! ヤバイ! 凄い酷いね、君! あはっ、あはははは!』


 ――――――やつは突然、目に入ったらしい私の試合の成績を見て、吹き出し爆笑し始めたのだ。


『ちょ、ヤバイ。面白すぎる……これは酷いね、もはやギャグだよ!』

『ちょ、か、返してください! ちょっと!』

『あ、待って、この笑いを誰かに伝えたい……あ、アキト! ちょっとこれ見てよ、アキト!』


 あろうことか彼は、通りかかったらしい書記まで呼んで、私の成績を見せて笑いものにしたのだ。書記も書記で、笑いが伝染したらしく、腹を抱えて廊下で爆笑する始末。


 後で聞いたことだが、一部のファンの間では有名な話。会長はお笑い大好きな、とにかく笑いのツボの浅い『笑い上戸』らしいのだ。公の場では控えているらしいが、ツボった場合は見境なくとにかく笑い倒す。そこにはもう、王子なんて幻想はカケラも存在しなかった。


 その後、弟を探しに来た会計さんが窘めるまで、笑い上戸会長と、中身まで小学生の書記は、当人の私をお構いなしに試合記録をネタに笑い続けた。ちなみに副会長さんはその場には居なかったので、止めて代わりに謝ってくれた会計さんとを除いて、正確には私が怨みがあるのは、生徒会の中では会長と書記だけだ。


 やつらに、真っ赤な顔で唇を噛みしめ逃走し、すぐにゴミ箱に試合記録をビリビリに破って捨てた、私の気持ちがわかるはずがない。


 ―――――そんなわけで、私はアンチ生徒会派だ。

 特に会長、お前だけは絶対に許さん。


 私は顔も見たくなくて、フイッと壇上から顔を背けた。もし機会があったら、ランキング入りして、ぜひとも会長と書記も見返してやりたいとこだ。


「早く話終われ」と念じながら、私は俯いて時間をやり過ごしていた。


 そして、会長の話が終わりに差し掛かった時…………それは何の前触れもなく、私の体に訪れた。


 ゾクッ


「っ!?」


 全身を這うような悪寒に、一瞬だが確かに感じた強い視線。

 かつてない感覚に、私は勢いよく顔を上げて、バッと辺りを見回した。


「? 急にどうしたんだ、野花さん?」


 後ろの林君が、私の急な変化に心配して声をかけてくれたが、私はそれに答える余裕はなかった。


 ――――――先ほどから、背筋を流れる冷や汗と、腕の鳥肌が治まらないのだ。


 私は自分の腕を抱いて、なんとか暴れる動悸を押さえようと、ゆっくりと数回息を吐き出した。


 だってあれは、あの視線は、一体なんだ?

 何処から飛んできたのかもわからないが、あれは確かに私に向けられたものだ。視線を感じる、という表現があるが、あれはそんな甘いものではない。針のように一点を突き刺すような、強くて痛い眼差し。あんなもの、私は生きてきた中で感じたことはない。


 本当に一瞬のことだったため、視線が含んでいる意味や感情などはさすがにわからなかった。視線の主が、この大勢の人の中の誰なのかも。

 それでも、一度体に走った悪寒はなかなか止まることはなく、私は開会式が終わるまで、小刻みに震える体を抱き締めていた。

 

 誰かが何処かで、私を見て怪しく口の端を釣り上げた―――――――そんな気がした。

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