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19 梅太郎さんの贈り物

「ねぇ、二木君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「……なんだ」

「二木君は、魔法模擬試合における評価制度の一つ、『連携ポイント』というのはご存知でしょうか」

「馬鹿にしてんのか、お前」

「あ、知ってるんだね。なら良かった。あれってさ、試合中のチームワークはもちろん、チーム間の絆? みたいなのも評価されるらしいんだよ。審判にチームの仲の良さを見せることで、それなりにポイントが加算されるんだって」

「…………何が言いたい」

「うん、だからね。私たちもその、分かりやすい仲良しアピール? みたいなの? が必要なんじゃないかなーって。やっぱり、少しでもポイントは稼ぎたいし。だから、えっと、だからね……分かりやすい仲良しの証ということで、今度から二木君のことを―――――き、樹虎って呼んでもいいですかっ!?」

「黙れ」


 ――――と、そんな会話をしたのが三日前のこと。

その頃の私は、すっかり彼に対する遠慮が無くなっていて、彼が嫌がろうがお構いなしに「二木君」から「樹虎」へと呼び方を変更させていただいた。


 樹虎はあれからずっと、毎日訓練棟に来てくれて、言葉は乱暴だが私の特訓に何だかんだと付き合ってくれている。徐々にだが二人の連携もとれてきて、試合でも通用するくらいになってきたのではないだろうか。

 ついさらに調子に乗って、「私のことも三葉って呼んでくれていいよ!」と言ったら、「ふざけんな」と返されてしまった。……ペアの絆を築くのはまだまだ難しい。


 ちなみにそんな会話をした辺りから、心実が何故か樹虎を敵視し出して、彼に「私、負けませんから!お姉さまは渡しませんです!」と宣言していた。正直よく分からなかった。

 でも頭の良い同士で、意外と樹虎と心実の相性は悪くはないようで、二人でたまに難解すぎる言語を喋っているとこを見かける。


 そういった感じで、私は心実と樹虎と共に、順調に魔法模擬試合本番に向けて忙しい日々を過ごした。


 ――――そして今日。

 週明けに魔法模擬試合を控えた土曜日。

 私は珍しく時間を気にせずぐっすりと寝て、窓から差し込む眩しい光を瞼に受け、ようやく重い体を起こした。


「うわ、11時……」


 時計を見てびっくり。

 最近は早寝早起きが身に付いていた私としては、まさかの時間帯のお目覚めだ。


 一つの山場が終了して、ちょっとだけ気が抜けたのもあると思う。

 実は昨日で期末テストは全て終了し、あとは模擬試合後に、試合記録と共に返ってくるテスト結果を待つだけの状態なのだ。

 今回のテストの出来は至って普通。やはり試合の方に重点を置いたので、さすがに平均並みを狙うので精一杯だった。まぁでも、科学だけは意地で頑張ったけど。あいつがまともに採点したら、80点は固いはずだ。


 普段なら土日であろうと、訓練棟に入り浸り魔法練習に時間を費やしているが、今日は試合直前ということで、心実の助言で調整のために休むことになった。

 そのためやることがなく、私はなんとなくもう一度ベッドに転がる。


 するとふと、白いシーツの上に横たえた手の甲が目に入った。

 そこに記された数字は『残り153日』――――実は今日で、私は余命五ヶ月を切ってしまうのだ。


 特訓や勉強に追われていたおかげで、この手の甲のカウントダウンを意識せず過ごしてきたが、こうやって暇が出来ると、どうしても迫る余命について考えてしまう。

 私は今、残る生を自分らしく、ちゃんと生きられているのか…………そんな答えのない疑問が浮かんでは消え、だんだん気分が沈んでいくのがわかる。


 私はもう一方の手で、手の甲を押さえ、静かに瞳を閉じた。


 「……うん、止めよう、こういうのは」


 目を開けて勢いよく飛び起きる。

 暇だからこんなことを考えるのだ。何でもいいから活動しようと、私はさっさとパジャマを脱いで私服に着替えた。お気に入りのクローバーのワンポイントが入ったシャツに、水色のショートパンツを穿く。顔を洗って歯を磨いて、髪を梳いていつものピンを留めれば、すぐにお出かけスタイルの完成だ。


 どこか遠出するわけではないけれど。

 私は久しぶりに、思い浮かんだ大好きな人の元に遊びに行くことにした。


 

♣♣♣



「すっっっごく美味しいです! この白玉団子の黒蜜かけ! さすが梅太郎さん!」

「いやぁ、そう言ってもらえると作ったかいがあるよ。おかわりもいっぱいあるから、沢山食べてねぇ」

「はい!」


 私が口に白玉を詰め込みながら返事をすれば、向いに座る梅太郎さんは優しく微笑んでくれた。


 特訓やらなんやらのせいで、最近遊びに行けていなかった寮監室。突然の来訪にも、部屋の主である梅太郎さんは嫌な顔一つせず、むしろ簡単な物だけど……と、即席でデザートまで作ってくれたのだ。

 畳のスペースで正座して、竹串で器に盛られた白玉を突つき、その落ち着く空気に浸る。


「三葉ちゃん、最近は忙しそうにしてたけど、どうだい特訓の方は。順調かい?」

「うっ、えーと……まぁまぁ? です。物質操作魔法でモップを動かす練習をしていて、ちょっとは動くようになったんですけど、やっぱりまだまだでして……」


 例えば心実がやると、モップは「塵一つ残す気はないぜ?」という勢いで、テキパキと動き掃除をし出す。樹虎も同様だ。

 でも私がやると、モップはぎこちない動きしかせず、床もたいして綺麗にならない。初級の魔法でも、発動者によってここまで差が出るのかと絶望した。


「試合の対戦表は昨日もらったし、本番はもう明後日だし、後はぶっつけかなぁて……。さらに言うと、まだ『持ち込み道具アイテム』も決まってないです……」

「おやおや」


 しゅんと項垂れて報告をする。

 なお、『持ち込み道具アイテム』とは、まんま魔法模擬試合中に使用していいアイテムのことだ。持ち込みは一人二つまで。自分の得意魔法と相性のいい道具を持ち込み、試合に上手く役立てることが出来れば、強力な武器となる。

 当然なことに、ナイフなどの危険物は禁止だ。アイテムは試合前に細かな規定にそったチェックを受けるので、当日までにいくつか用意しておくのがベターである。


 樹虎は「必要ねぇ」と何も用意しないようだが、私の使える魔法の特性上、少しでも試合で上手く働くアイテムの準備は欠かせない。それが未だ決まっていないというのが現状だ。

 ……やっぱり、私は休んでいる場合じゃない気がしてきたぞ。


「そんなに落ち込まないで、三葉ちゃん。そうだ、いつも頑張っている三葉ちゃんに、今日は僕からの贈り物があるんだよ」

「贈り物、ですか?」


 私がなんだろう……と首を傾げていると、立ち上がった梅太郎さんは、手に何かを持ってすぐに戻ってきた。

 どうぞ、と渡されたものは、真白な猫のぬいぐるみだった。大きさも本物の小猫くらいで、質の良い生地で作っているのか手触りが最高だ。瞳には緑色の輝く石が埋め込まれ、短い髭まであり細部にこだわりが見える。

 というかこれは――――


「―――シラタマ、ですか?」

「そう。三葉ちゃんが可愛がっていた猫、最近遊びに来ないから、寂しい思いをしているんじゃないかと思ってねぇ。三葉ちゃんもとっても頑張っているみたいだし、お守り代わりに作ってみたんだよ」

「梅太郎さん……」


 私はぎゅっとシラタマ人形を胸に抱いて、鬱々とした気分が晴れていくのがわかり、梅太郎さんの優しさに感謝した。

 腕の中にいるのが本当のシラタマな気がして、一人で耐えていたあの日々を思い出す。あの頃も、シラタマはいつでも私を励ましてくれた。いつだって私の癒しは、梅太郎さんとシラタマなんだと再確認する。


「ありがとうございます、梅太郎さん! 大事にします!」

「僕としてはお守りのつもりだから、ただ大事にするより、三葉ちゃんが大変な時とかに、側にある存在としてくれたら嬉しいよ。その方がきっと、シラタマも喜ぶだろうねぇ」

「ず、ずっと持ち歩きます!」

「はは。それはさすがに先生に怒られちゃうよ。僕は三葉ちゃんが元気になる手助けが出来れば、それでいいだけだから」


 顎鬚を揺らして笑う梅太郎さんの殺し文句に、私はもう惚れそうだった。

 例え女子力が私より高かろうと、梅太郎さんほど好い男を私は知らない。クソ、私がもっと生まれるのが早ければ……。


 というか思ったんだが、私の周りは女子力の高い人が多くないか? 梅太郎さんといい、心実といい。これで樹虎まで「趣味は料理だ」とか言い出したら、私の立場がないぞ。


「…………ところで三葉ちゃん、話は変わるけど、君は魔法を使うときに一番大切なことは何だと思う?」

「え、大切なこと、ですか?」


 シラタマ人形の感触を楽しみながら、変な思考を展開していた私は、梅太郎さんの突然の問いの意図がよく理解出来なかった。

 ただ、授業で聞いたようなことだったので、そのまま答えてみる。


「えっと、『イメージ』でしょうか。その魔法を発動している自分を、鮮明に想像することが基本で大切だって……」

「うん、イメージは大事だねぇ。でも僕は、イメージに加えて、その魔法に対する意思や想いみたいなものも、必要になってくると考えてるんだよねぇ」

「意思や、想いですか?」

「たとえばね、さっきのモップの話。三葉ちゃんが『ただモップに掃除させたい』って思うんじゃなく、『モップを動かしてここを綺麗にしたい』っていう、意思や想いを持って魔法を発動させた方が、モップは上手く動いてくれるんじゃないかって」


 年寄りの戯言だけどね、と付け足して、少し照れたように梅太郎さんがはにかんだ。


「三葉ちゃんが何か強い意志や想いを乗せて、魔法を発動することが出来たなら、きっと君は誰にも負けないよ」


 どこまでも穏やかな眼差しが、私を暖かく包むように注がれる。

 それに気恥ずかしさを感じ、僅かに視線を下に向ければ、今度はシラタマ人形と目が合った。


 ――――そこで、私の脳に電流が走る。


「あの、すみません梅太郎さん。私やっぱり、今からでも許可を取って、魔法の特訓をしに行ってきます。ちょっと、梅太郎さんのお話に思うところがあって」

「おや、今日はお休みじゃなかったのかい?」

「い、一時間だけ練習してきます! それと、その、梅太郎さんにお願いがあって…………」


 私は申し訳ない感情を抱えながらも、浮かんだ考えを梅太郎さんに話し、「いいですか?」と聞いた。そしたら彼は笑って了承してくれたので、深く頭を下げる。ついでにもう一つ、厚かましいが頼み事をして、私は『ある物』を梅太郎さんから受け取り、丁寧にお礼を述べてから寮監室を後にした。




 ―――――余命はもう五ヶ月。立ち止まっている暇はない。

 私はシラタマを腕に抱え、とりあえず魔法使用許可を取りに、学校に残っている先生を探すため、全力で足を校舎の方へと向けて動かしたのだった。



ここまでお読みくださり、ありがとうございます!


次回からは四話に渡り、魔法模擬試合編をお送りします。(私が書ける気がしない)バトルシーンなどもちらっとあったり。


よければもう少しお付き合い頂けると幸いです。

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