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閑話 虎の憂鬱(二木樹虎サイドの話)

 こちらの話は、手紙を受け取ったあたりの、二木樹虎サイドの話になります。時間軸的には12話と13話の間くらいです。

 なお、この話に限り、三人称でお送りします。

 読まなくても本編は読めるので、お暇な時にでも目を通して頂ければ幸いです!

 多目棟の屋上で、二木樹虎はアスファルトに体を横たえ、暖かい日差しを身に受けて昼寝をしていた。

 時間は昼の授業が始まった頃だったが、樹虎は不良らしく当たり前のようにサボりだった。


 ここは樹虎のテリトリーとされ、天気が良かろうと人は訪れない。いつもなら、人気のない静かな空間で、目を閉じればすぐに睡魔が襲ってくるはずだった。

 しかし、最近はどうしても頭にチラつく事があり、樹虎の眠気は邪魔されている。


「……」


 煩わしそうに、樹虎はごろりと体制を変えた。

 だがそんなことで、脳内に浮かぶ眠気を邪魔する存在は消えず、樹虎はいよいよ不機嫌になってくる。


 ――――――彼の脳内に入り込んだ存在。

 それは、一週間ほど前に自分に向かって枝を投げつけ、罵声を浴びせてきた少女だ。


 無理矢理組まされた自分のペアで、いつもオドオドしている鬱陶しい女。何より、あの自分としっかり目を合わすことさえ出来ない、あの瞳が不快だった。




 樹虎は昔から、周りよりも体つきが良く、端整だが目つきの悪い強面であったため、理由もなくビビられることはよくあった。それだけでなく、目つきだけで「生意気だ」と言われ、絡まれることも少なくはない。もとの短気な性格が禍し、何より彼は煩わしいものが大嫌いであったため、そういった輩は全員潰してきた。彼がグレていったのは、自然の流れだったとも言える。

 

 そんな彼の周囲に人は寄り付かず、友達などは一人もいなかった。

 彼に唯一進んで接してくれたのは――――従兄の兄だけだ。


 三つ歳が上の兄に、樹虎は全幅の信頼を寄せていた。

 優しく自分の名を呼ぶ声。

 頭を撫でてくれる穏やかな手つき。

 何より、樹虎を樹虎として映してくれる、その暖かな陽だまりのような瞳が好きだった。


 樹虎は兄が居れば、他の誰が自分を理解しなくても構わなかった。兄だけが、彼の世界を構成していたのだ。


 だが――――中学一年生の頃、魔法適性が体に出たことで、彼は兄に裏切られることになる。


 目を覚ましたら、黒かった髪は真っ赤に染まり、瞳は肉食獣を思わせる金色に変わっていた。

 樹虎のこの時の心情を表す言葉は『絶望』だ。


 樹虎の信頼する兄は、幼少期に魔法絡みの犯罪に巻き込まれて以来、魔法というものを毛嫌いしていた。嫌う、というよりは、憎む、といった方が正しいかもしれない。いつも柔和な笑みを浮かべる兄が、魔法の使用者を前にすると、急に虫けらでも見るような冷たい表情に変わるのだ。


 樹虎は、自分が魔法適性者であると分かった途端、真っ先に兄に嫌われることを恐れた。だが同時に、それでも……樹虎が魔力を所持しようとしまいと、兄はありのままの自分を受け入れてくれるはずだと、期待も抱いていた。


 しかし、現実は非情であり、髪と目の色が変色した樹虎を前にして、兄は見たこともないくらいの憎悪の眼差しを向けた。

 そして、いつものように近寄ろうとした樹虎の手を払い、「触るな」と糾弾したのだ。


 自分のことをその瞳にほとんど映すこともなく、さっさと去って行った兄の後姿を見送って、樹虎は悟った。


 結局、自分を見るすべての人間の目には、畏怖、嫌悪、恐怖といった、負の感情しか宿らないということを。


 ――――――それから、彼は一度も兄と会うことはなく、中学生活を孤独に過ごし、桜ノ宮魔法高等学校に入学した。

 入学式に頭の浮かれたバカ共に絡まれ、魔法バトルに発展した上、そいつらを病院送りにしたため、樹虎はお咎めを喰らい数日間の寮での謹慎処分となった。


 そして、周囲から遅れて初登校したその日に…………担任に呼び出され、例の少女とペアを組まされたのだ。




 樹虎は今度は仰向けに体制を変え、何処までも広い青空を見上げながら、諦めて少女についての自分の記憶を思い起こしてみた。


 初対面は、少女はビビりまくっていて、あちこちと視線を飛ばしながら、決して樹虎と目を合わせようとはしなかった。完全に委縮し、自分の一挙一動に肩を震わす様子が、酷く鬱陶しかったのを覚えている。

 もちろん、ペアであろうと名前を記憶する気はなく、それから少女と会う際は、樹虎は彼女を「グズ」と呼んで蔑んだ。その度に、少女が酷く傷ついた表情を覗かせることは気づいていたが、樹虎には関係のないことだった。

 ペアを組んで三ヶ月経とうと、相変わらず少女と瞳はまともに交わらない。


 だがそれは、樹虎にとっては誰であろうと同じことだった。誰だろうと――――自分を自分として映すものなど、居はしないのだ。


 …………けれど、あの日。木の枝をぶつけられ、半ギレで振り向いた先に居た少女は、その琥珀色の瞳に押さえきれない激情を渦巻かせて、樹虎をまっすぐに睨みつけてきた。

 土で汚れた顔は無様なもので、少女の薄ピンクの髪は乱れに乱れていた。常にどもりながらしか喋れなかったはずの口を好き勝手に動かし、樹虎に向かって思いをぶつけた末に、最後は一目散に逃げ出す始末。


 だが、あの時の少女の表情が、小汚い姿が、その自分を睨んだ瞳が……なぜか樹虎は、忘れることが出来なかった。


 そしてそれ以来、こうして時折、少女のことが頭に浮かんでは安眠を妨害してくるので、樹虎は辟易しているのだ。


(そういえばあの女、名前は何だったか。確か最後に言っていたな。雑草みたいな名前で……)


 中途半端なまどろみの中で、樹虎はぼんやりと記憶を探る。


(すみれ……なずな……よもぎ……よもぎは無ぇな)


 上手く該当しなくて、また眠気に勝る苛立ちが沸いてきたときだった。

 樹虎の白いワイシャツの上に、何処からかふわふわ飛んできた紙飛行機が、そっと着地した。


「……あ?」


 仕方なく身体をお越し、樹虎は紙飛行機をつまみ上げる。自分の名前が書いてあるのが見えたので、遠慮なく紙を開いていった。


「――――なんだ、これ」


 中身に目を通し、樹虎は盛大に顔を顰めた。

 まず、文章が酷い。内容も、訓練棟に来てほしいという要件だったが、書き方が下手をすればストーカーのそれだ。

 だが、樹虎の関心を引いたのはそこではなかった。


(野花……三葉)


 ああ、そういえばそんな名前だったと、ようやく樹虎は合点がいった。

 納得のいったところで、ぐしゃりと紙を握り潰す。


 呼び出しに素直に応じる気などなかった。確かに、いくら成績は悪くないとはいえ、二回目の模擬試合のサボりはマズイことくらい、樹虎にはわかっている。樹虎は単位計算などをきっちりするヤンキーだった。だが、何もペアで出る必要はない。個人出場でも原則可能なら、一人で充分だ。


 樹虎は紙を破り、風に流そうと考えた――――しかし。


「……」


 もう一度読み返し、樹虎は結局、紙をそのままズボンのポケットに突っ込んだ。


 ……何も、今すぐ捨てることはないと思っただけだ。後でゴミ箱にでも放り入れればいい。


 そう思って、樹虎は再び寝転がった。何故か今度は、ゆっくりと眠れる気がしたのだ。




 ――――――だがその後も樹虎は、ゴミ箱の前をうろつき立ち止まりながらも、紙くずとなった紙飛行機をポケットから出すことはなかった。


 それだけでなく、普段なら授業が終われば速攻で寮に戻るところを、「暇だから」と自分に言い訳し、学校に止まったり。

 「なんとなく」で、訓練棟の入り口近くの木の上で、空が赤く塗り替えられるまで昼寝をしたり。


 最終的に、訓練棟の二階に続く階段に、足を踏み入れていたり。


(何してんだ、俺は)


 自分の行動が自分でイマイチ理解出来ないまま、それでも何故か引き返す気にはなれず、樹虎は足を前に進め続けていた。


(呼ばれたから行くだけだ)


 こんなものは、ただの気まぐれだ。


 そう考えながら、階段を昇る樹虎のポケットの中では、少女の名前が書かれた紙が、しっかりと収まっていた。



 そしてこの後、あのポチ太郎事件に続く……といった感じです。

 こちらも読んでいただきありがとうございました!


 次からは本編です。

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