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13 謎の生き物襲来

 肌触りの良いタオルに顔を埋め、額から伝う汗を拭う。フローリングの床に座り込めば、ひんやりとした感覚が伝わって気持ちいい。


「お疲れ様です、お姉さま」


 私と同じ体操服姿の心実が、ペットボトルのお茶を差し出してくれた。短パンから覗く真っ白な足が眩しい。礼を言って受け取り、ごくごくと喉を潤した。


 放課後の訓練棟の一室での、心実との魔法特訓。本日はなかなか白熱してしまい、この部屋にある唯一の小窓を見れば、空はすっかり茜色へと染まっていた。


「結局、来なかったですね……二木さんは」


 心実がまるで自分のことのように、しょんぼりと俯いた。目立つものは何もない、ただただ広いだけのこの部屋に、夕日に照らされた彼女の影が寂しそうに揺れている。

 私は、そんな彼女の姿に苦笑を漏らした。


「来なくてむしろ当たり前なんだし、心実が気にすることじゃないよ」

「でも、もしかしたら私の魔法が失敗して、手紙自体が届いてないかもです……」

「それならそれで、別の方法を考えるし。それより、もう魔法使用時間も終わったし、さっさと着替えちゃおうよ。一緒に早く寮に帰って、梅太郎さんのところにでも遊びに行こ」


 ね、っと笑って私が立ち上がると、心実も元気を取り戻したようで、「はい!」と明るく返事を返してくれた。魔力の使い過ぎで体はダルくて仕方なかったが、私はドアの傍に置いてある、畳まれた制服やバッグのところまで急ぎ足で歩を進めた。

 動ける余力がある内に準備しないと、帰る気力までなくなってしまう。


 そんなことを考えながら、私が制服に手を伸ばした時だった。


「わふっ!」

「ん?」


 突然、妙な鳴き声が私の鼓膜を震わせた。驚いて振り向くと、僅かに空いたドアの隙間に―――――変な生き物がいた。


「い、犬? でも……」


 確かに、丸々とした二頭身のシルエットに、垂れた耳や短い尻尾だけを見れば、雑種っぽい犬に見える。だが、問題なのはその毛や瞳の色だった。

 だって、この色って――――


「どうしたんです、お姉さま?」


 異変に気付いた心美が側までやってくる。犬モドキは、「わふっ、わふっ」と変わった鳴き方をしながら、いつの間にかポテポテと室内に侵入してきていた。

 その姿形を見て、私と同じように心実も驚きを示す。そして彼女は、私の抱いた疑問をそのまま口にした。


「犬、ですか……? でも、あの、この毛や瞳の色って――――――お姉さまと、まったく同じじゃないですか?」


 私の代わりに答えるように、わふっと犬が再び鳴いた。


 そうなのだ。

 この犬っぽい生き物は、毛がまさかの薄いピンクで、私の髪と同じ。そして瞳の色も、私と同色の琥珀色なのだ。


 色が近い、というレベルではない。私をそのまま犬にしたら、こんなふうになるだろうというほど、どこから見ても一緒だった。

 そもそもまず、薄ピンクの毛の犬なんて存在するのか? 漫画じゃあるまいし……。


 とにかく、この犬モドキがどこから来たのかも分からないので、私は一旦捕まえようと、そのもふもふボディに手を伸ばした。


 次の瞬間。


「えっ!?」

「きゃっ!」


 ――――ふわりっと、私の体が宙へと浮かび上がった。


 いや、浮かんでいるのは私だけではない。心実も、着替えるはずだった制服も、バッグもすべてが、1mほどふわふわと浮いていた。あの犬モドキも、私の視線より高く浮遊し、やけに楽しそうに尻尾を揺らしている。

 下を見れば床が遠くて、混乱する頭でスカートを押さえながら、私は必死に脳を回転させた。


 これは、魔法であることは間違いない。おそらく難易度はBレベルの浮遊魔法だ。だけど、一体誰がこの魔法を発動しているというのだ? 比較的簡単な浮遊魔法とはいえ、同時に人間二人と物を浮かすなんて、誰でも出来る芸当じゃない。そもそも、魔法の発動者は一体どこに……?


「お、お姉さま、あれを!」

「えっ」


 心実の声に反応して顔を上げれば、犬モドキが短い手足を、踊るように動かしている様子が視界に映った。犬モドキの手の動きに合わせて、縦横無人に動き回っているのは……私のクローバーの飾りピンだ。訓練中に壊れないようにと、外して制服の上に置いておいたのだ。

 というか、あの犬がピンを操っているということは。


「お姉さま、あの犬です! あの犬っぽい生き物が、この魔法の発動者です!」


 心実の考えと私の考えは一致したようだ。

 俄には信じ難いことだが、あの犬モドキは魔法を使っている。

 しかも、魔法の腕は私より達者ときた。


「わふっ」

「あ」


 パクッと、引き寄せた私の飾りピンを、犬モドキが口に咥えた。

 かと思えば、急にフッと魔法が解かれ、浮いていた物のはすべて一気に地へと落下した。私と心実も例外ではなく、盛大に尻餅をつき、その絶妙な痛みに悶える。


「いった……もう何がなんなのか……。心実、大丈夫?」

「わ、私は大丈夫ですが……それより、あの犬が」

「え、あっ!」


 目を離した隙に、犬モドキは自分だけはまだふわふわと浮いたまま、ドアを出て何処かへ行こうとしていた。

 ――――私のクローバーの飾りピンを咥えたまま。


「ちょ、待って! こら!」


 慌てて立ち上がって、私は急いで犬モドキの後を追いかけた。

 時間帯も遅いためか、人気のいない長い廊下を、前方の生き物を追って走る。私は足にはそこそこ自信があったはずなのだが、魔法特訓の疲労が尾を引いているせいで、一向に捕まえることが出来ない。


 それどころか、犬モドキは鬼ごっこでも楽しんでいるようで、私との距離が開き過ぎないように調整しているようにも思える。

 ………完全に遊ばれてるな、私。


「わふふ!」


 ピンを咥えているせいか、犬モドキのもとから変な鳴き声は、さらに不可思議な響きとなって、夕陽の赤に彩られた廊下に反響した。

 やつが一階に続く階段に差し掛かかり、私はいよいよ焦る。この階から逃がしたら、余計に捕まえられなくなってしまう。


 だがしかし、素晴らしいタイミングで、誰かが階段を昇って来るのが私の視界の端に映った。

 私は息切れ気味な声を張り上げる。


「お願いですっ! その犬っぽいの捕まえてください!」


 私の声が届いたのか、シルエットからでもわかる長い腕を伸ばし、その人は犬モドキの首根っこを捕まえてくれた。ジタバタと暴れる短い手足が見えて、私はホッと息をつく。


「突然すみません、本当に助かりまし……」


 お礼を言いながら走り寄った私は、犬を捕えている救世主の顔を見て、はたと言葉を止めた。


 そこに居たのは、来るはずないと思っていた、意外な人物であった。


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