12 飛んでけラブレター?
「そんなことがあったなんて……大丈夫です、お姉さま! お姉さまの大切な夏休みは、私も一緒に守ります!」
屋上で過ごす昼休み。
天気がいいので人気もそれなりにある中、私と心実は隅っこでフェンスに凭れ、弁当を広げてランチタイムを送っていた。
朝に先生から告げられた悲劇について、私がありのまま語れば、お手製のやけに豪華なサンドイッチを子リスのように食べていた心実は、今にも立ち上がらんばかりに反応を示してくれた。
「ありがとうね、心実。とりあえずまぁ、普通の試験の方は、今まで通り勉強すれば何とかなると思うんだけど……」
「魔法模擬試合の方ですか? でも、最近はお姉さま、魔法の練習を頑張ってるです! きっと大丈夫ですよ!」
そう、実は私は心実と友達になってから、朝や時に放課後にも、彼女と一緒に魔法の特訓をしているのだ。訓練棟で彼女にいろいろ教わっており、昨日は遂に、移動魔法の操作可能範囲を1mから1.5mに広げることに成功した。
……相変わらず移動魔法だけかよ、というツッコミはなしにして頂きたい。
「でもね、心実。忘れちゃいけないのは、私一人じゃ限界があるってことなのよね。試合はチーム戦だから」
「えっと、お姉さまのペアは、二木さん……でしたですか?」
「そう、赤毛の目付きの悪い不良。あいつと何とかして協力しないと……」
もしかしたら、一番の問題はこれかもしれない。私はパックのミックスジュースを飲みながら、遠くの空を仰いだ。
魔法模擬試合攻略には、チームワークは必要不可欠だ。心実のように、個人でも圧倒的な力を持っているなら話は別だが、私一人ではポイントを稼ぐことは難しい。
必然的に、私はペアである二木君と出場し、協力して勝利を手に入れるしかないのだ。
前回のように、彼がサボりで不参加なんて事態はもちろん論外。私はなんとしても彼と仲を深め、今すぐにでも試合に向けて特訓を開始し、当日までにチームとして戦えるようにならなければならない。
むしろその方がテストより難問かもしれないが、やらなければ夏休みは消えてしまうのだ。
「そのためにはまず、二木さんとお話することから、という感じですか?」
「そうなんだけどね……。そもそもまず、あいつを捕まえることすら出来ないのよ。あの不良、授業自体の出現率は低いわ、来てもチャイムと同時に現れては去るわで、一向に捕まえられないし。梅太郎さんに聞けば寮部屋の場所くらいわかるだろうけど、そんなストーカーみたいなことはしたくないし……」
今更だが、ペアなのに連絡先すら知らないという現状に、私はすでに行き詰っていた。どうしようと頭を抱えていると、不意に心実が「あ!」と声を上げた。
「それでしたら、お姉さま! 私に考えがあるです!」
「考え?」
「はい! 探知魔法の応用と物質操作魔法の融合魔法で、二木さんに直接、メッセージを書いた手紙を送ればいいですよ!」
「ちょっとごめん、何を言っているかわからないよ」
名案だと瞳を輝かせる彼女には悪いが、言っていることが高度すぎて、私は何一つ理解出来なかった。 つまり、どういうことでしょう?
「それでは、とにかくやってみるです。次の授業は私だけ、二年生の魔法演習に混ざるらしいので、魔法使用許可が準備のためにもう下りてるのです。えっと、必要なものは……」
「……なんか、改めて凄いね、心実」
しかし、二年の授業に一年生の心実だけが混ざるなど、ただでさえ飛び級の天才少女と言われて特別視されているのに、またさらに彼女が浮いてしまうのではないかと心配にもなる。
けれど彼女は、「お姉さまの方が凄いです!」とか気にした風もなく、百人中百人が否定することを力説してきた。何やら出会った当初よりも、いろいろと吹っ切れたようである。
それは、とても良い傾向のように思えた。
「さて、お姉さま。この紙に、二木さんに伝えたいことを書いてほしいです」
心実が持ってきていたノートのページを破り、ペンと共に渡してきた。私は素直に従うことにし、思いつくままに用件を書き綴っていく。
……一応あれかな。こういうのって、ちょっと固めの文章でいった方が好印象だよね。
『二木君へ
お久しぶりです。突然すみません。
いきなりですが、次の魔法模擬試合こそ、私はぜひ、ペアとしてあなたと共に出場したいです。
一緒に特訓しましょう。そして一緒に夏休みを手に入れましょう。
つきましては本日の放課後、訓練棟の2階を上がってすぐのトレーニングルームでお待ちしております。
今日が無理なら、明日も明後日もいます。
ずっとずっとお待ちしてます。
野花三葉』
書き終わって読み返し、どう見ても不審者からのメッセージであることに、私は額を押さえた。
……私って文章力なかったんだな。下手くそな間違ったラブレターのようだ。
「書き終えたですか?」
「い、一応ね」
「ではこれをこうやって……」
心実は私の残念な文章が書かれた紙を、ちまちまと手を動かして、紙飛行機の形に折っていった。それを再び私に返し、私はこれをどうするのだろうと、手元の紙飛行機を繁々と眺める。
「これから魔法を発動して、お姉さまが思い浮かべた人のもとへ、紙飛行機を飛ぶようにするです。お姉さまは二木さんのことを、容姿や特長など、出来るだけ細かくイメージして欲しいです」
「お、おっけー」
私は目を瞑って、二木くんのことを思い描く。
最後に彼を見たのは―――――――小枝をぶつけて罵ったあれか。
思えばあの日以来、彼とは接触を図ってなかった。
…………もしかして、彼は絶賛、私に対して激おこ状態の可能性もあるんじゃないだろうか。
「言ってやったゼ」みたいな晴れ晴れとした気分だったため、あの後で彼がどんな感情を私に抱いたかなんて、正直一ミリも考えたことはなかった。あの日は他にもインパクトの強い出来事ばかりだったから、すっかり忘れていたともいえるが。
普通に考えて、「クソ不良」なんて悪態をつかれたら、キレていても不思議はない。
仲良くなるどころか、会った瞬間殴られたらどうしよう……。
そんな風に、別のところに意識を飛ばしていたら、心実から「お姉さま、もっとイメージを強くお願いしますです」と注意されてしまった。
私は頭を降って、今度こそ集中して彼を想像する。
怒ってようが何だろうが、彼と会わなくちゃいけないことに変わりはないのだ。
二木君、二木君と、念じるように頭に浮かべる。若干本物より凶悪な悪人面が浮かんでいる気もするが、だいたい本人もこんなものだったはずだ。
すると突然、瞼の裏に光が差した。目を開ければ、紙飛行機がポウッと淡い光を帯びて、私の眼前でふわふわと浮いていた。
「おお!」
「これでバッチリです! ほら、行っておいで」
心実の声に反応して、紙飛行機は屋上を飛び出し、青空へと消えていった。
「恐らく無事に、お姉さまの伝言は彼に届くはずです」
えっへんと胸を張る心実が、褒めて褒めてとせがむ子犬のようで、私は思わずその金髪を撫でる。心実の髪は、太陽の日差しを受けてキラキラと輝いて綺麗だ。私は自分の薄ピンクの髪も、琥珀色の瞳も、どちらも好きではないので、正直ちょっと羨ましい。
頭を撫でられた心実は、「お、お姉さまっ!? こ、これはなんのイベントでしょう……!」と、よくわからないことを言って、真っ赤な顔で慌てている。
私は髪の手触りを楽しみながら、ふと気になることを彼女に聞いてみた。
「ちなみにさ、あの魔法ってイメージが不十分だと、別の人に届いちゃったりはする?」
「それは……ないことも、ないですね」
「……間違ってもっとヤバイやつに届かないといいな」
まあ、無事に二木君に届いたとして、彼が読んで来てくれる可能性はもとより低いけど。
その時はその時だと、私は飛行機が飛んで行った方に視線をやった。
あの空の向こうにある夏休みは、まだまだ遠いようだった。