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10 お友達が出来ました?

 ひとまず木葉さんを部屋に案内して、二人がけの小さなソファーに座ってもらう。カップにティーパックのお茶を入れ、ミニテーブルに置き、私もイスを引き寄せて腰掛けた。

 礼を言ってカップに口をつける彼女の様子は、ピンクのフリフリの私服姿も相まって、まるで異国のお姫様のようだ。


 おかしいな。実家から送られてきた298円の麦茶が、王室御用達しの紅茶か何かに見えるぞ。


「あの、突然押し掛けてすみませんです。改めて、ちゃんとお礼を言いたくて。あ、これ、急いで作ったので不恰好ですが、良かったら……」


 渡された紙袋を覗けば、どう見ても店頭に並んでいるような、綺麗なクッキーがパック詰めにされていた。

 ……何なのだろう、この、彼女の計り知れない女子力は。私なんて、作れるお菓子は『パンの耳の砂糖和え』くらいなのに。


「えっと、ありがとうね。でも、こんな気を使ってくれなくて大丈夫だよ? お礼なんて、怪我も治してもらって、朝にたくさん言ってもらったし」

「あ、その、もちろんお礼もあるのですけど。どうしてももう一度、あなたとお話がしたくて……」

「私と?」

「はい。あなたとなら、私、えっと……私の……その……」


 もごもごと、歯切れ悪く口をまごつかせる彼女。その様子や言いかけた言葉から、私はある期待をほんの少しだけ抱いていた。

 もしかしてこれは、この学校で初の、女の子友達ゲットになるんじゃないか―――と。


「い、言いにくいなら後でもいいよ!」

「す、すみませんです。なら、その、良ければ、私自身の話から聞いてくれませんですか? ……あなたに、聞いて欲しいです」


 木葉さんがとても真剣な目をしていたので、私は「うん」と力強く頷いた。


「ありがとうです。……私、この通り内気な性格で、昔から友人もほとんどいなかったです。ただ一人、幼稚園からの幼馴染みの女の子がいて、その子だけは、いつも私と遊んでくれていました」

「……木葉さんとその子は、親友だったんだね?」


 首肯する彼女に、私も自分の親友のことを思い出して、自然と顔が穏やかになった。酷く懐かしい気がして、親友のくれたピンを無意識に弄る。


「彼女はとても明るくて、友達思いの素敵な子でした。……そんな彼女は、ずっと魔法に憧れていて、自分が魔法適性が出ることを信じて疑わず、いつも魔法の素晴らしさを私に語ってくれていました。私も、彼女が魔法を使う日を、ずっと楽しみにしてたです。でも……」


 木葉さんが、長い睫毛を静かに伏せた。


「……中学生になって、魔法適性が現れたのは私だけでした。彼女には、何の変化も起こらなかったんです」

「で、でも、それなら遅咲きの可能性もあるよ? 私も中三の時だったし……」

「いえ、彼女は、とある機関で調査してもらったらしいです。機関名は忘れましたが、魔法を専門的に研究している民間の機関があって、そこでは魔法適性が出る前でも、潜在的に魔力があるかないか判別できるそうです」


 そんな便利な機関があるのかと、私は純粋に感心した。その機関が持つ技術がもっと広まれば、私のような悲劇を防ぐことも出来るかもしれないのに。


「彼女は『私には魔法の才能はないんだってさ』と、すべてに絶望したような顔で報告してきました。……私はあのときの彼女の顔が忘れられないです。その頃には、私の方の魔法の才能は開花していて、飛び級の話も決まっていました。その話を聞いた時も、彼女は悲痛そうに顔を歪めて…………一瞬でしたが、私を憎むような目で見てきたです」


 その時の感覚が蘇ってきているのか、木葉さんは自分の腕を抱きしめて、その小柄な体を震わせた。

 誰かに悪意や敵意、憎悪を向けられることは、想像するよりもずっと辛いのだ。しかもその相手がたった一人の親友だったのなら、トラウマになったとしても無理はない。


「またその目で見られることが怖くて……。私は結局、彼女とろくに話も出来ないまま、この高校に入学することになりました。とにかくこの学校で新しく頑張ろうとも思いましたが、皆さんは年上ですし、何より『天才魔法少女』だとか言われて、誰も近づいてきてはくれませんでした。………………唯一の親友も失って、学校には馴染めなくて、私にはもう魔法以外、何も無くなってしまったんです」

「木葉さん……」

「ずっと一人ぼっちで、悲しくて寂しかったです。だから――――――あなたが助けに入ってきてくれたとき、私は心の底から嬉しかったです」


 木葉さんの紫水晶の瞳が、静かに私を映す。

 私は突然、話に自分のことが出てきて、大いに動揺してしまった。


「わ、私は、そんなたいしたことしてないよ?」

「違うです。あれは『たいしたこと』です。少なくとも、私にとっては。この学校ではじめて、私を私として認識して、手を取って助けてくれました。とてもとても嬉しくて、救われた気分になりました。…………だから、あの、先ほども言おうと思ったのですが、わ、私の、えっと」

「待って」


 口を開いたり閉じたりを繰り返す彼女に、私は静止をかけた。

 この先、彼女が言おうとしていること、望んでいることは、きっと私と同じだ。境遇は違えど、私と木葉さんは、この学校で孤独を噛みしめてきた仲間だと思う。

 それなら、言うことは一つだろう。


「たぶん、私の思いと木葉さんの考えていることは、きっとシンクロしてるよ。せーのっで、一緒に言おうか」

「えっ……わ、わかりました」

「よしっ。いくよ、せーのっ」


 一拍おいて。


「―――――私の友達になってください!」

「―――――私のお姉さまになって欲しいです!」


 ん?


「えっと、木葉さん、今なんて言ったのかな?」

「あ、あの、これからは心実ここみって呼んでほしいです……三葉お姉さま」

「空耳じゃなかった!」


 なに、お姉さまって!? 予想してたのと違うよ!?


「あの、この……心実さん、そのお姉さまってのは……?」

「呼び捨てでお願いしたいです! ――――詳しいことはこちらを」


 頬を薔薇色に紅潮させ、彼女はクッキーの入っていた袋から一冊の本を取り出した。それは、私が不良共の手から救出した、木葉さんの大切なものだ。入っていたことにまったく気付かなかったことと、妙な彼女の迫力に、私は面食らう。


「これは、私が一人の寂しさを紛らわすために読書を始めてから、一瞬で虜にされてしまった本です。この小説の主人公は、少し私と似ていて……。特殊な力を持つ故に、学園で孤独を抱えていた主人公が、同じように学園で孤軍奮闘する、素敵なお姉さまと出会い、二人で成り上がっていくというストーリーです!」

「へ、へー……」


 強引に渡された本を開けば、タイトルは『白百合女学園下剋上物語~金の乙女と桃色の乙女~』とあった。


「す、すごいタイトルだね。なんていうか、普通ではない感じで……」

「はい! しかもそれは、学校を抜け出して行った作者さんの握手会で、サインをしてもらったプレミアムな一冊なのです! ぜひ、お姉さまも読んでみてくださいです!」


 何かリミッターでも外れたのか、木葉さんは急に生き生きとし出した。はしゃぐ体と合わせて、ソファーが跳ねる。

 さっきまでのシリアスな雰囲気は何処に。


「この本に出てくるクローバーヌお姉さまは本当に素敵で……。主人公のことを助けて、一緒に強く学園で生きていくことを誓うのです。読んでいて私にもいつか、こんな素敵なお姉さまが現れないかと、ずっと夢見てきました。…………三葉お姉さまは、クローバーヌお姉さまのように、逆境にも負けない強さと気高さ、そして優しさを兼ね備えた、私の理想のお姉さまなんです!」

「う、うん。それはまず理解した……したかな? とりあえず、理解したよ、たぶん。でもあの、お姉さまとかそういうのは別にしてさ、私と普通に友達になってくれたりはしないかな?」

「えっ、と、友達にもなってくれるですか!? 喜んでです!」


 興奮しきっているのか、私の手を取って木葉さん……心実はブンブンと腕を振った。

 私だって女の子友達が出来て嬉しいはずなのだが、なんとも複雑な感情が邪魔をし、純粋に喜べない。むしろ、何か見知らぬ世界の扉を開けさせられないか不安さえある。


「これからよろしくです、三葉お姉さま!」

「……うん、よろしくね」



 ―――――――余命『179日』。私にこの学校で、はじめての女友達が出来ました。



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