第7話 アイリと葉っぱの使者のダンス
オーケストラが奏でる曲がホールに鳴り響く。リアは俺に小声で仮面の男はマルセル教団の枢機卿であり、今回は彼と取引をするためにここにきたのだと告げてきた。
そして、彼女はそう言うやいなや枢機卿のもとに歩き出した。おい、おい、護衛できる部下が離れたばかりだろう? やはり、周りを確認したが護衛の黒服は誰もいないな。なぜだ? あいつらは彼女を護衛するのが仕事だろうに…
って、思い出したよ。部下たちはなんか別の仕事があるんだったけ? 仕方がないな。俺が彼女の護衛をしてやるか。給料分の仕事はしてやる。
前世から続いた長いニート生活が馴染んでいる俺も今や立派な労働者になったものだ。まじめに働こうって思うなんてなと俺はくだらないことを考えながら、リアの護衛をするために彼女を追った。
「さて、私の招待にご応じて頂きありがとうございます」
そう言ってリアに枢機卿は頭を下げる。それを遮るようにリアは本題に入るように促したいのだろう。彼の話を最後まで聞かずに
「では、時間もないので本題に入って頂けますか? 枢機卿」
と言って、燦然とした微笑みを顔に浮かべる。
「それはつれない。私は今宵のあなたとのダンスを楽しみにしていたのに」
「お戯れを…」
彼女らは多少の会話をした後、曲に合わせて踊りはじめた。
「さて、では本題に入らせて頂きましょう。あなたのお父上さまである公爵様の領土でのことです。数週間前から我々教団の弾圧を開始されました」
仮面越しの枢機卿の鋭い目がリアを射すくめる。リアはダンスの途中であるにも関わらずに動作がすこし止まってしまう。それに気がついた枢機卿がリアに踊りを継続するように微笑みながら注文をつけている。
「なんのことでしょうか? 私にはわかりかねます」
「信仰の自由を制限するのは如何なものでしょうか?」
「それをなぜ、私におっしゃるのでしょうか?」
リアがとぼけたフリをすると枢機卿はさらに畳み掛けるようにリアに文句を言う。
「おとぼけになられるのも構いません。しかし、我々はその件であなたがお父上に掛け合ったことを知っております。そこで、公爵領での布教活動の許可のかわりに我々はあなたに関わらないという条件で取引がしたいのです。いかがでしょうか?」
枢機卿はリアに取引を持ちかけているようで仮面越しに見える目が真剣であった。
「つまり、私のあの件には目をつぶるという訳でしょうか?」
「いえ、あれは不幸な事故だったのです。そして、あなたのお父上のこの弾圧も誤解から生じたもの。そうではありませんでしたか?」
「わかりましたは、そういたしましょうか」
どうやら、会話を聞いている限り、リアたちの話し合いはうまくまとまったようだな。黒服の男たちも、仕事を終えたのか戻ってきているようだ。もう、俺の仕事はお役目御免といった所か。
うん? アイリの奴がチラチラとダンスをしている男女を見ては顔を伏せている。いったい、どうしたというのだろうか?
「おい、アイリ! って、どこ…」
アイリは声に反応して俺を見るなり、顔を真っ赤にしてホールから出て行ってしまった。
「そんなに寂しげな顔などしなくてもいいのに」
そういえば、アイリの奴はどこか名残惜しそうに舞踏会場になった大聖堂のホールを見ていたな。もしかして、アイリは踊りたかったのではないか? なら、踊ればいいのに…
ああ、面倒くさい奴だな。彼女を追いかけてホール出たのはいいけど。いったい、どこにいるんだろう。俺がキョロキョロと辺りを伺っているとホールを出てすぐに曲がった廊下に彼女はいた。
「わっちも、ユウと踊りたかったのじゃ。じゃが、踊れん…」
どこか寂しげにそういうアイリ。そうか、アイリは俺と踊りたかったのか。
そうだったのか。よし、今日くらいはかわいい彼女のために頑張りますかね。今日は仮面舞踏会だったな。俺はポケットに入れていた大きめの葉っぱに2つあけてそれをかぶる。
「おや、こんな所に綺麗なお嬢さんがいるではないか。まだ、仮面をつけていないようだね。今日は仮面舞踏会だ。ダンスをしたければ仮面をつけるんだぞ? 奇麗なお嬢さん?」
俺は先程まで使っていたファントムのような仮面をアイリにそう言って渡した。アイリはキョトンとした顔で俺を見る。
「なんじゃ。どうしたんじゃ? ぬしよ」
俺は彼女の言葉を遮るためにアイリが次の言葉を紡ぐ前に大声で自己紹介をはじめることにした。
「はじめまして、綺麗なお嬢さん、俺は葉っぱの使者! さぁ、私と踊ろう。すぐに仮面をつけてくれたまえ」
俺の声を聞いたアイリは呆れ顔でまったくぬしは何をやっておるのじゃと言いながら、仮面をつける。
「わっちは別に良い。それにぬしはあやつと踊っておったじゃろ?それでよいではないか。わっちのことなど…」
俺の元気よく踊りに誘う言葉に対してアイリは顔を暗くして沈めていく。
「俺は今日はじめてのダンスだよ。私が独りでは寂しいから一緒に踊ろう!」
俺はアイリを元気づけるように明るめの声でそう言う。それでも俯いているアイリを見て、俺は彼女の手を取ったあとにその手にキスをする。アイリは少し顔を赤らめながら俺を見て顔を背ける。
「わっちはダンスなど踊れないのじゃ」
顔を背けながらアイリは苦々しいものを言うような声でそう言った。
「なに、俺は葉っぱの大使だ。人間の踊りなどわからない。気ままに踊ろう!」
「で、でも、ぬしよ。こ、こんな人が通っておるような場所で…」
「妖精が人の視線を気にすんなよ。踊るぞ!!」
俺の瞳にはアイリだけしか見えなかった。アイリは俺を真剣な表情で見たあと少し目頭が下がりながら微笑みこう言った。
「仕方がないの。では、踊ろうか。葉っぱの使者サマ」
アイリはそう言うと俺の葉っぱの面から見える目を見つめてから俺の手を取った。俺たちは、曲が僅かに聞こえる廊下でダンスを2人で踊りはじめる。互いに慣れていないため、つたないダンスだったが俺たちは踊り続けた。
葉っぱの仮面をつけた紳士と可愛らしい精霊は2人きりでダンスを踊る。俺は2人の時間がいつまでも続けば良いのにと思いながらこのひと時を楽しんでいたが…
「ぬしよ。曲が止まったのじゃ」
音楽と楽しげな声が止まった!? なにかあったのだろうか?
「きっと、次の曲に移るためにオーケストラの人が楽器でも変えているんだよ」
そんなことではないことはオレがよくわかっている。楽器を変えるために曲を止めるなんてことは絶対にありはしない。だが、アイリを安心させるために何でも良いから、彼女が納得できるようなことを言いたかったのだ。
いや、違うな。俺が彼女といっしょにいる時間を奪われたくなくて、自分自身をここに引き止める理由を無理やり作って誤魔化したのだ。
そう、できるだけ、アイリとのひと時が続いて欲しかったから…
だが、この世にまともな神はいないのだろう。俺がそんな願いをしながら、彼女と踊っていたら、女性の高らかな悲鳴が辺りに響き渡ってきた。
女性の悲鳴が聞こえたと思ったら、廊下を怒涛の如く次から次へと老若男女が廊下を駆けてきた。
「これはホールの中でなにかがあったな」
くそ、名残惜しいが、彼女から離れないと。彼女と離れた後に俺はアイリに見えるようにホールの方向を指さす。
アイリは俺の視線に気がついて、こちらに大きく頷いてきた。そうだよな。早く現場に戻らないと。
俺は恐慌状態になって逃げ惑う群衆の流れに逆らって駆けて行った。




