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第1話「黒猫を助けたら戦国時代!? 25歳ギャル美容師、前田まつに転生! えっ、インフルエンザで死にかけてたの!?」

文章作成

「今日も一日、めっちゃ頑張ったぁぁぁ!」

午後八時三十分。

愛知県名古屋市。

駅前にある美容室『Hair Salon Lien(リアン)』に、元気いっぱいの声が響いた。

声の主は、前原まつり。

二十五歳、独身。

職業、美容師。

しかも、ただの美容師ではない。

副店長である!

高校卒業後、二年間の美容専門学校を経て美容師免許を取得。

美容師として働き始めて約五年。

シャンプー、カラー、カット、パーマ、ヘアセット。

新人時代は先輩に叱られ、何度も悔し涙を流した。

それでも努力を続け、今では指名客も多く、後輩たちから頼られる副店長にまで出世したのだ。

……ただし。

「まつり先輩! 今日のお客様、めっちゃ喜んでましたよ!」

「マジ!? よかったじゃん!」

「先輩のヘアアレンジ、神ってました!」

「でしょ〜? もっと褒めていいんだよ?」

「調子乗りすぎです!」

「ちょっ! 褒めといて落とすのやめて!?」

店内に笑い声が広がる。

まつりは、明るい茶髪にゆるい巻き髪、ぱっちりした目元、艶のある唇が特徴のギャルだった。

もちろん、仕事は真面目。

接客も丁寧。

お客様の髪質や好みを考え、一人ひとりに合った髪型を提案する。

「美容師ってさ、髪を切るだけの仕事じゃないんだよね」

「どういう意味です?」

「髪型変えたら、気分も変わるじゃん? 自信がついたり、恋がうまくいったりさ!」

「先輩、いいこと言いますね!」

「でしょ!? だから、うちらの仕事って最高なんだって!」

そう言って笑うまつりは、本当に美容師という仕事が好きだった。

「じゃあ、お先に失礼しまーす!」

「お疲れさまでした!」

店を出ると、冷たい風が頬を撫でた。

「さっむ! 名古屋の冬、マジ容赦ないんだけど!」

コートの襟を立て、スマホを取り出す。

画面には、可愛らしい猫の写真。

「はぁ〜、癒やされる〜!」

そう。

前原まつりは、大の猫好きだった。

休日には猫カフェ。

スマホの写真フォルダは猫だらけ。

SNSでも猫動画ばかり見ている。

「猫って、なんであんなに可愛いんだろ? 存在してるだけで優勝じゃん!」

そんなことを呟きながら、帰宅途中の道を歩いていた。

そのとき。

「……にゃあ」

「ん?」

小さな鳴き声が聞こえた。

「……猫?」

植え込みの陰から、一匹の黒猫が姿を現した。

艶やかな黒い毛並み。

金色の大きな瞳。

まだ若そうな、小柄な猫だった。

「ちょっと待って! めっちゃ可愛いんですけどぉぉぉ!」

まつりの目が輝く。

「おいで〜! 怖くないよ〜!」

しゃがみ込み、そっと手を伸ばした。

黒猫は警戒する様子もなく近づいてきた。

「にゃあ」

「きゃああ! 人懐っこい! なにこの天使!」

頭を撫でると、黒猫は気持ちよさそうに目を細めた。

「よしよし。あんた、どこの子? 首輪ないじゃん。迷子?」

「にゃっ」

「返事した! 可愛すぎ!」

まつりは完全に夢中になった。

ところが。

「にゃっ!」

黒猫が突然、走り出した。

「あっ! 待って!」

黒猫は歩道を駆け抜ける。

「ちょっ! そっちは道路!」

まつりも反射的に追いかけた。

「猫ちゃーん! 危ないって!」

黒猫が車道へ飛び出した。

その瞬間。

プァァァァァァン!!

大きなクラクション。

「あっ……!」

目の前に、巨大なバスが迫っていた。

「やばっ!!」

まつりは黒猫を抱き上げた。

そして、歩道へ向かって逃がす。

「逃げて!!」

キキィィィィィッ!!

激しいブレーキ音。

次の瞬間。

ドンッ!!

「……え?」

身体が宙に浮いた。

視界がぐるりと回る。

冷たいアスファルト。

遠くで誰かが叫んでいる。

「救急車!!」

「誰か救急車呼んで!!」

(……あれ?)

(あたし……バスに……?)

身体が動かない。

痛みすら、よく分からなかった。

(……猫ちゃんは?)

ぼやける視界の向こう。

歩道に、一匹の黒猫が立っていた。

「……にゃあ」

(……よかった)

(無事だったんだ……)

まつりの唇が、わずかに緩んだ。

(でもさ……)

(あたし、まだ二十五歳なんだけど……)

(結婚もしてないし……)

(美容師として、もっと頑張りたかったし……)

(店長にも、なりたかったのに……)

涙が一筋、頬を伝った。

(……マジ、ありえん……)

そして。

前原まつりの意識は、静かに闇へ沈んだ。

◆◇◆◇◆

弘治三年(西暦1557年)一月。

冬。

尾張国愛知郡荒子村。

現在の愛知県名古屋市中川区付近。

「……つ」

「……まつ……」

「……まつや……」

(……ん?)

(誰……?)

「まつ! 目を覚ましておくれ!」

(……うるさ……)

(あたし、今日休み……)

「まつ!!」

「うひゃあっ!?」

まつりは飛び起きた。

「ちょっ! 何!? 寝坊!? 予約のお客さん来ちゃった!?」

……シーン。

「……あれ?」

目の前にいたのは、見知らぬ女性だった。

しかも。

着物。

髪は後ろでまとめただけの、素朴な髪型。

「……え?」

まつりは周囲を見回した。

畳。

木の柱。

障子。

薄暗い部屋。

布団。

囲炉裏。

「……は?」

スマホがない。

テレビがない。

エアコンがない。

当然、ドライヤーもない。

「……ちょっと待って」

「まつ! よかった! 目が覚めたのじゃな!」

女性が涙を流しながら抱きついてきた。

「うわっ!? ちょ、誰!?」

「何を言うておる! わしじゃ! おぬしの母じゃ!」

「……母?」

(いやいやいや!)

(あたしのお母さん、こんな着物着てないし!)

(てか、家どこ!?)

「まつ、三日も高熱を出して寝込んでおったのじゃぞ!」

「……三日?」

「そうじゃ。もう駄目かと思うた……」

女性は、まつりを強く抱きしめた。

(……熱?)

(あたし、バスにひかれたんじゃ……?)

その瞬間。

ズキン!!

「いったぁぁぁ!!」

頭に激痛が走った。

「まつ!?」

「ちょ、待って! 頭! 頭痛い!」

大量の記憶が、脳裏へ流れ込んできた。

尾張国。

荒子。

前田家。

父。

母。

兄弟姉妹。

そして。

犬千代。

(……犬千代?)

(誰だっけ……?)

(……あれ?)

(前田……犬千代……?)

(……まさか)

まつりは震える声で尋ねた。

「あ、あのさ……」

「何じゃ?」

「……あたしの名前って……?」

女性は不思議そうな顔をした。

「何を言うておる? おぬしは、まつじゃろう」

「……まつ?」

「そうじゃ。前田家のまつじゃ」

「……前田?」

心臓が、ドクンと跳ねた。

「……ちょっと待って」

「どうした?」

「今って……何年?」

「弘治三年じゃが?」

「……こうじ?」

「そうじゃ」

(弘治三年……?)

(えっと……西暦……)

まつりは必死に記憶を探った。

前世では歴史が得意だったわけではない。

ただし、戦国ゲームと大河ドラマは好きだった。

織田信長。

豊臣秀吉。

徳川家康。

前田利家。

その程度なら知っている。

(弘治三年って……確か……)

(西暦一五五七年!?)

「……え?」

まつりは自分の手を見た。

小さい。

指が短い。

腕も細い。

「……何これ?」

慌てて布団から抜け出す。

「まつ! まだ寝ておらねば!」

「鏡! 鏡ない!?」

「鏡?」

「自分の顔を見るやつ!」

女性は戸惑いながら、小さな銅鏡を差し出した。

まつりは覗き込む。

そこに映っていたのは。

黒髪。

大きな瞳。

まだ幼さの残る顔立ち。

十歳ほどの少女だった。

「…………」

沈黙。

三秒。

五秒。

十秒。

そして。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

家中に絶叫が響き渡った。

「誰ぇぇぇ!? この子、誰ぇぇぇ!?」

「まつ!? どうしたのじゃ!?」

「髪、真っ黒! ネイルない! メイクない! てか、あたし小学生になってるぅぅぅ!!」

「ねいる? めいく? 何を申しておる!?」

「しかも、これ銅鏡じゃん! 顔が見づらいんだけど!!」

「まつ! 落ち着け!」

「落ち着けるわけないじゃん!!」

まつりは頭を抱えた。

(……待って)

(あたし、バスにひかれた)

(黒猫を助けて……)

(それで……)

(……死んだ?)

そして。

(……戦国時代に転生した!?)

「……マジ?」

声が震えた。

「……マジで?」

そのとき。

女性が心配そうに言った。

「まつ、まだ熱が残っておるのか?」

「……熱?」

「そうじゃ。三日も高熱を出しておった。咳もひどく、身体の節々が痛むと……」

(……それって)

(インフルエンザじゃね!?)

前世で美容室のスタッフが何人も感染したことがある。

高熱。

頭痛。

関節痛。

全身の倦怠感。

(いや、検査しなきゃ分かんないけど!)

(でも、戦国時代にインフルっぽい病気とか……)

(普通に命懸けじゃん!!)

まつりは青ざめた。

(病院ない!)

(抗インフルエンザ薬ない!)

(点滴もない!)

(てか、保険証どころか健康保険制度がない!!)

「……終わった」

「まつ?」

「……あたしの人生、終わった……」

「何を言うておる! 助かったではないか!」

「そうだけどぉぉぉ!!」

思わず布団に突っ伏した。

そのときだった。

「まつ!」

外から少年の声が聞こえた。

「まつは目を覚ましたんか!?」

障子が勢いよく開く。

そこに立っていたのは、元気そうな少年だった。

「おお! まつ! 生きとったか!」

「……は?」

「心配したがや!」

少年は嬉しそうに笑った。

日に焼けた顔。

きりっとした眉。

少し生意気そうな目。

なかなかの美少年である。

(……え?)

(誰、このイケメン?)

少年は胸を張った。

「わしじゃ! 犬千代じゃ!」

「……犬千代?」

「そうじゃ!」

「……前田?」

「当たり前だがや!」

まつりの頭の中で、何かがつながった。

前田犬千代。

後の前田利家。

加賀百万石の礎を築いた戦国武将。

そして。

前田まつの夫。

(……え?)

(この子が……)

(前田利家!?)

「うそぉぉぉぉぉ!!」

「何じゃあ!?」

「ちょ、待って! あんた、前田利家!?」

「としいえ? 誰じゃ、それ?」

「あっ……そっか!」

(まだ犬千代って呼ばれてるんだ!)

少年は首をかしげた。

「まつ、おみゃあ、熱で頭までおかしくなったんか?」

「失礼すぎるんですけど!?」

「いつものまつに戻ったがや!」

「どういう意味!?」

「元気になったっちゅう意味じゃ!」

犬千代は豪快に笑った。

まつりは、思わず見つめてしまった。

(……待って)

(前田まつって、確か……)

(十二歳くらいで利家と結婚するんだよね?)

(ってことは……)

(あたし、あと一年くらいで……)

(このイケメンと結婚!?)

「……えへ」

思わず頬が緩んだ。

「何じゃ、まつ。気持ち悪い顔して」

「気持ち悪いって何よ!!」

「さっきから百面相しとるがや!」

「うっさい! 犬千代のくせに!」

「何じゃとぉ!?」

二人の声が部屋に響いた。

母親は、ようやく安心したように笑った。

「まったく、おぬしらは昔から仲がええのう」

(……昔から?)

まつりの頭に、この身体の記憶が浮かぶ。

犬千代と遊んだ日々。

喧嘩した日々。

一緒に笑った日々。

(……そっか)

(この子、幼なじみなんだ)

胸の奥が、少し温かくなった。

(……まあ)

(戦国時代に転生したのは最悪だけど)

(イケメンの旦那候補がいるなら……)

(意外と悪くないかも?)

まつりは、にっこり笑った。

「ねえ、犬千代!」

「何じゃ?」

「あたしのこと、大事にしてよね!」

「はぁ!?」

「約束だからね!」

「何の約束じゃあ!?」

「いいから!」

「おみゃあ、ほんと変な娘じゃのう!」

犬千代は呆れた顔をした。

しかし、その頬は少し赤かった。

(……ふふっ)

(照れてるじゃん!)

まつりは満足そうに笑った。

だが。

彼女は、まだ知らない。

この少年が、やがて自分ではなく、別の少女を選ぶことを。

そして。

その少女が、自分の大親友になる寧々であることを。

さらに。

失恋して泣く自分の前に、猿と呼ばれる一人の青年が現れることを。

その青年こそ。

後に天下人となる、木下藤吉郎。

豊臣秀吉である。

そして、歴史は大きく変わり始める。

――もっとも。

今のまつりにとって、そんな未来よりも重大な問題があった。

「……ねえ、お母さん」

「何じゃ?」

「お風呂って、毎日入れる?」

「毎日!? 何を贅沢なことを申しておる!」

「……え?」

「薪も水も要るのじゃぞ!」

「…………」

「どうした、まつ?」

まつりは、天井を見上げた。

そして。

「いやぁぁぁぁぁ!! 美容師なのに毎日シャンプーできないとか、マジ無理ぃぃぃぃ!!」

尾張国の冬空に、少女の絶叫が響き渡った。

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