第8章
(1)
「高梨さん」
捜査本部を訪れた私達は、部屋の奥の方で資料をめくっている高梨刑事を見つけ、入り口から声をかけた。
「これはこれは。お2人お揃いで、どうされましたか?」
高梨刑事は、手にしていた資料をファイルに戻すと、こちらへ向かって歩いてきた。
「友川さんが捕まったって、本当ですか?」
私の質問に、彼は苦笑いを浮かべた。
「捕まったなんて、とんでもない。お話をお伺いするために、お呼びしただけですよ」
「お話って何ですか?」
洋介が食い下がる。
「ここでは何ですから、奥へどうぞ」
高梨刑事の後について、私達は捜査本部へと足を踏み入れた。
本部の奥には、簡単な応接セットが置いてあった。高梨刑事はそれを手で示すと、座るように促した。
「今、コーヒーでもお持ちしますよ」
「あ、いえ、お構いなく」
洋介の言葉に、高梨刑事は少し微笑んで去っていく。
「庄野先生にも、連絡は行ってるのかしら」
私が小声で話し掛けると、洋介は苦笑しながらささやいた。
「お楽しみの最中だからな。来られたとしても、もう少しかかるだろうよ」
嫌なことを思い出してしまい、私は眉間に皺を寄せた。その様子を見て、洋介が笑いをかみ殺す。
その時、コーヒーをお盆に乗せて、高梨刑事が戻って来た。
「昔なら、女の子に言えば持って来てくれたんですけどね。最近は、色々うるさくて、コーヒーもお茶も、自分で用意しなくてはいけなくなりました」
高梨刑事はそう言いながら、カップを私達の前に置いた。
「ありがとうございます」
私達がお礼を言うと、高梨刑事は、よっこらしょ、と向かい側のソファに腰掛けた。
「友川助教授のお話でしたね」
私達は頷いた。高梨刑事は、胸のポケットから手帳を取り出す。
「犯行に用いられた蝋燭については、ご存じですか?」
「義母のアロマテラピー用の蝋燭のことなら、庄野先生から伺っています」
洋介が答える。
「お宅の裏庭から発見されたというお話も、聞かれていますか?」
「ええ」
今度は私が答えた。高梨刑事はコーヒーを一口すすると、軽く咳払いをした。
「その蝋燭から、友川助教授の指紋が検出されました」
「指紋ですか?」
私と洋介は、ほぼ同時に聞き返した。
「真由美さんも友川助教授も、お2人が愛人関係にあったという点については、否定しています。しかし、蝋燭の一件については、どうも供述が曖昧なんですよ」
「曖昧といいますと?」
洋介の質問に、高梨刑事は困ったような表情を浮かべた。
「捜査段階なので、あまり詳しいことはお話できませんが」
と前置きして続ける。
「お2人のお話に、食い違いがあるんですよ」
「食い違いが……」
高梨刑事は、胸のポケットから煙草を取り出すと、口にくわえた。洋介がライターを手に、身を乗り出して火を付ける。
「いや、これはすみませんね」
高梨刑事は、恐縮して頭を下げた。洋介は腰を下ろすと、軽く微笑んだ。
「真由美さんは、それらの蝋燭は、以前友川助教授からもらったものなので、彼の指紋が付いていても不思議はない、とおっしゃってます。しかし、友川助教授は、そのことは覚えがないと、こうおっしゃるんですわ」
「じゃあ、どうして指紋が付いたのですか?」
「それを尋ねると、黙秘です。どうしようもありませんね」
洋介が、うーん、と言いながら腕を組んだ。
「じゃあ、しばらく警察に?」
私が尋ねると、高梨刑事は頷いた。
「この件が明らかにならないと、捜査の進展が見込めませんからねえ」
ちょうどそこへ、郷田刑事が顔を出した。
「高梨さん、ちょっと」
彼は私達の方をちらっと見ると、高梨刑事の肩をそっと叩いた。
「それじゃあ、俺達はこれで」
洋介が立ち上がるのを見て、私も立ち上がった。
「コーヒー、ごちそうさまでした」
ほとんど手をつけることができなかったが、そう言って会釈をし、私達はその場を離れようとした。すると郷田刑事が、私達に聞こえるような大きな声で、高梨刑事に話をし始めた。
(2)
「友川が真由美に、あの蝋燭を買ってやったことは、事実のようです。今、店の方で裏がとれました。ただ、その店の蝋燭は全てオーダーメイドなので、製造から包装までの間に、注文主である友川が、それらに触れることはなかった、ということです」
そして、ちらっと私達の方を見ると、こう続けた。
「研究室から押収した、友川の持ち物の中に、ハンドショベルがありました。今、そこに付着している土を分析中です。間もなく結果が出ると思いますが」
それだけ告げると、郷田刑事は、私達を押し退けるようにして、本部から出ていった。
「あなたに失礼なことを言ってしまったのを、あいつなりに反省しているんでしょう。どうも、人付き合いが上手くなくてね。もうすぐ結果が出るということですから、もう少しおられたらいかがですか?」
高梨刑事に言われ、私達は顔を見合わせた。
「よろしいんですか?」
洋介が尋ねる。
「ええ」
私達は再び、ソファに腰を下ろした。意外な展開に、少し戸惑いを感じる。
「さて、我々は情報を提供しました。あなた方も、ご存じのことがあれば、隠さずお教え頂きたいですね」
高梨刑事は、私達の顔を交互に見つめながら、続けた。
「探偵さんにルポライターさんだ。色々、調べ回っていらっしゃることは、こちらもわかっているんですよ」
なるほど、そういうことか。私はそっと洋介の方を見た。洋介は、困ったなという風に、頭を掻いている。高梨刑事は、そんな私達の様子を微笑みながら――この微笑みが曲者だ――見つめていた。
洋介は観念したように手帳を取り出すと、これまでに調べて来た事柄を伝えた。
「――ということは、幸三さんは、去年の4月頃には既に、真由美さんと友川助教授の関係を疑っていた、ということですね」
黙って洋介の話を聞いていた高梨刑事が、口を開いた。
「ええ。孝子さんの証言が本当なら、ということですが」
洋介が答える。
「でも、あなたの調査からは、2人の関係は友川助教授の片想いだったと」
「その通りです」
洋介の言葉に、高梨刑事は腕を組んだ。
「実は、我々の捜査でも、2人が愛人関係にあったという事実は、浮かんで来ないんですよ。同じように、単なる片想いだったという点だけで」
「この間、見せられた写真も、食事をしているだけでしたからねえ。庄野先生が見せられたという写真も、映画館から出て来たところだったそうですし。これだけでは、男女の関係にあったとは、到底証明できませんよね」
洋介も腕を組む。
「それから、日向医院で処方された胃薬が、睡眠薬に摺り替えられたという説、なるほどと言うしかありませんね。それならば、幸三さんの胃から睡眠薬が検出された理由もわかりますしね。それに何よりも、鑑識の結果と一致するんですよ」
高梨刑事は顎に手を当てた。
「一致するって、どういうことですか?」
私が尋ねると、高梨刑事はコーヒーで口を潤し、話し始めた。
「真由美さんのお話だと、彼女の部屋のテーブルの上に薬の入った日向医院の紙袋が置かれていたので、いつものようにカプセルに粉薬を入れ、幸三さんのピルケースに並べたそうです。当日の夜の分から翌日の昼の分まで、間違いなくセットしたということでした」
私達は頷いた。
「ところが、真由美さんの部屋から見つかった残りの薬包紙の中身は、全て睡眠薬だったんです」
私と洋介は顔を見合わせる。
「どういうことなのか、真由美さんを追求しても、わからないとおっしゃるばかりでしてね。私達も、どう考えるべきか、困惑していたんです」
「なるほどね。義母自身が中身を摺り替えたのであれば、その夜の分だけでいいんですから。残りが全部睡眠薬だったということは、義母が薬の摺り替えに関わっていた可能性は少なくなるわけだ」
「その通りですね」
高梨刑事が頷く。
「ところで、その紙袋から指紋は見つかったんですか?」
「真由美さんものは、はっきり付着していましたね。あとは不鮮明で、特定することはできませんでした」
「そうですか。それでは、その中身を摺り替えた人物を、特定することは無理ですね」
洋介が腕を組む。
「ええ。そういうことです。全力で捜査しますよ」
高梨刑事がそう言った時、再び郷田刑事が現れた。今度は、手に書類を持っている。
「土の分析結果が出ました。蝋燭が埋められていた場所にあった土と見て、ほぼ間違いないようです」
(3)
その夜、私と洋介は遅くまで居間にいた。テーブルの上には、今日撮った写真が置かれている。
「浮気の証拠写真となると、こうやってホテルに入るところとか、確実に男女の関係を臭わせるものが必要なんだ。でも、あの2人の場合、食事中とか映画館とか、いくらでも言い逃れられるような写真だっただろ? あれは、裏を返せば、探偵が、そういった際どい場面に出くわさなかったってことでもあるんだ」
「なるほどね」
ホテルに入る不倫カップル。男の方が庄野弁護士だというだけで、さらに不快な気分になる。
「ちょっと、お手洗いに行ってくるわ」
用を済ませて手を洗い、タオルで拭きながら、私はふと窓を見つめた。この窓は裏庭に面している。孝子が真由美を見たのは、この窓からだ。
鍵を開け、窓をそっと開く。覗き込んで、私は思わずあっと声を上げた。
「暗くて、人の顔なんてまったく見えないじゃない」
その時、ドアの向こうに人の気配がした。意を決してドアを開けると、そこには孝子が立っていた。
「まだ、お休みになられないんですか?」
彼女はにこやかに言ったが、開けられた窓を見て、一瞬、表情が曇った。
「孝子さんが真由美さんを見かけたのは、この窓からだったわね」
私の言葉に、孝子は目線を外したまま頷く。
「でも、私には、暗くて何も見えなかったわ。孝子さんはどうして、真由美さんが蝋燭を埋めているとわかったの?」
その質問に、孝子は唇を噛んでうつむいた。
「どうしたんだ?」
私達の声を聞きつけて、洋介も現れる。
「申し訳ありません」
孝子は、顔を覆って泣き出した。
「とにかく、座って話しましょう」
私は彼女を抱きかかえるようにして、居間へと向かった。洋介は、何が何やらわからない様子だったが、黙って後について来た。
(4)
「どうして、真由美さんを見たなんて言ったのか、事情を話してちょうだい」
私と洋介は、孝子をはさむようにして、ソファに座っていた。
孝子はハンカチで顔を拭くと、小さな声で話し始めた。
「あの日、人影を見たのは本当なんです。でも、それが奥様かどうかという点は、お嬢様がおっしゃる通り、わかりませんでした」
私達は黙って頷いた。
「裏庭から蝋燭が発見されてすぐ、庄野先生に連絡して、そのことを言ったんです。そうしたら……」
「そうしたら?」
洋介が続きを促す。
「それはきっと、真由美さんだったに違いないと、そう言われたんです」
私と洋介は、思わず顔を見合わせた。なぜ、庄野弁護士が……。
「それで、どうしたの?」
私は、孝子の顔を覗き込みながら言った。孝子は、ハンカチでもう一度目のあたりを拭うと、口を開いた。
「そう言われると、そうなのかな、という気がしてしまったんです。それで、そうだったかもしれないと、そう……」
「そんな、いい加減なことを」
洋介が、呆れたようにソファの背に身を埋めた。
「申し訳ありません」
孝子が消え入りそうな声で、また謝った。
「私達に謝られても、どうしようもないわ。孝子さんの証言のお陰で、真由美さんの容疑がさらに濃くなってしまったんですからね」
私が言うと、孝子は唇を噛みながら頷いた。
「ついた嘘は、それだけか?」
洋介が、クッションを抱きかかえながら尋ねた。孝子は、何も言わずうつむいている。
「去年の4月頃、真由美さんと友川さんが抱き合っているのを見たって言うのは、本当なの?」
私に尋ねられ、孝子は私の顔を見た。
「本当です。本当に、この目でしっかり見たんです」
洋介は、顎に手を当て何か考えている様子だったが、やがて口を開いた。
「探偵社から封筒が来たっていうのは、本当なのか?」
孝子は頷いた。
「旦那様宛に封筒が来たことは、事実です。ただ……」
「ただ?」
洋介が追求する。
「その封筒を、旦那様にお渡ししたというのは、事実ではありません」
「どういうこと?」
「庄野先生から、頼まれていたんです」
「何を?」
洋介は、矢継ぎ早に質問する。
「旦那様親展になっている、差出人のない封筒が来たら、すぐ先生にお渡しするようにと」
「何でまた、そんなことを……」
洋介が、言いながら私の顔を見る。私も首を傾げた。
「奥様に関係する内容なので、直接知ってショックを受けるといけないから、と言われたんです。先生の方から、ショックを与えないように、旦那様に内容を報告するから、と」
洋介は、ため息をついた。
「孝子さんの雇い主は誰だっけ?」
「旦那様です」
「じゃあ、どうして親父宛の郵便物を、庄野先生に渡すんだよ」
洋介の怒ったような口調に、孝子はまた涙ぐんだ。
「そんなこと言ったって、仕方がないわよ。孝子さんも、庄野先生にそう言われたんじゃ、断りようがなかったのよね」
私が孝子の背中をさすると、彼女はうつむいた。
「でも、警察の方には、直接渡したって証言したよな。あれも、庄野先生に頼まれたのか?」
孝子は黙って頷いた。
「庄野先生の話だと、あの写真を持って来たのは、伯父さんだったってことだったわよね」
洋介が、手帳のページをめくって頷く。
「でも、先に先生の手に渡っていたんだから、その話もでたらめってことよね」
「庄野先生の方から、親父に見せたってことになるよな」
嫌な沈黙が流れた。
「孝子さん、親父の薬を摺り替えたのも、庄野先生に頼まれてのことなのか?」
ようやく口を開いた洋介が、核心に触れる。孝子は驚いたように顔を上げた。
「薬を摺り替えたって、何のことですか?」
逆に孝子に尋ねられ、洋介は眉間に皺を寄せた。
「親父が死んだ朝だよ。日向医院に薬を取りに行っただろ?」
「ええ。行きました。奥様がお出かけされるから代わりにもらってきてくれと、旦那様に頼まれましたので」
「伯父さんに?」
思わず尋ね返す。
「もらって来てから、どうしたの?」
「奥様がまだ帰っておられなかったので、旦那様にお渡ししました」
私と洋介は、顔を見合わせた。
「信じていいんだね」
洋介が言う。孝子は、悲しそうに頷いた。
「そうか。それにしても、庄野先生と孝子さんが、そんなに近しい関係だったとは知らなかったよ」
「近しい関係って?」
私が聞き返す。
「だって、そうだろう? いくら先生に言われたからって、冷静に考えれば、おかしいってすぐ気付くようなことばかりじゃないか」
孝子は、黙って下を向いている。
「何か特別な関係でもあったのか?」
「洋ちゃん」
そのとげのある言い方に、私は視線で彼を咎めた。洋介は、肩をそびやかして横を向く。
「申し訳ありません」
孝子が、また謝った。
「庄野先生は、私の恩人なんです」
「恩人って?」
孝子の口から語られた話に、私達は言葉を失った。
(5)
夕食を終え、私は洋介の部屋にいた。私はデスクの椅子に腰掛け、彼はベッドに腰掛けている。
「孝子さんの話、驚いたなあ」
「そうね」
孝子は、すべてを話してくれた。
――今から17年前、彼女はある罪を犯した。
その当時、孝子は彼女の夫から受ける暴力に、身も心もぼろぼろになっていた。彼は酒乱で、酒を飲んでは孝子に手を上げていたそうだ。駆け落ち同然に一緒になったこともあり、別れて故郷に戻ることもできなかった。そんな時、事件は起きた。
またしても酒を飲んで暴れる夫。その日の暴力はいつもにも増してひどく、孝子はどうしようもない恐怖と、必死で戦っていた。
脇腹を殴られ、あまりの痛さにうずくまった彼女の目に、剥きかけのりんごと果物ナイフが飛び込んできた。髪の毛をひっぱられ、背中には容赦ない蹴りが入る。このままでは殺される。――彼女は本能の命ずるままに、その果物ナイフを手にとった。そして、夫の首筋に突き立てたのだった。
「主人は即死でした。私は、返り血を浴び、手にナイフを持ったまま、しばらく呆然としていました。物音が急に聞こえなくなったのを不審に思った隣人が、部屋を覗き込んだのは、それから10分後のことでした。私は、隣人の悲鳴で我に返り、初めて物言わぬ姿になった主人を見たんです。もうこれで、恐い思いをしなくてすむ。――私が最初に思ったのは、それだけでした」
淡々と話す孝子の身体を、私は思わず抱き締めた。洋介も、目を閉じたまま聞いている。
「私は、実刑を覚悟していました。どんな理由があるにせよ、人をひとり殺しているんですから、当然です。でも、私は執行猶予になりました。私を担当した国選弁護人が、正当防衛を主張して下さったんです。幸か不幸か、その主張は認められました」
「その時の弁護士が、庄野先生だったのか?」
洋介の質問に、孝子は頷いた。
「就職先まで世話して下さいました。それが、相田家だったんです」
伯父も伯母も、孝子の事情は知っていた。それでも、彼女を雇ってくれた。孝子は、2人には足を向けて寝られない程、感謝していると言った。
「それでもやはり、庄野先生は、私にとって神様みたいなものです。生きる望みを失い、自暴自棄になっていた私を、救って下さったんです。多少、疑問に思っても、逆らうことなどできませんでした」
そう言うと、孝子はほっとした顔で息を吐いた。
「私の過去が、いつお2人にばれるかと、気が気ではありませんでした。でも、お話できて、胸のつかえが取れた気がします。私は人殺しです。いつ解雇されても、構いません。私がお2人に隠していたことは、これで全てです」
孝子はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「お夕食の準備をして来ます。色々、ご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありませんでした」
キッチンへと消えていく孝子の後ろ姿を見ながら、私達はかける言葉を失っていた。
「それで、孝子さんを解雇するの?」
私の質問に、洋介は髪をかきあげた。
「するわけないだろう。嘘の証言をしたことにしたって、すべては庄野先生が、孝子さんの気持ちを利用して言わせたことだ。孝子さんだけを責めて済む問題じゃない」
「そうよね」
私は頷いた。思っていた通りの答えに、少し嬉しい気がする。
「前に取材したことがあるんだけど、夫から暴力を受けている妻って、不思議なことに、自分のせいなんじゃないかと思い込んでしまう傾向があるらしいのよ。だから逃げることができない。孝子さんも、きっとそういう状態だったんだと思うわ。被害者なのに」
「それに、庄野先生に救ってもらったって言ってるけど、そんなこと、弁護士であれば当然のことさ。俺が弁護士だったとしても、正当防衛を主張しただろう」
洋介が吐き捨てるように言う。
「それなのに、何もあんなに、恩義を感じる必要なんてないんだ」
「地獄のような日々だったのよ、きっと。そこから救い出してもらったと思えば、恩を感じて当然よ」
「そんなもんなのかなあ」
洋介は、ごろんと寝転がった。
「孝子さんの話を信じるとすれば、薬を摺り替えたのは、一体誰なんだ?」
「真由美さんでも孝子さんでもないとすれば、伯父さん自身ってことになっちゃうわね」
洋介は鼻で笑った。
「真由美さんの部屋、いつも鍵はかけてなかったからな。テーブルの上に置かれていたとすれば、誰でも摺り替えるチャンスはあったってことさ」
重苦しい沈黙が流れる。
「とにかく、これで、次に調べるターゲットは定まったわね」
私の言葉に、洋介はちらっと私を見た。
「わかってるさ。庄野先生だろ?」
洋介は目を閉じた。




