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赤い鳥の神話  作者: みえさん。
一章 アカイハネノヤクソク
3/12

 音を聞いてすぐにカイアナイトは彼らに目配せをしてベッドの下に潜り込むように指示をした。彼らは慣れた様子でベッドの下へと滑り込む。

 こうして会話中に誰かが来ることは珍しいことだったが対応には慣れていた。息を潜め誰が来たのかと様子を窺う。

 ドアの向こうから声が聞こえた。

「朝早くに申し訳ありません、カイアナイト王子」

 こんな朝早くに人が尋ねてくるのも妙な話だ。何かあったのだろうか。念のために枕元に置いてあった剣を腰に帯びるとドアの向こう側に呼びかける。

「構わん、入れ」

 短く言うと兵士が部屋の中に入ってくる。見覚えのない兵士だった。

「どうした?」

 訝りながらも尋ねると兵士は頭を下げカイアナイトの前に紐を差し出した。紐は三カ所結び目が作られており、まじないでもかけるように数カ所が赤と青で塗られていた。

 けれどそれからは何の気配も感じなかった。

「これを受け取っては頂けないでしょうか」

「……なんだ?」

「サファイア総主より貴方への贈り物です」

 カイアナイトは眉を顰めた。

「……何故そんなものをお前のようなものが持っている?」

「おかしいですか?」

 兵士は微かに口元に笑みを浮かべていた。

 奇妙な生き物を見ているようで少し気持ちが悪くなった。

 カイアナイトは静かに腰元の剣に手を回す。兵士はそれでもカイアナイトに紐を受け取らせようとしているように彼に差し出した。

「そもそもそれは何だ。ただの紐を私に持たせてどうするつもりだ?」

「これは守護の組紐です。貴方をお守りするために必要だと総主よりお預かりしました」

 お受け取り下さい、と彼はカイアナイトの前に差し出してくるが、受け取らなかった。

 こんな時間にやってきた顔も知らない一介の兵士に‘サファイア総主からの贈り物’としてこんな古ぼけた組紐を渡されてもありがたみがない。それどころか男の言葉が真実なのかも分からない。迂闊に手を出し、呪いにでもかけられたらどうすると言うのだろうか。

 男はなおも食い下がる。

「王子の身に危険な相が出ています。危機が迫った時、紐の結び目を解けば総主の力が解放され貴方をお守りすることが出来ます。……どうか、お受け取りを」

「私に危険な相が出ているというのなら、何故公式文書でそれを伝えて来なかった?」

 男はよどみない口調で答える。

「元来であれば人の未来の行く末に関わるべき方ではないからです。未来を伝え、導く事をされますが、直接関わるのは禁忌とされています。故に私が間にはいることになりました。私は来るべき時の為にこの世に存在するものです」

「来るべき時のため?」

 意味が分からなかった。

 王子は盛大に顔を顰め不審なものを見るように彼を見つめる。得体の知れないしゃべり方をしている。こんなものを信用する気にはなれなかった。

 そもそも頭を下げるのだけが仕事のような兵士を信用する気にはなれなかった。

 唯一別格と言えるのはコランダム親子だろう。彼らだけは信用出来ると思っている。

 王子はなめ回すように彼の様子を見ていたが、彼はただ頭を下げ、カイアナイトに紐を受け取らせようとしているだけだった。

 不意に背後で妙な音が響き渡った。

 爆発するような奇妙な音だった。

 反射的に振り返って、しまったと感じる。

 得体の知れない兵士に背を向けてしまった。慌てて向き直ると既にそこには人の姿は消えていた。

「!」

 驚き廊下を見渡すが人の気配はない。

 戸口に先刻男が渡そうと必至になっていた紐だけが落ちている。

「……王子」

 遠慮がちにスターが呼びかけてくる。

 ベッドの下から這い出した二人が呆然とした様子でこちらを見ていた。

 少し怯えたように外の様子を見ながらルビーが近づいてくる。

「今の音……何?」

「わからない。聞いたこともない音だった」

「大きな魔力の変動はないみたいなんだけど……あれ? それ……」

 ルビーが何の躊躇いもなく落ちていた紐を拾い上げた。

「……馬鹿、そんな得体の知れないもの、触るんじゃないっ!」

「特に何も変なところはないみたい。こういう形状のものだから、誰かの魔力を結び目に封印しているんだと思うけど」

「あの男の言い分を信じるならサファイア総主ということだが……」

「……あの男?」

 スターが瞬いてカイアナイトを見つめる。

 王子は不審そうに二人を見つめた。

「僕との会話、聞こえていただろ?」

「会話って……王子一人で何かぶつぶつ言っていたけど」

「……は?」

「ノックの音は聞こえたけど、その後王子が誰かとしゃべっている風だったけど、ずっと王子の声しか聞こえなかったよ?」

 驚いてスターを見る。

 彼も同意するように頷いた。

「私にも王子の声しか聞こえませんでしたが……」

 ぞくりとした。

 男は声を潜めてこそいたが彼らとの距離を考えれば聞こえない訳がない。内容が聞き取れないならともかく、自分の声しか聞こえないと言うのはどういうことだろうか。

 あの男は本当に存在していたのだろうか。

 ルビーは少し考え込むようにしてから王子に紐を差し出した。

「王子が持っていた方が良いと思うんだけど」

「そんな得体の知れないものいらない」

「でも、サファイア総主様のものなんでしょ?」

「そんなの、本当だとは限らないだろ?」

「でもそのことで騙るなんて、城下の子供が‘俺は王子だ!’って言うくらいおかしいことだと思うんだけど……」

「だから得体の知れないものなんだ」

 カイアナイトは少し苛立って答える。

 彼女は先刻の男の不気味さをしらない。だからこんなにも平然としていられるのだ。彼女も実際にあれを見ていたなら紐に触ることもしなかっただろう。

 パン、と再び何かが弾けるような音が響いた。

 同時に重なるようにして男の野太い声も響き渡った。


 父親の声だった。


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