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赤い鳥の神話  作者: みえさん。
一章 アカイハネノヤクソク
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2

 王子、と呼びかける声が聞こえて彼は目を覚ました。

 直前までの嫌な夢を思い出して不機嫌になる。しかしそれも起きあがるだけでどんなものだったのか曖昧になっていった。

 カイアナイトはベッドから起きあがりベランダに向かう。

 まだ朝になるには早い。こんな時間にここを訪れる者は限られていた。

「……やぁ、スター。ルビーも一緒かい?」

 声を潜めて呼びかけると、ベランダにかかるようにつきだしている幹ががさがさと揺れて、木の葉の影から蒼い髪の青年が姿を見せた。

 彼は慣れた様子でベランダの方へ降りてくる。

「ええ、こんばんは、王子。……ルビー、大丈夫ですか?」

「うん、ちょっとま……わっ!」

 足を滑らせ転落しかけた少女の手を青年の強い手がつかむ。

 危うく下に落ちそうだったルビーはゆっくりと幹に足をかけ、ベランダに降りることに成功した。

「気を付けて下さいね、ルビー」

「ありがとう、お兄ちゃん」

 淡い金髪の少女は胸を手で押さえて大きく息をした。

 スターとルビーは兄と妹の間柄になる。ただ、金色の髪に空色の瞳を持つ少女と、鮮やかな程の青の髪にオレンジの瞳を持つ彼とでは印象がまるで違う。顔立ちも似ているとは言えなかった。彼らの血は繋がっていない。大臣であるアゲート・コランダムの妻になかなか子どもが出来なかったために、孤児であったスターを引き取ったのだと聞いた。もっとも、仲の良い兄妹である二人だから周囲もあまり気にしていないし、この兄妹もそんなことには頓着していない様子だった。

 王子の緑の瞳が見つめているのに気が付くと、彼女は真っ赤になって挨拶をする。

「こ、こんばんは、王子」

「ああ、いらっしゃい。……そうか、今日は陽月だったね。すっかり忘れていた」

 満月を見上げて王子が言う。この国では満月の頃を陽月、新月の頃を陰月という。陽月の日に彼らがここに来るのは昔からの習慣だった。

 ルビーはくすくすと笑う。

「王子はご公務で大変だもんね」

「父から聞きました。今度サファイア様の元へ向かうことになったと」

 三人だけで会うときルビーは敬語を使わない。城に住む子どもが少なかったため、三人は兄弟同然に育った。そのため非礼とされることであったが、王子は二人に敬語を使わないことを許していた。スターの場合は誰に対しても敬語を使うため許したところで意味がないのだが、それはカイアナイトが二人に与えた特権と言えた。

「来月が吉祥の月食いだそうですね。いよいよ成人の儀ですか。おめでとうございます」

「おめでとう、王子」

「ああ、ありがとう」

 王子は祝福の言葉に素直に礼を言う。

 吉祥の月食いは満月が何かに隠され一時的に消えてなくなる日の事だ。ネセセアでも数年に一度くらいしか起きない。月食いは他の国では不吉なものとされてきたが、ネセセアでは完全に月が消え再び現れるのは再生とされ、婚礼や成人など様々な儀式の吉祥とされ、その日には重要な神事が行われる事が多い。

 来月の満月がちょうどその吉祥の月食いが起きるとされている。そのため成人には一年近く早くはあったが、王子の‘成人の儀’を行うことに決まった。

 王族の成人の儀はサファイアと呼ばれる賢者の元で行われ、継承者の証として剣を受け取る。ただそれだけの儀式だとアゲートは言った。

 不安でないと言えば嘘になるだろう。

 サファイアは滅多なことで人の前に出ない故に、カイ王子は一度も会ったことはなかった。ただ、その噂は遠く離れた城でも聞こえてくる。王子が聞く分には優秀な予言者だった。そしてその血筋の者も例外なく予知の力を持ち、北の「凍れる町」で暮らしている。

 そのサファイアと会い、どうすればいいのか分からない。だから不安になるのだが、父親もそうしたように自分もただ行けばいいだけなのだろう。王族の血筋なのだから妙なことで不安を覚える必要はないだろう。

「でも、寂しいな」

「何が?」

「だって成人しちゃえば王子っていつ王様になってもおかしくないんでしょ? そうなると、こうやって話をする機会も減っちゃうなって」

 ルビーの言い分は間違っていない。

 継承権を持った王族は王と同様、非公式でも人に会うのが不自由になる。今でさえ月に一度こうして彼らが訪れなければあって会話をするのもままならない。

 分かってはいたが、それを口にされると頭に血が上った。

「そんなことない!」

 怒りでめまいを覚える。

「成人したからといって、ここに来なくなったら許さないぞ。……ちょっと待ってろ」

 言って王子は部屋の中に入り、数分も経たないうちに戻ってくる。

 その手には赤い羽が握られていた。

「王子それは……っ!」

 驚き焦ったようなスターの言葉を遮ってカイアナイトは二人に羽を半ば強引に渡した。

「僕の鳥の羽だ。約束しよう。赤は王の証。鳥は永遠の証。羽は友情の証……‘朱の鳥に誓いて誓約する。血と魂がある限り永遠の友情があることを’」

 本当ならばそう簡単に言って良い言葉ではなかった。

 その言葉は魂を誓約するとさえ言われているものだ。王族だからと言って、否、王族だからこそ軽々しく口にしてはいけない言葉だった。

 ネセセアに伝わる古い言葉。記録に残らないほど大昔からあったと言われる誓いの言葉で本来ならば教会で正式な儀式として行われるべき神聖な言葉だった。

 王子の真剣な面持ちにルビーは笑って応じる。

「………‘朱の鳥に祈りて誓約する’」

「ルビー!」

 咎めるスターを見やってにっこりと笑った。

「‘心と魂のある限り、永遠に愛と友情のあることを’……さ、お兄ちゃんも」

 妹に促され、彼は諦めたようにため息をついた。

「これは大罪ですよ。……‘朱の鳥に願いて誓約する。果てに魂が解離しても、永遠に友情と誇りがあらんことを’」

 ネセセアの王族は鳥を持っている。それは神聖な魔力に守られ、主人が死ぬまで永遠に守り続けるという神話があった。事実、鳥は主である王族が死ぬと、数分も経たないうちに命を終える。さすがに鳥が死んだことによって王が死んだと言う話は聞いたことがないが、鳥と王族には切っても切れないものがあるようだ。

 そして鳥の一部である羽を他のものに渡すというのは、自分の体の一部を預けるという意味になる。本来ならば婚姻以外で人に渡せるようなものではなかった。

 例え冗談でも冗談にはならない事をやってのけた王子は満足した様子で笑った。

「これで死んでもまた出会える」

「縁起でも……」

 たしなめるルビーの声は王子の真剣な表情にとまる。

 瞬時に何かがあったのだと悟る。

「これは」

 王子は隣にいる二人が顔を近づけてようやく聞き取れるような声でいった。

「本当は誰にも話すべき事ではないんだ。だが、親友の君たちには知っておいて欲しいことだ。僕の成人の儀が早まった本当の理由」

「本当の理由?」

 こくりと頷く。

「今朝、北から鳥が手紙を運んできた。サファイア様からの手紙だ。それによると、現在占星術を行えるサファイアの血筋の者の占い全てに‘終わりが始まる’と出た」

「終わり……?」

「この世界の、終末が訪れるということだ」

「うそっ!」

 少女の悲痛な叫びが響く。

 思いの外響いた声に驚いて彼女は口元を手で覆った。

 北の賢者がわざわざ鳥を遣うなど、本当に危険な状態であるということだ。ネセセアの古い神話で世界が滅びはじめることを‘終わりが始まる’と言う。大昔、ネセセアは突如氷に覆われた。冷たい雪に凍え、誰も長く生きることが出来なかった。食べるものも底をつき、生きることの出来なくなったネセセアの民を案じ、当時の王は自らの命と引き換えに鳥の力を解放し、その全てを北の大地に封じ込めたのだという。

 故に、「凍れる町」は今もなお永遠と雪に覆われているのだという。

 現王、アレキサンドライトは伝説の王と先を見越して息子がいつでも王位につける状態にあることを願い、成人の儀を早めることにしたのだという。

 例え死んだとしてもこの国が救われるように。

「……万が一の時は僕もその覚悟だ。だから僕の意思を知っておいて欲しかった。父上のこともそうだが、国がどうなろうと僕の知った事じゃない。だけど、僕は君らを守るためなら命を捨てられる」

 まるで愛の告白だった。

 赤面したルビーはうつむき、スターは静かに見返した。

 このままでいたい。

 ルビーは兄弟のように育っていながら、一度たりとも兄と同じ兄弟として見たことのないカイアナイトを見つめた。本来なら兄弟と思うだけでも恐れ多いのに、それ以上の感情を抱いていた。

 永遠に続けばいいのに。

 そう思った彼女の耳に、ドアを叩く音が響いて聞こえた。


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