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第六章 大奥姫の世直し旅 2



 鈍器で頭を殴られたみたいに思考が鈍い。瞼が重くて、体が怠く、強く反発しないと再び眠りについてしまいそうになる。それでも体を動かしてみようと両手に力を入れた時、オレの意思を妨げるように体がぴくりとも動かせないことに気がついた。

 そこにきてようやく、オレは拘束されていることが気がついた。

 霞む視界をブルブルと頭を揺すって誤魔化しながら、瞳を開く。

 どうやらオレの両手は縄で括られてしまっているようで、両手を持ち上げられた状態で、オレの両手を締め上げた縄は天井の梁に繋がれている。


 ……両手は使えねぇわけか……。


  両足にも足枷が繋がれ、支柱に固定されている。つまり、身動きは取らせねぇらしい。唯一動かせる首だけを動かして、周りを見渡してみる。

 どうやら、ここはネオ大江戸城の最上部にある、特別なまつりごとをするときにのみ使われる大和室の一角だった。先ほどまで身に纏っていたはずのオレの衣は、見事にすべて脱がされており、代わりに純白の着物が着せられている。

 着付けをするならしっかり着せてくれりゃいいものを、わざわざ、誘っているように胸元がはだけており、こんなことをするのは……。


「クソ親父──ッ!」


 はだけているオレの胸元からは、麝香じゃこうの香りがむせ上がる。さすがのオレもこれほど強く媚薬を嗅がされると、体の奥底が熱くなるのを感じる。あの男は、本当にここでオレに祝言を挙げさせてオレの種をどこかの姫に注がせるつもりなのだろう。親父にとっては、オレは息子でも将軍でもなんでもなく、ただの駒なのだ。

 将軍という肩書きに固執した、時代の亡霊。それがオレの親父だ。


 その時、チリン、チリン、と鈴の音が鳴り始めてしまった。鈴音は次第にオレの元へと近づいてくる。


「はじめやがった!」


 それは、祝言の儀が始まった証。オレの嫁となる女が、連れられる時の、慣例鈴の音だった。ほどなくして、白無垢姿の女の姿が視界に入った。女の後ろには、侍女と数人の親族だけが列を作っている。

 秘密裏に進められた祝言だ。参列を作っているのは、女の側近の侍女と女の親、といったところだろう。列の最後尾には、徳川煉弥が立っていた。あくまでも、この場でオレとあの女をくっつけるつもりらしい。


 白無垢の女は、あと数歩というところまで迫っていた。

 あれが、凛ならどれほどよかっただろうか……。一瞬の妄想のせいで、体の体温が瞬時に上がってしまったから、切れるほどに唇を噛み締めて媚薬に抗った。


 ……あいつ以外の女に興奮してたまるかよ……。


 白無垢の女が、しなり、しなりを歩みを進め、そしてついにオレの隣へとやってくる。角隠しの下には、綺麗に化粧の施された女の顔。大抵の男であれば、息を呑むような美女だった。さすがは、七姫の一人というわけか。


「光栄ですわ。わたくしが、瑳和希様の()()()()()妻になれるだなんて」


 本当に、したたかな女だ。『はじめての』とこいつは言った。

 それは、この女がオレが何人妾を作ろうが構わないと思っているということだ。

 だから、諦めて『私と結婚しろ』と、そういうことか。縛り付けられて身動きすら取れない男に、今更、何をしろと……。


 オレは口角だけ持ち上げて、女に視線を送る。すると、女は性急的に頬を染めた。

「近うよれ」と、オレは女に声をかけ、そいつの耳元で囁いてやる。


「テメェみたいなアバズレの股を開いて、何が楽しんだよ──。化粧の下の狸顔までは、オレには隠せてねぇぞ」


 どんなに厚塗りの化粧をしても、薄汚い性根までは隠せていない。瞳の奥にある根性の腐った野心と、愛すら感じさせない作り笑い。塗りたくられた媚薬の力で、オレが籠絡されると思われたのなら、みくびられたものだな。


「んま! ッ──!」


 女は悔しそうに眉間を広めたかと思いきや、すぐに薄ら笑いを浮かべた。


「ですが……。そのようなお戯、いかほど続きましょうか?」


 はだけたオレの胸元に女が冷たい指先を這わせる。火照った体にそれは氷のようで、スルスルと弄られる腹に刺激と虫唾が走った。


「あなた様のお身体もそろそろ限界ではございませんこと? 早く、楽にして差し上げねば。そう、あなた様の妻として」


「祝言もクソもねえじゃねぇか。既成事実が目的か?」


「あら嫌だ。先代、煉弥様のお導きのもと、白無垢の娘があなたの隣に立つ。これほど、祝言を意味するものはございませんことよ? さぁ、瑳和希様? あなた様は動かなくてよろしいですわ。全て、わたくしにお任せください?」


 そして、女の指がオレの腹を下へと伝っていく。


「お前なんかに興奮するかよ……」


「あら、どうかしら? これでも所作には自信がございますから」


 その時だった。部屋の外が騒がしくなる。誰かの声が上がっては消え、続くのは何かが倒れるような物音。「なにやつ! なにやつ! であえ、であえーーー!」と、用心棒として廊下で待機していたのだろう家臣たちの声が上がる。


 そして、勢いよく襖が開かれた。

 本当にお前は、眩しすぎるよ。


「バァカ。こんなところまで来やがって……」



 そこに立っていたのは──、会いたいようで会いたくなったアイツの姿だった。


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