第四章 はじめての贈り物 4
お行儀が悪いと思ったけれどどうしても寝付くことができなくて、私は頭から布団を被って丸まった。ぎゅっと瞳を閉じてみても、布団を抱きしめてみても、瞼の裏に浮かぶのは同じ景色。
「あぁん! やっぱりダメ! 眠れないよぉ!」
私は布団から飛び出して、宿屋の窓を少しだけ開けた。
心地よい夜風が頬にあたる。気持ちいい──と思ったのは、冷たい風が火照った体を癒すから。それだけで、自分の頬がどれだけ赤くなっているのか、それに気がついてしまった。
意識すればするほど、思考が坩堝に嵌ってしまって抜け出せないのだ。
「どうして……。ねぇ、瑳希? どうして、あなたはこの簪を私に贈ってくれたの?」
月に問いかけても返ってくる言葉はもちろんなくて。
静かな月夜が、代わりに教えてくれるのは、速くなって落ち着きそうにもない私の心臓の鼓動だけだった。
蒼玉の簪を手にとって、それを月にかざしてみる。
淡い月光が宝石に光を落としたら、それはまるで、彼の瞳そのもので。
空よりも高く飄々とし、海よりも深く寄せ付けない雰囲気を増していた。
私は簪をぎゅっと胸元で抱きしめた。
そうしたら、少しは彼のことを知ることができるだろうか。
「だけど……。瑳希……? ダメなの。だって、私は七姫の一人、皇凛なの。どんなにあなたが想ってくれても、どんなに私があなたに惹かれ始めているとしても、私とあなたの運命が交わることはないんだから……」
宝石の冷たさは、抱きしめていたからだろうか、いつの間にか私の体温と一緒になっていた。
「あぁ。私……どうして七姫なんだろう。将軍の嫁になんてなりたくないのに……。将軍と添い遂げたいなんて……思ってもいないのに……。こんな気持ち、知りたくなかったなぁ……」
頬にあたる風が、冷たくなってきた。指先がいつの間にはかじかんでいる。
だから、私はもう一度布団の中へと潜り込んだ。
今度は、手の中に簪を握りしめたまま。
今だけは、この蒼い宝石と一緒に、寄り添っていたかったから。
***
翌日、ネオ大江戸城にて。
面白みもない貢物が、飽きもせず、毎日、毎日、届けられる。
米、野菜、肉、魚、金、銀、花、反物、家具、そして、宝石もその一種だった。
「瑳和希様、本日の年貢と貢物にございます」
「あぁ。適当に下げておけ」
将軍、徳川瑳和希はさほど視線を送ることもなく、言葉を放つ。
その時、とあるものが視界を掠めた。
「ちょっと待て──。その小箱をもってこい」
「こちらの羽織紐用の飾り石でございますか?」
「あぁ……これだけは残しておこう」
それは、見事な黄水晶だ。
「我が君が何かを残すのは……その、珍しいですね……」
「まぁ。たまにはな。これだけは、我が使おう。仕立て屋に、羽織紐に使うように伝えておけ」
「ははぁ!」
側近が部屋を後にする。
瑳和希は、小箱の中から黄水晶を取り出した。
星のように輝かしく、太陽のように強く、春に咲く菜の花のように可憐なその色は、とある娘の瞳の色を思い出させた。
燭台の灯りにかざしてみると、それはますます彼女の瞳のようだった。
くるくると色を変えるようで、強く、儚く、目を離せない光源。
「オレも女々しくなったよな……。あいつの瞳の色を手元に置いておきたいなんて……」
瑳和希は黄水晶を眺め続けた。
まるで見飽きる気がしないと──、自身すら気が付かぬほどの小さなため息を落としたのであった。




