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第三章 危険な香り 1





「やってきたわね! 花の街ッ──花京町(かきょうちょう)!」


 私たち三人は、花で有名な街へとやってきた。険しい山道を何日もかけて越えた甲斐があるほどの、花! 花! 花! 爛漫の花が私たちを出迎えてくれる。


 ここ、花京町は山脈に守られた特殊の気候と温度を逆手にとって、花の栽培で有名になった花の都市だ。ここで見られない花はない──と謳われるほどの多種多様な花が、あちらこちらで花びらの絨毯を作っている。彩りどりの景色は見飽きるこどがなく、視線を移らせる度に感嘆なる吐息が漏れてしまう。


「はぁ〜空気もなんだか華やかな気がするわねぇ!」


「さすが、凛様。花を愛でるお言葉が、まさに『桜の精』の御霊そのもの。桜色の髪が爽やかな風に靡いて、精霊と呼ばれるのも納得だね」と、スーさんがいつものように私のことを褒めちぎり、


「さすが、凛様。宙を舞うどんな花びらよりも可憐で儚く、美しいわ。金色の瞳はまるで花の蜜のようね、その甘さでわたくし達を虜にするんだもの」と、カカさんがそれに続く。


「んもう! 二人とも! せっかくの花京町なのよ! 私じゃなくて、花を愛でください!」


 相変わらず、私を甘可愛がりしてくれる二人だけど、そんな私の用心棒の二人は気がついていない。スーさんの中性的で最高傑作の男性のような容姿と、カカさんの理想以上の高嶺の花なる美貌に、通り過ぎるすべての老若男女全てが見惚れているということに。


 まるで桃源郷のような世界。視覚、嗅覚、感覚のすべて、いま、花によって支配されてしまっている。


「さぁ、凛様。どこから散策なさいますか?」


 スーさんが言いながら私の右手を取ってくれる。実は歩き疲れて少しだけ足がもたついてしまったのだ。優雅にエスコートしてくれるように装って、私を気遣ってくれるこの優しさが、スーさんの『男前感』をさらに際立たせている。


「そうねぇ。花の産地ということは! きっと素敵な香油のお店があるはずよね?」


「それなら、わたくしにお任せあれ! 最高級の香油を扱うお店を見つけて差し上げてよ?」


 目利きの効くカカさんに連れられて、私たち三人は香油屋へと足を運ぶことにした。



***



 香油屋へとやってきた。

 さすがは花の名産で有名な花京町だ。店内に並ぶ香油の種類は、ニホンノクニで一番の品揃えを誇っているだろう。

 香油屋独特の香りが店の中には溢れているけれど、そこには独特の嫌味さがない。香油の管理が徹底しているのだろう。それだけ、この香油屋の質の高さが窺える。

 

 感心する私の隣では、まるで少女のようにソワソワとしているカカさんが立っている。カカさんはお洒落好きだ。旅の途中ということもあって、香油は数種類しか持ち歩いていないようだけれど、私の領地内にあるカカさんとスーさんの邸宅には、香油専門の部屋まであったはず。

 私はクスッとバレないように微笑みを漏らす。


「ねぇ、カカさん? 一人でゆっくりと店内を見てまわったら?」


「で! ですが、凛様!」


 私に見透かされて恥ずかしくなったのだろう。珍しくカカさんの頬が高揚している。


「そうさせてもらいなよ、花梨華(かりんか)? 凛様の護衛は、ぼくに任せて、ね?」


「んもう、鈴華(すずか)まで……! で、では、お言葉に甘えて」


 カカさんは遠慮がちにお辞儀をして、そして一目散に店内の奥へと入っていった。


「スーさんは、何か見てまわりたいところとはないの? 香油だって、香りを確認したかったらちゃんと教えてね? 護衛といっても、買い物くらいはできるでしょ?」


「いいえ、ぼくはいいんですよ」


「で、でも……」と、言いかける私の言葉を、私の唇に人差し指を乗せることでスーさんが遮った。


「花梨華が纏う香りが、結局、ぼくにも移ることになりますから」


 スーさんの微笑みは、なんだか大人っぽくて。

 私は黙って、コクリと頷いたのだった。





***




 しばらくしてカカさんが戻ってきた。

 その手の中にはいくつもの香油の瓶が持たれている。さすがにその量を持って旅を歩くのは、難しいんじゃ……。と、私が思っていると、同じことを考えていたようでスーさんが笑いながらため息を吐いた。


「花梨華……、君ってやつは……」


「ち、違うのよ! 全部を持ち歩きたいわけじゃないの! それに、コレは凛様に使っていただきたくて買ってきたのよ! ほら、桜の香油なの! 珍しいでしょ?」


 カカさんに渡された桜の香油は、とても上品な春の香りがした。


「わぁ! 素敵な香りね! 桜の香油なんて初めてみたわ!」


「ですよね? 凛様? わたくし、これを見つけた瞬間に凛様にお渡ししないとって思って──」


「とはいえ、花梨華。これは多すぎるよ……」


「そ! それは大丈夫よ、鈴華! 自宅へ配送してしまうから!」


 カカさんが宅配の手続きをしている間、私は店内をもう一回りすることにした。

 違和感を感じたのは、その時だ。

 ()()()高級香油が並ぶ最上部の棚、その端にひっそりと置かれていた。


「どうして……、この花の香油が……こんなところに……」


 ここは花の街。その街でこの花の香油を抽出する、その危険性を知らないなんてことあり得るだろうか……。

 怪訝に駆られ、私の眉根をひっそりと寄る。

 もしかしたら、私の知識が足りないだけで、この花の香油を安全に抽出できる方法があるのかもしれない。香油屋の主人に話をしてみた方がいいだろうか……。


『変わった香油があるのね』と、話を聞くだけなら、おかしいことではないだろう。しかし、どうして私はそれを躊躇っているのだろう。


「お待たせいたしました、凛様、鈴華!」


 ホクホク顔のカカさんが戻ってきた。


「もう少し店内を見てまわりますか?」と、問われた私は、首を横に振った。


「少し考えたいことがあるの。いったん宿屋を探しましょう?」


 香油屋の主人に話をするのは、今ではない。

 事は、静かに慎重に、水面下で進めるべきかもしれない。

 私の第六感がそう告げている。


 だって……。

 あの花の成分をどんな方法であれ、口にしてしまったら……。


 人は、簡単に死んでしまうのだから。




 拭いきれない不安を抱えたままで、私は香油屋を後にした。





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