プロローグ 転生者、悪役令嬢
都華菜絵は、死にました。それはもう呆気のないほどに、一瞬で。
私の人生は、真面目でつまらないものだった。アパートと職場の往復だけの生活に、同僚が陰でつけた私のあだ名は『社畜道』。その名の通り、私の人生は仕事しかなかった。
そんなある日、いつも通りの激務すぎる労働からの帰宅中に、それは起こった。あまりの疲労度に白目をむいて歩いていたら、あっさりトラックに跳ねられた。私の体は人形のように吹き飛ばされる。こうして人は死ぬんだ──なんて、他人行儀な思考が掠めた瞬間に、体がコンクリートの地面に打ち付けられる。
痛みも、恐怖も、後悔すら、感じる暇はないようだ。
あ……うそ、訂正させて。一つだけ、後悔がある。
録画予約していた再放送中の水戸黄門、先週から撮り溜めている録画分を、まだ観れてない!
私の大大大大好きな、スケさんカクさんッ!
毎週スッキリさせてくれる怒涛のざまぁ展開ッ!
いやいや、絶対見逃したくない!
え、ちょっと待って、やっぱり死にたくないんだけど!!!
そうは思っても、コンクリートの上で横たわる私の体は、もはやぴくりとも動かなかった。血液と一緒に体から体温が流れ出てしまえば、底冷えするような死期と寒気が全身を包み込んでいく。
まさか、こんな風に死んでしまうなんて。私の人生、なんだったんだろう。
社畜なんて……もう……うんざり……。
もしも、来世があるとしたら……わがまま放題生きてやる……。
そうして──、
私の記憶は、死神の大鎌で叩き斬られるようにブッツリと途切た。直後、私の魂は強烈な勢いでどこかに吸い込まれていったのだった。
***
そして、わたくしは生まれ変わりました。
前世の社畜道など気に留めないほどの大貴族、公爵家の娘として。
シルクのように美しい金色の艶髪、宝玉と讃えられるコバルト色の双眸。人形よりも完璧な顔立ちに、女を存分に象徴するための豊満な胸とキュッとくびれた腰元。
富・地位・美貌。
クリスティーナ・レイブンとしてのわたくしは、すべてを手に入れましたわ。
しかも、前世の記憶のおまけつき。
と、言いましても、時より、昔の記憶が夢の中に出てくる程度ですけれど。その記憶のほとんどというのが、ニポーンという国の、Mr.スケとMr.カクのことですわ。
あぁん、わたくし、知ってしまいましたの!
胸が締め上げられるような、ト・キ・メ・キ! 優雅で薔薇色、そして退屈なわたくしの毎日を染め上げるロマンなる刺激。わたくしは、水戸黄門の虜になりましたわ。
そんなわたくしは、前世で願った通りわがまま放題の人生を謳歌いたしましてよ?
そして、気がついた時には悪役令嬢なるものになっておりました。
悪役令嬢だなんて、失礼極まりないことだと思いませんこと?
ですが……わたくし、思い当たる節しかございません。
まぁ、そうよね。気に食わないからと、第一王子の婚約者のドレスをハサミで切り刻んだり、第三王子の恋人を出し抜いて王子に色仕掛けを使ったり、仮面舞踏会で破廉恥な火遊びをしたり、イケオジだなと思ってお声をかけた殿方が現国王の弟君つまり弟帝様だったこともありました。遊び心で毒を盛り、貴族の娘を蹴散らして、使用人はわたくしの我が儘のための道具、くらいに考えている時期もありましたわね。
その結果、わたくし、いま、大ピンチでしてよ。
「クリスティーナ・レイブンに死罪を言い渡す──!」
というわけですので。わたくし、これから、死罪になりますわ。
純白総レースのドレスを身に纏ってきて本当に良かった。まぁ、これも、相当ゴネて無理矢理に着込んできたんですけれど。
死装束にはなりますけれど、死する瞬間を共にするのが麻生地の布切れみたいなダッサイドレスなんて、ぜっっっったいに──イヤですもの!
って……。こんなんだから、わたくし、悪役令嬢って呼ばれているのでしょうか。
だけど、ちょっと考えてくださいまし?
悪役とは断罪されるもの。世の常ですわね?
わたくし、今、正義の名の下に成敗されようとしているのよね?
それって、まるで、水戸黄門展開ですわぁぁぁぁぁぁ! まぁこの場合、成敗されるべき悪代官が、わたくしなんですけれど。
そんなことを考えていると、帝国御用達の大剣がわたくしの首元へと落とされました。
わたくしの体が崩れ落ちる瞬間、鼻を掠めたのは芳醇なバラの香り。王室御用達のバラ園から抽出したバラの香油を、これでもかと体に塗りたくった甲斐がありましたわ。最後まで華やかに。これぞ、わたくしクリスティーナ・レイブンの一生ですわ。
死する瞬間までも、花のようにあれ。
でも、そうね──。
もしも、もう一度、生を許されるのであれば……。
わたくし、今度は、正義に生きてみたいですわ。
そう、憧れの水戸黄門のようにスローライフな旅に出て、正義の光の下で生を全うする。なんて素敵なことではございません? なんて、もう遅すぎる改心ですわね。
あぁ、命が果てる音がいたします。
死神よ、わたくしを誘って。そして、どうせでしたら、わたくしを、夢の異世界ニポーンへ誘ってくださいまし。
Mr.スケ、そして、Mr.カク、懲らしめておやり──。
わたくしの魂の記憶はここまでですわ。
そのあとは、いつでしたか感じたことのあるような猛烈なる勢いで、わたくしの魂は何処へと吸い込まれていきましたので。
***
そして、私は瞼を擦った。
目の前に広がるのは、和の世界だ。
ニホンノクニ。摩訶不思議で近未来的なカラクリ溢れる、不思議な世界。
その心臓部として栄え、最も華のある都と謳われるここは──ネオ大江戸だ。
豪華絢爛なこの世界で、私は生を受けた。
大奥制度の七姫の一人、皇凛として。
って! どうして、またお姫様ポジションなんですか! 今度こそ普通にスローライフをしたいなって思っていたはずなんですけど!
だけど、こうなってしまっては仕方ないですね。私は、私としての生き方を貫かせてもらうんだから!
お姫様としての生活なんて、もう懲り懲り。
大奥なんて、抜け出してやるわ!
だって、私は今まで全ての前世の私と、今世の私の魂にかけて誓ったんですもの。
私は今度こそ、正義の名の下に、スローライフをエンジョイしてやるんだから!




