旅の始まった日のこと。
ー勇者ノウムよ。面を上げよ。
重々しい重圧に晒されながら、勇者ノウムは顔を上げる。目の前に延びる赤いカーペットの先に座る二人を視界に収めた。頭に冠を乗せた二人は、この国の国王と王妃である。勇者という肩書はあれども、平民に近い勇者ではお目にかかる事すらできなかった立場の方々。
勇者ノウムは冷や汗が背筋を伝う感覚を覚えた。少しでも何か不手際があれば、一瞬で首がはねられる可能性があった。
そしてノウムはその”不手際”に等しいものに心当たりがあった。証拠は見つかりはしないだろうが、どこに人の目が合ったか。それが不安の種である。
ーこれより、勇者ノウムの…
長い国王の話に耳を傾ける。これから自身が行うであろう行動を脳内で繰り返し、失礼がないかどうか何度も確認をした。
勇者ノウムのお披露目を兼ねているこの式典は、国中から勇者の支援をアピールするためのものでもある。勇者の存在を認知してもらい、これからの魔王討伐を国が支援することで国の力を地方諸国にも示していた。
そのような会場であるから失敗は許されない。
ーこの国の為、すべてを捧げましょう。
この言葉は勇者に期待されるものすべてを背負うという意味だった。魔王討伐だけではない。魔物に襲われ被害にあった人の感情も、恨みも全てを勇者として全て持っていく。そして魔王に全てを放つその時まで。
その言葉で勇者ノウムの演劇は全て終了した。
緊張が続いた体を休める。馬車に乗り王都中の人々の歓声の中、手を振る。笑顔を忘れず、笑顔を張り付けた。勇者ノウムにとって、この笑顔は必要なものである。
馬車の中からは様々な人の顔が見えた。
笑顔の人。魔王が討伐された後の世界のことを考えているのだろう。眉を顰めている人。勇者や国に対する不信感が現れている。涙を流す人。これからの未来を悲観的に見ているのだろうか。
そしてもう一つ。微笑み、裏に潜む感情を隠す人間。
「どうして、アナタも一緒に馬車に乗っているんですか」
ー勿論、途中まで一緒だからに決まっているでしょう。勇者様に護衛をしてもらえるなんてこのような機会ははもうありませんよ。
司祭であるノア。国内で最も信者の多いとされる教会でも、人気のある人物である。整った顔と誰に対しても平等に接する態度。男女ともに人気がある裏付けである。
どういう訳か、彼は王城からの馬車に共に乗り込んできた。御者が戸惑っていたため、何か指示があったわけではないのだろう。
ノアは御者に”お願い”をして、無理を言い乗せてもらっていた。ノアのお願いは命令に等しいものであるから、脅しと言い換えることもできる。
「目的地は一体何処に?」
ー特に決めていません。ここだと思った場所でおりますよ。心配ありません、こう見えて僧侶の分野も一通り網羅しています。なので治療は得意分野なのですよ。
つまり、死ぬ心配はないと。何も安心できず、勇者ノウムはため息をついた。




