バイヤスの魔法
「もう一度だけ聞きます」
ん?と顔を上げると、デパコスは「貴女は………そのイケメン?で、有能だったと言う『王子』とやらに、少しの恋心も感じてはいなかったんですか?」と尋ねた。
はあ、と私は肩を落とす。ジャージで肉まん立ち食いする男に「恋心」。ヘソが茶を沸かすわ。
「ないないない。強いて言えばハルとハナ並みの情は、あったけどね」
「でも貴女はハルとハナに抱き着きたがったし、一緒に眠りたがったじゃありませんんか」
へんじができない。私は呆れてただのしかばねになってしまった。
「アルティ?」
へ?
「もう一度、キスしても良いですか?」
「…………いいですけど、さっきのみたいなのだったら止めて。心臓に悪い」
「すみません。王太子殿下が貴女にしがみつく様子を見て、頭に血が昇ってしまいました。もう2度としません、とは言いませんが」
言わないのかよ!
こんな面倒な男はさっさとかわすに限る。私はさっとデパコスに近寄るとすっと顔を落として、ぱっとその唇を奪った。
「クラレンス様が言ってんですよ。これでもういつでも私からキスしていい、って」
それはそうなんですが、何だか腹が立ちますね、とデパコスが呟いた。
その時、控えめなノックの音が響いて、重厚な声が聞こえた。
「国王陛下のおなりにございます」
私達はさっと立ち上がると、ドアに向かってそれぞれ礼を取った。
「先にご挨拶に伺わなかった失礼、ご容赦下さい」
デパコスが丁寧に頭を下げる。
「何やら取り込んでいると聞いて暫く待っていたのだが、気が急いてこちらへ向かってしまった。先ずはエインズワース、アルテミシア嬢を快く連れて来てくれた事、心から感謝する。そしてアルテミシア嬢、慣れない転移陣での移動、苦労だった。何しろ、医師に診させても何も分からない。どんどん食も細くなって……ただ『アルテを呼んで』の一点張りで…………」
それから国王陛下は私の首筋辺りに目をとめると、そっと視線を外した。
「エインズワース、其の方、しばらく会わないうちに随分と狭量な男になったようだな」
「そうですか?母には『良い目をするようになった』と言われましたが」
それはそうだろう、ギネヴィアと前公爵は相思相愛だったからな、と王様は何故か遠い目をした。
「それでだ、何故王太子はアルテミシア嬢を呼んでいたのか、其の方、分かるか?」
「はい、分かると思います」
国王陛下が目を見開いた。
「王宮に仕えるお針子さん達は何人くらいいますか?」
私は王様の側に控える従僕に尋ねた。
「恐らく………30名程かと」
「分かりました。30人が一斉に仕事が出来る広さのある部屋をお貸し下さい。そこに大きなテーブルをそうですね、5台くらいご用意下さい。30人は今すぐ動けますか?」
「はい。社交シーズン中は戦場のような有様ですが、今は比較的余裕がある時期ですので」
「では、部屋の準備が出来るまでお針子さん達の1番上の方をここへお連れ下さい。色々、説明したい事があります」
分かりました、と言ってすぐに彼は踵を返した。
テキパキと指示を出す私を国王陛下が驚いたように見ていた。そして何故かデパコスが勝ち誇ったような表情をしている。解せぬ。
「…………なるほど、何を見ても聞いても『柳に風』だった其の方が執着する訳だ。結構な事。執着は弱味にもなる得る。エインズワースにも弱味が出来た事、王家に取っては僥倖かもしれないな」
では、アルテミシア嬢、頼む。そう言って国王陛下は部屋を出て行った。
やがて、足早に1人の女性が入って来た。背の高い、ほっそりとした白髪の女性だ。
「エインズワース公爵様、並びにファーレンハイト侯爵令嬢にご挨拶申し上げます。王宮での縫製担当の長を務めますリンゼイと申します」
分かった。リンゼイさんね、早速だけど、と私は説明を始めた。デパコスはソファに腰を降ろして興味深そうにこちらを見ている。
「ね、バイヤステープって、知ってる?」
「バイヤステープ、にございますか?申し訳ありません。寡聞にして存じ上げません」
「説明するより見せた方が早いね」
私は、小さな箪笥の中から折り畳まれた絹のハンカチと文机から鋏を取り出した。
「この四角い布、縦横どっちに引っ張っても伸びないでしょ?でも、こうやって角を上にして菱形に置いてリボンみたいに切る」
そう言って私は布地の正目の45度を取るように一本の紐を切り出した。
「引っ張って見て」
まあ!伸びますね!とリンゼイさんが驚いていた。
「これがバイヤス採り。服もバイヤスで切り出すと、ゆとりと遊びが生まれるの。袖も襟もない簡単な服だったら、バイヤスで採って、衿元と袖をさっきの伸びる紐で包むように縫えば、絹でも綿でも、被って着られるくらい良く伸びる。ただし…………裁断した生地は変な力を加えるとあっという間に伸びるから、前後の長さが合わなくなったりしちゃう」
リンゼイさんは真剣な表情で頷いている。
「だから、格式の高い服ほど、技術の高いお針子さんを宛てて欲しい。サイズは、多分これからは少し食べられるようになると思うから、1サイズ上で。王子の………いや、王太子殿下の予定に合わせて、順次、全ての服を交換して行って。礼装、式服、勿論トラウザーズも。そこに人員を振ったら後何人残る?」
「そうですね、10名程かと」
ん、十分、と私は言った。
「では、縫製室の準備が整ったら、リンゼイさんと上手なお針子さんは殿下がすぐに着る服をどんどん作って。残った10人は、そうは言っても王宮に仕えているのだから能力は高いでしょう。私と一緒に夜着を作ります。その10名はリネン室へ向かって貰って下さい。私も直ぐに参ります」
分かりました、と一礼して、入って来た時と同様にリンゼイさんは足早に去って行った。
「さて、と」と、私はドアの近くに控えていたメイドさんに声をかけた。
「リネン室はどこ?」
「ご案内致します」
ふと見るとデパコスが立ち上がる気配。
「…………着いて来るんですか?」
「…………婚約者が他の男の夜着を作ると聞いては、心穏やかに待ってはいられませんからね」
にっこりと笑ったけれど、目が笑っていないのはもうお約束である。
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