王子の病
「転移陣、って………何?」
そう尋ねると、デパコスが不機嫌な表情のまま教えてくれる。
「この国には4人の公爵がいます。それぞれの領地の本宅と王宮を結ぶ瞬間移動が可能になる特異点です」
ほう、ヤマトのワープみたいな物だな、と私は思った。
「ただ、どの公爵家も自身の転移陣の場所をお互い知りはしません。転移先も王宮の四ヶ所、バラバラに設置されています。そして、転移陣の利用許可も滅多に降りません。所謂国家機密です。ですから………余程緊急の事態なんでしょう」
えっ!それは一大事ではないか!
「急ごう!直ぐ連れて行って、そのワープポイントに!」
ワープ?と尋ねながら「そうですね、王太子殿下は貴女の部屋はそのままにしておくからいつでも帰って来て大丈夫だと仰っていましたし」いや、そんな苦虫噛み潰したような顔するなよ。「俺の物はタウンハウスに揃っていますから…………では」
と言って手を取られて連れて行かれたのは小さな書庫だった。エインズワース邸には立派な図書室があり、古今東西の本が山と積まれていたが、ここにある物は殆どが古書のようだった。
「古い本に見せかけてはいますけれどね」
デパコスは、1つの書架に近付くと、一冊の本を抜いてまた戻した。それから、その棚の左端の本も同様。右上、その真下、また真下、と7冊くらいの本を引き抜いては戻す。やがて、鈍い音を立ててその書架が動いた。なるほど、暗証番号みたいな物なんだな、と私は思った。
開いた書架から中に足を一歩踏み入れると、そこは少し広い木造のエレベーターのような作りになっていて、ソファが一脚置かれている。
「………扉を閉じたら転移します。ソファに座ってしっかりと掴まっていて下さい」
私は言われるままにソファに腰を降ろし、膝掛けを掴んだ。
「では、行きますよ」
扉が閉まると同時にデパコスが私の隣に座った。「気をつけて。初めての時は転移酔いを起こす人もいます」
そう言う事は先に言ってくれ!!私は転移の感覚にもんどりを打った。これは、あれだ。遊園地に良くある船の形をした乗り物と同じ。最初は少しずつ前後に揺れ、やがてスピードを上げててっぺんまでやって来て、あ、止まったと思った瞬間真っ逆様に下に落ちる系。
左右にぎゅんぎゅんぶん回す系は好きだけど、落ちる系はダメなんだよ!私は!
多分真っ白な顔になっていたのだろう、デパコスが私の肩を抱いて言った。
「肩の力を抜いて、でもお腹には力を込めて下さい。お腹をしっかり締めていればそれほどキツくない筈です」
言われた通りにすると、確かに少し楽だった。時間にしてみればほんの数分だったと思う。けれど永遠にも感じられる私の初転移は漸く終了したらしい。開かれた扉を見て私は息を吐いた。
外に出ると、王太子付きの、顔見知りの侍従さんが待っていてくれた。そうだ、王子は倒れたんだ。遊園地の乗り物に弱音を吐いている場合じゃない。
「王子は!?寝室?」
私は息咳って尋ねた。
「倒れられたのが2日前、それからエインズワースまで早馬を飛ばしました。今日、アルテミシア様がいらっしゃれそうだと聞いて、今は執務室にいらっしゃいます」
そう、王子はそういうやつだ。無駄に責任感が強くて弱みを見せない。その彼が私を呼んだからには余程の事情があるのだろう。
「この転移室から王太子殿下の執務室への道順はかなり煩雑です。ご案内致しますのでどうぞ」
私達は足早にその迷宮のような道筋を辿った。やがて見慣れた廊下に出る。そこから私は走り出していた。
ノックもせずに執務室のドアを開ける。
「王子!」
私の叫びに王子が顔を上げた。目の下の隈が凄い。それに1ヶ月前よりも一回りも二回りも痩せてしまったように見える。
「王子…………大丈夫?何が、あったの?」
王子が立ち上がった。足元がふらついている。そして、私に向かって両手を伸ばした。
「助けて、かとりん」
王子の両手が私の肩に回された。
「………苦しいんだ………」
「何が!?どこが苦しいの?」
王子は私の肩口に頭を埋めた。だからその先の言葉は私にしか聞こえない。
「…………………服が…………………」
ああ、と私は嘆息して、王子の肩をぽんぽんと叩いた。
前世のスーツよりも更にかっちりとした正装。肩やら胸やらに何かごわごわした物が着きまくっている。しかも、痩せてしまった王子に合わせて、つい最近採寸し直されて誂えられた感満々の新品だ。
「分かった!何とかする!」
私は控えていた女官に向かって「リネン室へ案内して下さい」と伝えた。その時、デパコスの声が響いた。
「アルティ、どうやら王太子殿下は今日明日を争うようなご様子でないようです。少し、お話をさせて頂けますか?」
そんな場合じゃない。王子にとっては今日明日を争う事態なんだ。でもそんな事私以外には誰にも分からない。けれど、デパコスは私の耳元に唇を寄せて呟いた。
「かとりん、とは誰ですか?王太子殿下は貴女の事を2度かとりん、と呼んだ。そして、貴女を抱きしめた」
細けぇ男だな!今、そこ!?
私は「王子」呼びだったから何の無理も無かったけれど、王子はその辺りかなりきっちりと呼び分けていた。今日私をかとりんと呼んでしまったのは、余程ほっとしたのだろう。先ずは………この面倒な男を何とかしないと何も出来ない。
「ええと、『かとりん』と言うのはですね」
何と言って誤魔化そう。背中を嫌な汗が伝った。
「…………貴女の部屋でゆっくり聞かせて下さい」
嫌な笑い方だなあ。
脳裏にドナドナが響いていた。
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